2005年06月26日

NEDと「民主主義促進」戦略がどの様に米国の介入政策に使われているのか? またそれらがベネズエラではどの様な働きをしているのかを、主に1990年のニカラグアにおける介入と対比して説明するウィリアム・I・ロビンソンのインタビューを全文翻訳。
(〔キッコウカッコ〕内のリンクは訳者、その他は原文まま)


地球規模の市民社会の戦い
〔The Battle for Global Civil Society;Original Article in English/ZNet原文

ウィリアム・I・ロビンソン&ジョナ・ギンディン〔William I. Robinson and Jonah Gindin〕
Venezuelanalysis.com;2005年6月13日

過去20年の間に米国の対外政策は大きく変わった。その関心と目的は、共産主義の崩壊にも関わらず、ほぼ同じままだが、それらを獲得する仕組みは発展した。1980年代の初期から米国の政策立案者たちは「民主主義の促進」という戦略の実験を始めた。しかし、これは「国家安全保障」や「テロとの戦い」と同等の婉曲語法でしかない。「米国が促進しているのは民主主義ではない」とUCサンタバーバラ大学の社会学教授、ウィリアム・I・ロビンソンは言う。1980年代のサンディニスタ政権のニカラグア〔Sandinista Nicaragua〕における主要な米国対外政策の開始以来、ロビンソンは米国の「民主主義の促進」を研究している。

1980年から87年の間Agencia Nueva Nicaragua〔ニカラグアの国際ニュース提供機関〕の記者、そして後に編集長として、またその後ニカラグア外務省で米国の対外政策についての顧問として、ロビンソンは1990年のニカラグア選挙での米国の選挙介入を直に目撃した。そのすべてをロビンソンは1992年出版の本「A Faustian Bargain: U.S. Intervention in the Nicaraguan Elections and American Foreign Policy in the Post-Cold War Era原著」に記録し、1992年から1996年の間にこの米国対外政策の変化の理論立てをし、それを元に世界を観察した。この努力は彼の1996年出版の本、「Promoting Polyarchy: Globalization, U.S. Intervention, and Hegemony原著」に実った。

ここ最近行われたVenezuelanalysis.comとのインタビューの中でまとめ部分日本語訳、元CIAエージェント、フィリップ・エイジー〔Philip Agee〕は1990年のニカラグア選挙への米国介入と、ベネズエラで適用されている同等の介入のモデルとの間の類似性を指摘した。米国民主主義基金(NED)〔National Endowment for Democracy〕とその複数の諸団体、国際問題民主研究所(NDI)〔あるいは米国民主党国際研究所;National Democratic Institute for International Affairs〕共和党国際研究所(IRI)〔あるいは国際共和党協会;International Republican Institute〕国際民間企業センター(CIPE)〔Center for International Private Enterprise〕、米国労働総同盟・産別会議〔AFL-CIO〕の「連帯センター〔Solidarity Center〕」(ACILS)は全てベネズエラに関わっている――NDIとIRIは事務所をベネズエラにもっている。米国国際開発庁(AID)〔Agency for International Development〕国際代替開発〔Development Alternatives International〕と呼ばれるAIDと契約をしている非公開会社と共に、これらの団体はベネズエラの反体制派に資金を提供している。おそらく最も有名な例はその主張によると「市民社会」の団体スメート〔Sumate〕だろう。5月31日、スメートの会長マリア・コリーナ・マチャド〔Maria Corina Machado〕米大統領ブッシュと個人的に会うためホワイト・ハウスに招待された――ベネズエラ大統領ウゴ・チャベス〔Hugo Chavez〕がいまだに受けていない特権である。しかし、スメートは氷山の一角でしかない。ベネズエラの左派大統領ウゴ・チャベスを退ける米国の多面的な試みの一環として、多くの政治政党やNGO〔非政府組織〕は、これらの団体やその他の経路から補助金を受け取っている。

「以前の米国干渉主義とは違い、新しい介入は、〔過去〕介入された諸国での政権構造に対するのとは対照的に、市民社会自体に非常に強く焦点をあてている、」とロビンソンは〔彼の本〕Promoting Polyarchyで述べている。この新しい政治的介入は「米国の有力な団体及び国際システムの主要分野とのつながりを持った、被介入国の市民社会に勢力を作り上げることに重点をおいている。」従って、「支配を行使する舞台」としての「民主主義促進」戦略において、市民社会は重要な役割を果たしている、とロビンソンは言う。

2006年後半に予定された大統領選を控え、そしてごく最近チャベスの支持率が70.5パーセントに達したいま、いかなる手段を使ってでも米国の体制転換組織は大奮闘するだろう。ロビンソンは言う、「これは成熟しきった戦略だ...ウゴ・チャベスの政権を転覆する為の。」「米国は全ての様々な手段を分析するだろう、」目的を遂行するために利用可能なあらゆる手段を。

ジョナ・ギンディン:民主主義の促進は本質的に帝国主義的なのですか?

ウィリアム・I・ロビンソン:民主主義の促進は本質的に帝国主義的ではない。その逆で、本質的に革命的で進歩的です。けれども、あなたは間違った質問の仕方をしていると思う。なぜなら米国が促進しているのは民主主義ではないのだから。彼らがしている事は本質的に帝国主義的で、民主主義を促進する事は本質的に帝国主義的ではなく、民主主義を促進する事は素晴らしい、まったく素晴らしい事です。社会運動は民主主義を促進し、北〔先進諸国〕と南〔発展途上国〕両方における社会運動、北における連帯運動、南の民衆運動、これら全ては民主主義を促進している。米国の対外政策は民主主義の促進とはまったく何の関係もありません。

どうしたら、社会的権利、経済的権利、そして人権を心底から推し進めているNGOや人権団体とNEDに資金援助された団体とを見極められるでしょうか?

私のここでの主張は世界中の民主化運動が対外政策の産物だという事を示唆するものではなく、私の主張は米国対外政策と米国介入の新たな様式の変化は、民主主義と民主化を求める――エリートを含んだ――大群集がいる国々における社会的、政治的な変革の領域に挑み、妨げ、制限し、統制する為のものだということです。

「民主主義促進」の旗を掲げた米国の政治的介入は、正反対で、正真正銘の民主主義を妨げること、民主化に対する民衆運動を妨げ、制御力を手にすること、大衆の民主主義運動に蓋をすること、民主主義闘争の結果がエリート体制と地球規模の資本主義の統合に対して脅威にならぬよう、大衆民主主義運動が作り出しうるいかなる変革をも制限することを目ざしている。もし民主主義を民衆の力、社会の重要な決断に対する群集の参加、物資と文化的財産の民主的な分配という意味で理解するなら、民主主義は地球規模の資本主義者の利益に対する底深い脅威であり、米国と超国籍エリート〔transnational elite〕の手によって容赦なく反対され、鎮圧されなければならない。「民主主義促進」戦略の新しい点は、この反対と鎮圧が皮肉にも民主主義促進の巧みな言い回し〔rhetorical〕による旗の下、そして洗練された新しい手段と政治的介入の様式を通して実施されていることです。

とは言うものの、質問はとても正当です。今起こっている事は、資本主義者のグローバリゼーション〔地球規模化〕の進出と過去10年から20年の間に起こった大規模な変化によって、世界の全ての国と全ての共同体がめちゃくちゃにされているのと同時に、古い形式の政治権力――専制政治、独裁主義等――は正当性を失い、下からの抗議を受けているのだと思います。その時点で、それらの民主化運動を従えて、米国は進行する政治的変革の統制を試み、これらの民主化運動の結果を取り締まることを試み、ある団体に権力を持たせて、それ以外の団体を埋もれさせることを試みた。この状況では、もし米国がある国、例えばキルギスタン――私は例えばウクライナに対するようには詳細に渡って調べてはいないのですが――に進出すれば、全ての様々な団体は、何らかの形で米国の視野に入ることになる。一部の団体は資金提供、専門連絡将校と顧問、その他もろもろを通して米国の計画に組み込まれ、その他は除外される。

あなたはこれら全ての異なる団体は米国対外政策の手先なのかと聞きました。まったくそうではない。米国の利益や世界資本の利益と相容れないまったく異なった理想を追い求めるものたちは、買収されなければ無視される。そして、米国工作員(と現地の協力者と工作員)及びはるかに強力で、温和で、中道で、エリート志向の支援によって組織された代わりとなる、あるいは類似の団体が立ち上げられるのです。この様な団体とNGOは国際的メディアの注目を受け、資金援助を手にし、海外の他の勢力との繋がりを手にすることになります。したがって、3つの異なる種類の団体がある、と要約できます。まずは明らかに米国対外政策目標の手先となるものたち、そしてこれらは民主化促進をするのではなく、民主化を制限し変革の統制を試みる団体です。次に除外され脇へ退けられたものたち。最後に、米国対外政策が除外あるいは対処することに興味がない、あるいは出来ないものたち。米国はこれらの組織を吸収し、穏やかにさせようと試みます。多くの場合これらの団体に属するのは善意を持った人々であり、正当な政治課題を持った人々です。構造的あるいは現地での事情が他の道を閉ざしているため、民主化、専制政治からの体制転換等が、米国と超国籍エリートの対外政策戦略あるいは介入に取り込まれるのです。

米国はどこで「民主主義促進」をしたいのですか?

「民主主義促進」計画には2つの分類があります。1つめは既にエリートに支配され、そして地球規模の資本主義陣営に属する国々における計画です。これらの国では、政治的介入計画は新自由主義エリートの強化、このエリートたちの国家に対する支配の達成、そして市民社会でのその覇権を磨き上げることを求めている。この新自由主義エリートとその支配と覇権の磨き上げは政治的なことであり、それは新自由主義の構造改革であり、そして表出する世界資本主義経済への統合である経済分野を補完します。裏を返せば、この努力は現地の新米エリートや新自由主義体制の安定した支配に対して脅威になりうる大衆的、愛国的、革命的、そしてその他の進歩的勢力を孤立させ、除外し、信用を傷つけるのです。この様な計画は世界中の何十もの国々で遂行されました。ひとつだけ例を挙げると、エルサルバドルでは、「民主主義促進」計画は1990年代から21世紀初期にわたって遂行され、大統領選挙が迫った2003年に拡大されました。これらの計画は、民族主義共和同盟〔あるいは国民共和同盟;ARENA〕と手を組んだ市民及び政治団体に多様な形態の支援を提供し、ファラブンド・マルティ民族解放戦線〔FMLN〕を除外した。

もう一方の諸国では、「民主主義促進」は米国にとって都合の悪い政権を転覆するため、あるいは対象国の安定と、継続する世界資本主義への統合にとっていわゆる「体制転換」が欠かせないとワシントンが考える事例において、「民主主義への移行」を成し遂げるために使われる。近年のうち、ワシントンが「民主主義促進」(と共に他の形態の介入)を通して不安定にしたいと望んだ国々は、ベネズエラ、キューバ、ハイチ、1980年代のニカラグア等である。ジャン=ベルトラン・アリスティド〔Jean Bertrand Aristide;この件についての日本語文はここここここ等を参照のこと〕政権の不安定化に関与し、現在ハイチで政権を握っている団体と個人はまさに、1980年代後半にさかのぼり、2004年3月の米国産クーデターにまで至る間、絶えず企てられていた米国の「民主主義促進」計画によって教育され、鍛えられていたのです。ベネズエラでは、ウゴ・チャベス政権に対する反対派は1990年代後半から、米国「民主主義促進」の組織網と親密に協力し合っています。

そしてこれ以外に「民主主義への移行」の目標となる国々があります、言い換えれば、米国に後援され、しばしば指揮された、政権と国家構造の転換です。1990年代の南アフリカと東ヨーロッパ〔東欧〕諸国はこの部類に入り、イラクの現在の状況もまた然りです。

NEDと米国政府にはどの様な関係があるのですか?

NEDが連邦議会から財源を得ている事は最も直結した繋がりではありません。NED戦略はしばしばラングレー〔あるいはラングリー;Langley〕 [のCIA本部]と連携して、米国国務省とホワイトハウスで立案され、すべてが被介入国の現地大使館と共に企てられます。通常これらの作戦を任せられた当局者たちは激しい入れ替わり方式〔revolving door〕の関係を米国中央政府と持っている。彼らはホワイトハウス、国務省等における異なる政府要職に就いては離れを繰り返します。私たちが目にしているのは地球規模の市民社会をめぐる争いであり、それは激しくなっています。なぜなら世界体系に急速に統合されていない場所は世界に残っていないのだから。ベネズエラはこの争いの最前線である場所のひとつです。

NED戦略によって確立されたあからさまな資金経路は、この時点では表出しきってないのですが、後に秘密の資金支援と作戦に使用される、接触、連絡網、影響力の伝達経路などの基盤を生み出します。これがあらゆる所で見られる様式です。1990年の選挙前後のニカラグアでは、NEDあるいはAIDが、1ドル資金援助するごとに、数ドルCIAが資金援助をしていた。氷山の一角から暴くことができたことによって、これだけの事は分かっています。

NEDは――それがほぼ全ての注意を惹いているかもしれないが――米国務省と行政府傘下で遂行されるこの手の介入に関わっている唯一の組織ではない。他にも「民主主義」促進に専念する米国の支部は多数あり、他の諸国も似たような支部を設立している。国際的にいって、進歩的な勢力の弱点は、現在の世界政治力学を米帝国の結果だ、と見ていることだと思う。その結果、話は米国対その他の世界になる。これは重大な間違いです。いま展開している事のひとつ――グローバリゼーションの重要な側面のひとつ――は、現在の地球規模の資本主義秩序を保存する試み、それを守り拡張することに共通して関心がある超国家エリートの台頭であり、また彼等は「民主主義促進」を、この世界資本主義秩序の推進と安定の鍵となる道具のひとつとする共通の考えを持っている。これを行う戦術的、あるいは戦略的な違いがあるかもしれない――イラクで起きたことはひとつの例です。ベネズエラでも同じことがおきている。東ヨーロッパ、カナダ、そしてほぼ全ての中南米の政府は、チャベスが権力から離れ、エリートの秩序が回復されるのを見たいだろうが、問題はそのやり方だ。米国の戦略はおおむね裏目に出た。というわけで、戦術的、戦略的な違いはあるが、指導的な国家の間には共通した関心事があります。

「民主主義促進」戦略の背後にいる学者や政策立案者は、彼らが正真正銘の民主主義を促進していると信じていると思いますか? それとも自分たちの帝国主義者の役割を冷笑的に気づいているのでしょうか?

あなたは「民主主義促進」派の学者たちは、彼らが民主主義を促進していると本当に信じているかと聞きました。アントニオ・グラムシAntonio Gramsciは、一般大衆は虚偽意識〔false consciousness;専門用語〕を持たないと指摘したことがあります。体験された経験〔ived experience;生きられた経験と訳される専門用語l〕の故に、彼等は矛盾した意識を持つ。しかし――決して不安定でなく、いつも支配的あるいは従属的な集団の事業に所属する――知識人は虚偽意識を持つ。

グラムシはこれらの知識人を善意に解釈していたのかもしれない。「民主主義促進」として遂行される、米国介入の新しい様式をあいにく吹聴する、尊敬に値し、善意を持った西側先進諸国の学者が一方ではいて、その他は、それを、健全又は許容し得る対外政策にする為、米国政治介入に知的に――あるいは直接――参加できると、意図的にせよそうでないにせよ、信じるよう自らを欺いている。

知的労働は決して中立ではなく、競合し相反する社会的利益と分離してはいないことを想起するといい。このことをあからさまに厳しい言い方で述べるなら、米国の「民主主義促進」を擁護する一部の――あるいは多くの――学者は、超国籍エリートの構成上の知識人です。一部の者は、世界権力の殿堂において財政援助と地位を確保するため、誰に対してひれ伏せばいいのかを知っている完全な日和見主義者です。残りは、私がすでに述べたように、善意を持っています。しかし、そこには地球規模の南についての「研究」に多くの先進諸国の知識人が持ち出す、権力と特権による傲慢が殆どいつもあります。そこには学問的植民の物の見方が働いている。

現実を直視しよう。いわゆる「民主主義促進」は、米国介入体系に対しておびただしい構造的、観念的、財政的な繋がりを持つ、紛れもない学問産業に化した。支配の計画は必ずその構成上の知識人を持つことを想起しよう。優勢な世界秩序は、表出する秩序の隠れた働きと、その中に埋め込まれた社会的及び政治的な利益を、最終的に煙に巻くことに奉仕する、多くの知的擁護者、学者、評論家、観念論者を惹きつけてきた。これらの知識人は、地球規模の資本主義支配体系の中心となる歯車になった。彼等はもっと「人間的」な世界資本主義を欲しているかもしれないが、最終的には彼等はこの体系を正当化する手助けをするだけでなく、体系の問題と矛盾に対する技術的な解決策を提供しさえする。

どうしたらいかなる学者も「民主主義促進」の名の元に米国が行う事に本当に従うことが出来、露骨な茶番を認めずにいれるのだろうか? これらは厳しい言い方だが、地球規模の危機に直面して、2005年に私たちが直面する文明規模の危機を前に、何が知識人の役割と責任なのか、私たちは問わなければならない。

ニカラグアでのあなたの経験からすると、ベネズエラでの米国「民主主義促進」戦略はどれだけ深刻でしょうか?

それは成熟しきった戦略です。ベネズエラの革命を衰えさせ、ウゴ・チャベス政権を転覆し、エリートをベネズエラ権力に再任させる大規模な対外政策戦略です。ベネズエラの国内政治編成が、エリートの政治編成に戻ったら、超国籍志向のエリートがベネズエラを世界資本主義に徹底的、体系的に統合し始める為に、エリートの内部では、この戦略は特定の超国籍団体あるいは派閥を育むことにあります。これは進行中の大規模な戦略です。そして米国対外政策が遂行されているいかなる場所でも――それは世界の大部分なのですが――「民主主義促進」戦略は更に大きな対外政策戦略の一部になる、ということを強調するのは重要なことです。したがって、準軍事的な作戦が遂行されているから「民主主義促進」は着手されていないのか、という問題――ニカラグア、ウクライナ等にとって、これはまったく新しい事だった――ではない。それどころか、全ては、米国の目的を達成するために利用できる手段は全て利用する、対外政策戦略の一部だということです。

「民主主義促進」は妨げられずに継続されるだろうし、もしベネズエラに対する準軍事行動の好機と機会が生ずれば、その好機は捕らえられるでしょう。そしてもし機会が生じ、国際機関、例えば米州機構(OAS)、国連、等々を通してベネズエラを孤立させることを状況が許せば、米国はその手の外交的侵略行為を促進するだろう。そしてもしベネズエラを国際財源と国際金融機関から断つ機会が訪れれば、着手されるでしょう。米国は自らが持つ全ての異なる手段を評価し、国際状況が彼らの展開を許すか許さないかを、いついかなる時も見ている。そしてそれら全てはお互いに同時進行し、関連し合った形で着手される。それらは、国内での「民主主義促進」戦略、国内の反対勢力に対する資金援助、選挙妨害、そして市民社会内での対指導的、反チャベス勢力を築き上げる試みです。この全ては、出来うる範囲内でコロンビアの準軍事組織と連帯して行われ、コンドリーザ・ライス〔Condoleezza Rice〕国務長官、その他による国際及び米国の記者会見での非難と共に行われるだろう。こうした全てが、ベネズエラ国内で起こっている事、国連で起こっている事等との慎重な同調のうえで行われる。もう一度要約すると、そこには如何なる疑問の余地もない。革命を打破し、エリートを権力に返り咲かせる為のベネズエラに対する大規模で密やかな、そして公然の組織的な軍事、経済、政治、そして観念的作戦が行われていることを全ての情報が指し示している。証拠は全て出揃っている。

私は決して米国軍の侵略やチャベズ暗殺の試みという可能性を否定しないが、更に重要だと思われるのは、このベネズエラに対する戦略をベネズエラの大衆階層に対する消耗活動と見ることだ。それは、米国の活動に抵抗し続けること、エリートの再来を拒絶し続けること、戦い続けることには意味がないと判断してしまい、遅かれ早かれ貧しい大多数が「諦めて」しまう状況を作り出すことです。この消耗戦略の鍵となるのは、まず庶民の経済的困難、障害、窮地を悪化させること、そしてボリバル革命〔チャベスがベネズエラで行っている革命〕の失策、革命過程の内在する弱点、を巧みに利用することです。

何がベネズエラを米国にとって危険にしているのですか?

そこにはいくつかの要因があります。ひとつめは、いまだに健在の1959年のキューバ以来、それは唯一の真に革命的な進行中の過程だからです。少し前には、完全に覆された1979年のニカラグア革命日本語詳細があり、現時点では覆されたままだが、いまだに米国対外政策の問題となっている、1990−91年のハイチ革命がありました。しかしベネズエラは革命的な進行中の過程を象徴し、それは中南米と世界にとって戦略的で重大な時、「ワシントン・コンセンサス〔Washington Consensus〕」――新自由主義計画の全て――が消滅寸前で、完全なる危機に陥っている時に起りました。新自由主義のモデルが占める位置を何が取って代わるのかは、はっきりしていない。それは中南米全土や世界中での今日の争いなのです。ベネズエラでは、国家の資源を使い国際経済の構造に挑み、土地改革や富の再分配を進めている革命的な過程が行われていて、それは新自由主義から次に来るものへの移行期間の目ざましい実例なのです。

1980年代と1990年代の新自由主義の執行が、この地域全土での評判を落とした時に、ボリバル〔革命〕の過程は展開されているのです。ベネズエラは情勢を変え、社会的、政治的勢力を「ワシントン・コンセンサス」の先、中南米における地球規模の資本モデル、に進むよう促進するだろうか? 新自由主義エリートは下からの重要な挑戦に直面していて、だからこそ今は中南米の重大な過渡期であり、ベネズエラは死にかけた新自由主義秩序に対する、革命的な代替案を代表しているのです。だからこそ、もちろんベネズエラが主要な石油供給国ということもあるが、ベネズエラは危険なのです。もしもこれが、新自由主義と新自由主義覇権の絶頂期の1980年代に起きていたとしても、中東が不安定で、イラクが何百万ドルに値する石油を世界経済に送り出していなかった時、ベネズエラは鍵となる世界資源を管理していたのです。これは〔遅かれ早かれ起こったであろう〕噴出です。ベネズエラで起こっていることを歴史的に、そして新しい21世紀グローバリゼーションの状況を考慮してみる必要がある。なぜなら歴史的には珍しくも何ともないから。中南米全土で下からの永続する噴出はあり、時々それらの噴出は実際に国家権力を握り、国際体制に挑戦してきた。毎回米国は大規模な対応を編成してきたので、私たちは彼等が下地を築いているのを目撃しているのです。

どうしたらベネズエラの様な政府が「民主主義」の促進を主張する帝国主義を迎え撃てるのでしょうか?

米国政策の変換が強力なひとつの理由は、この覇権の物言い、「民主主義促進」というとても強力なレトリック、を組み立てることが出来たことです。しかし他の理由は左翼の失敗、世界的な民主主義の失敗です。もし私が米国の政治介入の標的とされる政府なら――私は誤解されないように、とても慎重に言葉を選ばなければならないのですが――おそらくその介入に対して厳しい態度を取るだろうが、そうすると同時に米国介入のありのままを摘発するでしょう。たとえば、米国の選挙法は米国における選挙で、外国の干渉を許さないことを指摘するでしょう。

もしも、米国がベネズエラに対して行っていることを、ベネズエラ政府やベネズエラの組織が試みたら、資金を受け取とっている人、米国でこの計画に関わっている人(米国民あるいは外国人)は逮捕され、裁かれ、刑務所に入れられるでしょう。米国内でベネズエラ政府が選挙団体に資金提供することは完全に禁止され、完全に非合法で、大規模な疑惑になり、激しい抗議が起こるでしょう。もし米国のこの手の介入の対象になっている世界中の政府が、米国が米国国内で適用する規準を単に適用し始めれば、この手の作戦は停止されるでしょう。米国ではいかなる候補者、いかなる政党も外国の財政支援を受け取ることは出来ず、いかなる外国政府も選挙過程に就いている団体に寄付する事はできない。ついでに言えば、外国政府から資金提供を受けている団体は、外国政府の代行者〔agent〕として国務省に登録することを義務付けられています。というわけで、もし私がカリフォルニアに、「選挙に行こう〔get-out-the-vote〕」団体を立ち上げ、ベネズエラ版民主主義基金(NED)から資金を受け取り始めると、外国政府の代行者として国務省に届け出なければならないのです。ということは、ベネズエラで資金を受け取っている種々の団体は――もしベネズエラに米国と同等の法律があれば――米国政府の代行者としてベネズエラに届け出なければならないのです。

これは大衆、左派、革命勢力、世界秩序に挑戦したい、いかなる進歩的勢力にとってのどうにもならない状況です。いわゆる「民主主義促進」を考慮し、ベネズエラにおけるエリートの役割等を考慮すると、ベネズエラ政府あるいはベネズエラの進歩勢力が、世界資本の国際的な情報の流れへの完璧な支配に対し、又ベネズエラから南アフリカ、そして世界へ流出する印象に対し、重大な打撃を与えることは決して出来ない。世界資本主義経済についてのひとつの鍵は、情報の流れがしっかりと統制されていて、それ自体が超国籍資本であり、大規模な地球規模の商売である、世界メディアに管理された印象作りは強力な道具だということです。最も重要なことは、革命の力あるいは社会的変化の過程は、結局は国内の正当性と支持によるという理解とともに、ベネズエラ国内で正当性と集合体を基盤とした支持を維持することです。

あなたの研究で、「自由」、「民主主義」、「テロ」等のレトリックに対して、首尾よく対決できる戦略の例に出会った事はありますか? この点についてベネズエラが実行できる戦略はあると思いますか?

この戦いに勝つために、特定の国の政府が出来る事には限度があり、このあとすぐに二つ例を挙げます。キューバとニカラグアなのですが。しかしそれとは別に、世界中の進歩的勢力、地球規模の公正を訴える運動〔justice movement〕、が米国政策の変更に気付くことであり、米国が「民主主義促進」をしているということが、本当のところ何を意味するのか知ることです。これは私たちの地球規模の課題の一部となるべきです。地球規模の公正を訴える運動、連帯団体、そして世界中の社会運動などの一部に。昨年世界社会フォーラム〔World Social Forum〕〔タイのNGO〕フォーカス・オン・ザ・グローバル・サウスFocus on the Global South主催による、「民主主義促進」がさらに洗練された形態の介入であると暴くことについての研修会が行われた事は認識しています。ということは、私たちの活動の道はすでに切り開かれていて、私たちの活動への賞賛となるのは進歩的勢力の努力であり、彼らが国家権力を握るのか、ベネズエラのように、意味のある社会変革の促進をするのかということです。

2003年にキューバで起こったことを見るといい日本語記事。そこには75人の反体制派がいて、その中には完全に正当な抵抗勢力がいて、そしてその中には米国対外政策のただの道具だった者もいた――たいへん多様な75人の集まりです。しかし実のところこの75人全てがこれらの米国計画と積極的に協力しあっていた――それは世界のほぼ全ての国で重罪に当たる活動とみなされる――だけでなく、彼ら全てがジェームズ・ケーソン〔James Cassonと原文にあるがCasonの間違い〕(ハバナにある米利益代表部U.S. Special Interests Section;アメリカ利益代表部、米国利益代表部とも訳される〕の外交代表)と会っている。さて、もしワシントンDCにあるキューバの利益代表部の代表がカリフォルニアに来て、イラク侵略に反対で、地球規模の公正を訴える運動に参加している、75人の米国人に協力をしたとしたら、もし私たちがキューバの臨時代理大使から金と支援を受け取っていて、米国政府に対する戦略を練るためワシントンDCの彼の公邸で接触をしたとしたら、私たちは皆牢屋に入っているでしょう。ではキューバ政府は何をしたのでしょう?彼等は「私たちは国際的な意見にを気にしない。これは世界のどの国でも非合法な事であり、キューバの国際法に対する露骨な違反です」と言い、75人は拘束され、投獄されました。実際のところ、彼等は軽い罰ですんだ、と言うのも、もしこれが米国、あるいは世界のその他の国で起こったとしたら、彼等ははるかに重い刑を言い渡されただろうから。

だが、キューバ政府は何を失ったのだろう? 彼等は国際的な世論〔の信用〕を途方もないほど失い、それまで培ってきた立場を失った。彼等は欧州連合から非難され、国際機関から非難され、そして当然のことながら米国のプロパガンダ情報操作組織〔propaganda machine〕は全盛期を迎えた。これが、どちらか一方を取らざるを得なかったために、国際世論と引き換えに、その政治制度を尊重するために必要なことをした政府の例です。

ニカラグアはどうやっても勝ち目がない状況だった。民衆がそれ以上抵抗することが出来なくなる状態にまでニカラグアを抑圧する、軍事的、経済的な力を米国は持っていた。しかしサンディニスタが1980年代後半にとった戦略は、その選挙過程を進め、国際世論をなだめる為には何でも行い、世界に彼らが民主的な勢力だと納得させようとした――彼等はもともと民主的だったのですが。しかし、そうする事は国内の正当性を途方もなく失うことを意味した。それは世界の他の国で起こってないことを、ニカラグア国内で起こることを許すことを意味した。したがって、サンディニスタたちは素晴らしい民主主義者の様に退却し、結局彼等は善い奴等だった。そして彼等は権力を失い、革命はつぶされ、ニカラグアは50年後退した。

私はこの新しい型の介入を暴き、非難し、それに対し戦うことが、地球規模の公正を訴える運動と国際連帯運動の最重要課題になるべきだと思う。それは国際世論の戦いになるでしょう。

なぜチャベスの活動が弾みをつけ始めた1990年代後半のベネズエラに対して、「民主主義促進」戦略が適用されなかったのだと思いますか?

私たちは米国の政策立案者たちが全能だと思うのを避けなければなりません。彼等はまったくそうではないのですから。それどころか、ほんの少しの洞察と、彼らが採る対外政策の結果に対するほんの少しの理解力とともに、彼等は常に防御に回る傾向があり、常に、彼らが制御できない、しばしば下からの、社会的、政治的勢力に反応するのです。米国政策立案者が、彼らが促進し守ろうとしている国際秩序に対する挑戦の構造的な基礎を、確認し認めることは言葉の矛盾〔名辞矛盾〕になります。つまり、コンドリーザ・ライスが公の場で、「この全ての不安定さと、各地で起こっている革命、それに私たちが消そうと努力している火の問題は、不公平な富と力の分配にあります」と言いはしないのです。それは言葉の矛盾なのです。なぜならそれは認められない。CIAの戦略家や米国対外政策立案を手伝うため集められた知識人ですら、その結論に達することはないのです。それは彼らの探知機には入らないのです。ということは、米国政策立案者たちはほんの少しの洞察力しか持ってないことを意味します。

米国はすでに1989年に、そしてその後の1990年代にはNED計画とともに、ベネズエラに深く関わっていましたが、それらは別の筋書きのための計画でした。その筋書きとは、親世界資本、新自由主義エリートが権力を持ち、米国の多頭制促進〔polyarchy-promotion〕[1]計画が継続している土台の上にエリートを据えることを保障し、米国の超国籍計画に対して市民社会の諸団体が好意を示すことをゆっくりと保障することだった。米国政策立案者らがベネズエラの大規模な不満を了解していたとは思えないし、米国と国際秩序に挑戦することになる計画に向かっている異なる団体がいたのを認識していなかったでしょう。

1990年代後半に、米国はベネズエラで統制された政治改変の促進を試みていたが、彼らにとってまだ危機的状況ではなかったので、彼等はもっと緩やかな速度でそれを行っていた。マルコス〔Marcos〕のフィリピンにおいてや、ソモサ主義者〔Somocista〕のニカラグアにおいて、あるいはチリにおいての様な、政権に対する革命的大変動が起こるような状況には見えなかった。例えば1980年代初期から中期のピノチェト、これがまさに起こったことだった。エリートの統制が利かなくなった反独裁のうねりを米国政策立案者は目撃した。米国諜報員と政策立案者は「もしかすると革命的状況に陥るかもしれず、独裁政権に対する左翼に率いられた連合した反体制勢力が出来上がるかもしれず、そうなれば結果はエリート支配の復帰ではなく、はるかに重大なものになる可能性がある」と結論を出した。しかし、私が思うに、はるかに複雑な理由により、ベネズエラではこの様な洞察を彼等は得なかった。大衆民主化運動を指導するはっきりとした左翼勢力がなく、はっきりとした独裁政権あるいは民衆の盛り上がりの標的となる人物がエリートの間にいなかった。もうひとつは、米国政策立案者にとってチャベスが革命的人物になるかどうかは、はっきりしなかったのではないかと思います(チャベスにとってもはっきりしなかったのではないでしょうか)。もし大統領選挙に向かう1997−98年に私が米国政策立案者だったとしたら、「チャベスは一匹狼だが、フィデル・カストロ〔Fidel Castro〕では決してないし、マルクス主義革命家でもないし、もし彼が権力を握ることになっても、他の手段を使って確実に彼を操作できる。彼はベラスコ〔Velasco〕[ペルー、1968年〔彼はクーデターで政権をとった後〔ペルー革命〕、農地改革や石油産業国有化などの社会主義的改革を行ったが、1975年に打倒される。参照元]の様になる可能性もあるし、あるいは50年代初期のボリビアに似るかもしれないが、これは決して革命的状況ではない」と言っただろう。1978−79年のニカラグアの様には危険信号は点滅していなかった。

ベネズエラでは2006年に大統領選挙が予定されています。米国がまとめ上げるのに成功する前の、ニカラグアの反サンディニスタ抵抗派よりも、ベネズエラの反チャベス抵抗派はおおよそのところ分裂していると見ていますか? あなたが述べた「ワシントン・コンセンサス」の危機は、どの程度まで米国の「民主主義促進」を成功させる力の妨げになりますか?

ニカラグアのエリートと比較すれば、いくつかの理由で〔2004年の〕信任投票以来ベネズエラのエリートは弱体化しているし、大きな打撃も受けている。1980年代後半に入り、1990年の選挙が近づいたニカラグアでは、米国が、ソモサ打倒によって完全に粉砕されたエリートを再編成する時間が基本的に10年あった。また米国は、ニカラグアに対しては行使できる軍事攻撃やその他の方法を手に入れたが、ベネズエラにおいては手に入れていない、特に軍事攻撃に関して。この軍事攻撃はニカラグアのエリート内に、いくつかの点でベネズエラでは見られない、国内的な空きを開いた。エリートについて他に言える事は、ベネズエラビジネス界の一部のものとエリートは、信任投票後、チャベスとのある種の暫定協定を取り付けることを決定し、それは米国が避けたいことなのです。よって、ベネズエラでの米国「民主主義促進」戦略はエリートを統一するためだけではなく、誰もチャベスと協力しないよう念を押すことを目ざしているのです。

国際情勢は、80年代後半のニカラグアの時とはだいぶ異なります。80年代後半には世界経済危機が「ワシントン・コンセンサス」と新自由主義に道を開け、サンディニスタ政権にさらに難しい国内状況を生じさせました。2005年の中南米を見ると、世界体制の代替となりうる空きがあり、それがベネズエラに一息つく場を与えています。米国政策は継続されます。2002年のクーデターは失敗し、米国は断片を取り上げ、「成さなければならない課題はなんだ、次の出来事は、次の可能性は、私たちが取り組める次の局面はなんだ?」と言うのです。その次に起きた事は2002年12月から2003年2月までの石油産業の閉鎖でした。その問題は少しずつ納まり、次に来たのが、結局2004年の8月に行われ、チャベスが59パーセントの投票を得た、信任投票でした。事が起こる度にエリートは内部でいっそう分断されて終わりました。しかしもしチャベスが権力を握り、もしボリバル革命が継続される限り、40年といわずどれだけ長くかかろうと、米国はここで働き続けるでしょう。これは決して終わりません。

[1]「Promoting Polyarchy」の中でロビンソンは多頭制を「少数の集団が実際に統治し、意思決定への群集参加を、競合するエリートに慎重に管理された選挙を通して、指導者の選択内に限定する」ことと定義している。〔ZNetの記事ではこの注が抜け落ちている。〕


訳者補足

日本におけるNEDやその他の「民主主義促進団体」の現状に役立ちうる文書はここを参照のこと



posted by Agrotous at 06:13 | TrackBack(0) | ベネズエラ
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