2007年09月23日

チャベスによる憲法改正のいくつかの側面
〔Some aspects of Chávez's constitutional reform:Original Article in English/ZNet原文

エドゥアルド・ディマス〔Eduardo Dimas〕progreso;2007年9月10日

ウゴ・チャベス大統領による憲法改正案は権力の座に無期限に留まる方策である、とスペイン語の新聞で読んだ。これはあり得る。ただし、彼はベネズエラ国民によって繰り返し再選されなければならないのだが。したがって、無期限の委任統治は正確には彼にではなく、彼が獲得する国民の承認に懸かっているのである。彼の政権に対する信任投票という結果になった、有名な2004年の〔大統領〕罷免国民投票を含めるとチャベスは既に4度当選している。

チャベスの案に反対するベネズエラのニュース・メディアの大多数は、それをクーデターであると称している。もしそうだとしたら、それは歴史上最も奇妙なクーデターになる。何故かと言えば、改革案は議会に提出されたのであり、そこでそれは論議され、議員らによって承認あるいは修正されたのち、討論のためバリオ〔居住区〕、町、都市や地方に送られる。その後、国民投票に掛けられるのだから。

チャベスは憲法に対する33の変更点を提案した。そこに含まれるのは大統領任期を〔現在の6年から〕7年に変更し、ベネズエラ国民が望む限り多選を可能にする案である。「彼自身を永遠に権力に就ける策略である」と言う者もいる。彼らが口にしないことは、チャベスが彼の再選を国民の手に委ねていることである。

これまでのところ、ベネズエラの大統領選挙は世界で最も監視されてきたものであり、米州機構〔OAS〕やカーター・センターといった組織体によって監視されてきた。全ての事例で、不正を非難したり、政府が反体制派を抑圧したことを示したりすることは不可能であった。

ベネズエラの資本家階級の手中にある活字メディア、ラジオやテレビによる彼に反対する大キャンペーンにもかかわらず、2006年12月の先の選挙でチャベスは60パーセント以上の票を獲得した。そしてウィリアム・R・ブラウンフィールド元米国大使の告白によれば、米国政府が反対派に与えた数百万ドルにもかかわらず、である。

チャベス案の中で最も大胆な改革は、人民権力〔poder popular〕を国家の構成要素のひとつにみなすものである。それは何を意味するのか? それが意味することは、都会や地方両方のバリオ行政府が、それに関係のある問題に対するある程度の決定権を手にし、それと共に、地方自治体人民権力との調停作業を経た後、それらを解決する資源を手にする、ということである。それらは自治の共同体になるのである。

統治の残りの構造を構成するのは、前述の地方自治体権力、州権力(国を形成する諸政府の権力)、そして国家権力あるいは国家政府である。更に、公共権力〔Poder Público〕が行政、立法、司法、市民及び選挙権力において組織編制される。それに加え地域的な副大統領の役職が設けられる。

チャベスの案はこれまでのベネズエラの統治の形態に大規模な変更を加える。それはまた州、地方自治体及び国家の構造を変更する。後者を構成するものは連邦地区(〔ベネズエラ・ボリバル〕共和国の首都を含む)、州、沿岸海域、連邦領、連邦地方自治体、列島区と共同体である。

チャベスは更に、社会安定基金を設立することによって、憲法に労働者の搾取を禁じる法を加えることを提案している。その基金は退職、年金、休暇、休み及び、出産の前後両方で妊娠した女性に対する経済的保証といった基本的な権利を労働者に保証する。この法は1日の労働時間を6時間に短縮させ、雇い主が従業員に残業を強いることを禁止する。

この改正案は非生産的な土地の禁止を、またあらゆる形態による炭化水素の私的開発の禁止を考慮に入れている。それは戦略的な性質あるいは公益のために利用される商品やサービスの民間開発を禁止する。

労働者の利益を守るものを除いては、これらの改革のどれひとつとして資本主義体制において目新しいものではないことを留意すべきである。衰えゆく「福祉社会」を確立したいくつかの先進国における方策はそれよりも更に抜本的であった。

21世紀の社会主義がどの様なものになるのかを知ることを望む者にとって最も重要なことは、憲法で5つの形態の財産を認めることをチャベスが提案していることである。すなわち公共、社会的、集団、複合および民間である。

公共財産は国家の諸機関に所属する。社会的財産は全体としての国民に所属する。集団財産は社会集団や個人で構成された集団によって所有される。複合財産は公共及び民間資本によって構成される。

この法案はさらに自然人と法人に所属する私有財産を保証する。言い換えれば、この改革案は生産手段の私的所有を尊重する。それが妨げることは労働者の系統だった搾取である。

改正案を議会に提出したとき、チャベスは実業家らにこう呼びかけた。「企業家、民間部門よ、あなた方は除外されない。私達は同盟者としてあなた達を必要としている。ベネズエラが達成しつつある偉大な国を共に築き上げよう。これは協力の下に私達皆を結び付ける構想である!」

チャベスがベネズエラ資本家階級や多国籍企業に対してこの様な呼びかけをしたのはこれが初めてではない。どうやら、資本家の心理や階級利害(それ自体利己的)がそのメッセージを理解することを妨げているようである。それは彼らの害になるどころか、長い目で見れば彼らに利益を与えるであろう。

ここで問題になっていることは、これまで彼らの存在理由であったものを彼らが断念しなければならないことである。すなわち国家の支配であり、それは今国民の手に渡っている。8月19日に、彼が主催するラジオ番組「こんにちわ大統領」においてチャベスは、改正案の承認と適用を妨げようとする反対派とCIAによる計画を非難した。

改正案はこの他にもあるのだが、以上が最も重要で意義深いものであると筆者は考える。もしこれらが承認された場合、それらはこの国の統治の構造を変容させ、ベネズエラの人々に他の如何なる国においても見られたことのない参加と先導的な役割を与えることになることを、読者は理解していると思う。問題はこれらの改正案を適用し、うまく機能するようにすることにある。

明白なことは、チャベスが革命的変化を提案しており、また革命とは国の経済、政治、社会的な構造を変える社会工学の事業なのであり、成功や失敗を引き起こす、ということである。成功は重要なのだが、失敗もまた然りである。なぜなら、それを排除することは不可能であり、それは常に結果が、何年も、時には数十年も続く帰結が伴うからである。

社会主義を築いた(あるいは築くことを試みた)他の革命が犯した誤りを回避することは、チャベスが度々勧告してきたことである。同一の誤りは犯されないかもしれないのだが、革命は(自明の理を用いると)機械によるものではなく人間の事業であるゆえに、他の誤りは犯される。

したがって、ここで問われるべき質問は2つある。つまり、これらの改革を執行するよう十分に訓練された中核グループをチャベスは有しているのか? ベネズエラ国民は統治し、皆のための社会的正義と公正というボリバル革命を実施する覚悟ができているのか?

資本主義や個人主義の思想によって表された安定性は、世界のあらゆる地域と同様にベネズエラにも見られる。その安定性を取り除くこと、チャベスが語る新しい類の人間を作り上げることは容易な事業ではない。

それは第一に、集団の利益よりも個人の利益で考える方が容易であるためである。第二に、〔ルートヴィヒ・アンドレアス・〕フォイエルバッハに関するテーゼでカール・マルクスが言明したように、「新しい人間」を作り上げるためには、「教育者」が必要なのであり、その教育者もまた「教育される必要がある」ためである。

憲法改正のその先、それこそがチャベスの面前にある主要な挑戦なのである。そしてそれがチャベスが可能な限りベネズエラ政府の指導的地位に留まらなければならない中心的な理由なのであり、その一方で彼の事業の主要な受益者である人々はその挑戦を理解している。少なくともその様に思われる、そう思わないか?

posted by Agrotous at 21:31 | TrackBack(0) | ベネズエラ
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