2008年03月06日

エクアドルの犯行現場証拠、コロンビアの嘘を暴く
〔Ecuador Crime Scene Evidence Nails Colombian Lies:Original Article in English/ZNet原文

デシオ・マチャド〔Decio Machado〕;2008年3月4日

エクアドル当局による調査は、コロンビア軍が20人から22人のゲリラ兵をエクアドル領内で殺害した3月1日の明け方に起きた事実を明らかにした。FARC(コロンビアのゲリラ組織、コロンビア革命軍のスペイン語の頭文字)司令部のナンバー2、ラウル・レジェスは伏兵攻撃によって殺害された。

画像、近隣住民や生存して発見された3人のゲリラ兵の証言、弾道学の報告、そしてエクアドル軍の諜報は、アルバロ・ウリベ・コロンビア大統領の嘘の数々を証明した。コロンビアの見解によれば、エクアドル国境に近いがなおコロンビア領土に位置するグラナダと呼ばれる小さな村落にレジェスが現れるであろうという情報を基に、FARC第48戦線は追跡されていたという。

フアン・マヌエル・サントス・コロンビア国防相は、作戦中にコロンビア国軍がエクアドル領内の国境から1800メートル離れた所に位置したFARC野営地から攻撃を受けた、と述べた。その後コロンビア空軍はゲリラ野営地の所在地を突き止め、エクアドル領空を侵害してはならないという指令を考慮に入れ、攻撃を加えた。コロンビア国軍は後にその土地に対する統制を確保すべくその場に進入し、エクアドル軍が到着するまでのあいだコロンビア警察に統轄を委ねた。

エクアドル当局側の調査は、攻撃を受けるまでの間FARCが戦闘を行っていなかったことを示した。見張りをしていた3人を除いて、殺害された18人は下着を着て眠っていた。ゲリラ兵の誰一人として応戦する、あるいは降伏する機会がなかった。野営地の武器は積まれたままであった。ライフル銃や手投げ弾に手を伸ばす機会すら彼らにはなかった。つまり彼らは就寝中に虐殺されたのである。

その地域の住民の証言や、野営地に残った大きな穴が示すことは、エクアドル領内に侵入したコロンビアの航空機から4発の爆弾が発射されたということである。軍諜報部の調査によれば、それらは野営地の南側から発射されたのであり、それはつまり攻撃が始まった時、航空機はエクアドル領内に10キロ以上侵入していた、ということである。

これらの航空機からの爆撃後、コロンビア空軍の複数の「スーパートスカン〔Supertuscan〕」ヘリコプターが侵入し、エクアドル領内に位置するFARC野営地への攻撃が継続された。これらのヘリコプターは特別奇襲部隊を着陸させ、その部隊が負傷したゲリラ兵に止めを刺した。多数のゲリラ兵の遺体に残った銃傷が示すように、彼らの多くは野営地の一区画に並べられ背後から殺害された。コロンビア政府によって撮影されたラウル・レジェスの遺体の写真でさえ、彼が顔の左側に銃弾を受けたことを示している。

エクアドル軍諜報部の情報は次の事を示している。3月1日の早朝に国の領空が侵害されたのみならず、3月2日の明け方にもエクアドル領内に依然として留まっていた国軍やコロンビア警察のメンバーを撤収させるべく、暗視装置を備えたヘリコプターによる別の侵入が行われた。爆撃によってなぎ倒された樹木の位置、それらに残された複数の弾痕、また複数の遺体の位置が明示することは、コロンビア国境の方角を向いた北側でFARCが野営地を守っていた一方で、その領空侵犯は南から行われた、ということである。エクアドル領空に関する全ての国際基準に違反してコロンビア空軍が許可や通知なしで侵入したことを示している。

その地域の住民の証言は、攻撃が3月1日のおおよそ夜の12時過ぎから朝の6時まで継続したことを示している。攻撃の精密さが更に示すことは重要な軍事技術の利用である。このことが少なくともゲリラ部隊を探知する上でアメリカ合衆国が虐殺に関与した可能性が出てきた。

住民の証言はコロンビアのヘリコプターが運んだのは、攻撃側の当局が示したようにラウル・レジェスとフリアン・コンラド〔Julian Conrado:本名ギジェルモ・エンリケ・トレス(Guillermo Enrique Torres )〕2名のみの遺体ではなく、4名の遺体だった可能性を伝えている。エクアドル軍自体は、殺害が行われた木が生い茂った熱帯地域で更に遺体が発見された可能性を除外していない。

今年の終わりに満期になり、またラファエル・コレア大統領が更新しない意向を示しているエクアドルとアメリカ合衆国の間の10年間有効のマンタ空軍基地使用協定もまたこの外交危機の一要素でもある。マンタ空軍基地はコロンビア計画〔又はプラン・コロンビア〕の構造及び戦略の重要な位置を占めており、アメリカ合衆国がその基地を手放すという確固とした宣言を行ってきていないとはいえ、エクアドルにおける「市民革命」に関する〔アメリカ合衆国の〕気掛かりな政策の一部を成していることは明白である。

この報告はまず『Vamos a Cambiar El Mundo』で発表され、その後『Rebelíon』に再掲載された。

要約された〔英文〕翻訳はSupriyo Chatterjeeによるもの。中南米に関する更なる報告はMeeting Pointへ。

posted by Agrotous at 20:48 | TrackBack(1) | 中南米全般
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