2005年08月25日
チャベス、ベネズエラ社会主義のための国営化及び憲法改正を公表
グレゴリー・ウィルパート〔Gregory Wilpert〕;2007年1月10日

新閣僚就任式において、ベネズエラのチャベス大統領は、ベネズエラにおける21世紀の社会主義の確立へと向かう、一連の劇的で新しい方策を公表した。これらの新しい方策に含まれるのは、新たな憲法制定会議の召集や、基幹産業の再国営化である。

民衆の力におけるベネズエラの試み
マルタ・ハーネッカー&コラル・ウィンター、ジム・マキルロイ〔Marta Harnecker and Coral Wynter, Jim McIlroy〕;2006年12月20日

ハーネッカーは、ベネズエラのコミュニティー委員会――「21世紀の社会主義」を築く過程において、民衆の力と公共の参加のための媒体となるべく意図された組織体――の形成と発展に関与してきた。ハーネッカーは10月下旬、グリーン・レフト・ウィークリーのインタビューに応じた。

ウゴ・チャベスとRCTV:検閲か、あるいは正当な決定か?
サリーム・ラムラニ〔Salim Lamrani〕;2007年1月27日

ウーゴ・チャベス大統領のベネズエラ政府は、2007年5月28日に失効するラディオ・カラカス・テレビシオン(RCTV)視聴覚メディアグループの免許を更新しないことを決定した。全く合法的なこの決定は国際報道界に論争を引き起こした。国際報道界はベネズエラ反対派の伝達機関になってきており、即座に「検閲」の事例を非難した。

指揮権を握るチャベス
リチャード・ゴット 〔Richard Gott 〕;2007年2月6日

ウゴ・チャベスは急いでいる。そして彼に補足的な権限を与えるというベネズエラ国民議会による今週の決定は、具体化の段階にある急進的な変化の前兆である。過去8年間大統領を務めてきたチャベスは、この先に待つ膨大な革命的計画の表面をなではじめたにすぎない。これまで明白な成功がいくつかあった。教育と保健医療に資金供給され、安価な食糧を提供することで、オイル・ダラーの前例のない総額が国の貧しい大多数に転じられた。結果は既に現れている。新しく結集され用心深い民衆が力のあるところを見せつけ始め、多くのレベルで機能している無数の地方議会や臨時委員会を通して政治的意思決定に参加している。半世紀近く前のキューバ革命以来、この様なことは中南米で起きてこなかった。胸が躍るようなことである。

エリート民主主義:米国がベネズエラで最大限に統治した時代
クリス・カールソン〔Chris Carlson 〕;2007年2月4日

昨年9月国連総会でウゴ・チャベスが演説をしたとき、彼はワシントンが「エリート民主主義」を世界で助長していると非難した。その演説を聞いた多くの人が「エリート民主主義」で彼が意味したことを理解しなかったかもしれない。おそらく少数の人が彼の言葉がどれほど適切であったかを理解したであろう。とはいえチャベスは個人的な経験から語っていた。大部分の世界と同様に、ベネズエラはエリート民主主義による失望とその破壊的な帰結を経験してきている。世界における現代民主主義の危機と対面するためには、エリート民主主義という悲劇を理解しなければならないことをチャベスは理解している。


『こんにちわ大統領』放映中に、カストロ、チャベスに電話する
BBC ;2007年3月1日

キューバのカストロ議長とベネズエラのチャベス大統領が語ったこと

第四次世界大戦はベネズエラで始まった
ジョージ・シカリエッリョ=マエル〔George Ciccariello-Maher〕;2007年3月5日

新自由主義に対する反乱の発端を捜し求める者は、1998年のシアトルよりも以前、それに先立つ同年ロンドンのJ18デモ抗議よりも以前にさかのぼる必要がある。1994年1月1日のサパティスタ運動の公共への出現よりも前を回顧する必要がある。以上全ての出来事の前に、カラカス暴動があった。勇壮な闘争の18周年記念に、この単独で重要だが頻繁に見過ごされる出来事を回想することは価値がある。それをフェルナンド・コロニルはこう描写した。「中南米の歴史で、緊縮財政に抵抗した、最大で最も暴力的に鎮圧された暴動である」と。

ベネズエラの緑の政策
エバ・ゴリンジャー〔Eva Golinger〕;2007年2月27日

「私達は石油生産国であり、そのことが私達に――極限のレベルで――環境により気を配り、全ての領域:大地、水及び空気において汚染を削減するよう義務付けるのである。」
―ウゴ・チャベス・ベネズエラ大統領、2007年2月24日。

チャベスとベネズエラ:施しではなく、義務をハイチへ
ワドナー・ピエール〔Wadner Pierre〕;2007年3月20日

2007年3月12日、午前7:30分頃から、〔ハイチの〕首都の街頭の至るところで「チャベス」と叫ぶ声が聞かれた。ポルトープランスの空港の表に支持者達の大群が続々と到着した。「チャベス、チャベス、私達が捜し求めているのは貴方だ……アリスティドを帰国させるためにプレヴァル大統領は貴方の助けを必要としている」と人々は、ベネズエラのウゴ・チャベス大統領を歓迎しながら嬉しそうに歌った。

チャベスは安定に対する脅威か? 否。
マーク・ウェイスブロート〔Mark Weisbrot〕;2007年4月4日

チャベス大統領の政策や声明に同意しようと異議があろうと、彼や彼の政権が地域的な安定に対する脅威であるという考えは馬鹿げている。それどころか、それよりも遥かに理にかなった論を挙げることができる。彼の政権がその地域の安定化に貢献した、と。

都市部大衆運動の表れとしてのウゴ・チャベス
スジャータ・フェルナンデス〔Sujatha Fernandes〕;2007年4月7日

社会と国家の間の関係は相互関係的である。チャベスの強力な存在が大衆組織編成に勢いと団結を与えるのと同様に、バリオにおいて形成された独創的な運動は公式政策の形態や内容を決定することに手を貸している。チャベスを上から統治する独立した人物である、あるいは大衆運動が自律的な場から生じている、という見方は、チャベスの台頭と政権維持を可能にした相互依存を否定することになる。

CIA、ウゴ・チャベス殺害目論みか?
クリス・カールソン〔Chris Carlson〕;2007年4月19日

ここ数週間ウゴ・チャベスは、米国が彼を殺害する計画を立てており、彼と彼の政権に対する活動を増大させている、という警告を強めてきている。チャベスは更に、CIA〔中央情報局〕が有名なキューバ人テロリストでCIA工作員のポサダ・カリレスと提携して彼の暗殺計画を企てていると主張してきた。だがこのなかに僅かな真実もあるのだろうか? これは米国のもうひとりの公式の「敵」を殺害する典型的なCIAの陰謀なのであろうか? CIAとラモン・ギジェン・ダビラ将軍の間の繋がりを一瞥すると、それが確かに可能性のひとつであることを垣間見せる。

加速するベネズエラの革命
フェデリコ・フエンテス〔Federico Fuentes〕;2007年4月25日

2005年に4ヶ月を過ごしたのを最後に、ベネズエラに再度戻り、私はベネズエラ人がしきりに繰り返していた文句を思い起こした。「2006年に私達がチャベスを再選させた後に、真の革命が始まる。」彼らが正確に意味していたことを理解するのにはほんの僅かな時間しか掛からなかった。

IMF・世銀、衰える権威に直面
マーク・ウェイスブロート〔Mark Weisbrot〕;2007年5月3日

IMFと世界銀行から脱退するというベネズエラの今週の決定は単に、ウゴ・チャベス・ベネズエラ大統領とブッシュ政権との間の進行中の反目の一例である、と米国ではみなされるであろう。しかし世界の他の地域ではおそらく異なった見方がされるであろうし、開発途上諸国において近年その権威と正当性が減少の一途をたどっている両機関に影響を与える可能性がある。

カラカスにおける騒動の下準備
クリス・カールソン〔Chris Carlson〕;2007年5月15日

それは2000年にセルビアで初めて採用された。いま米国政府は全世界で自らの優越性を維持するための新たな帝国主義的戦略を完成させた。軍事侵略や独裁政権の樹立が伝統的に他国の人々を統制し、彼らが商売の邪魔にならないようにする手段であってきたのに反して、米国政府はいま、それほど乱雑でも残忍でもなく、またそれ以上に洗練された新たな戦略を進展させてきた。実際にそれは相当洗練されているため、ほとんど知られていない。

RCTVとベネズエラにおける言論の自由
グレゴリー・ウィルパート〔Gregory Wilpert〕;2007年6月4日

いかなる仕方でも反体制派の意見を抑圧することは言論の自由に反している、と一般的には当然視されている。だが反体制派の意見は本当に抑圧されたのか? これは正しい比喩なのであろうか? RCTV取締役マルセル・グラニエルは、実際に黙らされたのか? 否、より適当な比喩は、グラニエルが彼の表現の自由を行使するために利用していた拡声器――彼が借りてはいたが決して所有していなかった拡声器――が実際の所有者に返還された、というものである。それどころか、彼は未だにそれよりも小規模の拡声器(ケーブルテレビ及び衛生テレビ)を利用することを許されている。

チャベスの模範の普及を危惧する米国
フェデリコ・フエンテス〔Federico Fuentes〕;2007年6月11日

「言論の自由賛成、帝国主義反対」という旗じるしの下に、何十万ものベネズエラ人が彼らの革命を護るため、6月2日カラカスの街頭へ出た。そしてそれは、ラディオ・カラカス・テレビシオン(RCTV)の放送免許更新拒否に続いた、米国政府によって駆り立てられた国内・国際的な組織的活動に対する直接の反応としてであり、先立つ日々に行われた反体制派デモの全てを凌駕していた。ウゴ・チャベス・ベネズエラ大統領はこう宣言した。「もしベネスエラの寡頭政治勢力が脅しをもって、また彼らの操作や不安定化計画をもって私達を止めることができると信じているのであれば、大間違いである!」

ウゴ・チャベスの理想:地球の夢
アルド・ヴィダリ〔Aldo Vidali〕;2007年6月22日

「民主的社会主義は人々の愛である。」このベネズエラ大統領の言葉が、ある異なる世界――この惑星全域の若者が可能であると信じる公正で平和な世界――の誕生を宣言した。

ベネズエラの都市カロラにおける民衆の力の構築
ジェイ・ハートリング〔Jay Hartling〕;2007年4月26日

カロラの街路は他の中南米都市によく似ている――せわしない商取引があらゆる街角で行われ、往来、喧騒、人々が日々の日課をこなしている……だが、私が訪問したことのある中南米の他のどの地方自治体、特にベネズエラのその他のどれとも区分する何かが、ベネズエラ、ララ州のカロラとペドロ・レオン・トレス地方自治体にはある。つまり、この都市は地方自治体の行政制度全体を、下から民主化し変えていく道を歩みだしている――現市長フリオ・チャベスによって率いられて。

ベネズエラの本当の「自由の戦士達」は誰だ?
クリス・カールソン〔Chris Carlson〕;2007年6月7日

黒いTシャツを着た学生達が、隊列を組んだ警察機動隊の前でひざまずき、時に街頭を平和裏に行進し、時にマスクや石で催涙ガスに立ち向かい、更に警察官らに白いカーネーションを手渡しさえして、自由や表現の自由、そして弾圧からの解放を懇願する。これがベネズエラの「自由の戦士」のイメージである。それは暴政や共産主義の独裁政権の憤怒に立ち向かい、自由と人権を要求した天安門広場や東ヨーロッパの若者達を連想させる。これはいつも通りの話なのか? 抑圧的で非民主的な独裁者を打倒することを決意した若き自由の戦士たちによる勇敢な政治運動という同様の典型的な状況なのか?

チャベス大統領「社会主義都市」と憲法改正を告示
クリス・カールソン〔Chris Carlson〕;2007年7月23日

これらの新しい社会主義都市は、チャベス政権が「権力の新たな幾何学」と称したものの一環になる。それは彼の完全な二期目に数えられる大統領任期における革命の5つの「原動力」のひとつである。チャベスによれば、「社会主義都市」は家族の生活に基づいて設計された小規模の生産的な生活共同体で構成されるのであり、「資本主義に仕えること」ではない、と彼は述べた。

ベネズエラ野党、憲法改正に反対する「広範な戦線」呼びかけ
キラズ・ジャニック〔Kiraz Janicke〕;2007年7月29日

殆どのチャベス反対者らにとって、野党勢力の多くは非常に評判を落としている。その理由は2002年のクーデター未遂や2003年の石油産業閉鎖時のように、過去8年間繰り返しチャベスを排除し損なってきたからである。人権や民主主義という言葉を用い、野党はかつて覆すことを試みた憲法に対する改正に今は反対している。親チャベスよりの政党のひとつとして野党の「広範な戦線」に関与することにこれまでのところ賛成していない。

中南米の民主主義に対するワシントン・ポスト紙の偏見
チャック・カウフマン〔Chuck Kaufman〕;2007年8月19日

1980年代にワシントン・ポスト紙は、ニカラグアにおけるサンディニスタ革命を攻撃するため、社説欄の様式に磨きを掛けた。それに伴ったものは、半真実や完全なる嘘、当てこすりや根拠のない憶測を織り合わせた複雑で入り組んだ社説の数々である。これらの社説は200単語に制限された投書で反論することは不可能であった。この「大嘘」戦略が効果的なのは、真実で返答するためには大元の嘘よりも多くの言葉を要するためである

ベネズエラにおける労働組合と社会主義
オルランド・チリーノ〔Orlando Chirino〕;2007年7月18日

チャベス大統領が打ち出した議論の大きな長所は、それがベネズエラ革命の本質や、PSUV創設のための計画、そして異なる社会部門、特に労働階級によって担われる革命における役割を論じる機会を私達に与えたということです。それは如何にして組織編制を築き上げるのかという議論であり、それは私達が率直に、公に、そして完全な誠実さをもって論じるべきである、おびただしい一連の問題を提起します。

ベネズエラの軍備増強:事実か虚構か?
ビクター・フィゲロア=クラーク〔Victor Figueroa-Clark〕;2007年8月26日

チャベスの「権威主義」という無知な主張の数々は容易に論破することが可能なのだが、潜水艦や航空機の購入を説明するのはより困難である。軍事機器は何処から見ても軍事機器であり、ベネズエラの様な国がジェット戦闘機や潜水艦、あるいはヘリコプターを必要とする理由を理解することは一見したところ容易ではない。こうした軍備が数十億ドル掛かることを考慮に入れると、これらの購入がこの国家の需要との釣り合いを欠いた、莫大な増強の一端であると解釈するのは容易いことである。

ウゴ・チャベスの試行(と錯誤)
スティーブ・エルナー〔Steve Ellner〕;2007年9月1日

見逃された好機と前進というこの組み合わせは、社会計画のみならず、あらゆる類の政府事業を特徴付けている。チャベスの革命的修辞法と行動は公共の期待を引き起こし、その結果それが彼の明確な選挙上の成功の原因となっている。けれども、彼の政権は幾多の実際的な問題に直面している。

チャベスによる憲法改正のいくつかの側面
エドゥアルド・ディマス〔Eduardo Dimas〕;2007年9月10日

チャベスは憲法に対する33の変更点を提案した。そこに含まれるのは大統領任期を7年に変更し、ベネズエラ国民が望む限り多選を可能にする案である。「彼自身を永遠に権力に就ける策略である」と言う者もいる。彼らが口にしないことは、チャベスが彼の再選を国民の手に委ねていることである。

ベネズエラ労働者、チャベスのPSUVに合流へ
ポール・ヘースト〔Paul Haste〕;2007年9月12日

ベネズエラの全国労働者組合連合は、ボリバル革命における組合連合の関与を脅かしてきた戦術や戦略、そして政治的手段に関する激しい内輪もめや衝突にもかかわらず、200万人の組合員にベネズエラ統一社会党に合流するよう呼びかけた。

ベネズエラの躍動的な政治文化
シンシア・ピーターズ〔Cynthia Peters〕;2007年9月14日

アンデス山脈を上下降するでこぼこした山道の脇にある小さな売店に、濃く甘いエスプレッソを飲むため私達は立ち寄った。それは小さな二口サイズのカップで出てきて、ちょうど良い量のカフェインだった。危険なのと同時に感覚を失わせる程繰り返し現れる見通しの悪い曲がり角で注意を怠らないようにするために。そこで出会った、同じくコーヒーを飲んで休憩していた二人のベネズエラ人が話しかけてきた

チャベス:「ガルブレイスの信奉者」
グレッグ・グランディン〔Greg Grandin〕;2007年10月2日



昨年、ニューヨーク・タイムズ紙は、ウゴ・チャベスが国際連合での演説――彼がジョージ・W・ブッシュを悪魔と呼び、米国人にノーム・チョムスキーを読むよう熱心に勧めた演説〔正確にはその後の記者会見〕――で、その言語学者が死去する前に彼と面談できなかったことを遺憾に思うと述べた、と報道した。チョムスキー氏の家に電話すると彼はピンピンしていた、とタイムズ紙の記者は皮肉った。けれども、スペイン語の原文の再検討が成され、チャベスがチョムスキーではなく、その数ヶ月前に実際に亡くなっていたジョン・ケネス・ガルブレイスに言及していたことが判明したため、タイムズ紙は訂正記事を出さなければならなかった。ウゴ・チャベスを嘲笑しようと急ぐあまり、報道界がジョン・ケネス・ガルブレイスを訳し落としたこの出来事には、ささいな皮肉以上の何かがある。

キューバに対するベネズエラの債務
サリム・ラムラニ〔Salim Lamrani〕;2007年10月27日

キューバ政府に燃料援助を提供していることに対して、ベネズエラの寡頭勢力はチャベス大統領を激しく非難する。キューバが日量9万8千バレルの石油を特恵価格で受け取っていることは事実である。それにもかかわらず、このカリブ海の国家は好意的な協定から利益を得ている唯一の国家ではない。ハイチ、ジャマイカやニカラグアを含むその地域の大多数の諸国も又、この政治的連帯を享受している。ロンドンや複数の米国の都市もまた、その様な論争を巻き起こすことなくベネズエラの寛大さの受領者になっている

ベネズエラ:投票と弾丸の狭間で
ジェームズ・ペトラス〔James Petras〕;2007年11月15日

ベネズエラの民主的に選挙で選ばれたチャベス大統領は、2002年4月11日のクーデター以来最も深刻な脅威に直面している。特権階級に属する中流・上流階級の大学生らによる暴力的な街頭デモは、カラカスの中心及びその周辺で、複数の通りにおける重大な交戦にまで至っている。

潜水艦とゆるんだネジ
ジョージ・シカリエッリョ=メイハー〔George Ciccariello-Maher〕;2007年11月17日

11月5日、ラウル・バドゥエル退役将軍は、ベネズエラと海外の多くの者に衝撃を与えた。憲法改正案を非難し、12月2日に「反対」票を投ずるよう勧める声明文を読み上げたのである。多くの者が感じたその衝撃、またある者にとっては憤慨は、これ程有力な側近の離反の結果であったことは疑いがない。この7月までバドゥエルはベネズエラ国防大臣を務めていた。しかしその職務それ自体では、ラウル・バドゥエルが近年チャベス支持者達から得てきた神話的な地位を説明しきれない。バドゥエルの離反に対する一般の衝撃、及びその必然性の両方を理解するためには、おおよそ30年に及ぶ歴史により綿密に目を向ける必要がある。

ベネズエラ憲法改正否決(差し当たりは)
ジャスティン・ポドゥール〔Justin Podur〕;2007年12月4日

ベネズエラの憲法改正案国民投票は否決され、ベネズエラ野党とは異なり、チャベスは潔くその敗北を認めた。最善の結果は「賛成」の側の辛勝であったのだが、この敗北は地域的及び世界的に消極的な帰結をもたらすであろう。エクアドル、ボリビアやブラジルといった諸国の進歩的勢力や政治家達が政治的方針や支持を仰ぎベネズエラに目を向けてきた。国民投票の結果は米国がこうした勢力を孤立させることをより容易にする。

敗北はチャベスの基本計画だったのか?
カルロス・ルイス〔Carlos Ruiz〕;2007年12月6日

1998年のウゴ・チャベス大統領当選以来、ベネズエラの政治は世界で最も能動的で人を引き付けるものになってきており、それと共にその国の急進的で新しい目標には激しい異議が唱えられている。12月2日にチャベス支持者の多くが、広範囲に及ぶ一連の憲法改正案に対する投票を棄権したことが、その否決に至り、またとても実質的で真っ当な疑問を投げかけた。つまり、負けるのは初めから彼の意図であったのか?

民主主義日記
ヒラリー・ウェインライト〔Hillary Wainright〕;2007年12月14日

舞台裏の空気は緊迫していた。投票日のわずか前日まで、政治的争いで人が殺害された事例を含む、かなりの暴力がおきていた。用意周到なCNEの主催者達は、国際監視団をホテルへ連れ戻す計画を立ててあったのだが、そうすることは危険すぎるという判断が下された。演壇に向かって人々が突進する度に、何らかの攻撃が行われているのではないかと考えそうになった。けれども、それは実際はただ、今すぐにも発表がされると思って休憩室から中央ホールへと急いで向かう人々であった。午前1時が過ぎた直後、ティビサイ・ルセナCNE代表が穏やかに演壇へと歩み寄り、多数のカメラやマイクを前に、静かに結果を発表した。

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新しい人類の世紀への岐路に立つベネズエラ
ヴラディミア・ブラヴォ‐サラザー〔Vladimir Bravo-Salazar〕;2005年4月3日

人類が、15世紀以来親しんできた世界は、いま分岐点に立っている。資本主義という優勢な、経済と発展のモデルが、ここまで世界を推し進めてきた。我々が持つ選択肢のひとつは、もっと正常で維持可能な、全ての人々のための未来か、または消費しつくすまで資源を搾取するために、他の国家を破壊していくかのどちらかである。

資本主義は残忍
ウゴ・チャベス〔Hugo Chavez〕;2005年4月10日

世界社会フォーラム2005において、ウゴ・チャベスがギガンティーニョ・スタジアムで行った演説の抜粋

地球規模の市民社会の戦い
ウィリアム・I・ロビンソン&ジョナ・ギンディン〔William I. Robinson and Jonah Gindin〕;2005年6月13日

NEDと「民主主義促進」戦略がどの様に米国の介入政策に使われているのか? またそれらがベネズエラではどの様な働きをしているのかを、主に1990年のニカラグアにおける介入と対比して説明するウィリアム・I・ロビンソンのインタビュー

ベネズエラ・キューバ同盟を恐れるのは誰だ?
ジェーン・フランクリン〔Jane Franklin〕;2005年3月14日

長い間、中南米で、全ての市民に無料の医療を提供する国は、ひとつしかなかった。現在は二つになった。両国政府は保健医療を基本的な人権とみなしている。よって、保健医療に恵まれているキューバと、石油に恵まれているベネズエラは、両国の市民にとって利益となるよう、物々交換の取り決めを交わした。これは有益な自由貿易の、重要な歴史的実例のように見受けられる。誰が異議を唱えられるだろうか?

中南米のドミノ倒し
サラ・ワグナー〔Sarah Wagner〕;2005年5月29日

5月16日、月曜、首都ラパスを取り囲む貧民層居住区から、数万人のボリビア原住民が下ってきて、カルロス・メサの政府に、外国の多国籍企業からのロイヤルティを18%から50%に上げるよう要求した。

主導権を取り戻す労働者
ケイティー・チェリントン〔Katie Cherrington〕;2005年6月28日

国民の大半を占める貧しい人々に有利になる、ベネズエラ社会の政治・経済的な構造の変革に従事している、ベネズエラのボリバル革命は、この国の労働運動においてもミニ革命を生み出している。

ベネズエラに対する米国の攻撃
エバ・ゴリンジャー〔Eva Golinger〕;2005年3月30日

過去2週間の間に、ワシントンの、ベネズエラ政府の信用を落とそうとする試みが増大した。過去数年間の間適用された、チャベス政権の転覆を試みた戦術と戦略――クーデター、ベネズエラ経済を麻痺させた不法の石油産業ストライキ、そして、米国政府からベネズエラの反対派に対する不正な組織的活動寄与によって吹き込まれた、チャベスの施政権についての国民信任投票――は全てひどい失敗に終わった

メルカル:ベネズエラにおける貧困の減少と国家的食の主権の創出
サラ・ワグナー〔Sarah Wagner〕;2005年6月24日

通常より25%から50%安く、なおかつ高品質の商品を提供する、スーパーマーケット組織網であるベネズエラのメルカルは、善良な政治家の思い付きによって出来た政策ではなく、支配階級によるチャベス政権への攻撃に対する抵抗から生まれた。これはストライキによって、国営石油企業PDVSAが労働者の手に渡った過程とも通じる

ベネズエラは希望の象徴
スチュアート・マンクトン〔Stuart Munckton〕;2005年4月11日

「ベネズエラ革命は、戦争と悲しみの体制を打ち負かすための闘争の最前線にいる、」とフエンテスは語った。「第三世界に住む、世界の大半を占める人々がさらに貧しくなっている現在――西側先進諸国の企業と政府の要請の下、彼らの政府が身を切るような新自由主義の政策を実行している時、また、この経済帝国主義が数十万もの銃で米国により執行されている時――この状況の中で、ベネズエラの人々は抵抗が可能なことを示している。

ベネズエラの警察改革
フェデリコ・フエンテス〔Federico Fuentes〕;2005年7月12日

一連のスキャンダルの後、ベネズエラ政府は、法の執行機関の広範囲に及ぶ構造改革計画を発表した。最も衝撃的だったスキャンダルは、6月下旬のサンタ・マリア大学の学生3人の殺害であった。その中の2人、エリック・モンテネグロとエドハル・キンテロ、は軍諜報部(DIM)に殺害され、3人目、レオナルド・ゴンサレス、は科学・刑事犯罪捜査機関(CICPC)の一員に暗殺された。

民主的、人道主義的な社会主義の構築
デリック・オキーフ〔Derrick O'Keefe〕;2005年3月9日

ここ数ヶ月、ウゴ・チャベス・ベネズエラ大統領は社会主義を率直に支持し始め、ベネズエラ国内におけるボリバル革命と、さらに広範な国際的運動の両方にとっての、重要な発展を示した。

ドキュメンタリー紹介
Indymedia UK;2004年8月15日

ベネズエラにおけるボリバル革命についてのドキュメンタリー映画が、一年ほど前からIndymediaで無料配信されています

ベネズエラ・ボリバル:人々と第4次世界大戦の闘争
マルセロ・アンドラデ〔Marcelo Andrade〕製作

「ベネズエラ・ボリバル:人々と第4次世界大戦の闘争」字幕及び台詞の翻訳。紹介文とダウンロード・ページの詳細は「ドキュメンタリー紹介」記事を参照。

ベネズエラ・ボリバル:エピローグ
マルセロ・アンドラデ〔Marcelo Andrade〕製作

ドキュメンタリー「ベネズエラ・ボリバル:人々と第4次世界大戦の闘争」の字幕・台詞翻訳の続き

女性の銀行
ディアン・テイラー〔Diane Taylor〕;2005年4月7日

小型企業家は他の小規模事業と競う替わりに協力することを促される。もし1つのグループがニワトリの飼育の為に資金が渡されたのなら、近隣にいる別のグループにはニワトリの解体処理の為に貸付金が支払われる。そして3番目のグループは加工された鶏肉の売買の為に財源を得る。焦点は常に、地方の市場と輸出に適した上質な製品を生産することにある。

2005年チャベス国連演説
ウゴ・チャベス〔Hugo Chavez〕;2005年9月18日

ある米テレビ伝導師による暗殺の呼びかけや、護衛と医療チームに対するビザの発給妨害などにも関わらず、ウゴ・チャベス・ベネズエラ大統領はニューヨークにおける国連総会に出向き、演説をした。チャベスが演説を終え「ベネズエラ代表団の席に着くまでひときわ大きな拍手が鳴りやまず、米政府代表はぶぜんとした表情」であり、「次の発言者、ウルグアイのバスケス大統領は壇上で『チャベス大統領のあとでは話しづらい』と苦笑」したという。

ブッシュに対するチャベスの不意打ち
ホアン・ゴンザレス〔Juan Gonzalez〕;2005年9月19日

9月中旬に行われた国連総会に参加することに当初ウゴ・チャベス・ベネズエラ大統領は乗り気ではなかった。なぜなら、その種の首脳会談は時間の無駄だと感じていたからだと言う。彼が国連総会に出席することを決断したのは、在ベネズエラ米国大使館が彼の派遣団にビザを期限内に発行しなかった時であったという。「米国政府が私たちの国連への旅行を妨害しようと試みていたのは確かであり、このことにより私は、行くべきだという衝動に駆られた。だから私は『彼らは私に来て欲しくないのだから、私は必ず行く』と伝えた。」

湧き上がるベネズエラ
ダリオ・アセリニ&ジョージ・マーティン〔Dario Azzellini and Jorge Martin〕;2005年6月30日

ダリオ・アセリニは新作ドキュメンタリー映画「湧き上がるベネズエラ〔仮訳〕」の共同制作者である。ジョージ・マーティンは〔ウェブサイト〕「Hands Off Venezuela」の為に、その映画と彼のボリバル革命に対する見解を聞くため、彼にインタビューした。

ベネズエラ、米国から外国通貨備蓄引き出しへ
ベルナルド・デルガド〔Bernardo Delgado〕;2005年10月1日

カラカス、ベネズエラ、2005年10月1日――昨日ブラジルへ向かう途中、チャベス・ベネズエラ大統領は、ベネズエラが米国債で保有していた外貨準備高を売り、欧州の複数の銀行に預けたと発表した。AP通信によれば、「私たちが対面する脅威により、私たちは国際備蓄を米国の銀行から引き出す必要に迫られた」とチャベスは述べた。

ベネズエラ土地収用開始
ジョージ・マーティン〔Jorge Martin〕;2005年9月2日

週に一度のテレビ番組「こんにちわ大統領」において、ベネズエラ大統領ウゴ・チャベスは収用を目指して136の閉鎖されている工場が調査されていると発表した。「これは利用されていない土地の場合と似ている。利用されていない土地が許されない様に、企業も同様である。」

ベネズエラの全国主婦組合
ベンジャミン・ダングル〔Benjamin Dangl〕;2005年4月27日

ウゴ・チャベス大統領の指揮下、ベネズエラ政府は、貧しい共同体に多大な利益を与える無料の教育、保健医療、土地改革、職業訓練、メディア企画を通し、国の石油による富を再分配している。これらの政府主導の援助計画に加え、多くのベネズエラ国民が連合、協同組合、地域団体を始動した。この動きにおける革新的な団体は、全国主婦組合である。

ベネズエラに対する米国の介入の仕組み第1部
フィリップ・エイジー〔Philip Agee〕;2005年9月9日

米国政府が、ウゴ・チャベス・フリアス大統領と彼を支持する政党連合を政権から追放する為に、ベネズエラの政治的反対派に有利となる、複数の作戦からなる計画を実行している事は周知の事実である。ビル・クリントンの政権により開始され、ジョージ・W・ブッシュの下で増大された、この計画に対する予算は、2001年の約200万ドルから、2005年には900万ドルに跳ね上がり、それは「民主主義を促進」し、「紛争を解決」し、「市民生活を強化」する活動として偽装されている。

ベネズエラに対する米国の介入の仕組み第2部
フィリップ・エイジー〔Philip Agee〕;2005年9月10日

ベネズエラにおいてジョージ・W・ブッシュ政権は、1980年代のニカラグアで米国が実行したものに酷似した活動の組み合わせにより、政治過程に介入しているが、コントラの規模でのテロ戦争はなく、そして経済制裁もなされていない。これらの活動は、2005年の予算が100万ドルに近づくなか、「市民教育」、「選挙過程にたいする支援」、「民主主義体制の強化」として偽装されている。

ベネズエラに対する米国の介入の仕組み第3部
フィリップ・エイジー〔Philip Agee〕;2005年9月11日

チャベス連合と反対派の間の接戦を引き起こすには、2004年8月の罷免国民投票の結果から、10%の変動のみで十分なのである。知っておくべきことは、米国にとって2006年の大統領選挙は既に始まっており、もし彼らが「国民救済連合」という様な、反対派政党の連合を達成したなら、1989年と1990年に類似した介入主義者の活動が起きていたニカラグアと同じく、予期しないことが起きるのは有り得ないことではない。

ALBA:中南米とカリブ諸国のためのボリバル代替案
テレサ・アレアサ〔Teresa Arreaza〕;2005年2月13日

11月上旬、米州首脳会談が開催されたアルゼンチンのマル・デル・プラタにおいて、ベネズエラのウゴ・チャベス大統領は「『全米自由貿易協定は死んだ!われわれアメリカの民衆がFTAAを葬った』と宣言した。新自由主義と帝国主義に反対する民衆が結集するここが、真の米州首脳会談だと付け加えた」。そのチャベスが提唱しているFTAAの代替案であるALBAとは何なのか。以下は「対外貿易銀行(Bancoex)により出版されたALBAに関する情報の要約である。」

ベネズエラ反対派についての印象
アレサンドロ・パルマ〔Alessandro Parma〕;2005年11月24日

「チャベスはボベスと同じで、家ごと全員を殺し、その財産を全て盗人の黒人らに分け与えようとしている!」と私の女家主の息子である、目を見開き、籐の椅子にもたれかかったアレは言った。私たちはカラカスの夜景を見渡せる大きなフラシ天のバルコニーに座っていた。バリオのきらめく光が彼の後ろの遠い闇に大きなオレンジ色の塊となっていた。 私は「だけどアレ、チャベスはもう8年間も政権に就いていて、もし彼が金持ち全部を殺して彼らの財産を分配したいのなら、なぜ彼は既にそうしていないのだろう?」と言った。アレは少しの間もたれ掛かったあと言った。「それもやはりボベスと同じで、彼は寡頭政治家らに安全であり、商取引をしていいと伝えたもので、彼らは彼を信じて、その後でいずれにせよ彼は黒人たちに彼らを殺させた。彼はとても邪悪だった。」

反対派の政治的終焉が意味すること
グレゴリー・ウィルパート〔Gregory Wilpert〕;2005年12月4日

12月4日のベネズエラ国民議会選挙の数日前、首都カラカスでは爆発が3度あり、西部のスリア州で爆発物を携行した人々が逮捕され、西部ファルコン州では石油パイプラインで火災が発生し(参照元)、反対派は選挙をボイコットし選挙から退いた。そして、ウゴ・チャベス大統領率いる政党である第五共和国運動(MVR)が全体の64%である114の議席を勝ち取り、親チャベス諸政党が167の全議席を取って選挙は終わった。その選挙の直前に反対派の行動を分析したグレゴリー・ウィルパートの記事を以下に抄訳・掲載。

ベネズエラ、アルゼンチン国債を購入、IMF債務返済を後援へ
シモーヌ・バリボー〔Simone Baribeau〕;2005年12月21日

24億ドルのアルゼンチンの債務をこの先数ヶ月で購入するというチャベス政権の合意とともに、中南米はIMFからもう一歩遠ざかり、地域統合へと一歩前進した。この決定は国際通貨基金(IMF)に対する債務を返済し終わるというアルゼンチンの公表に続いて訪れた。ベネズエラ大統領ウゴ・チャベス・フリアスはこの決定を賞賛し、「アルゼンチンがIMFへの依存を終わらせることに手を貸す」ことを誓った。

ゲイとレズビアンの権利のための取り組み
キラズ・ジャニキ/フェデリコ・フエンテス〔Kiraz Janicke and Federico Fuentes〕;2005年11月30日

ベネズエラ・ボリバル共和国の新しい憲法が採用された3年後の、2002年12月15日に、ウゴ・チャベス大統領は彼の週間テレビ番組「こんにちは大統領」で、1999年の憲法制定会議の最中に大きな誤りがあったと述べた。新しい憲法からゲイとレズビアンの権利が省かれたのである。

ベネズエラの道
マイケル・アルバート〔Michael Albert〕;2005年11月6日

私のボリバル革命との、最初のそしてほぼ間違いなく最も個人的に驚かされた出会いは、聞くところによると、チャベスの「人々が力を持つべきである」という望みに従って創立された、国民参加省においてであった。

キューバとベネズエラ:あるボリバル主義の協力
コリー・フィッシャー・ホフマン&グレッグ・ローゼンタール〔Cory Fischer-Hoffman & Greg Rosenthal〕;2006年1月13日

中南米の最も尊敬された独立運動の立役者であるホセ・マルティとシモン・ボリバルは、おおよそ一世紀前に、中南米が結合した勢力として連帯し一体となるまでは、彼らの祖国は決して帝国の支配から自由にはならない、と理解していた。この時を超越した2人の人物の大地で、キューバとベネズエラ・ボリバル共和国との間の独特な協力が発展してきており、それは新自由主義の論理に逆らっている。キューバとベネズエラは、人道主義と連帯を基にした代替の関係を実証している。この「実証効果」は、全ての人が「どん底への競争」を強要されている世界に、必要を基にした協力を通じて最も貧しい者に焦点を当てることが可能なだけではなく、望ましいことを示している。教育材料、医療奉仕と特恵価格の石油に関する彼らの共通の援助交換は、「自由貿易」の競り合い、搾取的な特質に対する、現存する反証例である。

ベネズエラのボリバル主義運動
スティーブン・レンドマン〔Stephen Lendman〕;2006年1月4日

民主的に選任された大統領、ウゴ・チャベス・フリアスの下、現在のベネズエラはボリバル主義の精神と彼のボリバル革命に染まっている。それは、スペイン人を打ち破り、南米の半分を解放し、チャベス政権を特徴付ける再分配に関する政策と同様のものを信じた、カラカス生まれの17、18世紀の将軍、シモン・ボリバルの理想像を基にしている。それはさらに、ボリバルが「自由の名の下の苦難で中南米を苦しめる」帝国の呪い、と鋭くも描写したものを克服することをも望んでいる。

自由なソフトウェア革命、ベネズエラに到来
デヴィッド・シュガー;2006年1月9日

ベネズエラ革命はおそらくコンピュータ・ハッカーにより救われた歴史上初めての革命であり、それが政府が特に行政における自由なソフトウェアの利用の促進を大切にしている理由のひとつである。

ベネスエラに対する矛盾した米国政策
アンディー・グドール〔 Andy Goodall 〕;2006年2月20日

チャベス大統領をヒットラーになぞらえたラムズフェルド米国防長官の声明や、中南米における米国益にとって、ベネスエラが最も深刻な脅威であり、北朝鮮と イランとの密接な関係を追求していると述べたジョン・ネグロポンテ情報長官の言明に続き、コンドリーザ・ライス米国務長官が参戦した。

ベネスエラの率先:社会変革の労働者は社会福祉の母たちと草の根運動の女性たち
コリー・フィッシャー=ホフマン〔Cory Fischer-Hoffman 〕;2006年2月15日

2月2日、カラカスのテレサ・カレーニョ劇場で行われた演説のなかで、ウゴ・チャベスは国際労働者の日である5月1日から、10万世帯を対象に、一世帯あたりベネスエラ人女性一人が毎月38万ボリバル(185ドル)を受け取る、と宣言した。これはベネスエラの最低賃金の約80パーセントである。これに続く6ヶ月の間に、さらに10万人の女性が、彼女たちの仕事の承認として報酬を受け取ることとなる。

「ボリバル革命」本拠地における暮らし
ザカリー・ラウン〔Zachary Lown〕;2006年3月8日

石油収入を利用し、チャベス政権は大規模な社会福祉諸計画を実行してきており、計画はその結果として、草の根政治活動の急増を引き起こした。全体としてのこの過程は「革命的過程」、「ボリバル主義の過程」あるいは「変革の過程」などとして呼ばれている。ここララ州において、おそらく国の他の場所以上に、この「変革の過程」は劇的な進歩を遂げた。ゆえにララ州は、この過程の仕組みと、それが何処へベネスエラを導いているのかを垣間見せてくれる。

米国、主要な軍事演習着手へ、ベネズエラ・キューバに対する警告として
ジョージ・マーティン〔Jorge Martin 〕;2006年4月1日

3月27日の米南方軍司令部の声明によれば、「米国海軍空母打撃群のひとつが、Operation Partnership of the Americas 〔米州パートナーシップ作戦〕を実施するべく、2006年4月初旬から5月下旬までの間、米国東海岸からカリブ海へ展開する。」この打撃群は「空母ジョージ・ワシントンと搭載された航空団、巡洋艦モントレー、駆逐艦スタウトとフリゲート艦アンダーウッド」で構成される。これが意味することは、米国海軍が、60機の航空機を搭載した軍艦1隻を含む4隻の軍艦と、総人数6500の兵士を主要な軍事演習のため、カリブ海に数週間以内に派遣を開始するということである。

ミスター・デンジャーと新たな社会主義
マリア・パエス・ビクトル〔Maria Paez Victor〕;2006年3月29日

ベネズエラのボリバル革命の背景とはいかなるものなのか? なぜミスター・デンジャー〔チャベスが付けたブッシュ米大統領のあだ名〕はこれほどまでに反対しているのか? ベネズエラ人エリートの役割はいかなるものであったのか? 何をチャベス政権は達成してきたのか? そして、全ての民主主義国に忠告となる話はあるのだろうか?


チャベスの効果的な社会主義という危険
テッド・ロール〔Ted Rall〕;2006年4月12日

サウジアラビアやカザフスタンのような諸国の嫌悪された暴君が、彼らの国の公庫を略奪し、石油の富を個人のスイス銀行口座に転送し、その残りを(サウジ王家の場合)テロリスト過激派への資金供給に利用したとき、米国の政治家らは彼らを信頼できる友であり、同盟国であると賞賛する。だが民主的に選出された大衆主義の大統領が、貧しい人々を貧困から救い出すために、ベネズエラの石油収入を利用すると、彼らは彼が迎合していると非難する。

チャベス1対ブッシュ0
オードリー・サッソン〔Audrey Sasson 〕;2006年5月22日

米国の低所得層の増大する光熱費の支払いに対して手を貸したい、と昨年9月ベネズエラのウゴ・チャベス大統領が述べた時、すぐさま批判家らは彼の動機の誠実さを疑ってかかった。外交上の対抗者であるブッシュ大統領を挑発し苛立たせるためだけの発言か? これほど「ポピュリズムな」約束を彼は実際に果たすであろうか? だがわずか数ヵ月後、彼はブロンクスで試験的な計画に着手し、レトリックを行動に移した。

ベネズエラの革命的ラジオ放送
ピーター・ラコウスキー〔Peter Lackowski〕;2006年6月24日

ベネズエラのボリバル革命は、いかなる独裁者も宣言できるような類のものではない。それを実現させるため、自発性を発揮した人々による大衆運動が携わっているのが事実である。この革命の物語は、部分的にのみウゴ・チャベスの物語なのである。これは同様にベネズエラの人々の全ての団体や組織的活動の物語であり、将来著述されるであろうものよりも多い数々の物語なのである。以下はベネズエラ人が「過程」と呼ぶものを構成する無数の団体の内のひとつの物語である。

ベネズエラの協同組合革命
ベッツィー・ボウマン&ボブ・ストーン〔Betsy Bowman and Bob Stone 〕;2006年7月29日

米国メディアのベネズエラについての報道は、この国の石油と――それと無関係ではない――ウゴ・チャベス大統領とホワイト・ハウスとの間の舌戦に集中する傾向がある。例えば、チャベスはジョージ・W・ブッシュを「ミスター・デンジャー」と好んで呼ぶ。それはあるベネズエラの古典小説の野蛮な外国人への言及である。それよりも少々ぎこちなく、ドナルド・ラムズフェルド国防長官は最近チャベスをヒットラーと比較してみせた。このことが面白いネタになる一方で、記者達はベネズエラにおける主要な出来事を見逃してきた。数十万人のサイダ・ロサスのようなベネズエラ人の経済生活を作り変えた、協同組合の前例のない進展である。

生存を超えて、社会的経済を真の代替案へと転換するベネズエラ
マイケル・A・レボウィッツ〔Michael A. Lebowitz 〕;2006年8月11日

奴隷の配給量は決して定められたことがない。したがって、資本主義内で労働者や市民が闘争を通して、社会労働の利益の内、ある程度の取り分を自らのために確保することが常に可能であった。とはいえ、資本主義グローバリゼーションと新自由主義の国家政策の攻勢は、過去の闘争の前進全てを徐々に侵害した。そしてそれらの勝利が束の間のものであることを知り驚いた者たちへの返答は、TINAというマントラであった――「他に選択の余地はない」と。それにもかかわらず、資本主義の攻勢による蹂躙が明白になるにつれ、抵抗が特に中南米において現れるようになった。最近世界中の働く人々は「より良い世界は可能である」ことの実例のため、この地域に目を向けている。

ベネスエラの革命を推し進める女性達
エレナ・モーラ〔Elena Mora 〕;2006年8月29日

チャベスを打倒しようとする者達が成功した場合意味することを女性達は理解していた。「抵抗する者たちの間には怒りの感情があった、勝ち取ってきた権利を彼らが取り去ろうとしている、という」と彼女は述べた。その4月の日々、リナレス自身そこに居り、戦車の前に女性達が横たわるのを目撃した。

ウゴ・チャベス、ブッシュ帝国への挑戦
フェデリコ・フエンテス〔Federico Fuentes〕;2006年9月9日

米国支配階級エリートは最悪の事態を恐れいている。すなわち、ベネズエラの「ボリバル革命」の二重の勝利である。12月の圧倒的勝利が、民衆第一の政策で企業を押しのける更なる為政権をチャベスに与える可能性があるのみではなく、10月にベネズエラは国際連合安全保障理事会の非常任議席を獲得する可能性もある。

2006年チャベス国連演説
ウゴ・チャベス〔Hugo Chavez〕;2006年9月21日

チョムスキー、悪魔、国連改革、テロリズムや帝国への抵抗を語った2006年のチャベス国連演説全文翻訳。

ブッシュは悪魔か?
チャールズ・ハーディー〔Charles Hardy 〕;2006年9月25日

ある女性が、ディック・チェイニー副大統領は邪悪な人だと思う、と言うのを私は聞いた。彼女の姉妹は、世界情勢に関して〔彼女とは〕異なる見解を持っており、全てのアラブ人は邪悪だと思うと言った。過去数年の間、ジョージ・W・ブッシュ大統領は、世界における悪の枢軸について語ってきた。そして、わずか数日前に、ベネズエラのチャベス大統領がブッシュ大統領は悪魔である、と述べた。

米州ボリバル代替構想(ALBA)の定義
マイケル・フォックス〔Michael Fox〕;2006年8月25日

「ボリーバルの代替案」を構成するものは正確には何なのか、ALBAの壮大な傘下には如何なる計画、協定や合弁が含まれるのか、そしてこの「代替案」を区別するものは厳密に言って如何なるものなのか。
(ALBA、キューバ、ベネズエラと中南米間の統合と協同に関する4回シリーズ1回目)

フェリスの奇跡と包括的キューバ・ベネズエラ関係
マイケル・フォックス〔Michael Fox 〕;2006年8月28日

フェリスは、南米最大のひとつで最も暴力の多い都市、ベネズエラの首都カラカスのタクシー運転手である。住所や電話番号を読む時わずかに細めた彼の目や、大きな印字がなければ、わずか1年半前に、彼が死の床につき、視覚がほぼ完全に無くなり、かろうじて生きながらえようとしていたとは予想もつかないであろう。
(ALBA、キューバ、ベネズエラと中南米間の統合と協同に関する4回シリーズ2回目)

「地に呪われたる者」国連で尊厳の声を上げる
カロル・デルガド〔Carol Delgado 〕;2006年10月22日

大部分の新聞が、国連で起きている安全保障理事会の議席を争う闘いを、グアテマラが殆どの投票回数でベネズエラを打ち破ってきた、と描いている。だがこれは、これまで起きてきた事の簡略化しすぎた見方である。それどころか、ベネズエラ立候補の成功は、勝ったあるいは負けた回数の見地から測ることは出来ない。なぜなら、声無き者たちの尊厳と意見は、調整されたり、沈黙させられたり、打ち負かされることはないからである。

ボリバルの夢の再来のための希望のかがり火
タリク・アリ〔Tariq Ali〕;2006年11月10日

オルテガの勝利は中南米が再び進展する中起きた。これまで、大衆意志の目覚しい示威運動が、ほんの少し都市の名を挙げれば、ポルト・アレグレ、カラカス、ブエノス・アイレス、コチャバンバやクスコで進展している。これは、新自由主義の無感覚に埋没する(欧州連合、米国、極東)、あるいは新たな秩序の軍事・経済的な強奪に苦しんでいる(イラク、パレスチナ、レバノン、アフガニスタン、南アジア)世界にとっての新しい希望となっている。

ベネズエラ:もうひとつのクーデター進行中か?
クリス・カールソン〔Chris Carlson〕;2006年11月17日

2002年4月11日に、実業家、政治家や陸軍士官の集団は、主要な全国メディアの協力と連係して、ベネズエラの大統領であるウゴ・チャベスを誘拐し、国政を乗っ取った。19人の死者が出た二日間の後、クーデターは結局失敗し、大統領は政権に復帰した。裕福な実業家らや寡頭政治支配者らは、大衆の人望がある大統領を取り除くことが出来なかった。しかし、最近の情勢は、彼らが近いうちに別の企てに出る印象を与える。

ベネズエラ革命にとっての挑戦
コラル・ウィンター&ジム・マキルロイ〔Coral Wynter and Jim McIlroy 〕;2006年11月13日

マイケル・レボウィッツはベネズエラのボリバル革命の分析と評議のための、カラカスを本拠地とする協会、ミランダ国際センターの所長であり、カナダのサイモンフレーザー大学経済学部の名誉教授であり、最近出版された『Build it Now: Socialism for the Twenty-first Century』を含む、マルクス主義と社会主義についての複数の本の著者である。彼はグリーン・レフト・ウィークリー誌の コラル・ウィンターとジム・マキルロイに、ベネズエラで展開中の革命について語った。

体制転換せず:チャベスの選挙勝利はキューバとの同盟を強固にする
デリック・オキーフ 〔Derrick O'Keefe 〕;2006年12月5日

チリの91歳の元独裁者アウグスト・ピノチェトが心臓発作に襲われた同日、ウゴ・チャベス――米国とベネズエラのエリートがチリのサルバドール・アジェンデと同様の宿命をあてがおうと試みてきた人物――が選挙で大勝を収め、ボリバル革命とその計画である「21世紀の社会主義」の構築に対する委任が再び是認された。2002年にクーデターに、2002−2003年に雇い主のストライキと石油停止に、そして2004年に罷免国民投票に打ち勝った後、ウゴ・チャベスは、非公式の結果によれば、票の60%以上を勝ち取り、挑戦者のマヌエル・ロサレスに止めを刺した。

反対派の歴史的な譲歩とベネズエラの未来
グレゴリー・ウィルパート〔Gregory Wilpert 〕;2006年12月10日

今回の選挙でチャベスに対する敗北の責任をロサレスが明確に負ったわけでもない。とはいえ、敗北を認めたことだけでも、既に極めて意義深いことである。なぜなら、1998年以来初めて、チャベスが実際に選出された正当な大統領であり、反対派が現在国の過半数の支持を得ていないことを、反対派が容認したのだから。

前進するチャベス
マイケル・A・レボウィッツ〔Michael A. Lebowitz 〕;2006年12月18日

ボリバル主義の多数の集会や祝典の場であるテレサ・カレーニョ劇場での昨晩の集会に多くの悲しそうな顔があったのは、私の想像だったのであろうか? 紛れもなく、それはもうひとつの祝典の時であった。それは12月3日のウゴ・チャベスの選挙勝利を承認し、また特にコマンド・ミランダの選挙運動員の貢献に感謝を示す集会であった。ではなぜ、陰気な顔なのか?

ベネズエラの草の根民主主義という秘策
マイケル・フォックス〔Michael Fox 〕;2006年11月30日

国際的な眼差し全てが12月3日のベネズエラ大統領選挙に向く中、ベネズエラの草の根の民主主義の全く新しく革命的な経験は、国際的に全く報道されてこなかった。この経験は、既に1万2千のコミュニティー委員会を形成してきており、その参加者らや立案者らが、ベネズエラにおける意思決定の仕方を変化させ、ベネズエラの政治制度の根本そのものを潜在的に変化させることを期待するものである。

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世界規模の階級闘争
ビンセント・ナバロ〔Vincent Navarro 〕;2006年9月27日

新自由主義のイデオロギーは、第二次世界大戦の終わりから1970年代の間に、労働・農民階級によって達成されたかなりの進歩に対する支配階級の反応であった。その後に生じた不平等の途方もない拡大は、支配階級の所得の増加に直に帰着するのであり、それは階級的に決定された公共政策の結果である。

超国籍資本主義
ウィリアム・ロビンソン〔William Robinson〕;2007年4月13日

この新たな時代の主な特徴は、真に超国籍資本及び、新たな世界的に統合された生産・金融体制の台頭です。生産は無数の絶えず変化する局面へと分裂してきており、それらは地球全域で分権化され分散されました。その結果、いくつかのはっきりとした区分は機能の上で生産と流通の莫大な世界的連鎖網に統合されています。各々の自律的な国家経済は構造改革され、対外的に統合されてきており、それゆえに各「国家」経済はより大規模な世界的生産体制の構成要素の一部に成りました。

ミステリー:いかにして富が世界に貧困をもたらすのか
マイケル・パレンティ〔Michael Parenti〕2007年4月26日

説明を要する「ミステリー」がある。すなわち、なぜ過去半世紀に亘り世界全域で、貧困諸国に対する企業投資や対外援助や国際融資が劇的に拡大したのと同時に、貧困も拡大したのか? 貧しい生活を送る人々の数は世界人口よりも早い割合で増大している。これをどう解釈すればいいのであろう?

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米国の新たな敵の出現
ジョン・ピルジャー〔John Pilger〕;2005年11月10日

中南米人は過去数年間を、彼ら自身の声を見つけ出すことに費やしてきた。現在、彼らは北の隣人に挑む力を手にした可能性がある。主にボリビアとベネズエラの現地取材をを基にした、中南米における、民衆自身による民主主義の高まりについてのジョン・ピルジャーの報告。

米州首脳会談、アルゼンチン:FTAAの墓場
デボラ・ジェームス〔Deborah James〕;2005年11月24日

「ここマル・デル・プラタがFTAAの墓場だ!」とチャベスは歓呼し、観衆は興奮の渦に包まれた。彼は黙祷をすら求めた。数千人の人々が上下に飛び始め「黙祷!FTAAは死んだ」とスペイン語の韻を叫んだ。それはベネズエラ大統領による2時間の追悼で礼遇された陽気な葬式であった。「今日は感動的な日だ」と私の右にいたアルゼンチンの教師が私に語った。「時代が変わり始めた。」

ボリビア民主主義と米国:歴史の教訓
ソール・ランドー〔Saul Landau〕;2005年12月22日

社会主義者で農民代表のエボ・モラレスが、選挙でボリビア次期大統領となる見込みですら、チャールズ・シャピロ西半球担当国務副次官補を当惑させた。「ますます好戦的なキューバ・ベネズエラの組み合わせが三つ組みになることを知る事は、ワシントンでは歓迎すべきニュースにはならない」と2005年10月21日に彼はマイアミ・ヘラルド紙のアンドレス・オッペンハイマーに電子メールを送った。

民主主義の名の下の苦難
イファット・サスキンド〔Yifat Susskind〕;2005年12月16日

ブッシュ政権はイラクの12月15日の選挙を、中東全域における民主主義に対する熱情を燃え立たせることを確実なものとする自由へと向かう大きな飛躍として大宣伝をしている。だが米国の更に近くで、政権は民主主義が化け物を作り出し、その化け物が民主主義であることを知った。中南米とカリブ諸国において、一般大衆の諸運動は、米国の「世界への贈り物」が多数決原理の約束を実行するよう要求している。そうすることはおそらく、少数のエリートに利益を与え、大部分の人々の貧困をより悪化させてきた体系を崩壊させるであろう。

21世紀の社会主義
ジュディ・レビック〔Judy Rebick〕;2006年1月29日

「私たちは参加型民主主義を伴った、21世紀の社会主義を構築している、」ベネズエラのカラカスでの世界社会フォーラムの開幕デモの始めに、若い政治学の学生は私に語った。 デモ行進は色彩に欠き、行事は遥かに混沌としているが、政治論議は遥かに奥深く刺激的である。開幕パネルディスカッションのひとつで、ある発言者が言ったように、「私たちは(中南米で)新自由主義に対する守勢から攻勢へと転じた。」

中南米政治の現実、キューバ、そして現在の米国政治
アイク・ナヘム〔Ike Nahem〕;2006年2月15日

現在私たちが直面している政治的実情は、米・キューバ関係の力学を変化させ、そしてキューバに対するワシントンの経済戦争の終焉を、あるいは少なくとも重大な弱体化を余儀なくさせる大きな可能性が、1959年1月1日のキューバ革命の偉業以来、初めて訪れたということである。なぜか?

中南米の左翼への転換
ベン・ダングル〔Ben Dangl〕;2006年3月20日

現在中南米は、1970年代から80年代に中南米全域で権力を握った軍事独裁――チリのアウグスト・ピノチェト、アルゼンチンのホルヘ・ビデラや、グアテマラのリオス・モント将軍を含むその他――によりもたらされた10年に亘る悪夢から目覚め始めている。

チェの再来(マウンテンバイクに乗って)
ニック・ミロフ〔Nick Miroff〕;2006年3月26日

かつて中南米において、これほど統一を率いる人物がいたであろうか?政治集会では、彼の容貌は地域の独立や自主決断のかがり火として掲げられる。彼は経済成長を駆り立て、貧困を緩和する新たな貿易関係を打ち立てる助けと なった。そして彼の統率力は、親ワシントンの政府を次から次へと引きずり降ろす、西半球で突風のように吹き荒れる選挙の傾向を煽り立てた。この中南米左派の野心的な誘導者とは何者なのであろう? ベネズエラの野心的なウゴ・チャベスか? 労働階級のブラジル人、イナシオ・ルラ・ダシルバか? ボリビアのコカ栽培農民兼大統領のエボ・モラレスか?

世界社会フォーラムを越えて
スジャータ・フェルナンデス〔Sujatha Fernandes〕;2006年4月6日

今年の1月に、ベネズエラのカラカスとマリのバマコにおいて、地域社会フォーラムが開かれた。3月に別の地域フォーラムがパキスタンのカラチにおいて行われた。これらの地域フォーラムは、社会公正のための意見と戦略の交換を促進する、世界中の社会運動指導者や活動家の集会である世界社会フォーラム(WSF)に由来している。WSFは部分的に世界経済フォーラムに対する代替案として現れ、2001年にブラジルのポルト・アレグレにおいて第一回WSFが開催された。

中南米の転換の重心
トニ・ソロ〔toni solo〕;2006年4月30日

現在パナマのコパ航空は、過去ボーイング737型機が占めていた航路で、ブラジルのエンブラエル社のE-190型民間航空機を利用している。この小さな出来事は、中南米における経済的な力の均衡が米国企業から遠ざかっているという、更に広範囲な転換を際立たせている。直接・間接的な政府の大量の補助金や支援に慣れすぎている米国企業は、急激な修正を着実に余儀なくされるであろう。中南米諸国との「自由貿易」を無理やり推し進めようとするブッシュ政権の破れかぶれな行動は部分的に、来る災難を和らげる試みである。もしそれを回避できないのであれば。

広範囲戦争
グレッグ・グランディン〔Greg Grandin 〕;2006年5月8日

どれ程早く中南米は支持を失ったことか? わずか10年前にクリントン政権は、その地域をグローバリゼーションの約束の宝玉として引き合いに出した...現在、ワシントンの統率に対し、公然と抵抗する指導者達という新たな世代と共に、中南米はもはや世界に対するかがり火としてではなく、「敵対者ら」が潜む暗がりの場所として見なされるようになった。「彼らは観察し、探っている」とドナルド・ラムズフェルドは中南米にいるテロリストについて警告した。彼らは「弱点」を捜し求めている、と。南方軍の新しい司令官バンツ・クラドックによれば、「多国籍テロリスト、麻薬テロリスト、イスラム過激派の資金調達者や勧誘人、違法商人、マネー・ロンダリング〔資金洗浄〕するものたち、誘拐犯[や]ギャング集団」で構成された並外れた紳士の同盟によって、この地域は人質にとられている。


中南米のエネルギー
トニ・ソロ〔toni solo〕;2006年6月10日

この地域の政治について、また諸政府が影響し合う更に広範囲な国際関係についての洞察を得るうえで、エネルギーは検討すべき根本的な主題である。エネルギー関係は貿易関係とは切っても切れない関係にある――これは「自由貿易」や「グローバリゼーション」、国家主権の侵害についての引き続き行われている議論のうえで曖昧になっていることである。この関係を理解するためには、天然ガスと石油生産の持続可能性に目を向けることは重要である。

米州における貿易協定、米国の覇権に対する挑戦
スジャータ・フェルナンデス 〔Sujatha Fernandes〕;2006年6月12日

新千年紀最初の10年の中南米における政治状況は、1960年代の革命的変革や可能性の雰囲気が漂っていた頃に、ある程度似ている。フィデル・カストロと彼のゲリラの一団は1959年にハバナで勝利を宣言し、ワシントンの目標を挫折させたキューバ革命の成功は、中南米全域において、大規模なゲリラ闘争に火をつけた。

中南米の安保理議席をめぐる競争
シリル・ミカレイコ〔Cyril Mychalejko〕;2006年6月25日

新しい中南米を代表する指導者達は、ワシントンにより先導され、国連により支援された現在の地球規模のヒエラルキーに対する脅威なのである。ウルグアイとパラグアイとともに、これらの諸国は空き議席に対するベネズエラの試みを支持するであろうと予測されている。米国は外交圧力を利用し、重要な票であるとされるチリにグアテマラを通過させるよう働きかけている。しかし、チリのホセ・ミゲル・インスルサに米国後援の候補が負けたOASの2005年の選挙が指標となるならば、ワシントンはもう一度失望を、現実という苦い薬とともに経験することもあり得る。

中南米:右翼の圧制到来
ヘナーロ・カロテヌート〔Gennaro Carotenuto〕;2006年10月28日

人々の失踪、偽の書類、動き始めた秘密諜報機関、選挙不正、国連での戦い、ボリビアにおける一触即発のクーデター、闘争者や政治指導者らの生命に対する脅迫。中南米の春にとって、反動に対抗する力量を示すときである。

白人入植者エリートとの関係の清算を準備する中南米
リチャード・ゴット〔Richard Gott〕;2006年11月19日

全ての「入植植民地主義者」社会のある特徴は、入植者らの根深い人種差別的な恐怖と憎悪であり、彼らは所有権を奪われた最下層階級の存在によって恒久的に警戒させられている。それにもかかわらず、中南米の入植者らの人種的な憎悪は、この大陸の歴史と社会の通常の理解において些細な断片しか占めてこなかった。左派の政治家や歴史化ですら、人種よりも階級を論ずることを好んできた。

もうひとつの世界は可能。その兆しは見える、21世紀に
クリス・スパノス〔Chris Spannos〕;2006年11月19日

チャベスは、オルテガの勝利は、中南米で形作られている統合の枢軸の一部であり、「もう一つの世界は可能であり、地平線の向こうに見えてきた」とまで述べた。その声明は、米国のエリートの頭上を越えて、中南米と世界の人々に訴える狙いがあった。それは、改革された世界的な経済構造を伴い、また米国が国際法に従わなければならない単なる多極化世界ではなく、「もうひとつの世界」なのである。チャベスは彼が勝利できることを信じている故に希望を喚起することを目指している。

ネグロポンテ、ALBA、オルテガ就任式
トニ・ソロ〔toni solo 〕;2007年1月16日

ブッシュ政権が2007年の初めに、南西アジアにおける大惨事を処理する無駄な努力として増派するなか、人類の新たな希望の時代はニカラグアの首都マナグアにおいて始まった。1月11日、ニカラグア、ボリビアとベネズエラの大統領、及びフィデル・カストロの代理マチャド・ベントゥラ副議長は、貿易・協同の包括的率先であるALBA 〔米州ボリバル代替構想〕の加盟国としてニカラグアを正式に受け入れた。

米国の没落と中南米の台頭
フィリップ・エイジー〔Philip Agee〕;2007年3月19日

キューバに対する米国の50年近くに亘る経済戦争は、その経費が帳簿を付けているキューバ人の見積もりによると800億ドル以上に上るにもかかわらず、成功してきていない。1990年代初期、ソビエト連邦の崩壊によるキューバ経済の急落の後、それは1995年に回復し始めた。2005年までには成長は11.8%になり、2006年には中南米で最高の12.5%になった。いくつかの部門は崩壊以前の80年代後半の開発レベルを上回り、その他はほぼ回復した。キューバのサービス、ニッケル、薬学や他の生産物は急発展しており、どれほど試みようとも、米国はそれを阻止できずにきた。

民主主義に対する米国の戦争
ジョン・ピルジャー&パブロ・ナバレッテ〔John Pilger and Pablo Navarrete〕;2007年5月2日

私はこの隠された真実――米国人及びその他の私達の知性と道徳性を歪曲するために考案されたプロパガンダの見せかけの背後で、米国が長い間民主主義に対する戦争を行ってきた、ということ――を明らかにする映画を作りたかったのです。これを読んでいる多くの人々にとって、このことは知られています。けれども、西洋のその他の人々にとって、米国政府の野心を覆い隠してきたプロパガンダは、ゆるぎないものになってきており、その起源は「善い戦争」、つまり第二次世界大戦の絶え間ない賛美や、冷戦における「勝利」にあります。こうした人々にとって、合衆国の力の「善性」は「私達」を代表しています。

中南米諸政権の新しい積極的主張
マーク・ワイズブロット〔Mark Weisbrot 〕;2007年6月13日

政府と投資家――特に多国籍企業――の間の関係は急速に変化しており、それは特に現在中南米において当てはまる。昨月、ボリビア、ベネズエラとニカラグアは多くの国際問題専門家を驚かせた。世界銀行の仲裁組織である投資紛争解決国際センター(ICSID)から脱退する、と発表したのである。ICSIDは投資受入政府と紛争を持つ外国投資家が――先立つ取り決めの下――拘束力のある仲裁を求め事態を提起することができる機関である。

南の銀行:全てが薔薇色ではない
エデュアルド・ディマス〔Eduardo Dimas〕;2007年7月12日

南の銀行は経済・政治的統合という大事業の一部である。その主要な目標は、加盟国を経済的な見地から手を貸し、諸国の通貨に対する投機に至りかねない問題に対処することである。また単独で又は他の加盟国と共に行う社会事業や基幹施設の建設に対し低利で融資することである。

多様な帝国の衰退――ホンジュラスとミランダ
トニ・ソロ〔toni solo 〕;2007年7月30日

きちんとした独立記念日の数々にもかかわらず、スペインが中南米で植民地支配的な統率力を失くした正確な時点を確認することは殆ど不可能である。同様のことは現在のアメリカ合衆国にも言える。それは2004年ベネズエラ罷免国民投票という選挙上のディエンビエンフーであったのか? あるいはボリビアでエボ・モラレスが権力を握り、エクアドルでラファエル・コレアが勝利し、ニカラグアでダニエル・オルテガが再選した2005年から2006年の一連の選挙であったのか? 又はそれは、この7月にベネズエラがニカラグアとエクアドルとの、総計でほぼ100億米ドルに達する2つの巨大精油所協定を取り決めた時であったのか?

米州ボリーバル代替統合構想の銀行、年内に創設へ
クリス・カールソン〔Chris Carlson〕;2007年9月7日

米州ボリーバル代替統合構想(ALBA)を構成する4カ国、キューバ、ベネズエラ、ボリビア及びニカラグアの代表はマナグアで会談し、ALBA銀行の設立について検討した。この新しい基金はその地域における社会及び経済開発を促進することに献身することになり、今年末までには運営できそうである、と高官らは語った。

至るところにある反乱の顔
マヒール・アリ〔Mahir Ali〕;2007年10月9日

バジェグランデと呼ばれるボリビアの小さな町で、そこの常駐司祭の幾分かの狼狽にもかかわらず、地元のカトリック教徒らは神にのみならず、聖エルネストという人物にも一般的に祈りを捧げている。その名が示しているのは遥か昔の崇敬された宗教的人物ではなく、20世紀後半の革命の先駆者となった熱心な無神論者である。

南の銀行:IMF・世銀支配に対する代替案
スティーブン・レンドマン〔Stephen Lendman 〕;2007年10月30日

ウゴ・チャベスの理想は、融資の常套手段によって無数の人々に貧困を余儀なくさせるIMF、世銀や米州開発銀行の支配からその地域の諸国を解放することである。棚ぼたの石油収益に助けられ、彼の政権は既にそれを行っている。財政上の援助や市場価格以下の石油をその地域や他の諸国に提供するという前例のない専心と共に。今年これまでのところ、援助はおよそ90億ドルに上り、そして米国政府に監督された類とは異なり、それは低価格や善意、共同の精神、そしてあったとしても僅かばかりの付帯条件の下行われている。

中南米のニュース報道:中途半端な報道はされない方がまし
マーク・ワイズブロット〔Mark Weisbrot〕;2008年2月2日

「12月21日、私たちは彼らが私達を解放する場所に向かい歩き始め、20日近く歩き続けました。その間何度か私たちは走るのを余儀なくされました。兵士が非常に接近していたのです」と彼女は述べた。アルバロ・ウリベが解放の最終期限に定めた当日、彼女達が位置していた地域にコロンビア軍がこれまでで最悪の攻撃を仕掛けた、とゴンサレスは嘆いた。 「31日に、非常に大規模な動員が行われることに私達は気付き、そして私達が今にも解放されるというその時に非常に大きな爆撃があり、別の場所へと即座に移らなければなりませんでした。」ゴンザレスの証言を問題にした英語圏の記者は一人としていなかった。それは単に報道されなかった。


コロンビア、FARCのラウル・レジェスを暗殺
ジャスティン・ポドゥール〔Justin Podur〕;2008年3月2日

FARCのナンバー2であり、その組織の中でおそらく最も顕著な代弁者、ルイス・エドガル・デビア・シルバ、又は「ラウル・レジェス」(通称)が昨日コロンビア軍による爆撃で殺害された。コロンビア軍自体による報告によれば、軍はラウル・レジェスを含む15名ほどのゲリラを殺害したという。その報告がほのめかしていることは、それが基本的に暗殺であったということである

エクアドルの犯行現場証拠、コロンビアの嘘を暴く
デシオ・マチャド〔Decio Machado〕;2008年3月4日

エクアドル当局側の調査は、攻撃を受けるまでの間FARCが戦闘を行っていなかったことを示した。見張りをしていた3人を除いて、殺害された18人は下着を着て眠っていた。ゲリラ兵の誰一人として応戦する、あるいは降伏する機会がなかった。野営地の武器は積まれたままであった。ライフル銃や手投げ弾に手を伸ばす機会すら彼らにはなかった。つまり彼らは就寝中に虐殺されたのである。

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第6ラカンドン密林宣言第5部
マルコス副司令官〔Subcomandante Marcos〕;2005年6月2日

先月中旬、4年程の沈黙を破って、サパティスタ民族解放軍(EZLN)が全面警戒態勢を宣告し、表舞台に浮上した。ただ、後に続いたコミュニケで武力闘争は否定したのだが、この全面警戒態勢が何を意味するのかが不明瞭で、6月下旬には様々な憶測が飛び交った。この後のEZLNが取る方針を詳しく記した「第6ラカンドン密林宣言」が出された。

ラカンドン密林のペンギン
マルコス副司令官〔Subcomandante Marcos〕:2005年7月28日

マルコス副司令官による、サパティスタの若き兵士たちとメキシコの密林に現れたペンギンのお話を抄訳して掲載。

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パラグアイの米軍「民主主義拡大」を準備
ベンジャミン・ダングル〔Benjamin Dangl〕;2005年9月16日

パラグアイで論争が巻き起こっている。米国軍が秘密裏に作戦を行っているのである。7月1日、飛行機、武器そして弾薬と共に、500人の米国の軍隊がこの国に到着した。目撃者の証言によると、ボリビアとの国境から200キロの地点にあるパラグアイのマリスカル・エスティガリビアに空軍基地が存在し、そこを米国軍が利用している可能性がある。

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エクアドル大統領、ボリバル主義を受け入れる
スティーブン・レンドマン〔Stephen Lendman〕;2007年2月21日

昨年11月ウゴ・チャベス・フリアスがあるエクアドル人を味方に引き入れたのは、〔エクアドルの〕有権者らが米国に選ばれた、国で最も裕福な人物を退け、驚愕すべき票差でラファエル・コレアを大統領に選出した時である。コレアは大衆路線の経済学者であり、自称「人道主義の左派キリスト教徒」である。長年エクアドルの普通の人々の利益に反して、エリートによりエリートのために支配されてきた中南米のもうひとつの国に大きな変革を〔彼は〕誓っている。彼ら〔大衆〕の声はついに発せられ、勝利した。

エクアドルの前途有望な社会変革
スティーブン・レンドマン〔Stephen Lendman〕;2007年10月16日

長年の中南米専門家であるジェームス・ペトラスはこう記す。「現在のエクアドルは基本的な社会変容のための好機を得ているのと同時に、帝国のネットワークからの重大な脅威にも直面している」その地域の諸国家が常に直面してきたように。近年、都市や地方の結集した大衆階級が新自由主義体制を追い払ったのにもかかわらず、それらがいわゆる中道左派の指導者(彼らは左派でも中道でもない)として再び現れるのを見てきた事の次第を彼は書き留める。その中にはブラジルのルーラ、アルゼンチンのキルチネル、ボリビアのモラレス、ウルグアイのバスケス等が含まれる。ウゴ・チャベスでさえ、「実利主義的な左派」の立場から統治している。

地球の中心の善と悪:ケチュア族のクリスマス・キャロル
グレッグ・パラスト〔Greg Palast〕;2007年12月26日

コレア教授博士は非常に強靭な人物である。彼はジョージ・ブッシュに、米軍基地を赤道の太陽が輝かない所へと移すよう告げた。エクアドル金融の喉もとを掴み、思い通りに支配してきた国際通貨基金と世界銀行にくたばれ、と彼は言い放った。財政上の銃を突きつけられて彼の前任者達が取り決めた「協定の数々」を彼は引き裂いた。高利の利子をエクアドルに請求していたマイアミの債券ハゲタカたちに、彼は債券を肩代わりするよう伝えた。「私達の国民の貧困によって、この負債を返すことはありません」と彼は述べた。食糧が第一であり、利子返済はその後、ずっと後ということである。そして彼は本気だった。

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2005年08月21日
勝者と敗者 ―スーパーパワーの軌道から離れて―
トム・エンゲルハート〔Tom Engelhardt;2005年5月3日

冷戦後の米国の動き、その単独行動主義の誤算、そして新たに台頭し始めた力を描いたトム・エンゲルハートの記事翻訳。

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