2005年07月22日

ベネズエラ:主導権を取り戻す労働者
〔Venezuela: Workers Taking Back Control:Original Article in English/ZNet原文

ケイティー・チェリントン〔Katie Cherrington〕Green Left Weekly;2005年6月28日


国民の大半を占める貧しい人々に有利になる、ベネズエラ社会の政治・経済的な構造の変革に従事している、ベネズエラのボリバル革命は、この国の労働運動においてもミニ革命を生み出している。

2003年5月、現存する腐敗し官僚的な労働組合連合、ベネズエラ労働者総連盟(CTV)に対抗する為に、全国労働者同盟(UNT)が結成された。

UNTは成立したばかりで、進むべき方向に対する多数の内部討議を抱えているにも拘らず、庶民参加と生産に対する労働者による管理の要求を基に、連盟は新しく民主的な組合主義を発展させ始めている。

今年5月、民主的組合主義を労働者が優先するという決定的な実証として、「共同管理は革命」や「ベネズエラ労働者はボリバル社会主義を築き上げている」というスローガンの下、100万以上の労働者が、UNTに組織された、〔首都〕カラカスでのメーデーの行進に参加した。ウゴ・チャベス大統領に対する、失敗に終わったクーデター関与で訴えられた、元CTV指導者の支持を呼びかける、CTVに組織された行進は数千人しか引き寄せなかった。

1930年代の創設以来、CTVは、1985年から1998年の間、政権を交替しあったふたつの党のひとつ、民主行動党(AD)と同盟を結んできた。

この期間の最後の20年には、世界銀行や国際通貨基金(IMF)等により課された、過酷な新自由主義政策により、驚異的な富の不釣合いがもたらされた。ベネズエラが世界第五位の石油供給国になったのに対し、1998年までには、80%のベネズエラ人が貧困に生きていた。臨時雇用化と短期派遣は、多くの労働者にとって状況の悪化を意味した。失業の増加と共に、非公式経済〔informal economy:仕事の記録、租税収入、年金掛け金、健康保険を持たない労働者によって形成される経済(参照元)〕は労働者の50%を占めるに到り、劇的に労働組合化の割合を減らすこととなった。組合主義についての2部構成の記事を、Venezuela Analysis(10月28日1月27日に出版された)に寄稿したジョナ・ギンディン〔Jonah Gindin〕によれば、公式部門〔formal sector:公式の雇用を生み出す部門〕に雇用されている者の内、わずか14%が組合に組織されている。

当初CTVは、1989年に公表された攻撃的な新自由主義的な立法に、反対していたが、1990年代中頃にはその様な批判を捨て去り、ベネズエラ−IMF合意に調印するまでに到った。当時の大統領ラファエル・カルデラ〔Rafael Caldera〕の要請により、CTVは、低賃金の職と非公式部門に属する労働者に不利となる、1997年労働法を作成する為の委員会に加わった。より広範な新自由主義的攻撃と組み合わさって、この法律は働く人々にとって破壊的で、繰り返される雇主達との協力によって、CTVはますます信用を落とした。

1980年代と1990年代における、電気通信、港、鋼鉄、航空を含む多くの産業の部分的あるいは完全な民営化と、労働者の権利に対する攻撃は、現存する体制に対する広範囲に及ぶ幻滅を作り出した。これが1998年、急進的・反新自由主義的なウゴ・チャベスの大統領当選への道を開いた。

CTVが労働者の権利に対する悪質な攻撃に反対し損ねた事は、非常に嫌われたが、連盟内部の民主主義の欠如は、一般労働者がそれを止める力の無いことを意味した。CTV指導者達は、組合員による信任投票と民主的な票決の呼びかけを、繰り返し無視した。

1998年のチャベスの選任は、国家の優先事項の根本的な入れ替えの到来を告げ、国の貧しい大多数の要求を、多国籍企業の利益よりも優先させることになった。国民投票で圧倒的に採択された、新しい憲法には民主的権利が記されている。2年の間に、チャベス政権は、過去20年間に前任者らが建てたのよりも多くの公共住宅を建設した。非識字撲滅の為の大掛かりな運動が成され、無料の保健医療制度が歴史上初めて確立された。税金による歳入は社会計画に再投入された。

2004年には、最低賃金は30%引き上げられ、今年のメーデーには改めて26%上げられた。改革は、腐敗した企業組合主義――草の根の闘争ではない、政治政党と雇用者連盟との取引を基にしたもの――という長い慣習に慣れきっていた労働者に、一新された自信を与えた、とギンディンは報告する。

1980年代と1990年代の新自由主義政府に対する、おべっかを使った取り入り方を対比すると、チャベス政権に対してCTVは最も口うるさい反対者のひとつであった。親労働者団体としての完全なる破綻があざやかに示されたのは、2002年、チャベスを誘拐し、商工会議所連合会 Fedecamarasの会長を大統領に据えた、ワシントン後援の軍事クーデターを、大衆抗議が策略を崩壊に持っていき、チャベスが大統領に復帰する以前に、CTVが支持した時である。

同じ年の12月、経済を損なわせる企てとして、CTVは雇い主達及び商工会議所連合会と共同で、石油産業労働者の締め出し〔工場封鎖〕を行った。

多くの労働者にとって、CTVによる雇い主を支持する、ストライキの不首尾に終わった呼びかけは、最終的な我慢の限界であり、締め出しに対する闘争は多数の労働者を過激にし、彼ら自身で組織ができるという自信を与えた――CTVすらなしでも。2003年5月、ベネズエラの労働のほぼ全ての部門から、新しい連合――全国労働者同盟(UNT)――を結成する為に、労働者がカラカスに集合した。

UNTは驚くほど速く成長した。ギンディンは示す、「[UNTの]勢いを見積もるひとつの方法は、それぞれの連盟との間で署名された団体協約の割合を算出することだ。労働省によると、2003−04年に署名された団体協約の内、76.5%がUNTに加盟している組合により、ほんの20.2%がCTVと〔加盟していた組合によった〕。」

ギンディンは古い組合の手口について、バレンシア市のコカ・コーラ・フェムザ〔Coca Cola Femsa〕工場の新しいUNT加盟組合の文化長の、フレディー・コントレラス〔Freddy Contreras〕の言を引用した。「それは雇い主の視点だった、企業を強化し新しい労働運動を弱める視点。」

新しい「並進する」組合は重要な挑戦に直面している。彼等は古い組合、及び雇い主達と戦わなければならない。だがこの挑戦を通して、有益な経験を得られる。組合指導者達の主要な課題は、一般民衆の参加を構造の中で大事にすることだ。信任投票の強調は労働者に、最終的に力を握るのは彼らだということを示す。もし指導者が組合員に応じ損ねたら、指導者は追い出される危険を冒すことになる。

チャベス政府に対する支持は、UNTの発展を支えた。2003年4月、失敗に終わった石油ストの後、政府は低賃金労働者の一時解雇の、一時停止を宣言し、それは今も解かれていない。カラボボ州〔Carabobo〕地方取締役、ホセ・ホアキン・バレト〔Jose Joaquin Barreto〕はギンディンに語った。「一時解雇の一時停止が現在あるので、新しい組合を組織し, 彼らの権利のために戦い始めるように労働者を組織している労働者を、企業は解雇できない。政府のおかげで、これらの労働者は、新しい組合を組織し、信任投票を行い、そして現在戦いを交渉の場に持っていき、確固とした利益を得るのに必須の道具を手にする為に必要な、休んだり考えたりする機会が与えられた。」

労働者の要求に対する政府の支援の別の現れは、紙と段ボール製造企業、ベネパル〔Venepal〕の国営化である。この企業はすでに破産しており、2003年の工場封鎖への参加が最終的な破滅をもたらした。労働者は工場を占拠し、生産を再開した。経営者との取引の試みが失敗に終わった後、労働者は設備の売却という脅しにあい、労働者の下での企業の国営化の運動をした。1月に、政府はこの要求に応じた。その後、政府は、同じ様な状況下、労働者が占拠していた、重要なバルブ企業を国営化した。

労働者による工場の管理の要求は、UNTに加盟した組合にとって主要を成し、多くの事例で要求は実行に移された。今、どうしたら、労働者の代表を現存する管理体制に、体裁主義的に吸収するのではなく、真の労働者による管理を導入できるのか、という進行中の議論がある。

Marxism.comに投稿された6月10日付け報告において、英国人社会主義者のアラン・ウッズAlan Woodsは、4月のカラカス訪問時に彼が会話を交わした石油産業(PDVSA)労働者を引用している。「PDVSAの労働者は変化の為に戦っているのだが、管理者側に、私たちが運営するには企業は複雑すぎる、と主張する者が多くいる。その様な場合には私たちは必要な技能を学びますよ!私たちは労働者を訓練する、労働者の大学創設を提案する。」

最も進展した労働者による管理の試みの例は、国営のアルミニウム産業のアルカサ〔Alcasa〕や、電力管理振興公社〔CADAFE〕のメリダ市〔Merida〕の子会社カデラ〔Cadela〕の電気関係労働者の間で見られる。結果は励みになるものとなっている。5月6日付Venezuela Analysisの記事において、マルタ・ハーネッカー〔Marta Harnecker〕は2005年2月のベネズエラのある地域における、著しい自然災害の後の成功を報告している。彼女は、Cadela Electric Union of Meridaの事務局長、サイダ・ギル〔Zaida Gill〕の言葉を引用した。「サンタ・クルス〔Santa Cruz〕の電力を復旧するのに2ヶ月はかかる、とみんな判断していたが、ラウル・アロチャ〔Raul Arocha〕技師、伝導労働者と275人の架線工事人が、驚くべき共同作業で、歩き、丘を登り、水を運び、48時間以下で電力を復旧させた。私は彼らの実行力を誇りに思う。それは労働者らの努力と地域社会の支援による結果だ。」

駆け出しのUNTが直面する相当大きい障壁を考慮すると、この同盟が成し遂げてきた事は驚異的だ。構造的腐敗と官僚的な組合主義のモデルを捨てる為には、無から建設的な組合文化を作り上げる仕方を新たに想像することと共に、労働指導者と一般従業員の再教育の過程は必須であった。UNT内の選挙は7月に予定されていて、それはベネズエラ労働者の為の主要な組織体としての、ゆるぎないUNTに向けての次の一歩となるだろう。

10月、ギンディンはオーエンズ・イリノイ社〔Owens Illinois〕に勤める整備士、フレディー・サラサル〔Freddy Salazar〕の言葉を引用した。「新しい組合は活動を始めてまだ2週間程しか経ってないから、彼らの業績を評価するのは時期尚早だ。私が言える事は、信任投票は重要だった、なぜならただ新しいものを就けるだけでなく、私たちを代表するのを止めた指導者を追放できることを示したからだ。もし組合が私たちの利益を代表しなければ、私たちは別の信任投票を行い、前の組合をそうした様に、彼らを取り替えることが出来る事を、私たちは知っているし、彼らも承知している。」


ケイティー・チェリントンは、社会主義青年団体レジスタンス〔Resistance〕の一員であり、7月から8月にかけてのベネズエラへの初の連帯の旅団の参加者である。


〔本文リンクは訳者による〕



posted by Agrotous at 19:56 | TrackBack(1) | ベネズエラ
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