2007年05月05日

加速するベネズエラの革命
〔Venezuela’s Revolution Accelerates:Original Article in English/Venezuelanalysis原文

フェデリコ・フエンテス〔Federico Fuentes〕Green Left Weekly;2007年4月25日

2005年に4ヶ月を過ごしたのを最後に、ベネズエラに再度戻り、私はベネズエラ人がしきりに繰り返していた文句を思い起こした。「2006年に私達がチャベスを再選させた後に、真の革命が始まる。」彼らが正確に意味していたことを理解するのにはほんの僅かな時間しか掛からなかった。

私が到着したのは、2002年4月11日から13日にベネズエラに衝撃を与えた歴史的な出来事の5周年記念の前夜である。それは米国に支援されたクーデター。その後に続いた、軍の大多数との協力を伴った貧しきもの達の大衆蜂起によって覆されたクーデター。〔首都〕カラカス全域で、たれ幕や掲示板があの運命を決した日々に起きたことを要約するスローガンを掲げていた。「あらゆる11日には13日が伴う――寡頭政治〔少数独裁〕の反革命には市民・軍の革命が」。ボリバル主義の過程を阻止すること、また裕福なエリートの利権を護ることを目的としたクーデターを覆し、ウゴ・チャベス大統領を復職させた大規模蜂起のビデオ映像を流すべく都市全域で多数のスクリーンが設置されていた。国営テレビ局はこの3日間を通して、クーデターとそれに続いた反乱にまつわる数々の出来事に関するドキュメンタリーを放映した。

街頭では誰もがあの日々に彼らがしていたことを思い出していた。4月13日に人々の陽気な雰囲気を見逃すことなどありえなかった。彼らが5年前にそうしたように、彼らの大統領を待ち受けるべく数百人、それから数千人が大統領宮殿の前に集まるなか。

総数百万人と見積もられた群衆を前にした演説で、チャベスはクーデター未遂へと至った出来事を想起し、それが「引き金」となり、〔ベネズエラ革命の〕過程を「反帝国主義の革命」に向けて推し進めたことを指摘した。「なぜなら[あの出来事]が何処で指揮され計画されたのかを私達は知っているのだから。米国である。」

5年後の今日、チャベスはベネズエラの人々に革命を「21世紀の新たな社会主義」に向けて「急進化」させるよう訴え、是認の割れるような喝采とシュプレヒコールが応えた。

2005年と2006年の多くを通して、ベネズエラ政府は国内・国際的な支持を強固にすることに注意を向けてきた。国内的に政府は、貧困に取り組み、国民を組織編制するために、社会諸計画を強化することに特に注意を払った。

国際的には、ベネズエラを外交的に孤立させようとする継続する米国の敵意とワシントンの試みを前に、チャベスは世界を歴訪することで彼の政府に対する支持を追及した。第三世界全域で、ベネズエラ政府は貿易協定に調印し、国際的な反帝国主義同盟を創出するキャンペーンの一貫として経済・社会的関係を深めた。

ドルや石油のみではなく人財で貿易することによって、教育や保健計画を多くの場合革命的キューバと共同で提供することによって、そしてイスラエルのレバノン侵略の非難に見られるようなチャベスの挑戦的で率直な態度によって、ボリバル革命は世界中の多数の人々の心を捕らえてきた。

このことがボリバル革命の目覚しい加速のための場を与えることに役立ち、それによってその過程の目標と行進路を明確にする期間を切り開いた。経済領域に関してチャベスは4月12日の群衆にこう語った。政府は「ベネズエラでの私有財産を一掃する計画を持ってはいない、国益と社会主義事業に従う限りは」と。もしそうしないのであれば、それは「段階的に消滅することを余儀なくされる」。

とはいえ、政府が重要視することは「新たな形態の財産、社会的財産……集団的所有……共同経営、自主管理である」と彼は言い添えた。それが奨励することは「社会的所有の諸会社を通した、直接あるいは間接的な社会的所有や、私達が立案している他の仕組みである」。

ここでの初日の朝、私は全国労働者組合(UNT)の一派のひとつによって召集された集会に出席した。議題は労働者のボリバル主義委員会〔Consejos Bolivarianos de Trabajadores〕、より一般的には労働者の委員会の形成に関してだった。これらの委員会に関する論議の性質を描写して、UNT全国世話人のマルセラ・マスペロはこう述べた。委員会は「生産に対する直接的な民主主義及び管理を基にした労働者階級の政治的組織体」でなければならない。

彼らが担わなければならない役割は「生産手段に対する社会主義化された所有を創出するべく、資本主義の搾取を撲滅し、生産関係を変化させる」ことである。これらの委員会が少数の会社に現れ始めたばかりだとはいえ、その特質と役割に関する激しい議論が政府及び草の根の両レベルで展開している。

社会的領域では、チャベスは「住民権力〔Poder Comunal〕の爆発的増加」を呼びかけ、コミュニティー委員会〔consejos comunales:訳注1の迅速な構築を促した。これらの委員会が基礎にしているのは都市部では200から400の、農村部ではそれよりも少ない世帯の集合体であり、その目的は地域共同体の利益のための事業を計画・実行するためである。ある地域では既に、より大規模な事業に取り組むためにコミュニティー委員会の連盟を創立する必要性に関する論議が開始された段階にまで発展してきている。現在1万9千以上のコミュニティー委員会が存在している。本質的にいって、コミュニティー委員会の目標は権力が地域共同体に属することである。その結果、委員会が現存する政府機構と衝突したり、現在権力に就く者がそれを失うことを恐れたりする事例がある。それは古くからの国家官僚主義の構造に立ち向かう革命が遭遇する絶え間ない闘争である。

おそらく最も重要なことは、4月13日にチャベスが述べたように、新しい社会主義政党の形成に参加するよう、革命が再びベネズエラ人に呼びかけたことであろう。これまでのところ革命に「真の政党がなかった」と明言し彼は、「この革命の最大の必要事項」としてその新しい政党〔統一社会主義党(Partido Socialista Unido de Venezuela:PSUV)〕の確立に言及した。

4月19日に、新党の促進者1万6千人が旗揚げした。彼らの課業は党の建設のために運動し、地域共同体を参加させることであり、それは主催者らの見積もりでは400から500万人の人々を呼び集めることになるという。

チャベスの呼びかけは、その様な政党の性質と綱領がどのようなものであるべきか、という重要な議論の火ぶたを切った。今のところ、チャベスの政党である第五共和国運動(MVR)は別として、主要なチャベス派諸政党は解散して新党に合流しない、という決定を下している。とはいえ、これらの政党――皆のための祖国党 (PPT)、 Podemos〔社会民主主義党〕及びベネズエラ共産党―― の指導部や一般党員らが集団で立ち去っているゆえに大きな裂け目が入り始めている。公式のチャベス派選挙協力に属さないが革命に専心している殆どの政党は新党に統合することを決定しており、物事がまずどのように展開するのかを静観しようと脇で待ち構えているのは少数である。

この政党は民主的な方針で、下から〔from the bottom up〕結成される。4月29日からの数週間、人々が新党に署名して加わるために国全域に6千のブースが設置される。次に、新参者は地域的な区分、大学や工場を基に、200人で構成された基本組織に分割される。その各々から〔新党〕設立会議に参加するために一人の代弁者が選出される。政党関係者のための割り当てが取って置かれることはなく、誰一人として議会の席を自動的に手にすることもない。会議に参加するには、チャベスですら彼が所属する地元の組織で選出される必要がある。

設立会議はおよそ3ヶ月間行われる。議会が協議するなか、代弁者達は自らの地元組織に戻り、議会に再びおもむき、そしてまた地域共同体に戻るということを繰り返す。12月2日に、全ての党員の投票が新党の結成綱領を是認するか否かを決定する。透明性と民主主義を保証するために、国家選挙審議会が全過程を管理する。

それはこの規模ではこれまで行われたことのない、真に民主的で参加型の過程になるであろう。〔革命の〕過程を前進させることを目指した議論と討論の手順に、真の指導者達を地域共同体から呼び集め団結させる目標を伴って。

疑いなく、この革命が深まれば深まるほど、抵抗はより自暴自棄になるであろう。チャベスが演説をしているのと時を同じくして、ミランダ州の立法評議会が入った建物で小型の爆発物が爆発した。それは複数のショッピングセンターでのその週の2度の爆発の後のことである。死者がでなかったとはいえ、意図は明らかである。

5月28日は、2002年のクーデターの企みに公然と関与したテレビ局であるRCTVの免許が満期となる日である。政府がそれを閉鎖することは決してない一方で、メディアに対する利用機会を拡大する計画の一部として、RCTVの免許を地域共同体メディアに譲り渡すという決定が下された。免許失効当日に最高点に達する不安定化計画に反政府派が着手したという確かな情報を政府は得ている、とチャベスは警告した。その計画では爆弾、そして食糧不足を創出する巨大資本家による試みは、ほんの第一段階にすぎない。

しかし軍隊と密接な関係があるベネズエラの人々は彼らの記憶に2002年4月13日の出来事を刻み込んできた。なぜなら、ベネズエラで彼らが言うように、「あらゆる11日には13日が伴う」のだから。

出所:国際ニュース、Green Left Weekly 707号、2007年4月25日。


訳注:

1.「consejos comunales」は在ベネズエラ大使館のサイトでごく最近まで「コミュニティー委員会」と訳されていたが、「ベネズエラ・マンスリー政治情報(平成19年1月)」から「地域住民委員会」に変更された。「日本貿易振興機構(ジョトロ)」での表記は「住民委員会(Consejo Comunal)」。



posted by Agrotous at 21:51 | TrackBack(0) | ベネズエラ
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