2007年12月22日

民主主義日記
〔Democracy diary:Original Article in English/ZNet原文

ヒラリー・ウェインライト〔Hillary Wainright〕Red Pepper;2007年12月14日

ヒラリー・ウェインライトがカラカスからベネズエラの国民投票を、そしてまた改革に向けた次の段階を報告する

国民投票当日のカラカスは非公式に午前3時から始まった。有権者達が爆竹を鳴らし、クラクションを鳴らすことで、チャベス大統領による憲法改正案の運命を決める日の夜明けを祝っていた。これらの改憲案に含まれていたものは、住宅供給、社会保障、教育に対する社会的権利や、短縮された週労働日数といった野心的な案、それに加えて、地域住民委員会の強化、ベネズエラを正式に社会主義国家にすること、大統領に広範囲な非常事態権限を与えることや、彼の任期が満期になる2012年にチャベスが大統領に再び立候補することを可能にするための数々の案であった。

投票の視察

私にとって国民投票当日は、それよりもゆったりとした時間、午前7時に始まった。灰色のジャケットを着て、「observación internacional〔国際監視団〕」の野球帽を被り。私達は大学関係、メディアや市民社会団体に所属する80人程の人々で構成された国際団体のひとつで、国民投票の投票過程を監視した。10台のミニバンがあてがわれ、私達はカラカスとその周辺へと派遣された。私はグループ10に配置され、空港近郊の中流下層階級/労働者階級の地域カティア・ラ・マル〔Catia La Mar〕近辺の6つの投票所を訪れた。そして投票終了後に、電子投票の手集計を監視するべく、カラカス中心部の大きな中等学校に戻った。

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2007年12月14日

敗北はチャベスの基本計画だったのか?
〔Was Failure Chavez's Masterplan?:Original Article in English/Venezuelanalysis.com原文

カルロス・ルイス〔Carlos Ruiz〕Rebel Resource ;2007年12月6日

1998年のウゴ・チャベス大統領当選以来、ベネズエラの政治は世界で最も能動的で人を引き付けるものになってきており、それと共にその国の急進的で新しい目標には激しい異議が唱えられている。日曜〔12月2日〕にチャベス支持者の多くが、広範囲に及ぶ一連の憲法改正案に対する投票を棄権したことが、その否決に至り、またとても実質的で真っ当な疑問を投げかけた。つまり、負けるのは初めから彼の意図であったのか?

わずか一年前にチャベスは、記録的な63%の得票及び有権者の4分の1の棄権のみで決定的に再選を果たした。それ以来一握りの論争が起きており、その中のどれもが彼の支持層の中の少数派を潜在的に遠ざけ得るものであった。それにもかかわらず日曜の投票が敗北に終わったのは、チャベスを未だ支持しているのではあるが、本格的な「21世紀の社会主義」を成し遂げる急進的で景観を一変させるような変化の数々には準備ができていなかった、極めて重要な階層の棄権によってであった。

ある評論家はこの大規模な棄権を、極度の雄弁や不十分な行動に起因した「倦怠」のためであると批判した。棄権した者たちがチャベス派のより保守・穏健派を代表しているに違いない故に、これは実態ではありえない。それよりも現実的な論点は、反対派による威嚇戦術や偽情報によってその層が特定の個々の案に慎重になった、というものである。もしこれまで知られてきた反対派の得票能力を超えたかなりの数の「反対」票があったのであれば、これはおそらく真実味をおびるのだが、そうではなかった。どうあろうとも、「反対側」からのプロパガンダはまず本気にされない。大規模な棄権が示唆することは、この問題全体の奇妙な状況下、穏健な「チャベス派」が単に理性的に行動した、ということである。

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2007年12月08日

ベネズエラ憲法改正否決(差し当たりは)
〔Venezuela's Constitutional Reform Fails (For Now):Original Article in English/ZNet原文

ジャスティン・ポドゥール〔Justin Podur〕;2007年12月4日

ベネズエラの憲法改正案国民投票は否決され、ベネズエラ野党とは異なり、チャベスは潔くその敗北を認めた。最善の結果は「賛成」の側の辛勝であったのだが、この敗北は地域的及び世界的に消極的な帰結をもたらすであろう。米国の後ろ盾を得たコロンビアのウリベ大統領は、チャベスがコロンビア政府とFARC〔コロンビア革命軍 〕ゲリラの仲介にあたってきた人道的な協和を数日前に打ち切っていた。米国はペルーとの自由貿易協定を協議中である。しばしばみられるように米国の対外政策に仕えているカナダは裏口を使い、自国にも協定を取り決めることによって、米国がコロンビアとの自由貿易協定で合意に達するよう試みている。以上の全てにおいて、エクアドル、ボリビアやブラジルといった諸国の進歩的勢力や政治家達が政治的方針や支持を仰ぎベネズエラに目を向けてきた。国民投票の結果は米国がこうした勢力を孤立させることをより容易にする。

だが、チャベス自身が述べたように、戦いは終わっておらず、これ〔投票結果〕から派生し得る良い事柄がいくつかある。

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2007年12月01日

潜水艦とゆるんだネジ:
チャベスの側近、仕切りを飛び越える
〔Of Submarines and Loose Screws: A Chávez Ally Jumps the Divider:Original Article in English/Venezuelanalysis原文

ジョージ・シカリエッリョ=メイハー〔George Ciccariello-Maher〕CounterPunch;2007年11月17日

11月5日、ラウル・バドゥエル退役将軍は、ベネズエラと海外の多くの者に衝撃を与えた。憲法改正案を非難し、12月2日に「反対」票を投ずるよう勧める声明文を読み上げたのである。多くの者が感じたその衝撃、またある者にとっては憤慨は、これ程有力な側近の離反の結果であったことは疑いがない。この7月までバドゥエルはベネズエラ国防大臣を務めていた。しかしその職務それ自体では、ラウル・バドゥエルが近年チャベス支持者達から得てきた神話的な地位を説明しきれない。バドゥエルの離反に対する一般の衝撃、及びその必然性の両方を理解するためには、おおよそ30年に及ぶ歴史により綿密に目を向ける必要がある。

国家尊厳回復作戦

チャベスと共にバドゥエルは、1980年代初期にベネズエラ国軍内で形成された秘密組織、革命的ボリバル運動200(MBR‐200)の結成メンバーであった。この陰謀を企む理想主義者の一団は、マラカイ〔アラグア州〕の落下傘連隊に起源を持っていた。マラカイは〔首都〕カラカスから西に2時間程離れた息苦しいほど暑い人口100万人の都市で、そこで彼らは旧第四共和国〔チャベス政権以前の体制〕の汚職や抑圧からの脱却を計画し始めた。シモン・ボリーバル〔南米の解放者〕が休んだとされる歴史的に有名な大木サマン・デ・グエレ〔Samán de Güere〕の下で共に彼らはボリーバル主義の誓約を誓った。

しかし機が熟したとき、バドゥエル自身が目立って不在であった。あるインタビューで彼はマルタ・ハーネッカーに、1992年のクーデターの試みに加わらないことを選んだのは、それを時期尚早であると彼が考えたからだと語った。この決断ゆえにバドゥエルはしばしば非難されてきた反面、彼が完全に誤っていたわけではない。つまり、そのクーデター自体は、その後に起きたことにとって必須であったとはいえ、確かに時期尚早で不十分に計画されたものであった。とはいえ1992年のクーデター以前のバドゥエルの懸念のいくつかは目に付く。「軍の構造はどうなるのか?」と自問したのをバドゥエルは想起する。「私達よりも高い地位にいる者たちをどうするのか? 彼らを私達に従わせることはできない……なぜなら軍の生活の根本的な要素は階層主義〔verticalism〕なのだから。」この2002年のインタビューでバドゥエルは、〔ニカラグア〕サンディニスタの「ゼロ司令官〔コマンダンテ・セロ〕」からコントラに転身したエデン・パストラのように感じる、と予言的にも冗談を言った。彼〔パストラ〕が「両方の側から慕われていなかったのは、彼が彼らを裏切ったからである、とある者は言い、彼らに潜入したからであるとその他は言った。」

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2007年11月17日

ベネズエラ:投票と弾丸の狭間で
〔Venezuela: Between ballots and bullets:Original Article in English/Venezuelanalysis原文

ジェームズ・ペトラス〔James Petras〕AxisofLogic;2007年11月15日

序文

ベネズエラの民主的に選挙で選ばれたチャベス大統領は、2002年4月11日のクーデター以来最も深刻な脅威に直面している。

特権階級に属する中流・上流階級の大学生らによる暴力的な街頭デモは、カラカスの中心及びその周辺で、複数の通りにおける重大な交戦にまで至っている。更に深刻なことに、7月に退任した元国防相のラウル・イサイアス・バドゥエル将軍は、11月5日の記者会見で軍事クーデターをあからさまに呼びかけた。彼は右派及び極右のマスメディア及び政治政党のみのために会見を開いた一方で、「一個人としての」反体者の態度を取った。

全ての国際・国内民間マスメディアは、バドゥエルの演説と記者会見を宣伝した。それと共に、反体制派学生を、2007年12月2日に予定されている政府の国民投票に反対し、民主的な権利を望む平和的な抗議者として描くことで、彼らの荒れ狂った行動を捏造して報道した。

ニューヨーク・タイムズ紙、ウォールストリート・ジャーナル紙、BBCニュースやワシントン・ポスト紙は全て数年間、チャベス大統領の「権威主義」という情報を読者に与えてきた。広範囲に及ぶ政治・社会的民主化への展望を強固にする憲法改正を前に、米国、欧州や中南米のメディアはクーデターを支持する元軍人らを「民主的な反体制派」として描き出した。憲法改正国民投票が行われる2007年12月2日投票日の前段階とその後における「独裁的」権力に訴える彼の手段に幻滅した元チャベス支持者らとして。主要な新聞紙のどれひとつとして、改正案の民主的な核心に言及してきていない――地元住民や地域住民委員会〔consejos comunales〕への公共支出と意思決定権の移譲である。再び、1973年のチリと同様に、米国マスメディアは中南米の民主主義を破壊する企てにおいて共謀している。

中南米における中道左派の報道機関や政党でさえも右派のプロパガンダをそのまま報道している。11月に自称「左翼」のメキシコ日刊紙ラ・ホルナダの見出しは「ベネズエラ中央大学(UCV)経営陣や学生ら、暴力を助長したとしてチャベスを非難」であった。続けてその記事は、右派が偽造した選挙に関する世論調査を繰り返した。それは憲法改正が頓挫することを示しているとされるものである。

共和党のホワイトハウスと民主党が過半数を占める議会の両方としての米国政府は、大衆主義・国粋主義のチャベス大統領を排除し、高度に進歩的な憲法改正案を駄目にする新たな企てを再び公然と後援している。

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2007年11月10日

キューバに対するベネズエラの債務
〔Venezuela’s debt to Cuba:Original Article in English/ZNet原文

サリム・ラムラニ〔Salim Lamrani〕;2007年10月27日

ハバナ〔のキューバ〕政府に燃料援助を提供していることに対して、ベネズエラの寡頭勢力はチャベス大統領を激しく非難する。キューバが日量9万8千バレルの石油を特恵価格で受け取っていることは事実である。それにもかかわらず、このカリブ海の国家は好意的な協定から利益を得ている唯一の国家ではない。ハイチ、ジャマイカやニカラグアを含むその地域の大多数の諸国も又、この政治的連帯を享受している。ロンドンや複数の米国の都市もまた、その様な論争を巻き起こすことなくベネズエラの寛大さの受領者になっている。(1)

2007年9月30日、彼のテレビ番組「こんにちわ、大統領」放送中に、チャベスはこれらの非難に個人的に返答した。彼によれば、ベネズエラがキューバに負っている債務は、その島国に提供された燃料援助よりも遥かに大きい。「私が捨て値で燃料をキューバに与えていると非難する[……]者たち[は]愚かである。もし帳簿を1ボリーバル〔ベネズエラ通貨〕1ボリーバル、1セント1セント計算すれば……」と〔述べ〕大統領は3万人のキューバ人医師らが5年以上の間、基本的に無料で自発的に国内で働いてきていることを思い起こさせた。彼はキューバの専門家たちがその5年間に、ベネズエラの医療の全歴史を通してベネズエラ人医師らが救ってきたよりも多くの生命を救ってきたことを確証した。「それには値段は付けられない」と彼は強調した。「事実に基づく価値においてどちらがより値打ちがあるか、私達がキューバに売却する石油か、これか?」と彼は訊ねた(2)。

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2007年10月27日

チャベス:「ガルブレイスの信奉者」
〔Chávez: 'Galbraithiano':Original Article in English/Venezuelanalysis原文

グレッグ・グランディン〔Greg Grandin〕The Nation;2007年10月2日

昨年、ニューヨーク・タイムズ紙は、ウゴ・チャベスが国際連合での演説――彼がジョージ・W・ブッシュを悪魔と呼び、米国人にノーム・チョムスキーを読むよう熱心に勧めた演説〔正確にはその後の記者会見〕――で、その言語学者が死去する前に彼と面談できなかったことを遺憾に思うと述べた、と報道した。チョムスキー氏の家に電話すると彼はピンピンしていた、とタイムズ紙の記者は皮肉った。けれども、スペイン語の原文の再検討が成され、チャベスがチョムスキーではなく、その数ヶ月前に実際に亡くなっていたジョン・ケネス・ガルブレイスに言及していたことが判明したため、タイムズ紙は訂正記事を出さなければならなかった。

ウゴ・チャベスを嘲笑しようと急ぐあまり、報道界がジョン・ケネス・ガルブレイスを訳し落としたこの出来事には、ささいな皮肉以上の何かがある。なぜならば、それ自体公の議論から長いこと取り除かれてきた、このハーバード大経済学者のニューディール政策による社会民主主義こそがまさに、チャベス革命〔Chavismo〕のみならず、それが極めて重要な一部となっているより広範な中南米左派を、より公正に考察することを可能にするからである。

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2007年10月20日

ベネズエラの躍動的な政治文化
〔An Engaged Political Culture in Venezuela:Original Article in English/ZNet原文

シンシア・ピーターズ〔Cynthia Peters〕;2007年9月14日

アンデス山脈を上下降するでこぼこした山道の脇にある小さな売店に、濃く甘いエスプレッソを飲むため私達は立ち寄った。それは小さな二口サイズのカップで出てきて、ちょうど良い量のカフェインだった。危険なのと同時に感覚を失わせる程繰り返し現れる見通しの悪い曲がり角で注意を怠らないようにするために。そこで出会った、同じくコーヒーを飲んで休憩していた二人のベネズエラ人が話しかけてきた。近くの村に飲み水を運ぶ彼らの仕事について、チャベス政権に関する彼らの意見、そしてどの地域共同体で政府がどんな計画を実行するのかを取り決める草の根の顧問委員会(「consejos comunales〔地域住民委員会〕」)について、私達は数分間和気あいあいと会話をした。

「社会主義に向けたチャベスの努力はどうなんです?」と私は彼らに訊ねた。

「社会主義は分かち合うことです」と一人が答えた。「私が三枚シャツを持っていて、あなたが一枚も持っていなかったら、私は少なくとも一枚をあなたにあげるべきです。」

ベネズエラの標準でいうと、それはとりわけ注目に値する会話ではなかった。私達はこの様な会話を多くしてきた――その中のいくつかはこの国の革命に向けた変革にとても好意的で、その他はそれ程でもなかった。とはいえ、社会で意義のある役割を担うことができない状況を、あまりにも多くの市民がどうする事もできないと感じている米国の政治文化に慣れきった者にとって、その会話は確かに注目に値した。

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2007年10月06日

ベネズエラ労働者、チャベスのPSUVに合流へ
〔Venezuelan Workers to Join Chávez’s PSUV :Original Article in English/Venezuelanalysis 原文

ポール・ヘースト〔Paul Haste〕Upside Down World;2007年9月12日

ベネズエラの「Unión Nacional de Trabajadores」(UNT、全国労働者組合連合)は、ボリバル革命における組合連合の関与を脅かしてきた戦術や戦略、そして政治的手段に関する激しい内輪もめや衝突にもかかわらず、200万人の組合員に「Partido Socialista Unido de Venezuela」(PSUV、ベネズエラ統一社会党)に合流するよう呼びかけた。

UNT組織者スタリン・ペレス〔Stalin Pérez〕は全労働者に、バリオ〔居住区〕や職場で「大隊」(地方政党支部)を編成し、「私達のサンディカリズムと社会主義の提案……そして如何にして民主的組織編制を構築するのかという私達の思想」を従えて、PSUVに合流するよう呼びかけた。

この呼びかけがニュースであると見なされていること自体が、2003年に連合が結成されて以来UNT内の政治分派の間の関係がどれほど対立的であったかを反映している。ペレスが説明するように、労働者は「UNTが困難に直面していることを意識しており……協力し合えなかったことや政治的不一致は労働者に影響を及ぼす。」

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2007年09月23日

チャベスによる憲法改正のいくつかの側面
〔Some aspects of Chávez's constitutional reform:Original Article in English/ZNet原文

エドゥアルド・ディマス〔Eduardo Dimas〕progreso;2007年9月10日

ウゴ・チャベス大統領による憲法改正案は権力の座に無期限に留まる方策である、とスペイン語の新聞で読んだ。これはあり得る。ただし、彼はベネズエラ国民によって繰り返し再選されなければならないのだが。したがって、無期限の委任統治は正確には彼にではなく、彼が獲得する国民の承認に懸かっているのである。彼の政権に対する信任投票という結果になった、有名な2004年の〔大統領〕罷免国民投票を含めるとチャベスは既に4度当選している。

チャベスの案に反対するベネズエラのニュース・メディアの大多数は、それをクーデターであると称している。もしそうだとしたら、それは歴史上最も奇妙なクーデターになる。何故かと言えば、改革案は議会に提出されたのであり、そこでそれは論議され、議員らによって承認あるいは修正されたのち、討論のためバリオ〔居住区〕、町、都市や地方に送られる。その後、国民投票に掛けられるのだから。

チャベスは憲法に対する33の変更点を提案した。そこに含まれるのは大統領任期を〔現在の6年から〕7年に変更し、ベネズエラ国民が望む限り多選を可能にする案である。「彼自身を永遠に権力に就ける策略である」と言う者もいる。彼らが口にしないことは、チャベスが彼の再選を国民の手に委ねていることである。

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2007年09月15日

ウゴ・チャベスの試行(と錯誤)
〔The Trial (And Errors) of Hugo Chavez:Original Article in English/ZNet原文

スティーブ・エルナー〔Steve Ellner〕In These Times;2007年9月1日

2006年4月、カラカスとラ・グァイラ港を結ぶ主要道路の構造上安全でない橋を取り壊す試みが失敗に終わった後、チャベス反対派勢力は政府の無能に対する怒りをあらわにした。2006年12月大統領選挙の野党候補マヌエル・ロサレスは、ウゴ・チャベス大統領が「カラカス〜ラグアイラ橋が崩壊するに任せた」のであり、「多数の公共事業に着手しながら完成させずにきた」と非難した。

しかしながら、2007年6月21日にチャベス大統領は、高さ180フィート〔約54メートル〕で、元の橋よりも長い半マイル〔全長900メートル〕の長さである新橋〔Viaducto 1 〕を開通させた。建造は予定通りに行われ、コパ・アメリカ〔サッカー南米選手権〕のキックオフに間に合った。野党に対する鋭い突きとして、主要な国有テレビ局は「実績をそう簡単には覆い隠すことはできない」と宣言した。チャベスに更に有利となったことは、コパ・アメリカの90年の歴史でベネズエラが初めて主催した選手権のために9つの最新で緻密に設計されたスタジアムが建設あるいは改築されたことである。

たとえこの勝負に政府が勝利したとはいえ、反対派によって提示された問題は安易な回答を許さない。石油価格は記録的な高さにある。そして国粋主義者のチャベスは石油諸企業と有利な条件で商談してきた。諸企業は現在オリノコ川流域の莫大な埋蔵物のために33パーセントの使用料〔ロイヤルティー〕を支払っている。90年代の新自由主義時代にそれは1パーセントであった。実験的な諸計画に出資するためにチャベスは、増大した石油収入のみならず、所得税制度の強制的な実施をも当てにしている。

その一方でベネズエラの人々は、チャベスがこの棚ぼたの収入を有効利用しているのか、あるいは組織の混乱や汚職、誤って設定された優先事項を通して浪費しているのかを議論している。

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2007年09月08日

ベネズエラの軍備増強:事実か虚構か?
〔The Venezuelan Arms Build Up: Fact or Fiction?:Original Article in English/Venezuelanalysis原文

ビクター・フィゲロア=クラーク〔Victor Figueroa-Clark〕Red Pepper Venezuela Blog;2007年8月26日

過去1年程の間のベネズエラ軍に関する主流報道の記事に目を通すと、それが大規模で不穏な軍備増強に従事しているように思わせるものがある[1]。「権威主義的」で「大衆迎合主義」であるというチャベス政権に対する広く普及した非難と結びつけて考えると、これは多くの者に懸念をもよおさせる。一般の人たちがベネズエラについてあまり多くを知らない一方、「チャベスは少し怪しげ」であり、また彼の政権はその地域の安定を脅かす軍事機器に莫大な額を費やしている、という印象を彼らは受けている。

チャベスの「権威主義」という無知な主張の数々は容易に論破することが可能なのだが、潜水艦や航空機の購入を説明するのはより困難である。軍事機器は何処から見ても軍事機器であり、ベネズエラの様な国がジェット戦闘機や潜水艦、あるいはヘリコプターを必要とする理由を理解することは一見したところ容易ではない。こうした軍備が数十億ドル掛かることを考慮に入れると、これらの購入がこの国家の需要との釣り合いを欠いた、莫大な増強の一端であると解釈するのは容易いことである。

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2007年09月01日

ベネズエラにおける労働組合と社会主義
〔Trade Unions and Socialism in Venezuela:Original Article in English/Venezuelanalysis 原文

オルランド・チリーノ&アポレア・ドット・オーグ〔Orlando Chirino and Aporrea.org〕International Socialist Review;2007年7月18日

以下のインタビューはオルランド・チリーノと行われた。彼はベネズエラの全国労働者連盟(UNT)の全国組織者であり、UNTに所属するC-CURA(United Autonomous Revolutionary Class Current〔Corriente Clasista, Unitaria, Revolucionaria y Autónoma〕)の指導者である。インタビューが行われたのは、ウゴ・チャベス大統領が新しいベネズエラ統一社会主義党(PSUV)の形成を提案した後である。当初ベネズエラの左派ウェブサイト「Aporrea.org」に4月に投稿された後、英語に翻訳され2007年5月初旬に「British International Socialism journal」ウェブサイトに投稿された。

3月24日にPSUV形成を提案したときチャベス大統領が提起した諸問題に対するあなたの評価はどのようなものでしょう?

チャベス大統領が打ち出した議論の大きな長所は、それがベネズエラ革命の本質や、PSUV創設のための計画、そして異なる社会部門、特に労働階級によって担われる革命における役割を論じる機会を私達に与えたということです。それは如何にして組織編制を築き上げるのかという議論であり、それは私達が率直に、公に、そして完全な誠実さをもって論じるべきである、おびただしい一連の問題を提起します。

最も気掛かりなことは、大統領が彼が正に非難したことを結局は行ったことです。彼は政治的共食いが左派の諸組織を特徴付けると非難したのですが、その後に彼の見解を共有しないものは誰もが反革命主義者だと述べたのです。私が思うにこれは深刻な誤りです。なぜならそれは議論を促進するどころか停止させ、そして大統領が克服することを切に願っていると述べた派閥主義を助長するからです。

何が最重要事項であると考えていますか?

議論すべき問題は山ほどあるのですが、特に2つ述べさせてください。例として、大統領は改革論者は危険であると言います――私も同意します。とはいえ、大統領が提示している計画は改革派の概念に基づいており、又資本の論理から袂を分かつ見通しがないのです。説明させてください。

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2007年08月25日

中南米民主主義に対するワシントン・ポスト紙の偏見
〔The Washington Post’s Bias Against Democracy in Latin America:Original Article in English/ZNet原文

チャック・カウフマン〔Chuck Kaufman〕;2007年8月19日

1980年代にワシントン・ポスト紙は、ニカラグアにおけるサンディニスタ革命を攻撃するため、社説欄の様式に磨きを掛けた。それに伴ったものは、半真実や完全なる嘘、当てこすりや根拠のない憶測を織り合わせた複雑で入り組んだ社説の数々である。これらの社説は200単語に制限された投書で反論することは不可能であった。この「大嘘」戦略が効果的なのは、真実で返答するためには大元の嘘よりも多くの言葉を要するためである。

ワシントン・ポスト紙は今、この「大嘘」戦略をベネズエラにおけるボリバル主義の過程とその民主的に選ばれたウゴ・チャベス大統領に対して用いている。2007年8月17日付の社説は、この戦略の模範的な例である。それは「現金払い持ち帰りの法則Cash-and-Carry Rule」と題され、その副題は「ベネズエラのウゴ・チャベス、オイルダラーと『改革』に向けたもう一押しで独裁政権を固める」とあった。

米・ベネズエラ関係や、石油の富を貧しい大多数の利益のために利用することを目指したベネズエラにおける過程を失敗させる組織的運動という重要な問題について、「米国・ベネズエラ連帯ネットワーク」は、真剣な読者を啓蒙する公共サービスとして、ワシントン・ポスト紙社説の一文ずつの脱構築を以下に提供する。

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2007年08月04日

ベネズエラ野党、憲法改正に反対する「広範な戦線」呼びかけ
〔Venezuelan Opposition Calls for “Broad Front” Against Constitutional Reform:Original Article in English/Venezuelanalysis原文

キラズ・ジャニック〔Kiraz Janicke〕;2007年7月29日

カラカス、2007年7月28日(venezuelanalysis.com)――ベネズエラの1999年憲法を改正する計画を退けるべく、ベネズエラの野党勢力は「広範な戦線」の形成を呼びかけた。この発案を支持するベネズエラ野党、「勇敢な国民同盟党〔ABP〕」、「新時代党〔UNT〕」、「民主行動党」、「キリスト教社会党〔Copei〕」、「正義第一党〔PJ〕」、「ベネズエラ社会組織前進運動党〔VAMOS〕」や、「社会主義運動党〔MAS〕」は、7月26日にカラカスのラジオ局「ウニオン・ラディオ」によって主催された討論会に参加した。VAMOSのラファエル・シモン・ヒメネス〔Rafael Simon Jimenez〕は、「帝国的な大統領職を拒絶するには、チャビスモ〔Chavismo〕[チャベス支持者ら]をも含む広範な戦線を生み出すことは必須である。〔無期限〕再選に反対!」と述べた。

米国の後援を受けた2002年4月の軍事クーデターの頓挫及び2002年12月から2003年1月に亘った石油産業ロックアウト以来、主として憲法に則った戦略を追求してきたベネズエラ野党は、これまでも協調政策を試みてきた。特に2006年の大統領選挙時の単一候補を立てる試みがある。その選挙をボイコットした旧支配政党の民主行動党(AD)の指導者らは、その試みを「空の酒瓶を取り合う酔っ払いたち」と描写した。

とはいえ殆どのチャベス反対者らにとって、野党勢力の多くは非常に評判を落としている。その理由は2002年のクーデター未遂や2003年の石油産業閉鎖時のように、過去8年間繰り返しチャベスを排除し損なってきたからである。人権や民主主義という言葉を用い、野党はかつて覆すことを試みた憲法に対する改正に今は反対している。親チャベスよりの政党のひとつとして野党の「広範な戦線」に関与することにこれまでのところ賛成していない。

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2007年07月28日

チャベス大統領「社会主義都市」と憲法改正を告示
〔President Chavez Announces “Socialist Cities” and Constitutional Reforms:Original Article in English/Venezuelanalysis原文

クリス・カールソン〔Chris Carlson〕;2007年7月23日

メリダ、2007年7月23日(venezuelanalysis.com)――ウゴ・チャベス大統領は〔首都〕カラカス近郊の最初の「社会主義都市」の発足時に複数の新たな告示をした。そこに含まれたのは、大統領の無期限の再選を許すこととなる提案されていた憲法改正や、公務員の高給の統制などである。

「私達はボリバル社会主義の理念を持って、資本主義の理念と闘っている」とチャベスは国営テレビで宣言した。軍や学校に対し彼の理念を押し付けているという非難に対してチャベスは、この国家に押し付けられてきた「よこしまな資本主義の理念」と彼の政権が闘っていることは「疑いない」、と述べることで返答した。

「私達は私達に、又この国の軍に売り込まれてきた帝国主義の理念と闘っているのであり、彼らはそれをもって私達を100年間爆撃してきた。私達が米国人のように考え、米国人を賛美するよう仕向けるために」とチャベスは述べた。

告知が成されたのは、首都のすぐ北〔バルガス州〕に位置するカミノ・デ・ロス・インディオスにおける、いわゆる「社会主義都市」をチャベスが正式に発足させた時である。これらの新しい社会主義都市は、チャベス政権が「権力の新たな幾何学」と称したものの一環になる。それは彼の完全な二期目に数えられる大統領任期における革命の5つの「原動力」のひとつである。チャベスによれば、「社会主義都市」は家族の生活に基づいて設計された小規模の生産的な生活共同体で構成されるのであり、「資本主義に仕えること」ではない、と彼は述べた。

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2007年07月15日

ベネズエラの本当の「自由の戦士達」は誰だ?
〔Who Are the Real “Freedom Fighters” in Venezuela?:Original Article in English/Venezuelanalysis.com原文

クリス・カールソン〔Chris Carlson〕;2007年6月7日

Students on the Knees黒いTシャツを着た学生達が、隊列を組んだ警察機動隊の前でひざまずき、時に街頭を平和裏に行進し、時にマスクや石で催涙ガスに立ち向かい、更に警察官らに白いカーネーションを手渡しさえして、自由や表現の自由、そして弾圧からの解放を懇願する。これがベネズエラの「自由の戦士」のイメージである。それは暴政や共産主義の独裁政権の憤怒に立ち向かい、自由と人権を要求した天安門広場や東ヨーロッパの若者達を連想させる。これはいつも通りの話なのか? 抑圧的で非民主的な独裁者を打倒することを決意した若き自由の戦士たちによる勇敢な政治運動という同様の典型的な状況なのか?

過去2週間の間〔首都〕カラカスの街路を歩き、街頭での論議に耳を傾け、反政府派及び親政府派両方のデモ行進に参加し、両方の集団と話をして民主主義とは何なのかや、暴政とは何か、そして特に表現の自由がどの様に現れるのかに関して彼らの意見、根拠や信条を聞いた今、私は何がベネズエラの学生反対運動と親チャベス集団を区別するのかをより理解するようになった。結論から言うと、ベネズエラの最近現れた学生「自由の戦士たち」が持つ民主主義、暴政や自由それ自体に関する認識には多くが欠けていることを私は気付いたのである。とはいえそれよりも興味深いことは、ベネズエラの真の自由の戦士達が反政府派の学生や記者達ではなく、むしろ主流及び国際メディアにほぼ完全に黙殺されてきた別のより大規模な政治活動家の集団である、ということである。

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2007年07月07日

未来の都市?
ベネズエラの都市カロラにおける民衆の力の構築
〔The City of the Future?
Building Popular Power in the Venezuelan Town of Carora :Original Article in English/Venezuelanalysis原文

ジェイ・ハートリング〔Jay Hartling〕;2007年4月26日

カロラの街路は他の中南米都市によく似ている――せわしない商取引があらゆる街角で行われ、往来、喧騒、人々が日々の日課をこなしている……だが、私が訪問したことのある中南米の他のどの地方自治体、特にベネズエラのその他のどれとも区分する何かが、ベネズエラ、ララ州のカロラとペドロ・レオン・トレス〔Municipio Pedro Leon Torres〕地方自治体にはある。つまり、この都市は地方自治体の行政制度全体を、下から〔from the bottom up〕民主化し変えていく道を歩みだしている――現市長フリオ・チャベス(ウゴ・チャベス大統領との血縁関係はない)によって率いられて。

カロラは人口約10万人の都市であり、ベネズエラ北西部の農業が盛んなララ州に位置している。それはララ州の地形の40%を占めるペドロ・レオン・トレス地方自治体の所在地であり、その州で面積からみると最大の地方自治体となっている。そこは暑い――4月の温度は平均でセ氏約35度あるいはそれ以上になる――とはいえ、本当に熱いのは、これ程の短期間に市長がこの美しい都市を民衆の力の小宇宙へと変化させたその燃えるような速度である。

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2007年07月01日

ウゴ・チャベスの理想:地球の夢
〔Hugo Chavez' Vision: The Earth's Dream:Original Article in English/venezuelanalysis.com原文

アルド・ヴィダリ〔Aldo Vidali〕;2007年6月22日

著者のメモ:個人崇拝の危険についての助言を筆者は頂戴した。権力に取り付かれ、イタリアを戦争へと至らしめるまでムッソリーニが人々のために行っていた善行の数々に対する大衆の熱意を筆者は子供のころ目の当たりにしたのだが、ウゴ・チャベスの理想に対する筆者の熱意がそれを忘れさせた。人間は誰一人として自尊心や成功に対する誘惑に影響を受けないことはない。チャベスは善い事を行っているのだが、彼も普通の人間であり、彼が完璧でないことを彼が認めるであろうと筆者は信じている。2002年クーデター時に誘拐された後〔首都〕カラカスに帰ってきたときウゴ・チャベスがまず語ったことは、反対意見に対する敬意と憲法の尊重であった。石油侵略戦争において彼が最高司令官〔Commander in Chief〕であるという弁解を理由にG〔ジョージ〕・W・ブッシュによる米国憲法の危険な弾圧は、民主主義を愛する者全てに誰が権力についていようとも十分気をつけるべきである、という警告になっている。

「民主的社会主義は人々の愛である。」このベネズエラ大統領の言葉が、ある異なる世界――この惑星全域の若者が可能であると信じる公正で平和な世界――の誕生を宣言した。

国連総会でのウゴ・チャベスの演説は、筆者の記事「Hugo Chavez and the Devil's Recipe〔ウゴ・チャベスと悪魔のレシピ〕」を書くきっかけになった。それは最初に2007年1月29日にテキサス州クロフォードの「ローン・スター・アイコノクラスト」紙に、そしてその後2007年3月15日にVenezuelanalysis.comに掲載された。記事はチャベス氏の理想を、イタリア人映画監督フェデリコ・フェリーニの世界観と比較した。フェリーニとチャベスの両者ともが彼らの仕事において人々に対する愛と共感を表現している。フェリーニは映像の魔術師として、より人間らしい文化を生み出すことを手助けした。そしてチャベスは革命的解放者及び政治家として、この惑星をことによると破滅から救う異なる世界を生み出している。

「Hugo Chavez and the Devil's Recipe」は大いに国際的注目を浴び、世界中の人々から次のような質問が来た。如何にしたら偉大なイタリア人映画作家を理想家の南米政治家と比較することが可能なのか? 答えは、ウゴ・チャベスが人々を愛しているのみならず、世界の若者達の欲求と大望を完全に理解していることを彼が行動によって示しているからである。

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2007年06月16日

チャベスの模範の普及を危惧する米国
〔Venezuela: US fears spread of Chavez example:Original Article in English/ZNet原文

フェデリコ・フエンテス〔Federico Fuentes〕Green Left Weekly;2007年6月11日

「言論の自由賛成、帝国主義反対」という旗じるしの下に、何十万ものベネズエラ人が彼らの革命を護るため、6月2日カラカスの街頭へ出た。そしてそれは、ラディオ・カラカス・テレビシオン(RCTV)の放送免許更新拒否に続いた、米国政府によって駆り立てられた国内・国際的な組織的活動に対する直接の反応としてであり、先立つ日々に行われた反体制派デモの全てを凌駕していた。ウゴ・チャベス・ベネズエラ大統領はこう宣言した。「もしベネスエラの寡頭政治勢力が脅しをもって、また彼らの操作や不安定化計画をもって私達を止めることができると信じているのであれば、大間違いである!」

「米帝国によって操作された」不安定化計画の各々は「新たな革命的攻勢」に直面するであろうと約束し、チャベスは「今日から始まり……ボリバル主義の反撃」は国全域で開始される、「街頭で、工場で、大学で、高校で、全ての領域で――真に思想的で、政治的、一般民衆による、全国的及び国際的な反撃が」と述べた。

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posted by Agrotous at 00:43 | TrackBack(0) | ベネズエラ
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