2005年06月05日

冷戦後の米国の動き、その単独行動主義の誤算、そして新たに台頭し始めた勢力を描いたトム・エンゲルハートの記事翻訳。
(本文リンクは原文のまま)



勝者と敗者
スーパーパワーの軌道から離れて
〔Winners and Losers
Moving out of the Superpower Orbit;Original Article in English/ZNet原文

トム・エンゲルハート〔Tom Engelhardt〕TomDispatch;2005年5月3日

ほぼ半世紀続いた冷戦において、やり合ったふたつの超大国〔superpowers〕のうち、一方――米国――が勝ち残った。軍事的に絶大で、経済的に強力に。決して優勢にならなかったもう一方は退散し、その帝国は崩壊し、民衆は飢えて絶望し、その軍隊は抜け殻となった。これはみんな知っていて、それなりに受け入れる話だ。筋が通っている。喧嘩も競争も戦争もそんな風に終わるとみんな予想する。

でももし、私が最近示唆した様に、冷戦は共倒れの対決〔loser/loser contest〕だったとしたら? にわかには信じがたいかもしれない。米国においてこの考えは、イマニュエル・ウォーラーステインの様な帝国衰退を研究するものを除いて、少し前までは笑いを誘っただろう、しかし少しずつ現実味を帯び始めているのかもしれない。

それはさておき、まずは、れっきとした冷戦の敗者と、勝者である米超大国が元ライバル、ソ連の残滓ロシアとその支配が及ぶ外部地域、「近外」〔near abroad〕にどの様に止めを刺したかという幾分秘密の――あるいは、少なくともほとんど報道されていない――話から始めよう。

ソビエト連邦は1980年代にはすでに過剰に拡張〔overstretch〕していた――経済的には不安定を通り越し、軍は最盛期を過ぎ、その通貨は価値を失いつつあった――そして、もちろんアフガニスタン〔の問題〕があった。(すでにもう何処かで聞いたことがあると思わないか?)米国の幾つかの政権が欲した様そのままに、アフガニスタンはロシアにとってのベトナムだった――違いと言えばベトナムは米国にとって、はっきりした地域的な敗北だったのに対し、アフガニスタンはソ連にとって、政治的、経済的に帝国を粉々にする敗北だったことだ。

ベルリンの壁が崩壊した後、米国政権、特に現在の〔ブッシュ〕政権、はロシアの「近外」に進出して、〔ロシアの影響下から〕取り除くために、(直接的、間接的に)金と努力と計画をつぎ込んだ。いまでは、古きバルトの元ソ連のソビエト社会主義共和国諸国はNATOに参加しており(そして米国のジェットは任務でその国々の上を飛び交い)、ルーマニアとブルガリアは将来ありうる米軍基地受け入れを準備し始め、米国政府の善良な庁と(「他国の選挙に勝利する型板にまで熟成した方式」を使う)提携基金を通して(あらゆる複雑な仕方で)支援され、組織された野党派によって、ウクライナ、グルジア、そしてキルギスタンでは少なくとも半分民主的な革命が起こった(オレンジ、バラ、及びチューリップ)。米国はすでに中央アジアの元ソビエト社会主義共和国のウズベキスタンとキルギスタンに軍事基地を持ち、そしておそらく、すでにロシアよりも多く軍事基地(と任務)をさらに遠方の元USSR帝国地域において持っているだろう。(もしアフガニスタンを入れれば競争にすらならない。)我らの国務長官コンドリーザ・ライス〔Condoleezza Rice〕は、承認公聴会において、元ソ連の最後の西側の縁、「民主」独裁政権ベラルーシを彼女の新しい「圧政国家」〔Outposts of Tyranny〕のリストに放り込んだ。

ロシアについては、ブッシュ政権はその政策を冷戦的立場の「封じ込め」から冷戦主義的夢見状態の「押し戻し」へと移った。そして、記者会見やその他の場で大統領が「ウラジーミル〔Vladimir〕」と〔プーチン大統領を〕親しく呼ぶのとは裏腹に、政府高官は明らかにプーチンロシアの「体制変革〔regime change〕」を切望、あるいは目指してさえいる。その一方で、ブッシュ政権最新の十字軍の宣伝文句〔slogan〕――紛れもなく最も使い勝手がいい――「民主主義」の旗印のもとに、ロシアの「近外」は〔ロシアの影響下から〕おおむね取り除かれた。確かに受けやすい宣伝文句だが、ジョナサン・シェル〔Jonathan Schell〕が指摘したように、政権が「民主主義」(それとともに、元ソ連の周辺にいる人々の心底の民主的な渇望)を世界制覇への衝動に取り入れた〔Enlistment〕ことは腐敗でもある。

以上の全てにおいて、冷戦の「勝者」は少なくともその帝国の任務という側面で大いに成功した――以前は侵入できなかったかつての敵地域への進出、その地域に軍事前哨部隊の設置、そして新しく立ち上がった、ブッシュ寄り(あるいはNATO寄り)の政権への支援等。案の定、この事は中東(それにカスピ海)に位置する、世界の石油中心地に対する支配に貢献できる地域で特に一貫している。

しかし、この様な戦略には限界がある。その内の二つはロシアに帰する。一つめは、石油と天然ガスの価格が(つい最近の一時的下落にもかかわらず)長期的に高騰している時に、ロシアはその両方の貯蔵をかなりの量所有し、そのことはあらゆる意味で力の貯蔵〔power reserve〕を意味する。プーチンの体制は別形態の「力の貯蔵」をも有している。ここ最近言及されないにも関わらず、この貯蔵――二番目の限界――は世界における米国の行動を効果的に抑制する。軍事的にはロシアはソビエト連邦の名残でしかないかもしれないが、いまだに世界を終わらせえる核兵器の貯蔵を保有している。すでに世界的超大国ではないが、この競争の場でのロシアはその立場に留まっている――核兵器が、大方の予想を無視し、唯一世界の地域通貨になった今、この事は決して些細なことではない、過去の二大超大国の世界の時よりもそうかもしれない。

米国の力に対する第三の限界はやっと最近現れ始めている。それは単独の超大国が持つ様々な目標に対して抵抗する、(必ずしも軍事的でない)地域的な勢力圏〔blocs〕の形成の始まりである。今もって形成中の大欧州〔EU〕はその勢力圏のひとつを代表し、また(仮に一時的だとしても、中国とインドの間の突然の緊張緩和、それに不安定なロシアと中国の最初の軍事同盟に示される様な)アジアの連合体もその一つであるが、そんな中で最も予想外で、語られない勢力圏は他のどの圏よりも本国近くにある。その圏を形成しているのは、ブッシュ政権がどんな構想を持っていようと関係なく、集団的な公益を断固として追い求める、中南米の左派寄りの民主主義諸国である。


我らの裏庭におけるクーデター作り

この展開の鍵はイラクにある――もっと適切にいえば、ブッシュ政権が2001年に、究極の世界権力と自身の運命は中東にあると判断した事にある。もしもアフガニスタンがソビエト連邦にとっての(効果においては遥かに酷い)ベトナムだったなら、イラクは(武装勢力を支援する敵対した超大国なしですら)米国のアフガニスタンになりうる。ブッシュ政権――ジェファーソン・デーヴィス〔Jefferson Davis デービス表記も有〕の分離主義者たち以来の大博打打ちで構成されている――の最大の賭けは明らかに、テロとの戦いを装った、戦車と巡航ミサイルによる、イラク占領に至る「体制変革」の飛躍であった。

終わりが見えない中、消耗の耐えないイラク戦争はすでにブッシュ政権の攻撃的な(特にアジアでの)対外政策を凌ぎ、世界の全地域的には政権を散漫にしている。ワシントン内部情報通のネルソン・レポート誌〔Nelson Report〕〔編集長〕クリス・ネルソン〔Chris Nelson〕が今週この事についてこう記した。

「この全てのことから言えることは、ウォール・ストリート・ジャーナル〔Wall Street Journal〕誌上におけるコンディ・ライス国務長官の驚くべきインタビューの意味することが、今まで以上に明確になったという事だ。元ソ連専門家は何度もブッシュ政権の政策の全焦点は中東にあり、これからもそうあり続けると明言していた。北朝鮮問題に対する解決策を捻り出す責任を、ライスは中国に喜んで委ねた。」

イラク戦争は同時に中東をますます不安定にした。石油価格は上昇し、ドル〔の力〕は衰え、他の主要な世界的挑戦に対し処置を取れないとまでは行かないが、米軍は絶望的に過剰拡張している。先日、クロフォード〔Crawford〕でサウジアラビアのアブダラ皇太子の手にブッシュがしがみついたのも無理はない。どんな助けも彼は必要なのだ。

この事は、結果的に、実験と変化を与える顕著な空きを、よりによって、勝者の超大国の殆ど注意を払われていない「近外」にもたらした――ベネズエラ大統領ウゴ・チャベス〔Hugo Chavez〕がここ最近全力で行動している空きを。自身おぼろげなクーデターの過去を持つ元軍人、二度当選し人気があるベネズエラ大統領のチャベスは、米国政権が一時期断固として処置した人物像そのものである。しかし、米国の輸入石油(サウジアラビアにほぼ匹敵する、全石油輸入の15パーセントを占める)の中で三番目に大きい貯蔵を有するチャベスは、過去数ヶ月の間に、次に挙げることを成し遂げた。〔米国の〕飛びぬけた競争相手中国、そして〔米国に〕飛びぬけて嫌われているイランとエネルギー取引の契約をし(おい、それは俺たちのエネルギーだ!)、(キューバが除外されている)米州自由貿易地域〔Free Trade Area of the Americas〕に対する代替を創設する試みの一環として、人を小馬鹿にした様な非公式の経済同盟を、飛びぬけて嫌われているキューバの指導者フィデル・カストロ〔Fidel Castro〕と組み、ロシアとスペインから武器を購入し、もし彼の政権が危機にさらされる、あるいは封鎖される様なことがあれば、米国に対するベネズエラの石油供給を断つと脅しをかけ、そして先週――(対外政策と軍事政策は殆ど同一のものと採っている)ブッシュ政権に対する究極の侮辱として――米軍をベネズエラから追い出した。

以上のことが明らかな報復なしで起こったこと自体が、ある意味画期的である。なぜならチャベスは、ブッシュ政権がほぼ唯一促進する、軍対軍関係を突然破棄し、彼の政権に対する企みを助長していると訴えて、「ベネズエラで教え、また学んでいる少数の米国仕官の一群」を追い出しさえしたのだから。彼はその他に合同軍事訓練を止め、軍事取り交わしを中止し、米国軍仕官がスパイしているのが見つかればベネズエラの法廷で裁くと脅しまでしている。

このややこしい事態の背景。2002年の4月に、ベネズエラ軍仕官と経済指導者たちは、47時間の間チャベス政権を権力の座から追い出すことになる、クーデターを起こした。ネーション誌〔the Nation〕のマーク・クーパー〔Marc Cooper〕が記したように、この期間中「19の中南米首領達が、クーデターを民主主義の原理に対する侵害だと公然と非難したにもかかわらず、ブッシュ政権は公にこの軍事奪取を支持した。」(クーデターが失敗に終わった後、ブッシュ大統領は、チャベスが「教訓を学んだ」ことを望むと述べた。)米国政府は初めのうちはこのクーデターにどんな形にせよ関わっていないと否定し、それが起こるまでは何も知らなかったとしていた。ところが、少なくとも米国諜報機関は「このクーデターに関する報告を逐一得ていて」、その報告はブッシュ政権の高官たちに配られていたと記された文書がすぐに明るみに出た

クーデター失敗に終わった後しばらくして、ブリティッシュ・オブサーバー〔the British Observer〕誌の信頼できるエド・バリアミー〔Ed Vulliamy〕は「失敗に終わったベネズエラにおけるクーデターは、米国政府高官達に密接に結びついているとオブザーバーは確認した。彼らは1980年代の[中米における]『汚い戦争』の長い歴史を持っていて、その当時中米で活動していた死の部隊〔death squads〕とも繋がっている」と報告した。この人物のなかにはオットー・レイヒ〔Otto Reich〕と、元対ベネズエラ米国大使で、ブッシュ政権の中南米政策作成の鍵を握り、伝えられるところによれば何ヶ月もの間クーデター陰謀者と会っていたという、エリオット・アブラムス〔Elliot Abrams〕が含まれる。

現在では、報道記事で定期的に現れる、米国がベネズエラで何をしたのかを記述する、容認された決まり文句がある。たとえば最近のフアン・フォレロ〔Juan Forero〕記者によるニューヨーク・タイムズ〔New York Times〕記事(米国、ベネズエラに対し強行姿勢を検討)は、「...2002年4月にチャベス氏を少しの間排除したクーデターを、米国は暗黙のうちに支持した。」とある。次はPBS〔Public Broadcasting Service;米国の公共放送〕のニュースアワー〔Newshour;番組名〕レイ・スアレズ〔Ray Suarez〕による文句。「米国政府の分子、ブッシュ政権の分子、はベネズエラでクーデターが進行中だったことを知っていながら、現〔チャベス〕政権の支援に立ち上がらなかった。」

中南米における米国の歴史から見て、この様な状況でクーデターが起これば、米国政府がただ単に「暗黙のうちに支持」していたのではなく、策略に関わっていたと推察するべきだ。(10年から30年後、このことが問題でなくなった時に、この事例についての文書が公開されるだろう。)いずれにせよ、ベネズエラの選出された政府を転覆するはずだった「おじゃんになったクーデター」の後、ニュースデイ〔Newsday〕の調査によると、米国はチャベスと対立する勢力に資金を配るために、「ただちにベネズエラに金を注ぎ込み...新しい「移行イニシアティブ室〔Office of Transition Initiatives〕」をカラカス〔Caracas〕に作り上げた。例を挙げると、「クーデター陰謀者によって作成された、脆い民主主義を独裁政権に瞬時に変える布告に署名した」コリナ・マチャド〔Corina Machado〕が組織する「市民団体」「…は二つの米国の代理機関――全米民主主義基金〔The National Endowment for Democracy;NED〕と米国国際開発庁〔US Agency for International Development;USAID〕――により何万ドルもの資金を与えられた。資金の一部は、今度は信任投票を通して、チャベスを排除するために投票参加を促進するために使われた。」

今年の三月下旬、イラク、アフガニスタン、キルギスタンへ向かう直前に、国防長官ドナルド・ラムズフェルド〔Donald Rumsfeld〕はチャベス政権を非難する中南米旅行をした――先週には国務長官コンドリーザ・ライスもそれに続いた。国から国へと我らの近外を飛び回っている間、ライスは「自由で完全に民主的なベネズエラ」を呼びかけた。また、フォレロはこう言う。

「ベネズエラの大統領ウゴ・チャベスがワシントンとの対決路線に転じている間も、ブッシュ政権は、彼の左派政権と敵対する基金や企業そして政治団体に、資金を送り込むことを含めた、もっと強硬な手法を考慮している、と米国高官は言う。」

これはウクライナでの手法だ。民主主義に対してだが。(とんでもなく反チャベスな調子の)フォレロの記事のとおり、ここで問題なのは石油だ。「[南米政策関係の仕事をしている、米国連邦議会〔Capitol Hill〕での高位の共和党補佐官]は、ベネズエラが米国に対する外国の石油供給国の上位四位に入るからこそ、米国は特に気をもんでいる、と語った。彼はチャベス氏について、『彼を消すことは出来ない』と言った。『我らにとって重要なエネルギー源の上に彼は居座っているんだ。』」


米国の近外は離れ行く

しかし、ベネズエラとのエスカレートする取っ組み合いは、近外の氷山の一角でしかない。例えば、つい先週〔5月2日〕には国務長官ライスが中南米に滞在して、激しい働きかけをしたにもかかわらず、米州機構〔Organization of American State〕は、チリ出身の社会主義者ホセ・ミゲル・インスルサ〔Jose Miguel Insulza〕内相――彼女がほぼ最後まで当選阻止を試みた候補者その人――を事務総長に選出した。「当初米国に反対されていた候補者が、この34の加盟国による地域団体を率いていくのは、機構の歴史で初のことだ。」とニューヨーク・タイムズのラリー・ローター〔Larry Rohter〕は報告した。候補者として、インスルサは「キューバを機構に呼び戻すことに賛成していただけでなく、チャベス氏の支持すら受けていた。これを変革の時の徴候と呼ぼう。

おそらく、変革の時のもっと重要な兆候は、〔南アメリカ〕大陸を横断した別々の旅行において、ラムズフェルドとライス双方が次第に高まるチャベスについての警告と、彼に対する脅しを裏づけする明白な試みをし、そして、惨たんたる失敗に終わったという事実である。ローターが記すように、

「先月、ドナルド・H・ラムズフェルド国防長官は、反チャベス連合を縫い合わせる努力と目された南米訪問を行ったが、何の成果も得られなかった。今週ライス氏もほぼ同様の任務を抱えて同地域を訪問し、主権と非介入の原則がほぼ神聖だとしている各国政府に、同様の冷ややかな待遇で迎えられた。」

3月下旬にラムズフェルド同席で行われた記者会見でのブラジルのジョゼ・アレンカル〔Jose Alencar〕国防相の対応を見るといい。AK47〔ライフル〕を10万丁ロシアから購入するチャベスの動機をラムズフェルドが問題視した直後(「10万丁のAK47がどうなるのか想像もつかない。なぜベネズエラが10万丁のAk47が必要なのか想像もつかない。」)、アレンカルは記者に「チャベスのことを憂慮」しているかと聞かれた。彼の返答は

「ブラジルは、さまざまな民族の自主的決定、そして他国の問題に対する非介入主義を擁護してきたし、これからもその立場を崩さない。互いの公益を達成するために、明らかに、歴史的に融和的(平和的)なここブラジルでは、明らかに中南米諸国との外交および貿易関係をいっそう深めていきたい。」

これは外交用語ではこういう意味だ。手を出すな、ドン〔ラムズフェルドの愛称〕

以上のことをまとめてみよう。中東やロシアと国境を接する地域と異なり、「中南米の原動力」〔a Latin Spring〕に米国は一銭も金を注ぎ込んでいない、にもかかわらずそれは起こった。それどころか、我々は中南米の最盛期〔a Latin Summer〕のようなものの始まりに差し掛かっているのかもしれない。チリ、アルゼンチン、ベネズエラ、ブラジル、メキシコ――この地域最大の国々――は全て民主主義体制になっており、そしてメキシコ以外の国々は社会主義者か自立的な指導者が率いている。この流れは経済的に強力な国々に限ったことではない。ウルグアイからエクアドルまでこの流れに乗っている。来年、もしメキシコシティの左派市長、アンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール〔Andres Manuel Lopez Obrador〕が大統領に選出されれば、メキシコがこの驚くべき過程の仕上げをすることになる。現在、中南米の三分の二が左派傾向だとみなされている。

もちろん、中南米は長い間米国の帝国の裏庭とされてきた。1950年代から1970年代の間、グアテマラからアルゼンチン、ブラジルからチリにいたるまで、我々は民主主義への乗っ取りを、助長し、企て、組織し、そして時には(グアテマラとチリでの様に)率い、または軍事的に率いてきた。実のところ、四十数年にわたる米国の包囲を通ってきた、一大政党制と単一指導者で構成されたキューバを支配する組織を転覆するよりも、綿密に育まれた米国軍との連結を持っていたこの国々の軍は遥かに簡単に覆ることを示していた。この期間、この地域の至る所で、我らの(通常CIAからの)代理人達は、現地の警察や軍隊にアブグレイブに部類する拷問の手法を教え、失踪で有名な政権を支持し、反共の名の下に、この大陸を覆う過酷な支配を強いることを、通例手助けした。

80年代には、新しい諜報の「皇帝〔tsar〕ジョン・ネグロポンテ〔John Negroponte〕を含む、今ではよく名の知られた人々の助けにより、レーガン政権は反革命のテロにおいて、死の部隊、軍の殺し屋、そして右翼の暴漢への支援という形で、この工程を中米で反復した。我々は何百万ドルをこの工程に注ぎ込み、後にカリブの島グレナダ〔Grenada〕を、そして次にパナマ〔Panama〕を侵略し、やがて1990年代には貧困の経済システム(「新自由主義」)を押し付けることに奔走した。


帝国の軌道から離れて

いま上げたこと全てを考慮すると、現在ブッシュ政権が自らの裏庭で行動を起こせないことは注目に値する。政権はキューバを完全に孤立させれず、ベネズエラに対するこの地域の「有志連合〔coalition of the willing〕」を作り出せず、自らの経済の型をこの大陸に押し付けることが出来ず、この地域の一部の国々が中国、イラン、インド、そして他の潜在的な競争相手と、ある種のエネルギー協定を組むことを阻止できないでいる。(そしてもし、ちょっとの間、南から北に視線を向ければ、つい最近、扱いにくい北方の隣人〔カナダ〕に対して、お気に入りの無駄な仕事〔pet boondoggle〕、スターウォーズ・ミサイル迎撃システム〔導入〕を押し付けることができなかったことに気づくだろう。別のちょっとした〔変革の〕時の徴候だ。)

政権の構想にとって重要とみなされる、軍対軍関係の促進という点で、ブッシュ政権が〔中南米地域のように〕うまくいっていない地域はおそらく他にないだろう。ひとつの要因は政権の視野の狭い単独行動主義にある。米国の兵士、あるいは官僚が外国のまたは国際法廷で、いかなる種類の戦争犯罪においても裁かれないための試みの過程で、議会に米国軍人保護法案(ASPA)〔American Service Members Protection Act〕を提出した。この法案は「〔相手〕国が国連が後援する国際刑事裁判所〔International Criminal Court〕を拒絶するか、米国と二国間の免責合意に調印するかしない限り、米国の安全保障支援基金、及びほぼ全ての軍事協力を禁止する。」そして政権は、地球上のほぼ全ての国家と、その種の合意を推し進めた。あいにく、国際刑事裁判所合意を批准し、米国との二国間免責合意に同意するのを拒否した11の国家が中南米の諸国だった。UPI社〔United Press International〕のペンタゴン特派員パメラ・へス〔Pamela Hess〕が伝える様に、

「コロンビアとアルゼンチンを除き、全ての主要な南米諸国が米国軍人保護法案〔ASPA〕のブラックリストに載っている。エクアドル、パラグアイ、ペルー、ボリビア、ウルグアイ、及びブラジル。ASPAが成立する以前には、主要南米諸国のおおよそ700人の将校が、国際軍事教育訓練計画〔International Military Education and Training program〕のもと、米国軍事学校で訓練を受けていた。この数字は事実上ゼロだ、と米南方軍〔U.S. Southern Command;通称SOUTHCOME〕の情報源は言う。「我々は一世代分の軍仕官への結びつきを失った、」南方軍筋はUPIに語った。
「「協力国との制限された米国の軍事契約によって出来た空きを、〔西〕半球外の役者たちが埋めにかかっている。今我らは、いくつかの指導的な国々を含む、この地域の多数の国家における、一世代分の軍の級友との接点と互換性〔interoperatibility〕を失う危険を冒している、」[三月に、南方軍司令官バンツ・クラドック〔Bantz Craddock〕は上院軍事委員会〔Senate Armed Services Committee〕において証言した。]ASPA後米国が残した空きは日ましに中国に埋められている、とクラドックは警告した。

それよりも驚愕すべきことは、中南米全域での新種のピープル・パワー〔集会・デモなどによる直接行動〕――我々がいつもはソ連に統制されたポーランドやマルコス〔Marcos〕の管理下のフィリピンに関連付ける用語――である。ごく最近では、ほんの少し前に最高裁を不法に解散させた、ブッシュ政権に後押しされていた大統領、ルシオ・グティエレスLucio Gutiérrez、を大衆デモが国から追い出したエクアドルで見られる。そしてまた、ほんの一週間前には、メキシコシティの左翼知事であり、来年の大統領選挙の有力候補のアンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドールを、ビセンテ・フォックス〔Vincente Fox〕の与党がでっち上げの告訴で無理やり選挙戦から追い出し監獄に入れようとした後に、およそ120万の人々が彼を支援するための「静かな行進」に集まった。「[中南米での]権威主義的な政権の弱体化と、増大する――ボリビアの事例では原住民を含む――人々の自信」を言及しながら、クリスチャン・サイエンス・モニター〔Christian Science Monitor〕のダナ・ハーマン〔Danna Harman〕がこの〔デモ〕行進についてこう書いた(ピープル・パワー中南米の政治を揺さぶる〔記事名〕)。

「中南米の庶民の力に新たな勝利。1990年代に政治家が恐れたのは無関心だった。だがここ最近、メキシコシティからエクアドルのキト〔Quito〕までの中南米人は――ウクライナとレバノンの市民のように――前例のない数で抗議のデモを行っている。」

オブラドールの件へのメキシコの抗議について、4月中旬ワシントン・ポスト〔Washington Post〕上で、ハロルド・マイヤーソン〔Harold Meyerson〕はこう解説した(メキシスタンからこんにちは〔記事名;Mexistanはメキシコと中央アジア諸国名の終わりに来るスタンを合わせた造語〕)。

「どうやら、幾種かの首都集会があるようだ。野党指導者に対する殺人未遂と、国政選挙の転覆に対して抗議するため群集が集った、キエフ〔Kiev〕でも起こった。自立要求し、野党指導者殺害に抗議するため人々が集まった、ベイルート〔Beirut〕でもあった。これらは我々の政府が激励したほとばしりだった。
「そして先週木曜には、ソカロ〔広場〕を満たした30万の抗議する人々の集会がメキシコシティで起こった…そして我々の政府の反応はどの様なものだったのか?...私達はソカロに集った群衆に米国は共に歩むと伝えただろうか?
「そうではない。コンディ・ライスが、中央アジアと中東における民主的権利に対する我らの懸念について冗舌になっている間、想像を絶する程遠いメキシコの国の民主主義について、ブッシュ政権がやっとのことで述べることが出来たのは、それはメキシコの国内問題だという国務省報道官の発言だった。民主主義は結構かもしれないが、ロペス・オブラドールはただブッシュ系の奴じゃない。メキシコ市長として、彼は年寄りに対する公的年金を増加し、公共工事とそれに付随する雇用創出に対して大量に支出した。北米自由貿易協定〔North American Free Trade Agreement〕を彼は、企業部門〔corporate sector〕への利益となりメキシコの労働者にとって破産となる、と批判した...」

結果的には、メキシコの民衆はジョージ・ブッシュの基金も組織的支援も必要なかった。他の南の「ピープル・パワー」の表れもまた然りのようだ。なぜなら、中南米で――そしてロシアの境界線に沿って――起こっていることは、冷戦世界とそれが近外に対し押し付けた帝国の秩序に対する、国から国と続く連続した反抗なのだから。一昔前なら、CIA、軍対軍関係、経済力、あるいは様々な援助などを使って、米国政権はそのような反抗を順次に鎮圧していただろう。しかし、中南米で起きている出来事はやっとブッシュ政権を起こして注意を喚起させはしたが、政権に出来ることははるかに限られている。現に、イラクは米国の力を吸い込むブラックホールとなり、そして政権の世界的な野心と活動力の墓場の様なものになっている――ベトナム時代の言葉「泥沼〔quagmire〕」に新しい意味を与えている。

ほぼ確実に、ロシア近外における超大国に資金提供された反抗と、援助なしの米国近外の間には、似たような衝動がある。場所に関わらず、帝国権力が崩壊し始めた時には、当然のことながらその崩壊はその近辺と地域が新種の力関係を試す場を生み出す。残念なことに、ウクライナとグルジアからキルギスタンとベラルーシまでにおける、全ての隠された(そして隠されているとは言えない)民主運動を「組織する」協力は、おそらく、我らの指導者に対して、他人の近外で彼らが実際に操作によって民主主義を作り上げているという感覚を与えている。

私の推測では、崩れかかったロシア権力とそれが開放した場を考慮に入れると、我らの協力が無くても、(中南米でのように)民主運動はすぐに起こっただろう。もちろん我らの指導者達が承認していない(見られたものではないときもある)「ピープル・パワー」――(イラクでの様な)国家主権の為の残忍な闘争であろうと、あるいは中南米における民主的な形であろうと――に出くわすと彼らは例外なく不意をつかれ、ぎょっとする。だが、この民衆の力という形――暴力的、平和的を問わず――を眺めることによってのみ、共倒れした超大国世界の結果のまぎれもない奇妙さを垣間見ることが出来る。

もちろん、誰も決して帝国権力が、ジョージ・ルーカス風に言うと、「逆襲〔strike back〕」することを過小評価してはならない。にもかかわらず、帝国とその支配の構想に対抗するある種の期待を持とう。ここ最近我々は「祖国」の安全と境界線を重要視してきたが、本当のところ境界線とは何なのだろうか? 境界線は何を実際に締め出しておくことができるのだろう? 時に壁や境界線は不思議なほど透過性があることを示す。The War in Contextというウェブサイトのしたたかな編集者、ポール・ウッドワード〔Paul Woodward〕最近書いたように、

「東ヨーロッパと中東を揺るがしているうちは、ピープル・パワーは結構だが、アメリカ大陸にまで普及すると、気持ちが悪いほど本国に近づくことになりかねない。もし、ピープル・パワーが米国で受けたとしたら? もし、キエフとベイルートの政府だけではなく、ロンドンとワシントンにも責任〔accountability〕を求められたとしたら? パンとサーカス〔(大衆の不満をかわすための)食べ物と娯楽(の提供)〕という手法での民主主義はこれまでのところは、米国全土における政治的無関心への効果的な保証となってきたが、しかしもし、ある日多数の米国国民がその政治的眠りから覚め、彼らも同様に正当に〔民衆を〕代弁する政府〔representative government〕に値する、と要求したとしたら?」

真にもって、もしもだ。もしも、我々全てが帝国の軌道から抜け出したとしたら?




この記事が最初に載った、Nation InstituteのTomdispatch.com(「主流マスメディアに対する定期的な解毒剤」)を運営する、トム・エンゲルハートはthe American Empire Projectの共同設立者であり、「The End of Victory Culture」の著者。

[特別な謝意は、掛け替えの無い調査支援をしてくれたニック・タース〔Nick Turse〕へ。]

著作権©2004 Tom Engelhardt



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Excerpt:  ブログに「時事問題雑感」という新しいカテゴリーをつくりました。本ブログで扱ったトピックと関連する範囲で、時事問題へのコメントもしたいと思います。(もっとも、仕事もあるのであまり頻繁に時事問題について..
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