2007年09月15日

ウゴ・チャベスの試行(と錯誤)
〔The Trial (And Errors) of Hugo Chavez:Original Article in English/ZNet原文

スティーブ・エルナー〔Steve Ellner〕In These Times;2007年9月1日

2006年4月、カラカスとラ・グァイラ港を結ぶ主要道路の構造上安全でない橋を取り壊す試みが失敗に終わった後、チャベス反対派勢力は政府の無能に対する怒りをあらわにした。2006年12月大統領選挙の野党候補マヌエル・ロサレスは、ウゴ・チャベス大統領が「カラカス〜ラグアイラ橋が崩壊するに任せた」のであり、「多数の公共事業に着手しながら完成させずにきた」と非難した。

しかしながら、2007年6月21日にチャベス大統領は、高さ180フィート〔約54メートル〕で、元の橋よりも長い半マイル〔全長900メートル〕の長さである新橋〔Viaducto 1 〕を開通させた。建造は予定通りに行われ、コパ・アメリカ〔サッカー南米選手権〕のキックオフに間に合った。野党に対する鋭い突きとして、主要な国有テレビ局は「実績をそう簡単には覆い隠すことはできない」と宣言した。チャベスに更に有利となったことは、コパ・アメリカの90年の歴史でベネズエラが初めて主催した選手権のために9つの最新で緻密に設計されたスタジアムが建設あるいは改築されたことである。

たとえこの勝負に政府が勝利したとはいえ、反対派によって提示された問題は安易な回答を許さない。石油価格は記録的な高さにある。そして国粋主義者のチャベスは石油諸企業と有利な条件で商談してきた。諸企業は現在オリノコ川流域の莫大な埋蔵物のために33パーセントの使用料〔ロイヤルティー〕を支払っている。90年代の新自由主義時代にそれは1パーセントであった。実験的な諸計画に出資するためにチャベスは、増大した石油収入のみならず、所得税制度の強制的な実施をも当てにしている。

その一方でベネズエラの人々は、チャベスがこの棚ぼたの収入を有効利用しているのか、あるいは組織の混乱や汚職、誤って設定された優先事項を通して浪費しているのかを議論している。

政府の業績に関する議論が重要である理由は、国の石油の富の多くが貧しい人々を助けるための新しい種類の社会計画に出資されているからである。実にチャベスは彼が確立を切望している社会モデルを「21世紀の社会主義」と呼んでおり、それは下からの連帯や民主主義を力説し、経済的目標よりも社会的目標を優先している。

政府の計画に関する現在の議論は、石油ブーム時の70年代にベネズエラが直面した論争をある意味では再演している。新自由主義者たちは、確固とした結果をもたらさずに、増大した収入を経済における国家の役割の拡大に用いたとして70年代を、そして特にカルロス・アンドレス・ペレスの第一期政権を非難してきた。スタンフォード大の政治社会学者テリー・カールは、70年代の体験を「豊富さの逆説〔Paradox of Plenty〕」と呼んでいる。発展を促進するどころか、石油収入の急増は更なる施し物に至り、国家に対する依存と父権主義〔パターナリズム〕の風潮の両方を増大させた、と彼女は言う。皮肉にも、その時代に石油・鉄産業を国有化したペレスは1989年に権力に復帰し、大失策であり結局は彼の追放に帰結した新自由主義の方策を課すこととなる。

チャベスの場合では、政府支出に関して両方の側が言い分を誇張している。莫大な費用が掛かり、また多くの人々が関与する社会計画の運営においてチャベス政権は誤りを犯してきた。とは言うものの、順調に進んでいる諸計画は、これまで政治家から殆ど無視されてきたベネズエラの貧しい人々の生活に変化を与え始めている。

反対派の中のある者たちは、チャビスタ運動の低階級層による構成と、教養のある中流階級専門家たちの限られた参加ゆえに、政府は無能なのであると主張する。施し物に依存していると見なされている貧しい人々で構成されたチャベス派をロサレスは「寄生虫」と呼んだ。これは中傷であると解釈されても仕方がない。彼の盟友のひとりレオポルド・プチ〔Leopoldo Puchi〕はその発言を不適切とみなした。だがチャベスは政府「官僚ら」に対する蔑んだ発言を行うことによって、また専門的経験を欠いた大臣らを任命することによって、うかつにもこの非難に信憑性を与えた。

国家に助成された協同組合

チャベス政権下の計画の中でとりわけ評価が一定でないのは政府による新たな労働者協同組合である。

2004年に、職業訓練計画を準備するべく、また登録者が協同組合を形成することを奨励するために融資を促進するべく、政府は国民経済省〔Ministerio Para La Economia Popular (MINEP)〕を設立した。2005年までにチャベスは国中を旅して周り、テレビ放映された「地方閣僚会議〔Gabinetes móviles regionales 〕」において協同組合に対する融資を正式に許可した。その番組上で受益者らは彼らの計画を論議し、また質問に答えた。大多数の協同組合は5人(法律によって定められた最低人数)を超えない組合員で構成されており、地方政府や石油産業のような国営企業のためのメンテナンス業に携わっている。こうした協同組合の多くは拡大家族のメンバーによって構成されており、提携者の間の相互信頼感ゆえに概してうまく機能している。政府スポークスメンは、いくつかの協同組合、例えば漁師によるものが独占企業の支配に挑戦しているとして褒め称えてきている。

わずかに存在する大きな協同組合の中にはファブリシオ・オヘダ〔Fabricio Ojeda〕というものがある。その構成員は、ベネズエラ・アバンサ織物工場の150人の労働者(一人以外は全員女性)と75人の靴工場労働者である。組合の保健・教育施設は近隣のカラカス西部に位置する下層階級地域共同体の居住者に奉仕している。

織物工の選任された管理者のひとりアリダ・バスティーダは見学を行い、国営石油企業によって寄付された他の機械類とは異なり、彼女の協同組合が最近購入した8台のミシンを誇らしげに指し示した。労働者の無断欠勤に関して訊ねられて彼女はこう答えた。「もし労働者に妥当な健康問題があったならば、欠勤が許され、その他の者と同一の給料を受け取ります。とはいえ、年の終わりに私達の協同組合の『剰余金』[収益]が分割されて、労働日数を基準にして各労働者に配給されます。」バスティーダは昨年労働者らが受け取った余剰金が彼女らの年収にほぼ等しかった、と述べた。

しかしながら、国に出資された協同組合の失敗――政府資金の無計画な利用や誤用による――は、数億ドルまではいかなくとも、数千万ドルの損失に帰した。他方、時の試練に耐えた協同組合は、特にその組合員の多くが特権階級の出ではない為に、社会の変容に貢献する可能性がある。

協同組合は政府に大変依存している。政府の報奨金には気前の良いクレジット、寛大な返済条件や全ての税の免除が含まれる。自立を示す徴候は、協同組合が当初の借金を返済し、自らの設備を購入した時である。カラボボ大学によって主催された会議において、ある協同組合員はこう述べた。「7ヶ月で借金を返済できて大変満足しています。今や私達の後ろにいるのは彼ら[国立銀行]の方です、新たなクレジットの申請を進めて。」

これまでの経験が示すことは、この様な実験的変化を人々の生活に上から命じることが如何に困難であるか、ということである。政府は2006年の協同組合の総数を14万であると評価したのだが、今年国民経済省はわずか7万4000であると公表した。それよりも悪いことに、より最近の調査はわずか4万8000を示した。多数の協同組合はうまくスタートすることはなく、またその他の事例では、協同組合員らは貸与から得た資金や契約の頭金を着服した。チャベスを支持するある議員は「現在までのところ、協同組合計画が上手くいったのかどうかは誰も言えない。実のところ、全ての費やされてきた資金に関して示せることはわずかしかない」と認めた。

それを受けて国民経済省は協同組合に対する統制を拡大させようとしたのだが、その過程で正反対に至った可能性がある。現在協同組合はカラカスにある省本部によって発効される「義務達成証明書」を3ヶ月毎に請求する必要がある。公認会計士によって署名された貸借対照表を含めた事務処理は極端に時間が掛かる。協同組合は更に、社会保障、住宅公社や職業訓練機関等の政府機関に対する財政上の義務に関する支払能力を証明する必要がある。

チャベスと彼の支持者らは、協同組合が直面している諸問題を組合員の社会的意識の欠如の結果であると概して考えている。矯正策として彼らはチェ・ゲバラが「新しい社会主義人間〔nuevo hombre socialista〕」と呼んだものの様な文化的変容を呼びかけている。しかしながら、協同組合や他の社会計画の促進において、政府はチャベス運動指導者らが認知していない、より実際的な問題に直面している。協同組合を監視する仕組みが構築されてきているのだが、法律上の義務を怠ったために刑に処された協同組合員はこれまでのところ一人もいない。たとえ昨年末に300件の協同組合関連の事件を法廷に持ち込んだ、とペドロ・モレホン国民経済大臣が公表したとはいえ、恵まれない人々の大統領であると主張するチャベスが、公的資金を誤用した貧しい人々を投獄したり、彼らの財産を押収したりするか否かは不明確である。

良い点としては、多くの協同組合員が経営上の技能を学び、それと同時に協同や連帯に対する彼らの態度を変えてきたことがあげられる。協同組合員は学校のメンテナンスに参加したり、子供達にクリスマスのプレゼントを配ったりして、彼らの地域共同体で働くことを法律によって義務付けられている。さらに、事業の利潤を分かち合う経験は賃金労働という慣習から断交し、協同組合主義者の考え方にきっと影響を与えるであろう。

全ての段階における教育の「大衆化〔massification〕

数十万人の恵まれないベネズエラ人が関与することも含まれる教育「ミシオン」計画は、協同組合よりも成功してきている。主として成人に対する初等・中等・高等教育を提供するこのミシオンは、教室で使用されるキューバ産ビデオテープや、学生の質問に答える「世話人」を通して運営される。

2005年10月にチャベスは、「ミシオン・ロビンソン」計画が150万人のベネズエラ人に読み書きの技能を教えるという目標を達成し、それによって国の非識字を撲滅したと公表した。しかしながら、計画の参加者のなかには自らの名前を署名することしか学んでいないものもいる。「ミシオン・リバス」計画は10万人近くのベネズエラ人と共に働き、その内の約20万人が一月おおよそ100ドルの給付金を受け取っている。この計画は社会で最も除外されたもの達、例えば先住民族、身体障害者、義務不履行者や囚人に手を差し伸べる。

他の諸国において学校の教室でビデオテープは利用されてきたのだが、これ程の規模では行われたことがない。ボリバル州でミシオン・リバスを過去3年間指導してきたエクトル・ナバロは、この計画の実験的な性質をこう説明した。「私達は世話人たちが高等教育を受けていることを望んだのですが、彼らの大多数は高卒でした。彼らは事を進めながら学んでいます。訓練には世話人たちの間の問題解決に関する集会が含まれます。それには通常は高等教育を受けた学業コーディネーターからの反応が伴います。」

ミシオン計画の大学生の多くは、計画の従来どおりではない性質に異議を唱える学校や専門的協会が彼らの学位を認めないのではないかと危惧している。差別を回避するために、政府は教育省の管理下にある大学の数々と合意に達した。それによって大学がミシオンを監督し、その名義で修了証書を発行する。とはいえ、国のより大きな大学は協力を辞退した。

反対派の人々は、教育の質を下げることによって、ミシオン計画が現存する学位の価値を低下させている、と主張する。彼らによれば、初等教育、中等教育と大学学位を与える替わりにミシオンは、既定の教育制度を揺るがさないために、計画に参加する学生に特別な修了証書を発効すべきである。

誤りを消化する必要性

見逃された好機と前進というこの組み合わせは、社会計画のみならず、あらゆる類の政府事業を特徴付けている。チャベスの革命的修辞法と行動は公共の期待を引き起こし、その結果それが彼の明確な選挙上の成功の原因となっている。けれども、彼の政権は幾多の実際的な問題に直面している。

例えば、その業績としてチャベス政権は公共交通機関を大幅に発展させた。ベネズエラは国の鉄道網を建て増ししている世界で数少ない国のひとつである。6月にアンデス山脈に位置するメリダ州でトロリーバス網が開通し、それを中南米でその様な交通の網を有する最小の都市にした。昨年、地下鉄網がバレンシアとマラカイボで開通し、カラカスの商業地区の地下鉄に新しい路線が増設され、現在2路線が近接した都市との網を結んでいる。カラカスの地下鉄乗車料金は25セント以下で、60歳以上の乗客は無料である。

それと同時に、石油で誘発された繁栄は自動車交通とそれに付随して生じる問題を悪化させた。今年の上半期に自動車の売れ行きは昨年の同期間から52パーセント拡大した。その購入の内の65パーセントは輸入車であった。チャベスがSUV〔スポーツタイプ多目的車〕を罵るのに反して、彼はそれらに、あるいは自動車全般に特別税を課してきていない。それどころか、政府は付加価値税から非贅沢品を免除することによって貧しいベネズエラ人に自動車を購入するよう奨励している。

しかしもしベネズエラが人跡未踏の道で犯された誤りの数々から学ぶのであれば、運動内における議論は必要不可欠である。民間メディアは、「ラジオ・カラカス」テレビ局〔RCTV〕〔放送免許〕更新拒否にもかかわらず、健在であり、政府を時に攻撃的に批判し続けている。とはいえ反対派の批判は、「革命的」事業を支持するもの達からの建設的な批判の代わりにはならない。

だが8年半の在任中に、親チャベス諸政党は議論のための内的な仕組みを確立できずにきた。最近のチャベスによる統一社会党(PSUV)の結成――彼はそれを「ベネズエラの歴史で」最も「民主的な政党」になると主張している――は、党内選挙を実施し、思想的な会議を召集することによって、この欠点を克服するべく構想されている。任意に使用できるこの様なかなりの資力を伴い、政府は誤りを犯すことは避けられないであろう。それは変化へと向かうこの試行錯誤の道において、どうあろうとも必然的である。むしろその中心的な難題は建設的な議論を助長する手段を考え出すことである。数々の期待に背く経験を活用して、新しい効果的な計画を獲得するために。

posted by Agrotous at 22:36 | TrackBack(0) | ベネズエラ
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