2005年09月09日

マルコス副司令官による、サパティスタの若き兵士たちとメキシコの密林に現れたペンギンのお話を抄訳して掲載。(本文中リンクは訳者による)



ラカンドン密林のペンギン

〔A Penguin in the Selva Lacandona:Original Article in English/ZNet原文〕

マルコス副司令官〔Subcomandante Marcos〕:2005年7月28日

初出はスペイン語で、サパティスタ民族解放軍による〔Originally published in Spanish by the Zapatista Army of National Liberation〕

〔英文〕翻訳by irlandesa


第1部

(サパティスタは「メキシコ」と呼ばれる道に、「中南米」と呼ばれる地区〔barrio〕に、「世界」と呼ばれる町に位置した、些細な、ことによると最も小さな家である。)

あなたは信じないだろうが、エセタ司令部にはペンギンがいる。あなたは「えっ、何があったのだい? あなた達は既に緊急事態発令訳注1によって騒ぎを起こしただろう」と言うだろが、本当なのだ。実の所、これを私が書いている今、彼(ペンギン)は私の傍らで、私の今日のコーヒー付の配給である固く、古くなったパン(あと少しでペニシリンに成り代わるほどの、あまりにも多くのカビが生えている)を食べている。その通り、ペンギンである。だが、第6〔ラカンドン密林〕宣言訳注2について語らなければならないから、このことについてはもう少し後で語ろう。

私たちは、第6〔ラカンドン密林宣言〕についてのあなた達の疑い、批判、助言と議論を注意深く読んだ。全てを読んだわけではないけれども、それは怠惰のせいではなく、メキシコ南西部の山々の道を引き伸ばしている雨と泥のせいなのである。そこには複数の論点があるが、この文章においてはその内のいくつかだけに言及する。

〔以下批評に対する反論省略〕


第2部

メキシコ、中南米、及び世界に関する第6ラカンドン密林宣言の主張に対する批評について語ったところである。さて、返答として、いくつか質問をさせて欲しい。

世界にあなた達の居場所はない、について〔サパティスタに対する批評のひとつ〕

例えば、10年以上前に、先住民でメキシコ人の少女(4歳から6歳としよう)が彼女の父親、兄弟、おじ、あるいは隣人が多量のポソルとトスターダス訳注3と共に、武器を取り、「戦争に向かった」のを見た時、何が起こるだろう? その内の数人が帰ってこなかった時に、何が起こるだろう?

十数年後、その少女が成長し、薪採りにいく替わりに、学校に行き、読み書きを、彼女の民族の闘争の歴史と共に習った時、どうなるだろう?

12年間メキシコ人、バスク人、北米人、イタリア人、スペイン人、カタロニア人、フランス人、オランダ人、ドイツ人、スイス人、英国人、フィンランド人、ギリシャ人、ロシア人、日本人、オーストラリア人、フィリピン人、朝鮮人、アルゼンチン人、チリ人、カナダ人、ベネズエラ人、コロンビア人、エクアドル人、グアテマラ人、プエルトリコ人、ドミニカ人、ウルグアイ人、ブラジル人、キューバ人、ハイチ人、ニカラグア人、ホンジュラス人、ボリビア人とその他の人々と共に見、聞き、語った後、また、彼らの国、彼らの苦闘、彼らの世界の様相を学んだ時、何が起こるだろう?

これらの男性と女性が剥奪、仕事、悲痛と喜びを彼女の共同体と分かち合うのを、彼女が見た時、何が起こるだろう?

この青年期を通り若い女性になった少女が、課題だけではなく、歴史と経験をメキシコと世界の多様な場所から持ち寄ってくる「市民社会」を12年の間、見聞きした後、何が起こるだろう? 共同体に電気を供給する為に、タービンの取り付けをイタリア人とメキシコ人と共に従事する電気技師を彼女が見聞きした時、何が起こるだろう? 1999年から2000年のストライキの真最中に、若い大学生らに彼女が出逢ったら、どうなるだろう? 世界には男性と女性だけが存在するのではなく、魅力と愛には様々な道と手段がある事を彼女が発見した時、何が起こるだろう? アマドル・エルナンデス〔Amador Hernandez〕での座り込みにおいて、若い学生を彼女が見た時、何が起こるだろう? メキシコの他の地域の農民たちが言ったことを彼女が聞いた時、何が起こるだろう? 彼らが彼女にアクテアル訳注4とチアパスのロス・アルトスにいる避難民のことを話して聞かせた時、何が起こるだろう? 彼女が人々と先住民族全国議会〔National Indigenous Congress;CNI〕組織体の合意と前進を学んだ時、何が起こるだろう? 政治政党が彼女の民族の死を無視し、サン・アンドレス合意を退けたことを彼女が知った時、何が起こるだろう? PRD〔民主革命党〕の準軍事組織が――平和的な、他の先住民に水を運ぶ為の――サパティスタの行進を攻撃し、4月10日のみで、数人の農民を銃殺したことを、彼女が聞いた時、何が起こるだろう? 連邦軍が、彼らの戦車、砲兵車両、彼女の家に向けられたライフルとともに毎日通過するのを目撃した時、何が起こるだろう? シウダードファレス〔Ciudad Juarez〕と呼ばれる場所で、彼女の様な女性が誘拐され、強姦され、殺されていても、当局が公正な裁きが為されないままにしている事を、誰かが彼女に話して聞かせた時、何が起こるだろう?

彼女の兄弟姉妹、親、親族が1997年の1111人の行進や訳注5、1999年の5000人協議会に出かけた時の事を語り、何を見て、聞いたのか、彼らを迎え入れた家族の事、市民としての状況、彼らが同じく闘う様子、彼らが諦めない事を語るのを、彼女が聞いた時、何が起こるだろう?

例えば、エドゥアルド・ガレアーノ〔Eduardo Galeano〕、パブロ・ゴンサレス・カサノバ〔Pablo Gonzalez Casanova〕、アドルフォ・ヒリー〔Adolfo Gilly〕、アラン・トゥレーヌ〔Alain Touraine〕、ニール・ハーベイNeil Harveyが、ラ・レアリダー村La Realidadで落ち合い、膝まで泥につかったまま、新自由主義を語り合う所を彼女が見た時、何が起こるだろう? ダニエル・ビグリエッティ〔Daniel Viglietti〕が共同体で「鉄条網を切れ〔A desalambrar〕」を歌うのを彼女が聴いた時、何が起こるだろう? サパティスタの土地で、タメラトン〔Tameratong〕から来たフランスの子供達が演じた劇「Zorro el zapato」を彼女が見た時、何が起こるだろう? 彼女がジョゼ・サラマーゴ〔Jose Saramago〕が語るのを、彼女に語りかけるのを見、そして聞いた時、何が起こるだろう? オスカル・チャベス〔Oscar Chavez〕がツォツィル語で歌うのを聴いた時、何が起こるだろう? マプーチェ〔Mapuche〕先住民がチリと呼ばれる国における苦闘と抵抗の経験を物語るのを彼女が聞いた時、何が起こるだろう? 「ピケテロ〔piquetero:道路封鎖等を通じた抵抗運動をする人々〕」と名乗る人が、アルゼンチンと言う名の国で、どの様に組織し、抵抗をしているのかを語る集会に彼女が出向いた時、何が起こるだろう? コロンビアの先住民が、ゲリラ、準軍組織、兵士と米国軍事顧問がいる中で、彼女の仲間たちは先住民としての個性を形成しようと努力していると言うのを彼女が聞いた時、何が起こるだろう? 「市民音楽家」が「ロック」と呼ばれる非常に異質な音楽を、避難民の野営地で演奏するのを彼女が聞いた時、何が起こるだろう? インテル・ミラノ〔Internazionale de Milan〕と呼ばれるイタリアのサッカーチームが、シナカンタン村〔Zinacantan〕の負傷者と避難民を財政的に支援していることを彼女が知った時、何が起こるだろう? 北米、ドイツ、英国の男性と女性の団体が電気製品と共に到着する所を彼女が見、彼女にそれらの製品の組み立て方と使い方を教えながら、彼らが不正を一掃する為に彼らが何をしているのかを語るのを聞き、そして後に彼女がマイクの前で、「こちらはメキシコ南西部の山脈から放送する、ラジオ・インスルヘンテ、声なき者の声であり、素敵なクンビアの曲、『ラ・スェグラ〔La Suegra〕』から始めます。また、私たちは保健医療労働者に対して、カラコルに行ってワクチンを入手するよう助言します」と言った時、何が起こるだろう? 〔サパティスタ自治区を管轄する〕善き統治評議会において、連帯委員会がこの抵抗を助ける為に何をまとめたのか個人的に述べる為、遠くからやって来たカタロニア人の話を彼女が聞いた時、何が起こるだろう? 北米人がサパティスタの協同組合で作られたコーヒー、蜂蜜、工芸品(とそれらの売り上げによる製品)を持ちながら行ったり来たりするのを彼女が見た時、誰の注目も浴びず彼らはそれらを何年も作ってきたという事実に反し、それらは注意を特に引いていないことを彼女が見た時、何が起こるだろう? 学校の資材の資金をギリシャ人が持ってきて、サパティスタ先住民と共に建設作業に従事するところを彼女が見た時、何が起こるだろう? ガソリンスタンドの店員が〔サパティスタの自治組織〕カラコルに着き、バス一台を満たす薬、医療器具、入院用ベッドだけでなく、医師の為の制服と靴を届ける一方で、共同体の診療所を手伝う為に、サパティスタ民族解放戦線〔FZLN〕の若者達が組を作っている所を彼女が見た時、何が起こるだろう? 〔サパティスタの自治学校を支援する団体〕「チアパスのための学校Schools for Chiapas」の人々がやって来て、事実上、1つの学校、1つのバス、鉛筆、ノート、黒板を後に去っていく所を彼女が見た時、何が起こるだろう? インド人、朝鮮人、日本人、オーストラリア人、スロベニア人、イラン人が〔チアパス州〕オベンティクにある(英雄にふさわしい状況の下「市民」である友らが機能を維持してきた)言語学校に到着するところを彼女が見た時、何が起こるだろう? ある人がEZLNコミュニケのアラビア語や、日本語、あるいはクルド語の翻訳とそれらの売り上げの印税を手に、安全保障委員会に本を届ける為に到着するところを彼女が見た時、何が起こるだろう?

例えば、サパティスタ抵抗運動の中、12年以上の月日をメキシコ南東部の山地において、ひとりの少女が成長し、思春期に到達した時、何が起こるだろう?

私が尋ねている理由は、例えば、EZLN本部でこの緊急事態発令の為に、2人の反乱軍兵士が歩哨に立っている。彼女達は、コンパス訳注6が言ったように、「100パーセント先住民であり、100パーセントメキシコ人である。」一人は18歳で、もう一人は16歳。あるいは、他の言い方をすれば、1994年に一人は6歳で、もう片方は4歳だった。私たちの山の陣地には彼女達の様な者が数十人おり、民兵には数百おり、組織化と共同体の位置には数千おり、サパティスタ共同体全体には数万人いる。歩哨に立つ2人を指揮する上官は、蜂起軍中尉、先住民、22歳であり、言い換えれば、1994年には10歳だった。彼の地位は、そうであるべき通り、文学を大変好む24歳で、蜂起が始まった時12歳であった、蜂起軍大尉、同じく先住民、の指揮の下にある。そして、このサパティスタ抵抗運動の土地のいたる所に、幼年時代から青年へと成熟した男性と女性がいる。

そこで私は聞く、私はあなたに何を言っているのか? 世界は広大で遥か遠いと? ただ私たちに起こる事のみが重要であると? メキシコ、中南米、世界の他の地域で起きる事は私たちの関心を引かず、国内的にも国際的にも私たちは関わらないほうがよく、私たちの親類がその為に死んだものを私たちのみで成し遂げられると考えながら、私たちは自らを隔離する(また欺く)事が無難であると? 私たちが生き延びることができる唯一の道は、私たちが行おうとしている事を成すことによってのみであるということに対して、私たちは注意を向けるべきではないと? 私たちが聞く事と発言する事を決して否定しなかった者達のそのどちらをも私たちは拒むべきであると? この戦争の高貴な解決を否定してきたその同じ政治家達を、私たちは尊敬し支援すべきであると? 表に出る前に、私たちが12年の戦争を通し作り上げてきたものが、十分な功績であるかどうかを見る試験に受からなければならないと?

第6宣言において私たちは、新しい世代がこの闘争に加わったと伝えた。そして彼らはただ新参なだけではなく、異なった経験、異なった歴史を持っている。第6において私たちが伝えなかった事を、今、伝えよう。彼らは、EZLNを始め、反乱を開始した私たちよりも優れている。彼らはさらに先を見据え、彼らの足取りはいっそう確固としており、彼らはより寛大であり、彼らはさらに覚悟が出来ており、彼らはさらに聡明であり、さらに決心しており、さらに見識がある。

第6が述べていることは、殺菌された実験室にいる知者の集団により書かれ、社会集団に発表された「持ち込まれた」成果ではない。第6は現在の私たちを形成しているものと、私たちがいる場所から現れたのである。それこそがその最初の部分が公表された理由であり訳注7、それは、私たちの経験と組織が以前どの様だったのか、すなわち私たちの歴史を理解せずには、私たちが提案している事は理解されないからである。そして私が「私たちの歴史」と言う時、私はEZLNの歴史のみを語っているのではなく、私たちと共にいたメキシコ、中南米、世界の全ての男性と女性を含んでいるのである...たとえ彼らが彼らの世界、彼らの闘争、彼らの経験、彼らの歴史に存在し、私たちが彼らと出会っていなくとも。

サパティスタ闘争は「メキシコ」と呼ばれる道にある小さな小屋であり、ことによると現在、同等、あるいはさらなる困難と努力と共に建てられているものの間で、最も慎ましく飾り気のない、もう1つの家である。この小さな家を建てる私たちは「中南米」と呼ばれる、下に位置する地区全てを住まわす一団に一体感を持つ。そして私たちは「世界」と呼ばれる偉大なる街を住んでいくことが出来る様にする為、何かを提供したいと望んでいる。もしもそれが悪いなら、彼らの家、地区、街――彼らの世界――において苦闘している全ての男性と女性に起因すると考えればいい。私たちに加わった者達に。上でもなく、下でもなく、私たちと共に。

ラカンドン密林のペンギン

では、約束は約束である。この文書の始めに私は、ここ、メキシコ南西部の山地にいるペンギンについて語ると伝えたから、ここに記そう。

それは、1ヶ月と少し前、緊急事態発令の直前、蜂起軍兵舎の1つで起きた。私はEZLNの総司令部本部となる敷地へ向かっていた。緊急事態発令期間中、私の部隊を編成することになっていた反乱軍の男性及び女性兵士らを迎えに行かなければならなかった。反乱軍中佐である兵舎の司令官は、野営地の解体を終わらせようとしており、手荷物の移動の準備をしていた。反乱軍兵に供給を提供していた支援基地の負担を軽減させる為、この部隊の兵士らはいくつかの生計の手段を開発していた。菜園と飼育場である。彼らは出来るだけ多くの野菜を持っていくことを決め、残りは神の手に委ねることにした。ひな鳥、雌鳥、雄鶏に関して、とりうる道は食べてしまうか、残して行くかであった。「連邦主義者よりも私たちが食べたほうがいい」、陣地を維持していた男性と女性(ほぼ全員が20歳以下の若者)は、そう決定した。ひとつ又ひとつと動物は鍋の中に入れられ、そこから兵士のスープ料理へと向かった。とは言うものの、あまり多くの動物は居らず、よって数日の内に鳥人口は2羽か3羽にまで減った。

最後の一羽が残った時、出発のまさにその日、その出来事が起きた...

ひょっとすると、私たちの一人だと間違われるよう、またその姿勢で気付かれないよう試みたのか、その最後のニワトリは直立で歩き始めたのである。私は動物学についてあまり知らないのだが、ニワトリの解剖学的構造は直立歩行する為に出来ているようには見えず、よって、その直立を維持する努力によって生じた揺れと共に、ニワトリはあちこちにふらつき、正確な進路を取れずにいた。その時誰かが「まるでペンギンの様だ」と言った。この出来事は笑いを誘い、それは同情に変わった。ニワトリは本当にペンギンの様に見え、欠けていたものは白い胸部のみであった。事実は、冗談が「ペンギン」をその飼育場の仲間と同じ運命を辿ることを防ぐ事となったのである。

出発の時間がやって来て、何も忘れていないか確かめている間、彼らはあちらへふらふら、こちらへふらふらするのだが、自然な姿勢には戻らずにいる「ペンギン」がまだそこにいるのに気付いた。「連れて行こう」と私は言い、皆、私が冗談を言っているのか真剣なのかを知るため私を見つめた。それを連れて行く申し出をしたのはトニータ兵士であった。雨が降り始め、トニータはそれを、彼女が武器とリュックサックを水から守る為に着る厚いプラスティックのマントを敷いた膝に置いた。雨の中私たちは行軍を始めた。

ペンギンはEZLN本部に到着し、反乱軍緊急事態発令の日課にすぐ適応した。それは(ペンギンの姿勢を決して失わないまま)頻繁に小部屋の時間、政治研究の時間に、男性兵士と女性兵士に加わった。その頃の主題は13のサパティスタの要求であり、仲間たちはそれを「なぜ私たちは苦労し進むのか」に集約した。きっとあなたは信じないだろうが、熱いコーヒーを飲むことを口実に私がその集会に出た時、最も注意を払っていたのはペンギンだったのを私は目撃したのである。そして又、時折それは、まるで注意を払うよう、たしなめているかの様に、政治の話の最中に居眠りをしている誰かを突つくのであった。

兵舎には他に動物は居ない...つまり、蛇、「チボ〔chibo〕」と呼ばれるオオツチグモ、2匹のツチネズミ、コオロギ、蟻、不確か(だが物凄く大量な)数の蚊、そしてひょっとしたらアンテナ・ラジオ〔Antena Radio〕のパスカル・ベルトラン〔Pascal Beltran〕による朝のニュース、それからUNAMラジオのミゲル・アンゲル・グラナドス・チャパ〔Miguel Angel Granados Chapa〕による「プラサ・パブリカ〔Plaza Publica〕」を聴くために使われる小さなラジオから流れる音楽――クンビア、ランチェラ、コリード、愛の歌、恨みの歌――に呼び寄せられたのか、歌いに来たカンムリシャクケイ以外はであるが。

さて、他に動物はいないと語った所だが、「ペンギン」が、私たちがそれと同じ種であると思い、私たちの一員の様に行動するのも普通なのだろう。ある午後それが割り当てられた部屋の隅で食べるのを拒み、木のテーブルに着く時まで、私たちはそれがどこまで変わったのか気付かなかった。それが一緒に食事をしたいのだと、私たちが理解するまで、ペンギンらしくと言うよりはニワトリの様に、ペンギンは大騒ぎをした。解ってほしいのだが、ペンギンの新しい自己が、元ニワトリをベンチに届くのに最低限必要なだけ飛ぶことを妨げ、よってエリカ兵士がそれを持ち上げて彼女の皿から食べさせたのである。

責任者である反乱兵士指揮官は私に、そのニワトリ、ではなくペンギンは、オポッサム雑食性の小動物がそれをニワトリと混同することを恐れるのか、夜独りになる事を嫌がり、誰かが防水シートに入れてやるまで抗議するのだと語った。それが明らかにペンギンであり、ニワトリだと誰も混同しない様、エリカとトニータが白い胸当てを布から作るまで(彼女たちはそれ[ペンギン]を石灰か塗料で塗りたがったが、私はなんとか彼女たちを思い留まらせるのに成功した...多分)そう時間は掛からなかった。

あなたは私、あるいは私たちが錯乱状態にあると感じているかもしれないが、私が語っている事は事実である。同時に、ペンギンはエセタ司令部の一部となり、あなた方の内で「別の運動」の為の準備集会に来る者は、ひょっとしたらそれをその目で見るかもしれない。又、近いうちにインテル・ミラノと対峙する時、ペンギンがEZLNサッカーチームのマスコットになる事を期待されてよいだろう。その時誰かが土産に写真を撮るかもしれない。おそらく、その写真をしばらく見つめた後、少女か少年がこう聞くかもしれない、「お母さん、このペンギンの横にいるのは誰?」(ため息)

どうだろう? 今ひらめいたのだが、私たちはみな、直立しようと、そして自らの場所をメキシコに、中南米に、世界に作ろうと懸命に努力しているペンギンの様である。私たちが向かおうとしている旅が私たちの構造にはない様に、私たちはきっとふらつきながら歩き回り、不安定で非常識に、笑いと冗談を引き起こしながら。とは言え、同じくペンギンの様に、私たちはいくらかの共感を引き起こすかもしれず、誰かが寛大にも、私たちを保護し、共に歩みながら助けてくれるかもしれない、全ての男性、女性、ペンギンがするべき事、つまり唯一可能な仕方で、常に良くなろうと努力する事を、闘争を通して。

それでは、サルー、そしてペンギンからの抱擁を (?)

メヒコ南東部の山中より

反乱副司令官マルコス

メヒコ、2005年7月




訳注

:2005年6月に宣言された緊急事態発令についてのコミュニケはここを参照。

:第6ラカンドン密林宣言の第5部は当ブログにて、第6部メキシコ先住民運動連帯関西グループのサイトで閲覧可能。

:ポソルとはトウモロコシの粉で出来た飲み物。トスターダスはトルティージャ(あるいはトルティーヤ)を揚げた食べ物。

:1997年12月22日 虐殺の起きた共同体

:1、111の共同体の代表者が首都に向けて行進したことへの言及

:コンパスとはマルティレス・デル・コンパスMartires del Compasのことか?

:第6ラカンドン密林宣言は第1部から6部まであり、1部と2部はそれぞれ「私たちについて〔What We Are〕」、「私たちが現在いる場所〔Where We Are Now〕」と名づけられており、ここでマルコスはこれら2つの部について語っている。

補足

「ペンギン」の写真はここここから。また「ペンギン」のマスコットはここ


















































posted by Agrotous at 02:19 | TrackBack(0) | メキシコ
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