2005年08月25日

新しい人類の世紀への岐路に立つベネズエラ
ヴラディミア・ブラヴォ‐サラザー〔Vladimir Bravo-Salazar〕;2005年4月3日

人類が、15世紀以来親しんできた世界は、いま分岐点に立っている。資本主義という優勢な、経済と発展のモデルが、ここまで世界を推し進めてきた。我々が持つ選択肢のひとつは、もっと正常で維持可能な、全ての人々のための未来か、または消費しつくすまで資源を搾取するために、他の国家を破壊していくかのどちらかである。

資本主義は残忍
ウゴ・チャベス〔Hugo Chavez〕;2005年4月10日

世界社会フォーラム2005において、ウゴ・チャベスがギガンティーニョ・スタジアムで行った演説の抜粋

地球規模の市民社会の戦い
ウィリアム・I・ロビンソン&ジョナ・ギンディン〔William I. Robinson and Jonah Gindin〕;2005年6月13日

NEDと「民主主義促進」戦略がどの様に米国の介入政策に使われているのか? またそれらがベネズエラではどの様な働きをしているのかを、主に1990年のニカラグアにおける介入と対比して説明するウィリアム・I・ロビンソンのインタビュー

ベネズエラ・キューバ同盟を恐れるのは誰だ?
ジェーン・フランクリン〔Jane Franklin〕;2005年3月14日

長い間、中南米で、全ての市民に無料の医療を提供する国は、ひとつしかなかった。現在は二つになった。両国政府は保健医療を基本的な人権とみなしている。よって、保健医療に恵まれているキューバと、石油に恵まれているベネズエラは、両国の市民にとって利益となるよう、物々交換の取り決めを交わした。これは有益な自由貿易の、重要な歴史的実例のように見受けられる。誰が異議を唱えられるだろうか?

中南米のドミノ倒し
サラ・ワグナー〔Sarah Wagner〕;2005年5月29日

5月16日、月曜、首都ラパスを取り囲む貧民層居住区から、数万人のボリビア原住民が下ってきて、カルロス・メサの政府に、外国の多国籍企業からのロイヤルティを18%から50%に上げるよう要求した。

主導権を取り戻す労働者
ケイティー・チェリントン〔Katie Cherrington〕;2005年6月28日

国民の大半を占める貧しい人々に有利になる、ベネズエラ社会の政治・経済的な構造の変革に従事している、ベネズエラのボリバル革命は、この国の労働運動においてもミニ革命を生み出している。

ベネズエラに対する米国の攻撃
エバ・ゴリンジャー〔Eva Golinger〕;2005年3月30日

過去2週間の間に、ワシントンの、ベネズエラ政府の信用を落とそうとする試みが増大した。過去数年間の間適用された、チャベス政権の転覆を試みた戦術と戦略――クーデター、ベネズエラ経済を麻痺させた不法の石油産業ストライキ、そして、米国政府からベネズエラの反対派に対する不正な組織的活動寄与によって吹き込まれた、チャベスの施政権についての国民信任投票――は全てひどい失敗に終わった

メルカル:ベネズエラにおける貧困の減少と国家的食の主権の創出
サラ・ワグナー〔Sarah Wagner〕;2005年6月24日

通常より25%から50%安く、なおかつ高品質の商品を提供する、スーパーマーケット組織網であるベネズエラのメルカルは、善良な政治家の思い付きによって出来た政策ではなく、支配階級によるチャベス政権への攻撃に対する抵抗から生まれた。これはストライキによって、国営石油企業PDVSAが労働者の手に渡った過程とも通じる

ベネズエラは希望の象徴
スチュアート・マンクトン〔Stuart Munckton〕;2005年4月11日

「ベネズエラ革命は、戦争と悲しみの体制を打ち負かすための闘争の最前線にいる、」とフエンテスは語った。「第三世界に住む、世界の大半を占める人々がさらに貧しくなっている現在――西側先進諸国の企業と政府の要請の下、彼らの政府が身を切るような新自由主義の政策を実行している時、また、この経済帝国主義が数十万もの銃で米国により執行されている時――この状況の中で、ベネズエラの人々は抵抗が可能なことを示している。

ベネズエラの警察改革
フェデリコ・フエンテス〔Federico Fuentes〕;2005年7月12日

一連のスキャンダルの後、ベネズエラ政府は、法の執行機関の広範囲に及ぶ構造改革計画を発表した。最も衝撃的だったスキャンダルは、6月下旬のサンタ・マリア大学の学生3人の殺害であった。その中の2人、エリック・モンテネグロとエドハル・キンテロ、は軍諜報部(DIM)に殺害され、3人目、レオナルド・ゴンサレス、は科学・刑事犯罪捜査機関(CICPC)の一員に暗殺された。

民主的、人道主義的な社会主義の構築
デリック・オキーフ〔Derrick O'Keefe〕;2005年3月9日

ここ数ヶ月、ウゴ・チャベス・ベネズエラ大統領は社会主義を率直に支持し始め、ベネズエラ国内におけるボリバル革命と、さらに広範な国際的運動の両方にとっての、重要な発展を示した。

ドキュメンタリー紹介
Indymedia UK;2004年8月15日

ベネズエラにおけるボリバル革命についてのドキュメンタリー映画が、一年ほど前からIndymediaで無料配信されています

ベネズエラ・ボリバル:人々と第4次世界大戦の闘争
マルセロ・アンドラデ〔Marcelo Andrade〕製作

「ベネズエラ・ボリバル:人々と第4次世界大戦の闘争」字幕及び台詞の翻訳。紹介文とダウンロード・ページの詳細は「ドキュメンタリー紹介」記事を参照。

ベネズエラ・ボリバル:エピローグ
マルセロ・アンドラデ〔Marcelo Andrade〕製作

ドキュメンタリー「ベネズエラ・ボリバル:人々と第4次世界大戦の闘争」の字幕・台詞翻訳の続き

女性の銀行
ディアン・テイラー〔Diane Taylor〕;2005年4月7日

小型企業家は他の小規模事業と競う替わりに協力することを促される。もし1つのグループがニワトリの飼育の為に資金が渡されたのなら、近隣にいる別のグループにはニワトリの解体処理の為に貸付金が支払われる。そして3番目のグループは加工された鶏肉の売買の為に財源を得る。焦点は常に、地方の市場と輸出に適した上質な製品を生産することにある。

2005年チャベス国連演説
ウゴ・チャベス〔Hugo Chavez〕;2005年9月18日

ある米テレビ伝導師による暗殺の呼びかけや、護衛と医療チームに対するビザの発給妨害などにも関わらず、ウゴ・チャベス・ベネズエラ大統領はニューヨークにおける国連総会に出向き、演説をした。チャベスが演説を終え「ベネズエラ代表団の席に着くまでひときわ大きな拍手が鳴りやまず、米政府代表はぶぜんとした表情」であり、「次の発言者、ウルグアイのバスケス大統領は壇上で『チャベス大統領のあとでは話しづらい』と苦笑」したという。

ブッシュに対するチャベスの不意打ち
ホアン・ゴンザレス〔Juan Gonzalez〕;2005年9月19日

9月中旬に行われた国連総会に参加することに当初ウゴ・チャベス・ベネズエラ大統領は乗り気ではなかった。なぜなら、その種の首脳会談は時間の無駄だと感じていたからだと言う。彼が国連総会に出席することを決断したのは、在ベネズエラ米国大使館が彼の派遣団にビザを期限内に発行しなかった時であったという。「米国政府が私たちの国連への旅行を妨害しようと試みていたのは確かであり、このことにより私は、行くべきだという衝動に駆られた。だから私は『彼らは私に来て欲しくないのだから、私は必ず行く』と伝えた。」

湧き上がるベネズエラ
ダリオ・アセリニ&ジョージ・マーティン〔Dario Azzellini and Jorge Martin〕;2005年6月30日

ダリオ・アセリニは新作ドキュメンタリー映画「湧き上がるベネズエラ〔仮訳〕」の共同制作者である。ジョージ・マーティンは〔ウェブサイト〕「Hands Off Venezuela」の為に、その映画と彼のボリバル革命に対する見解を聞くため、彼にインタビューした。

ベネズエラ、米国から外国通貨備蓄引き出しへ
ベルナルド・デルガド〔Bernardo Delgado〕;2005年10月1日

カラカス、ベネズエラ、2005年10月1日――昨日ブラジルへ向かう途中、チャベス・ベネズエラ大統領は、ベネズエラが米国債で保有していた外貨準備高を売り、欧州の複数の銀行に預けたと発表した。AP通信によれば、「私たちが対面する脅威により、私たちは国際備蓄を米国の銀行から引き出す必要に迫られた」とチャベスは述べた。

ベネズエラ土地収用開始
ジョージ・マーティン〔Jorge Martin〕;2005年9月2日

週に一度のテレビ番組「こんにちわ大統領」において、ベネズエラ大統領ウゴ・チャベスは収用を目指して136の閉鎖されている工場が調査されていると発表した。「これは利用されていない土地の場合と似ている。利用されていない土地が許されない様に、企業も同様である。」

ベネズエラの全国主婦組合
ベンジャミン・ダングル〔Benjamin Dangl〕;2005年4月27日

ウゴ・チャベス大統領の指揮下、ベネズエラ政府は、貧しい共同体に多大な利益を与える無料の教育、保健医療、土地改革、職業訓練、メディア企画を通し、国の石油による富を再分配している。これらの政府主導の援助計画に加え、多くのベネズエラ国民が連合、協同組合、地域団体を始動した。この動きにおける革新的な団体は、全国主婦組合である。

ベネズエラに対する米国の介入の仕組み第1部
フィリップ・エイジー〔Philip Agee〕;2005年9月9日

米国政府が、ウゴ・チャベス・フリアス大統領と彼を支持する政党連合を政権から追放する為に、ベネズエラの政治的反対派に有利となる、複数の作戦からなる計画を実行している事は周知の事実である。ビル・クリントンの政権により開始され、ジョージ・W・ブッシュの下で増大された、この計画に対する予算は、2001年の約200万ドルから、2005年には900万ドルに跳ね上がり、それは「民主主義を促進」し、「紛争を解決」し、「市民生活を強化」する活動として偽装されている。

ベネズエラに対する米国の介入の仕組み第2部
フィリップ・エイジー〔Philip Agee〕;2005年9月10日

ベネズエラにおいてジョージ・W・ブッシュ政権は、1980年代のニカラグアで米国が実行したものに酷似した活動の組み合わせにより、政治過程に介入しているが、コントラの規模でのテロ戦争はなく、そして経済制裁もなされていない。これらの活動は、2005年の予算が100万ドルに近づくなか、「市民教育」、「選挙過程にたいする支援」、「民主主義体制の強化」として偽装されている。

ベネズエラに対する米国の介入の仕組み第3部
フィリップ・エイジー〔Philip Agee〕;2005年9月11日

チャベス連合と反対派の間の接戦を引き起こすには、2004年8月の罷免国民投票の結果から、10%の変動のみで十分なのである。知っておくべきことは、米国にとって2006年の大統領選挙は既に始まっており、もし彼らが「国民救済連合」という様な、反対派政党の連合を達成したなら、1989年と1990年に類似した介入主義者の活動が起きていたニカラグアと同じく、予期しないことが起きるのは有り得ないことではない。

ALBA:中南米とカリブ諸国のためのボリバル代替案
テレサ・アレアサ〔Teresa Arreaza〕;2005年2月13日

11月上旬、米州首脳会談が開催されたアルゼンチンのマル・デル・プラタにおいて、ベネズエラのウゴ・チャベス大統領は「『全米自由貿易協定は死んだ!われわれアメリカの民衆がFTAAを葬った』と宣言した。新自由主義と帝国主義に反対する民衆が結集するここが、真の米州首脳会談だと付け加えた」。そのチャベスが提唱しているFTAAの代替案であるALBAとは何なのか。以下は「対外貿易銀行(Bancoex)により出版されたALBAに関する情報の要約である。」

ベネズエラ反対派についての印象
アレサンドロ・パルマ〔Alessandro Parma〕;2005年11月24日

「チャベスはボベスと同じで、家ごと全員を殺し、その財産を全て盗人の黒人らに分け与えようとしている!」と私の女家主の息子である、目を見開き、籐の椅子にもたれかかったアレは言った。私たちはカラカスの夜景を見渡せる大きなフラシ天のバルコニーに座っていた。バリオのきらめく光が彼の後ろの遠い闇に大きなオレンジ色の塊となっていた。 私は「だけどアレ、チャベスはもう8年間も政権に就いていて、もし彼が金持ち全部を殺して彼らの財産を分配したいのなら、なぜ彼は既にそうしていないのだろう?」と言った。アレは少しの間もたれ掛かったあと言った。「それもやはりボベスと同じで、彼は寡頭政治家らに安全であり、商取引をしていいと伝えたもので、彼らは彼を信じて、その後でいずれにせよ彼は黒人たちに彼らを殺させた。彼はとても邪悪だった。」

反対派の政治的終焉が意味すること
グレゴリー・ウィルパート〔Gregory Wilpert〕;2005年12月4日

12月4日のベネズエラ国民議会選挙の数日前、首都カラカスでは爆発が3度あり、西部のスリア州で爆発物を携行した人々が逮捕され、西部ファルコン州では石油パイプラインで火災が発生し(参照元)、反対派は選挙をボイコットし選挙から退いた。そして、ウゴ・チャベス大統領率いる政党である第五共和国運動(MVR)が全体の64%である114の議席を勝ち取り、親チャベス諸政党が167の全議席を取って選挙は終わった。その選挙の直前に反対派の行動を分析したグレゴリー・ウィルパートの記事を以下に抄訳・掲載。

ベネズエラ、アルゼンチン国債を購入、IMF債務返済を後援へ
シモーヌ・バリボー〔Simone Baribeau〕;2005年12月21日

24億ドルのアルゼンチンの債務をこの先数ヶ月で購入するというチャベス政権の合意とともに、中南米はIMFからもう一歩遠ざかり、地域統合へと一歩前進した。この決定は国際通貨基金(IMF)に対する債務を返済し終わるというアルゼンチンの公表に続いて訪れた。ベネズエラ大統領ウゴ・チャベス・フリアスはこの決定を賞賛し、「アルゼンチンがIMFへの依存を終わらせることに手を貸す」ことを誓った。

ゲイとレズビアンの権利のための取り組み
キラズ・ジャニキ/フェデリコ・フエンテス〔Kiraz Janicke and Federico Fuentes〕;2005年11月30日

ベネズエラ・ボリバル共和国の新しい憲法が採用された3年後の、2002年12月15日に、ウゴ・チャベス大統領は彼の週間テレビ番組「こんにちは大統領」で、1999年の憲法制定会議の最中に大きな誤りがあったと述べた。新しい憲法からゲイとレズビアンの権利が省かれたのである。

ベネズエラの道
マイケル・アルバート〔Michael Albert〕;2005年11月6日

私のボリバル革命との、最初のそしてほぼ間違いなく最も個人的に驚かされた出会いは、聞くところによると、チャベスの「人々が力を持つべきである」という望みに従って創立された、国民参加省においてであった。

キューバとベネズエラ:あるボリバル主義の協力
コリー・フィッシャー・ホフマン&グレッグ・ローゼンタール〔Cory Fischer-Hoffman & Greg Rosenthal〕;2006年1月13日

中南米の最も尊敬された独立運動の立役者であるホセ・マルティとシモン・ボリバルは、おおよそ一世紀前に、中南米が結合した勢力として連帯し一体となるまでは、彼らの祖国は決して帝国の支配から自由にはならない、と理解していた。この時を超越した2人の人物の大地で、キューバとベネズエラ・ボリバル共和国との間の独特な協力が発展してきており、それは新自由主義の論理に逆らっている。キューバとベネズエラは、人道主義と連帯を基にした代替の関係を実証している。この「実証効果」は、全ての人が「どん底への競争」を強要されている世界に、必要を基にした協力を通じて最も貧しい者に焦点を当てることが可能なだけではなく、望ましいことを示している。教育材料、医療奉仕と特恵価格の石油に関する彼らの共通の援助交換は、「自由貿易」の競り合い、搾取的な特質に対する、現存する反証例である。

ベネズエラのボリバル主義運動
スティーブン・レンドマン〔Stephen Lendman〕;2006年1月4日

民主的に選任された大統領、ウゴ・チャベス・フリアスの下、現在のベネズエラはボリバル主義の精神と彼のボリバル革命に染まっている。それは、スペイン人を打ち破り、南米の半分を解放し、チャベス政権を特徴付ける再分配に関する政策と同様のものを信じた、カラカス生まれの17、18世紀の将軍、シモン・ボリバルの理想像を基にしている。それはさらに、ボリバルが「自由の名の下の苦難で中南米を苦しめる」帝国の呪い、と鋭くも描写したものを克服することをも望んでいる。

自由なソフトウェア革命、ベネズエラに到来
デヴィッド・シュガー;2006年1月9日

ベネズエラ革命はおそらくコンピュータ・ハッカーにより救われた歴史上初めての革命であり、それが政府が特に行政における自由なソフトウェアの利用の促進を大切にしている理由のひとつである。

ベネスエラに対する矛盾した米国政策
アンディー・グドール〔 Andy Goodall 〕;2006年2月20日

チャベス大統領をヒットラーになぞらえたラムズフェルド米国防長官の声明や、中南米における米国益にとって、ベネスエラが最も深刻な脅威であり、北朝鮮と イランとの密接な関係を追求していると述べたジョン・ネグロポンテ情報長官の言明に続き、コンドリーザ・ライス米国務長官が参戦した。

ベネスエラの率先:社会変革の労働者は社会福祉の母たちと草の根運動の女性たち
コリー・フィッシャー=ホフマン〔Cory Fischer-Hoffman 〕;2006年2月15日

2月2日、カラカスのテレサ・カレーニョ劇場で行われた演説のなかで、ウゴ・チャベスは国際労働者の日である5月1日から、10万世帯を対象に、一世帯あたりベネスエラ人女性一人が毎月38万ボリバル(185ドル)を受け取る、と宣言した。これはベネスエラの最低賃金の約80パーセントである。これに続く6ヶ月の間に、さらに10万人の女性が、彼女たちの仕事の承認として報酬を受け取ることとなる。

「ボリバル革命」本拠地における暮らし
ザカリー・ラウン〔Zachary Lown〕;2006年3月8日

石油収入を利用し、チャベス政権は大規模な社会福祉諸計画を実行してきており、計画はその結果として、草の根政治活動の急増を引き起こした。全体としてのこの過程は「革命的過程」、「ボリバル主義の過程」あるいは「変革の過程」などとして呼ばれている。ここララ州において、おそらく国の他の場所以上に、この「変革の過程」は劇的な進歩を遂げた。ゆえにララ州は、この過程の仕組みと、それが何処へベネスエラを導いているのかを垣間見せてくれる。

米国、主要な軍事演習着手へ、ベネズエラ・キューバに対する警告として
ジョージ・マーティン〔Jorge Martin 〕;2006年4月1日

3月27日の米南方軍司令部の声明によれば、「米国海軍空母打撃群のひとつが、Operation Partnership of the Americas 〔米州パートナーシップ作戦〕を実施するべく、2006年4月初旬から5月下旬までの間、米国東海岸からカリブ海へ展開する。」この打撃群は「空母ジョージ・ワシントンと搭載された航空団、巡洋艦モントレー、駆逐艦スタウトとフリゲート艦アンダーウッド」で構成される。これが意味することは、米国海軍が、60機の航空機を搭載した軍艦1隻を含む4隻の軍艦と、総人数6500の兵士を主要な軍事演習のため、カリブ海に数週間以内に派遣を開始するということである。

ミスター・デンジャーと新たな社会主義
マリア・パエス・ビクトル〔Maria Paez Victor〕;2006年3月29日

ベネズエラのボリバル革命の背景とはいかなるものなのか? なぜミスター・デンジャー〔チャベスが付けたブッシュ米大統領のあだ名〕はこれほどまでに反対しているのか? ベネズエラ人エリートの役割はいかなるものであったのか? 何をチャベス政権は達成してきたのか? そして、全ての民主主義国に忠告となる話はあるのだろうか?


チャベスの効果的な社会主義という危険
テッド・ロール〔Ted Rall〕;2006年4月12日

サウジアラビアやカザフスタンのような諸国の嫌悪された暴君が、彼らの国の公庫を略奪し、石油の富を個人のスイス銀行口座に転送し、その残りを(サウジ王家の場合)テロリスト過激派への資金供給に利用したとき、米国の政治家らは彼らを信頼できる友であり、同盟国であると賞賛する。だが民主的に選出された大衆主義の大統領が、貧しい人々を貧困から救い出すために、ベネズエラの石油収入を利用すると、彼らは彼が迎合していると非難する。

チャベス1対ブッシュ0
オードリー・サッソン〔Audrey Sasson 〕;2006年5月22日

米国の低所得層の増大する光熱費の支払いに対して手を貸したい、と昨年9月ベネズエラのウゴ・チャベス大統領が述べた時、すぐさま批判家らは彼の動機の誠実さを疑ってかかった。外交上の対抗者であるブッシュ大統領を挑発し苛立たせるためだけの発言か? これほど「ポピュリズムな」約束を彼は実際に果たすであろうか? だがわずか数ヵ月後、彼はブロンクスで試験的な計画に着手し、レトリックを行動に移した。

ベネズエラの革命的ラジオ放送
ピーター・ラコウスキー〔Peter Lackowski〕;2006年6月24日

ベネズエラのボリバル革命は、いかなる独裁者も宣言できるような類のものではない。それを実現させるため、自発性を発揮した人々による大衆運動が携わっているのが事実である。この革命の物語は、部分的にのみウゴ・チャベスの物語なのである。これは同様にベネズエラの人々の全ての団体や組織的活動の物語であり、将来著述されるであろうものよりも多い数々の物語なのである。以下はベネズエラ人が「過程」と呼ぶものを構成する無数の団体の内のひとつの物語である。

ベネズエラの協同組合革命
ベッツィー・ボウマン&ボブ・ストーン〔Betsy Bowman and Bob Stone 〕;2006年7月29日

米国メディアのベネズエラについての報道は、この国の石油と――それと無関係ではない――ウゴ・チャベス大統領とホワイト・ハウスとの間の舌戦に集中する傾向がある。例えば、チャベスはジョージ・W・ブッシュを「ミスター・デンジャー」と好んで呼ぶ。それはあるベネズエラの古典小説の野蛮な外国人への言及である。それよりも少々ぎこちなく、ドナルド・ラムズフェルド国防長官は最近チャベスをヒットラーと比較してみせた。このことが面白いネタになる一方で、記者達はベネズエラにおける主要な出来事を見逃してきた。数十万人のサイダ・ロサスのようなベネズエラ人の経済生活を作り変えた、協同組合の前例のない進展である。

生存を超えて、社会的経済を真の代替案へと転換するベネズエラ
マイケル・A・レボウィッツ〔Michael A. Lebowitz 〕;2006年8月11日

奴隷の配給量は決して定められたことがない。したがって、資本主義内で労働者や市民が闘争を通して、社会労働の利益の内、ある程度の取り分を自らのために確保することが常に可能であった。とはいえ、資本主義グローバリゼーションと新自由主義の国家政策の攻勢は、過去の闘争の前進全てを徐々に侵害した。そしてそれらの勝利が束の間のものであることを知り驚いた者たちへの返答は、TINAというマントラであった――「他に選択の余地はない」と。それにもかかわらず、資本主義の攻勢による蹂躙が明白になるにつれ、抵抗が特に中南米において現れるようになった。最近世界中の働く人々は「より良い世界は可能である」ことの実例のため、この地域に目を向けている。

ベネスエラの革命を推し進める女性達
エレナ・モーラ〔Elena Mora 〕;2006年8月29日

チャベスを打倒しようとする者達が成功した場合意味することを女性達は理解していた。「抵抗する者たちの間には怒りの感情があった、勝ち取ってきた権利を彼らが取り去ろうとしている、という」と彼女は述べた。その4月の日々、リナレス自身そこに居り、戦車の前に女性達が横たわるのを目撃した。

ウゴ・チャベス、ブッシュ帝国への挑戦
フェデリコ・フエンテス〔Federico Fuentes〕;2006年9月9日

米国支配階級エリートは最悪の事態を恐れいている。すなわち、ベネズエラの「ボリバル革命」の二重の勝利である。12月の圧倒的勝利が、民衆第一の政策で企業を押しのける更なる為政権をチャベスに与える可能性があるのみではなく、10月にベネズエラは国際連合安全保障理事会の非常任議席を獲得する可能性もある。

2006年チャベス国連演説
ウゴ・チャベス〔Hugo Chavez〕;2006年9月21日

チョムスキー、悪魔、国連改革、テロリズムや帝国への抵抗を語った2006年のチャベス国連演説全文翻訳。

ブッシュは悪魔か?
チャールズ・ハーディー〔Charles Hardy 〕;2006年9月25日

ある女性が、ディック・チェイニー副大統領は邪悪な人だと思う、と言うのを私は聞いた。彼女の姉妹は、世界情勢に関して〔彼女とは〕異なる見解を持っており、全てのアラブ人は邪悪だと思うと言った。過去数年の間、ジョージ・W・ブッシュ大統領は、世界における悪の枢軸について語ってきた。そして、わずか数日前に、ベネズエラのチャベス大統領がブッシュ大統領は悪魔である、と述べた。

米州ボリバル代替構想(ALBA)の定義
マイケル・フォックス〔Michael Fox〕;2006年8月25日

「ボリーバルの代替案」を構成するものは正確には何なのか、ALBAの壮大な傘下には如何なる計画、協定や合弁が含まれるのか、そしてこの「代替案」を区別するものは厳密に言って如何なるものなのか。
(ALBA、キューバ、ベネズエラと中南米間の統合と協同に関する4回シリーズ1回目)

フェリスの奇跡と包括的キューバ・ベネズエラ関係
マイケル・フォックス〔Michael Fox 〕;2006年8月28日

フェリスは、南米最大のひとつで最も暴力の多い都市、ベネズエラの首都カラカスのタクシー運転手である。住所や電話番号を読む時わずかに細めた彼の目や、大きな印字がなければ、わずか1年半前に、彼が死の床につき、視覚がほぼ完全に無くなり、かろうじて生きながらえようとしていたとは予想もつかないであろう。
(ALBA、キューバ、ベネズエラと中南米間の統合と協同に関する4回シリーズ2回目)

「地に呪われたる者」国連で尊厳の声を上げる
カロル・デルガド〔Carol Delgado 〕;2006年10月22日

大部分の新聞が、国連で起きている安全保障理事会の議席を争う闘いを、グアテマラが殆どの投票回数でベネズエラを打ち破ってきた、と描いている。だがこれは、これまで起きてきた事の簡略化しすぎた見方である。それどころか、ベネズエラ立候補の成功は、勝ったあるいは負けた回数の見地から測ることは出来ない。なぜなら、声無き者たちの尊厳と意見は、調整されたり、沈黙させられたり、打ち負かされることはないからである。

ボリバルの夢の再来のための希望のかがり火
タリク・アリ〔Tariq Ali〕;2006年11月10日

オルテガの勝利は中南米が再び進展する中起きた。これまで、大衆意志の目覚しい示威運動が、ほんの少し都市の名を挙げれば、ポルト・アレグレ、カラカス、ブエノス・アイレス、コチャバンバやクスコで進展している。これは、新自由主義の無感覚に埋没する(欧州連合、米国、極東)、あるいは新たな秩序の軍事・経済的な強奪に苦しんでいる(イラク、パレスチナ、レバノン、アフガニスタン、南アジア)世界にとっての新しい希望となっている。

ベネズエラ:もうひとつのクーデター進行中か?
クリス・カールソン〔Chris Carlson〕;2006年11月17日

2002年4月11日に、実業家、政治家や陸軍士官の集団は、主要な全国メディアの協力と連係して、ベネズエラの大統領であるウゴ・チャベスを誘拐し、国政を乗っ取った。19人の死者が出た二日間の後、クーデターは結局失敗し、大統領は政権に復帰した。裕福な実業家らや寡頭政治支配者らは、大衆の人望がある大統領を取り除くことが出来なかった。しかし、最近の情勢は、彼らが近いうちに別の企てに出る印象を与える。

ベネズエラ革命にとっての挑戦
コラル・ウィンター&ジム・マキルロイ〔Coral Wynter and Jim McIlroy 〕;2006年11月13日

マイケル・レボウィッツはベネズエラのボリバル革命の分析と評議のための、カラカスを本拠地とする協会、ミランダ国際センターの所長であり、カナダのサイモンフレーザー大学経済学部の名誉教授であり、最近出版された『Build it Now: Socialism for the Twenty-first Century』を含む、マルクス主義と社会主義についての複数の本の著者である。彼はグリーン・レフト・ウィークリー誌の コラル・ウィンターとジム・マキルロイに、ベネズエラで展開中の革命について語った。

体制転換せず:チャベスの選挙勝利はキューバとの同盟を強固にする
デリック・オキーフ 〔Derrick O'Keefe 〕;2006年12月5日

チリの91歳の元独裁者アウグスト・ピノチェトが心臓発作に襲われた同日、ウゴ・チャベス――米国とベネズエラのエリートがチリのサルバドール・アジェンデと同様の宿命をあてがおうと試みてきた人物――が選挙で大勝を収め、ボリバル革命とその計画である「21世紀の社会主義」の構築に対する委任が再び是認された。2002年にクーデターに、2002−2003年に雇い主のストライキと石油停止に、そして2004年に罷免国民投票に打ち勝った後、ウゴ・チャベスは、非公式の結果によれば、票の60%以上を勝ち取り、挑戦者のマヌエル・ロサレスに止めを刺した。

反対派の歴史的な譲歩とベネズエラの未来
グレゴリー・ウィルパート〔Gregory Wilpert 〕;2006年12月10日

今回の選挙でチャベスに対する敗北の責任をロサレスが明確に負ったわけでもない。とはいえ、敗北を認めたことだけでも、既に極めて意義深いことである。なぜなら、1998年以来初めて、チャベスが実際に選出された正当な大統領であり、反対派が現在国の過半数の支持を得ていないことを、反対派が容認したのだから。

前進するチャベス
マイケル・A・レボウィッツ〔Michael A. Lebowitz 〕;2006年12月18日

ボリバル主義の多数の集会や祝典の場であるテレサ・カレーニョ劇場での昨晩の集会に多くの悲しそうな顔があったのは、私の想像だったのであろうか? 紛れもなく、それはもうひとつの祝典の時であった。それは12月3日のウゴ・チャベスの選挙勝利を承認し、また特にコマンド・ミランダの選挙運動員の貢献に感謝を示す集会であった。ではなぜ、陰気な顔なのか?

ベネズエラの草の根民主主義という秘策
マイケル・フォックス〔Michael Fox 〕;2006年11月30日

国際的な眼差し全てが12月3日のベネズエラ大統領選挙に向く中、ベネズエラの草の根の民主主義の全く新しく革命的な経験は、国際的に全く報道されてこなかった。この経験は、既に1万2千のコミュニティー委員会を形成してきており、その参加者らや立案者らが、ベネズエラにおける意思決定の仕方を変化させ、ベネズエラの政治制度の根本そのものを潜在的に変化させることを期待するものである。



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