2007年04月22日

超国籍資本主義
ウィリアム・ロビンソンとのインタビュー
〔Transnational Capitalism
An Interview with William Robinson:Original Article in English/ZNet原文

ウィリアム・ロビンソン&エレフテロティピア〔William Robinson and Eleftherotypia〕;2007年4月13日

カリフォルニア大学サンタバーバラ校の社会学、グローバル・国際学、及び中南米とイベリア学〔スペインとポルトガルに関する研究〕の教授

ギリシャの新聞紙「エレフテロティピア」によるインタビュー

1.新たな形態の権力と新たな形態の抵抗を伴った、新たな段階への世界的な歴史的過渡期を私達は目の当たりにしている、と貴方は論じています。まず、現在の資本主義に関して目新しいことは何でしょう?

この新たな時代の主な特徴は、真に超国籍資本及び、新たな世界的に統合された生産・金融体制の台頭です。生産は無数の絶えず変化する局面へと分裂してきており、それらは地球全域で分権化され分散されました。その結果、いくつかのはっきりとした区分は機能の上で生産と流通の莫大な世界的連鎖網に統合されています。各々の自律的な国家経済は構造改革され、対外的に統合されてきており、それゆえに各「国家」経済はより大規模な世界的生産体制の構成要素の一部に成りました。

さらに現在真に世界的な金融体制があります。国家的な金融体制といったものはもはや存在していません。実際に、資本の中で金融資本は最も流動的で最も多国籍化された部分です。このことには重大な含みがあります。貨幣資本はサイバースペースに存在しており、そこで国境は認識されず、直面するのはたとえあったとしてもわずかな国家統制のみです。貨幣資本は固定資本を副次的なものにします。貨幣資本を支配する者は、金融操作によって世界の如何なる場所においても富を着服し、それらを進行形で世界の別の場所へと移転させることができます。

この世界的に統合された生産・金融体制は、世界の全ての場所において、世界経済を動かしている巨大超国籍企業の周辺で編成された、拡大する資本の相互浸透を強めています。

そこには資本の超国籍化〔transnationalization〕を助長する重大で新たな仕組みがあります。例えば、世界経済の主要な中心地から、世界中の全てでなければ殆どの首都への株式市場の普及は、24時間の取引とあいまって、かつてなく大規模な世界的取引を、したがって株式の超国籍的な所有を助長しています。国家的な金融体制の世界的な統合と貨幣資本の新たな形態は、二次的な金融派生商品〔デリバティブ〕市場も含め、資本の所有を超国籍化することをも容易にしています。

統合の他の仕組みは、海外直接投資の急騰、TNC〔多国籍企業〕関連会社の普及、国境を越えた合併・買収〔M&A〕の目を見張るような拡大、取締役会の超国籍的な兼任の進展、国境を越えたあらゆる類の戦略的提携の普及、そして超国籍ビジネス頂上団体〔peak business associations〕の高まる影響力です。

こうしたやり方で、超国籍資本家階級が資本主義グローバライゼーションの明白な仲介人として現れたのです。

2.あなたは国家的・地域的な資本家がもはや存在していないと言っているのではないですよね?

いいえ、そう言っているのではありません。とはいえ、そこには一方では資本家の地域的・国家的な分派、そして他方には超国籍分派の間に、新たな種類の階級的分割があります。現在世界的な規模で超国籍資本家が資本の支配的な分派になっています。超国籍志向の資本家集団やエリートは、今や世界中の全ての諸国に存在しています。政府内も含めて。これらの分派、あるいは彼らの官僚の同盟者らは、世界中の殆どの国家機構の内部で、完全ではなくとも相当な影響力を行使しています。多くの場合彼らが政策を決定しています。

地球全域に拡張した相互連結された網状組織を通してその体制が機能するために、如何にして資本主義が新たな組織網の構造に再編成されたのかをここで私達は知る必要があります。これが重要な理由は、古くからの企業の垂直的な構造はすたれたからです。いま資本家は、下請けや外部委託の莫大な組織網を通して、異なる資本家集団や他の経済仲介人の間の提携のおびただしい形態を通して活動しています。

私がこのことを指摘している理由は、これらの世界的な組織網の頂点に立っているのが超国籍資本家だからです。それが意味することは、いまだに地域的・国家的な資本家が存在しているかもしれないとはいえ、彼らは超国籍的に流動的な資本家に太刀打ちできない、ということです。もし彼らが競争力を保つことを望むのなら、もし彼らがその勝負を続けたいと望むのなら、彼らは超国籍資本家と連結しなければならず、また彼らは構造的に超国籍資本家に従属する仕方でそうしなければなりません。

3.世界的な労働者階級についての話もできますか?

はい。そこには世界経済の工場、農場や事務所を稼動させる世界的な労働者階級があります。その階層が見つかるのは、マキラドーラ〔保税加工工場〕に、世界中の農工業複合体に、世界的な都市のサービス産業労働者の大群の間です。とはいえ、世界的な労働者階級は内在的に階層化されています。それは国家的な――及び人種的、民族的、そして性別的な――境界線に沿って分割されています。国民国家の持続された存在が、世界的な労働者階級の意識と主観的経験を曲解する機能を果たしています。

それにひきかえ、超国籍資本家階級は、それ自体の、及びそれ自体の利権の主観的な意識を持った階級集団です。その構成員はダボスの世界経済フォーラムの様な当事者だけに限られた数々の財団で、ますます互いに社交付き合いするようになり、超国籍階級意識を発達させています。そういった意味で、それは、この事柄に関するマルクスの言葉を用いると、対自的階級〔class-for-itself〕であるのに対して、世界的な労働者階級は即自的階級〔class-in-itself〕ではあるけれども、まだ対自的ではありません。

4.あなたが言う世界資本主義の新たな形態において、実際の政治権力はどこに位置するのでしょうか?

そこには権力の新たな多国籍な相対的配置があります。部分的には、ここで超国籍機関の出番です。それはこの新しい時代のもうひとつの側面です。問題は超国籍資本家階級がその政治的権威を如何にして行使することができるのか、というものです。さて、ひとつの手段は各々の国で現存する国家機構を利用することによってであり、私達はそれを十分目の当たりにしてきました。別のやり方は現存する国際機関の変換を通してです。例えば歴史の長いブレトン・ウッズ体制〔国際通貨基金(IMF)や国際復興開発銀行(IBRD)等〕や国際連合〔UN〕機構の諸機関、そして世界貿易機関〔WTO〕のような完全に新しいものの創設です。超国籍資本家はこの超国籍統治機構を通して、世界経済の構造的権力を、個別の諸国に優先して、また各国民国家の労働者階級に優先して、介在するもののない政治権威あるいは影響力へと転換させようと試みています。

超国籍諸機関は世界資本主義を組織調整し、資本家の支配を国境を越えて強いようと試みています。例えば、超国籍資本の進出、地元労働者の服従、超国籍資本家による富の抽出に対し対象国を解放する構造調整プログラムを押し付けることによって、IMFは世界的資本による地元労働者の搾取を促進する超国籍統治機関として機能しています。超国籍権力構造との関係において国民国家権力や自治が衰えてきたことは事実ですが、この印象はいくぶん誤解を招くおそれがあります。それはこれらの超国籍権力構造は、新興の超国籍権力圏の実質的・政治的な一部である確固とした社会的勢力を通して、各国内でその地方に根付いているからです。

5.こうした背景において、覇権と世界的拡張を目指す米国の闘争をどの様に解釈するべきでしょうか?

あなたの質問は、米国対外政策が米国の国家的覇権を目指す闘争であると解釈されなければならない、と仮定しています。そのような国民国家及び又は国家間の枠組みによって、世界的覇権、あるいは米国政府の世界における役割を理解できるとは私は信じていません。超国籍及び国際関係を国民国家を中心に分析することは、世界的な資本主義の統合的な特質を十分に認識しそこなっています。

帝国主義と言ったとき、拡張を促進する資本主義及び独特な政治・軍事・文化的な仕組みの外に向けた拡張のための容赦ない圧力を意味するならば、その場合には、その通り、私達は21世紀に進行中の帝国主義を明らかに目の当たりにしています。とはいえこの「新たな」帝国主義には、他の国民国家資本主義者たちとの張り合いにおける帝国を目指す米国の衝動を示唆するものは何一つありません。この主張をするひとたちは、彼らの歴史的な分析を以前の時代に凍結させています。彼らは19世紀後期や20世紀初期の世界に囚われています。彼らは世界資本主義が、レーニンやヒルファーディングの時代の国家的「独占」段階に未だあると見なしており、従って米国の介入主義は他の国家に対する「米国」の覇権を目指す衝動以外にはありえない、と。

近年の米国政策、例えば新自由主義の構造調整プログラムの押し付けや、数々の自由貿易協定の主唱は、世界資本主義に対し及び、超国籍資本に対して、世界全域の地域や部門を更にこじ開ける役割を担ってきました。IMFや他の超国籍統治機関は「米国」帝国主義の単なる媒介者として行動してきたのではありません。介入された国において、いかなる特定の仕方でも、「米国」資本主義に有利となる条件をもたらすIMF構造調整プログラムを私はひとつとして知りません。むしろそれは介入された国、その労働力や資源を世界のあらゆる場所の資本家に開放します。イラク侵略の後に米国占領軍が行った最初のことは、それ自体の資本家を除く全てから国を封鎖することではなく、投資のために世界の全ての資本家を招いた対外的投資の法を宣言することでした。

米国政府は超国籍資本家の利益を代表した指導的な役割を担うことを試みてきました。それがますますそうできなくなっていることは、高まる国家的な対立関係ではなく、世界資本主義の危機を考慮すると当面の事業の不可能性を示しています。こういった意味で、介入主義や軍事化されたグローバライゼーションは、米国覇権の組織的活動というよりは、世界資本主義の危機――経済的不況、正当性の問題や、覇権に対抗する勢力の勃興――に対する矛盾した反応だといえます。

6.新たなグローバリズムはどの様な具体的で新しい問題を生じさせていますか?

この体制は混乱に陥っています。その矛盾は一触即発の危険があり、率直に言うと、人類は重大な危機に直面しています。世界的危機は社会的な両極性と社会的な再生産のそれであり、〔資本の〕過剰蓄積という更に根の深い構造的な問題を反映しています。この危機はまた持続可能性に関してでもあります。生態上の大災害はもう既に始まっています。もし私達が絶壁から退かなかったのなら、ごく近いうちに、私達はおそらく数々の破滅的な結果に直面するでしょう。

ここで数歩下がって全体像を見てみましょう。1970年代の減退の後、1980年代に利潤率の回復を見ました。1980年代と1990年代には超国籍な投資の重度の高まりがあり、それは過剰生産能力と生産過剰に至りました。資本家は金融投機――悪名高い「カジノ資本主義」――を通して投資対象をますます捜し求めるようになりました。過剰蓄積を前にした一触即発の金融投機は1995年メキシコのペソ危機〔メキシコ通貨危機〕に至り、その「テキーラ効果」は他の場所に波及し、それに続き1997年から1998年のアジア金融崩壊、ロシア、トルコ、そしてブラジルの各々の危機、そして2001年から2002年の全世界に及ぶ景気後退がありました。

この時点において、体制内で高まっていた構造的・政治的な圧力が世界的な蓄積の軍事化に向かいました。この体制の保証人としての米国政府は、軍事ケインズ主義と戦時動員を通して、戦争という「創造的破壊」を通して、世界的黒字のための新たなはけ口を切り開くことを追求しました。1990年代から現在までに、私達は蓄積の軸の転換を見てきました。最先端としてのコンピュータ・情報技術、それと共に株式、不動産やその他における金融投機から、軍事・産業・石油・建築・工学複合体へと。

諸国家は超国籍資本の要求に対して敏感ですが、黒字を獲得し再分配することや、蓄積の循環を規制すること、そしてその結果、社会的務めを果たすことが出来ずにいます。諸国家は大衆の要求に対応し矛盾を解決することができません。その全てが正当性や被統治性〔governability〕の危機に、不断の不安定状態に、犯罪の高まり、社会的分解、蔓延するアノミー〔混沌状態〕に至ります。

世界的資本家秩序における社会統制の問題は第一次的なものになります。このことが象徴化されたのは、2005年後半のパリにおける疎外されたもの達の暴動でした。私達が目の当たりにしているのは社会福祉から社会統制国家への転換であり、疎外された人口を抑制する刑務所産業複合体〔prison-industrial complexes〕を管理する警察国家の台頭であり、社会的・空間的なアパルトヘイトの新たな諸形態、社会的浄化、災害や他の緊張状態に対するカトリーナ型の軍事化された対応です。私達が向かっているのは、より一般的にいって、世界的な警察国家である可能性があります。

7.グローバライゼーションは同時に多くの諸国を低開発から脱却させたのではないでしょうか?

その質問は分析の誤解を招く恐れのある国民国家的枠組み内から述べられています。まるで「開発」するものや「低開発」であるものが国民国家であるかのように。それが見過ごしているのは各国民国家内の階級分化、権力関係や社会的不平等です。グローバライゼーションは南半球の多くの人々を参加者――世界的な市場における消費者――に変え、個人主義、消費主義、現実逃避や陳腐さと共に、世界資本主義の文化を広めました。しかしそれ以上の人々にとってそれは、下向きの社会的流動性、境界性や拡大する貧窮化〔immiseration〕を引き起こしました。

不平等は世界的に前例のない比率に達しました。この傾向は、一方で向上している20パーセントの人口と、他方落ちこぼれている80パーセントの間の分化というものです。そこには新たな超国籍の階級不平等があり、それは南北問題〔North-South divide〕では理解することができません。世界的な発展途上国〔global South〕は惑星全域にますます分散されており、それは世界的な先進国〔global North〕もまた然りです。インドには現在2億人の中産階級の消費者がおり、彼らは世界市場に参加しており、それは中国も同様です。それはそれらの国の大多数が極貧に陥っている真っ最中に、です。世界的な社会的分化は新しい仕方で国境を横切っています。

8.超国籍資本主義に対抗するために、どの様な実行可能な戦略が考えられますか?

社会公正が必要としていることは、この世界的生産・金融体制を統制する超国籍的な社会的管理の規準です。それは貧しい大多数に対する富と権力の急進的な再分配の欠くことのできない第一歩としてです。そのような新たな再分配に関する構成要素には何が含まれ、どのようにして起こるのでしょうか? 確実にそれが要するのは国民国家レベルでの新自由主義政策の逆転です。とはいえ再分配だけでは十分ではありません。それは階級・資産関係の転換に連結されなければなりません。局地的な階級・資産関係には数々の世界的な影響があります。相互依存の入り組んだ関係は局地を世界に結び付けます。

反覇権の孤立した集団は現在、例えばベネズエラを中心にした中南米における反新自由主義の勢力圏の台頭に、より明らかに現れてきています。それにもかかわらず、難題は如何にして反動的な世界的抵抗を先を見越した世界的計画に変えていくのかです。ベネズエラ、ブラジル、南アフリカやハイチやその他の近年の出来事がはっきりさせていることは、国民国家レベルのみでの再分配計画の再導入にはいくつもの限界がある、ということです。

資本主義統治権力に対する如何なる挑戦も主要な超国籍構成要素が関わらなければなりません。国民国家レベルでの数々の努力は決して無駄ではありません。それらは社会公正や進歩的な社会変革のための展望にとって依然として中心的です。とはいえ如何なるその様な努力も、より広範囲な超国籍反覇権計画及び、世界市場や世界的資本家の権力を抑制する計画の一部でなければなりません。世界資本主義に対する代替案は、超国籍な労働組合主義、超国籍の社会運動、超国籍な政治団体等を伴った超国籍な計画でなければなりません。



posted by Agrotous at 22:23 | TrackBack(0) | 世界
この記事へのTrackBack URL

×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。