2007年01月07日

ベネズエラの草の根民主主義という秘策
〔Venezuela's Secret Grassroots Democracy :Original Article in English/ZNet原文

マイケル・フォックス〔Michael Fox 〕venezuelanalysis.com ;2006年11月30日

国際的な眼差し全てが12月3日のベネズエラ大統領選挙に向く中、ベネズエラの草の根の民主主義の全く新しく革命的な経験は、国際的に全く報道されてこなかった。この経験は、既に1万2千のコミュニティー委員会〔Consejos Comunales〕を形成してきており、その参加者らや立案者らが、ベネズエラにおける意思決定の仕方を変化させ、ベネズエラの政治制度の根本そのものを潜在的に変化させることを期待するものである。

「4月13日〔13 de Abril〕」コミュニティー委員会

「23 de Enero〔1月23日の意〕」地区があるのは、西カラカスの南の丘陵の斜面である。10年近くに亘ったマルコス・ペレス・ヒメネスの独裁政権が失墜した1958年のその日――1月23日――に数千の貧しいCaraquenos (として知られるカラカス住民)が丘の斜面から下りてきて、無人で新築の高層住宅街を占拠した時以来、そこは地域共同体編成が盛んな地域となってきた。そこは反乱と警察による弾圧の場であり続けた。ある地域共同体住民によれば、「起こった事なら何でも、責任を負わされる」地域だという。

今年〔2006年〕初頭、住民は再び主導し始めた。高層住宅街の45、46と47区に住む市民は、国中で地域共同体が形成し始めた新しいコミュニティー委員会について耳にした。

これらの新しいコミュニティー委員会は、草の根の地元政府の新たな形式と呼ばれ、そこで地元地域共同体の住民は近隣の基本的な意思決定権を有する。以前なら地元の地方自治体との長く引き伸ばされた闘争を通してのみ手にすることの出来た、共同体及び公共事業計画を実施するための資金を、これらの委員会は政府から受け取ることすらできる、とのことであった。

地元の保健委員会のメンバーらは、彼ら自身の委員会の創設に着手した。彼らは計画に関する講習会を開き、共同体の住民と需要の人口調査を行うため3月に臨時主催者チームを選出した。

共同体の代弁者の来る選挙を管理するために、選挙委員会が直に選出された。様々な共同体委員会(インフラストラクチャー、スポーツ、通信と情報、エネルギーとガス、及び法律)が、既に共同体に存在したもの(保健、都市開発)に合併するために形成され、主催チームは来る選挙を知らせるため最善を尽くした。

6月16日の子供の日に、選挙委員会の支援とともに、共同体の520のアパートメントの数百の住民は、コミュニティー委員会代弁者選挙に訪れた。

「それは素晴らしかった。列が終わることはなかった」とエクトル・アラケは、選挙日の45、46と47区の光景を描写して言った。「それは一日中続いた。午前一時まで。とても印象的でした。」

共同体が選出したのは、委員会の資源を管理する5人の財政上の代弁者、委員会の取引を監査する5人の社会管理者、そして共同体の9つの委員会にそれぞれ1人の代弁者である。その月末までに、19人のメンバーが就任し、「4月13日コミュニティー委員会」が――23 de Eneroで初めて――公式に形成された。[1]

現在23 de Eneroには20のコミュニティー委員会が、国には1万2千以上があり、更に増加する予定である。これは問題を提起する。この経験は何処からきたのか? これらのコミュニティー委員会は実際に住民に権限を与え、ベネズエラ社会の構造を変化させるベネズエラ型の参加型民主主義を構築しているのであろうか? あるいは、反政府派が言うように、選挙の年の間のチャベス支持者らへの単なる施し物なのであろうか?

歴史

コミュニティー委員会が模範としたのは、ブラジルのポルト・アレグレ市における参加型予算や、インドのケララ州における草の根の参加型民主主義の経験である。参加型民主主義の概念はベネズエラでは新しいものではなく、又1998年のウゴ・チャベス大統領の当選及び、続く1999年のベネズエラ憲法制定会議以来、ベネズエラ政府は国家の決定に更なる参加を取り入れようと試みてきた。

2001年に、政府職員と地方自治体の予算について合意するよう提携すべく共同体の代弁者らを選出する意図を伴い、「Local Public Planning Councils〔Consejos Locales de Planificación Pública:地方公共計画協議会〕」(CLPP)が国全域で形成された。残念ながら、CLPPは成功から程遠かった。多くの事例で政治諸政党は代表権を仲間内にのみ与え、数百万の人々を代表することを期待された代弁者らは、共同体の意向を殆ど伴わず選出され、真の共同体の管理を見出すことは困難であった。

「それは市長らに奪われた、選挙が操作され」と最近ベネズエラの元企画開発大臣フェリペ・ペレス・マルティは述べた。ペレスによれば、厳密に言えば未だ存在するCLPPは、コミュニティー委員会の創設によって更に「弱体化」させられた。なぜなら、人々は新たに形成された委員会を試すことに決め、そこで彼らは実際に発言権があるかもしれない、と感じているからである。最近のコミュニティー委員会法への補遺は、新たに形成された委員会にCLPPよりも権限をいっそう与えた。

コミュニティー委員会法〔ley de Consejos Comunales〕

政府機関がコミュニティー委員会の促進を昨年〔2005年〕末に開始したとはいえ、公式のコミュニティー委員会法がベネズエラの国民議会で通過したのは2006年4月10日である。それは法律的にコミュニティー委員会を認知し、法の第5章によれば、政府機関から資源を法的に受け取り管理する委員会の権利を確立した。

コミュニティー委員会法第2条はこう述べる:

参加型及び主役型民主主義の立憲的な枠組みにおいて、コミュニティー委員会は、多様な共同体組織、社会団体や市民の間の参加、明確な表現や統合の実例であり、平等で社会的に公正な社会を構築する上で、共同体の需要や熱望に応じるよう調整された公共政策や計画を、組織された人々が直接的に運営(管理)することを許す。

コミュニティー委員会法は、委員会が都市部では200から400、地方では20、そして先住民地域では10の家族で通例構成され、最終的な決定は「市民の議会」または、「権威の行使の第一次の実例」である、共同体の投票年齢に達した全住民によって下される、と規定した。15歳以上の者なら誰でも市民の議会に参加することが許され、決定が有効となるには、投票人口の少なくとも20%が出席していなければならない。

更に法は、地元共同体の代弁者、各共同体委員会に1人、また財政と管理の各部門に5人、の選挙を呼びかけた。

コミュニティー委員会法は本質的に、全ての地域委員会や共同体組織運動を1つの傘の下に置いた。すなわちコミュニティー委員会である。革命的な発案であり、大規模な任務ではあるが、皆が喜んでいるわけではない。

共同体の反応

法案の通過で、ベネズエラの都市開発委員会(CTU)――共同体編成の最も組織され重要な事例のひとつ――の多くのメンバーは抵抗を感じた。コミュニティー委員会は、彼らが共同体で既に成してきた努力に対する攻撃である、と彼らは受け取った。どうあろうと、共同体の法則を書き、以前は決して法的に認知されなかった土地所有権や住居の権利を推進したのは、CTUである、と彼らは言った。

CTUは、コミュニティー委員会の創設を、何か善を成そうとする一方でうかつにもより多くの損害をもたらしている政府の試みであると見ている。[2]コミュニティーや、都市開発、医療、水等の委員会が、以前は個別に役所から獲得するべく奮闘した資源を互いに奪い合うというような、内輪もめが予測された。

しかし、コミュニティー委員会法の通過に続く数ヶ月の間に、変化は敏速に起きた。共同体の決定に発言権を持つには、コミュニティー委員会に参加し、編成し、促進しなければならないことを、CTUが悟ったのである。現在CTUはコミュニティー委員会の主要な柱のひとつになったようである。この新しい提案が地方民主主義の次の段階であると信じて。

「CTUはコミュニティー委員会の根本的な基礎のひとつになるべきである。それが彼らに、あるいは委員会がそれに取って代わるべきではない」とCTUの活動家エルナン・ペラルタは、今月初旬カラカス郊外で開催されたCTU全国集会で述べた。「それは新たな構築計画の具体化である」と彼は付け加えた。

議論が続くとはいえ、コミュニティー委員会が内輪もめで溢れるという予想は、大規模な形では実現しなかったようである。

社会参加

「コミュニティー委員会は、参加のために人々に与えられた一連の手段にすぎない」と、コミュニティー委員会に数百万ドルを交付してきたベネズエラの機関であるFIDES〔Fondo Intergubernamental para la Descentralizacion〕の総裁リチャルド・カナーン〔Richard Canaan 〕は述べた。「私達にとって最も重要な変化は、1961年の憲法が100%代議制だったことです。世の中の全てのものに私達は代議制と名を付けた。議会、地域協議会の議員やその他の事例に。現在私達は、地域共同体の活発で主役型の参加を推進しています。つまり、代議制から主役型へと、人々が率先する処へと。」

多くの者にとって、コミュニティー委員会は、惰性的な代議制社会から逃れ、効果的な積極的で参加型の取り組み方へと向かう、チャベス大統領の下の最新のベネズエラの方針である。

この理念は4月13日コミュニティー委員会のメンバーの間で失われてはいない。代弁者の間で、又異なる委員会で、毎週会議が開かれている。時に議論は対立的になり、典型的なベネズエラ風に、ひんぱんに長引いたり断線したりするのだが、幸いにも委員会のメンバーは互いに耳を傾ける気があるようである。

9月26日のある夜会で、4月13日コミュニティー委員会は、全ての決定が委員会と共同体全体に対応するよう保証するために、如何にして仕事と意思決定を分配するのかを綿密に論議することに費やした。

「途方もない」投票率によって示されるように、より広範囲の共同体が委員会に参与しているのだが、歩みは緩慢である。

「当初地域共同体は無関心でしたが、人々の考え方を変えるのはひとつの過程です」と、タクシー運転手で、4月13日コミュニティー委員会の社会管理者のエニス・ゲレロは言った。ゲレロはこの地域に44年間暮らしており、今まで一度も参加しようと思わなかった。

「ベネズエラが40年間温情主義に留まっていたことを忘れてはなりません」とFUNDACOMUN (自治体・地域共同体開発基金)[3]の首都地区理事ペドロ・モラレスは述べた。地域参加の欠如は、ポピュリズムと施しというベネズエラの伝統に根深く定着している、と彼は考えている。

「現在、私達は代議制民主主義から参加型民主主義へと移行しています。それがどれだけ長く掛かるかは分かりません...しかし、私達はこの参加型民主主義へと向かうよう試みています。なぜなら、参加しなければならないのは共同体それ自体なのだから」と彼は付け加えた。

4月13日コミュニティー委員会のメンバーで、黒人のキューバ系ベネズエラ人のレヒナ・ミチェル・ロジョックは、真の共同体の参加なしには委員会が大きく進展することはない、と明確に述べる。

「共同体の参加と主役主義がない限り、私達は何事も達成しえない」と、代弁者選挙以来、共同体参加の幾分不穏な欠如を目撃してきたロジョックは言う。「最高の発案を持つことは出来るが、私達が何をしているのかを共同体が理解しない限り、何も起こりはしない。」

4月13日委員会の代弁者らが近隣の10月12日の先住民族の日の祭典の計画を準備し、複数の近所掃除日を手配したとはいえ、委員会が人々の問題を解決するのを見て初めて共同体は参加し始めるであろう、と大部分のメンバーは考えている。これが4月13日の代弁者らが今、団地修理のための資金を手に入れようと精を出している理由である。

大統領委員会と組織編成

人民権力全国大統領委員会〔Comisión Nacional Presidencial del Poder Popular〕は、コミュニティー委員会法第30条によって構成され、3段階で機能するよう設置された。つまり、複数の機関の計画や任務が能率的になるよう、全国、行政区及び自治体においてである。国民参加・社会開発省(MINPADES)のホルヘ・ルイス・ガルシア大臣が委員会の委員長を務め、その委員会で、FIDES、FUNDACOMUN 、BANDES〔経済・社会開発銀行〕、FONDEMI 、国民経済省(MINEP)やエネルギー石油省の全てが別個ではあるが重要な役割を担う。[4]

FUNDACOMUNは、コミュニティー委員会のための訓練と技術的援助に勤めており、またそれは現在(地元の大統領委員会が結成されるまでの間)、コミュニティー委員会がその委員会を登録し、地元で継続される訓練と援助を受ける政府機関である。

FIDES(分権化のための多国間基金)、LAEE(特別経済分配法)とFONDEMI (零細融資開発基金)は、委員会に資源を手渡すことを管理する主要な政府機関である。主として消費税から来る10億ドルの予算を持つFIDESは、その財源の30%をコミュニティー委員会に現在渡している。FIDES総裁リチャルド・カナーンは9月中旬に、地域共同体の基本的施設計画のためコミュニティー委員会の手に4億3千6百万ドル以上を譲与してきた、と公表した。

「4億3千6百万ドルを地域共同体の手に委ねている地域は世界に他にあるでしょうか? そしてそれはFIDESから来るものに過ぎません」と、カナーンは言った。彼の見積もりでは、現在、国の8千の形成されたコミュニティー委員会が資金を受け取った、あるいはその過程にあり、ベネズエラ国家からの支援をまだ受けていない別の4千が形成中である。第一段階の終わりまでに、総数1万5千の委員会が形成されることが期待されている。

その資産がベネズエラ石油歳入の利益から来るLAEEは、10億ドル強の資金を持つ。この半分が今年チャベス大統領によってコミュニティー委員会に指定された。[5]

一方FONDEMIは、ベネズエラの250の公式に設立されたコミュニティー銀行――コミュニティー委員会によって管理運営され、コミュニティー委員会法によって法的に生まれた金融機関――を通し、社会生産的な計画に資金提供することに従事する。FONDEMIは、地元の金融法人が地域の協同組合や共同の社会生産的な計画に、6%の利率と36ヶ月の返済期間で1万4千ドル以下の貸付金という形で分配するべく、7千万ドル近くを国中のコミュニティー銀行へと渡してきた。[6]

これまで、いくつかの機関の間で、最も多いコミュニティー委員会を形成しようとする内部抗争や張り合いの問題があった。

9月にモラレスは、FUNDACOMUNが54のコミュニティー委員会しか登録していない一方で、カラカス大都市地区市役所の同地区でのコミュニティー委員会の総計が400に達している、と非難した。市役所は更にそれ自体のコミュニティー委員会の目録を持っており、FUNDACOMUNが国の地方登録組織であるとされているにも関わらず、その目録はFUNDACOMUNのそれと一致しなかった。

11月中旬時点のFUNDACOMUN代表によれば、諸組織の間の状況はある程度落ち着き、過去2ヶ月の間に、カラカス大都市地区の彼らのコミュニティー委員会の数は54から192に拡大した。南西カラカスのFUNDACOMUN事務所への朝の訪問の時、助言を求めるカラカスの住民の列が目に付いた。社会福祉相談員らは、毎日おおよそ8件のコミュニティー委員会請願書を受け取る、と確証した。

これは今年初頭、問題で悩まされていたようであるカラカスにとって良い知らせである。

カラカスのFUNDACOMUN理事ペドロ・モラレスが金曜にミランダ州の役職から到着した時、機関的な「殴り合い」が生じていたことに衝撃を受けた。モラレスによれば、それらの問題故に、同期間にミランダ州で形成されたものの10%以下のコミュニティー委員会しかカラカスは形成していなかった。

4月13日コミュニティー委員会もまた、機関や官職や前提条件の指針は必ずしも多くが望むほどには明確ではないために、同程度の窮地に陥っていた。10月に彼らは、共同体の需要に関する調査で一位になった、アパート団地のエレベーターを治すために、23万ドルのクレジットをFIDESに出願した。

残念ながら、FUNDACOMUNの世話人でそのアパート団地に住むペドロ・カルデラによれば、会計上の協同文書業務に問題があったことから、その要請は拒否された。委員会が協同組合を登録した時、FUNDACOMUNの協力を得ることを怠った、とカルデラは認めた。現在彼は彼らと問題を修正すべく働いている。

「物事は明日か明後日に整うでしょう」と彼は今週述べた。「クレジットは直に届けられるでしょう。」

45、46と47区の近隣にあるラス・デリシアス・コミュニティー委員会は、住居改造のための15万ドルのクレジットの初回分を今週受け取った。彼らは4月13日〔コミュニティー委員会〕と同時期の10月に出願していた。[7]

法及び市民参加に関する問題

「これはベネズエラにおける新しい経験です」とコミュニティー委員会についてフェリペ・ペレスは言う。「それは国の政治的変容の主要な計画です。なぜならそれは国家を人々の手に委ねようと試みているからです。それは行動によって参加型民主主義の論考を形作ろうと試みています。」

とはいえ残念ながら、「コミュニティー委員会法が実際には人々に諮問されなかった故に...コミュニティー委員会の大部分や草の根運動は、法が書かれた仕方に満足していない」とペレスは言う。

ペレスによれば、この法の最大の弱点は、市・地方・国の決定に対する権限を委員会に与えるまでには至らず、委員会に彼らの地元共同体における権限を与えるに止まったことであり、それは国家の構造を変えはしない、と彼は説明する。

それが意向である、とFUNDACOMUNのモラレスは言う、「コミュニティー委員会は決して、既に構成された政治的権力に対して平衡した権力ではない。どのようなことがあっても...だが、むしろ私達は既に存在する権力と提携して働く必要がある。」

しかし議論は激しく、多くが反目している。ベネズエラ国民議会(AN)は、コミュニティー委員会法のいくつかの矛盾の折り合いを付ける必要に迫られて、現在市民参加と人民権力の法の承認を検討している。

カラカス大都市地区市役所の「草の根運動のためのボリバル主義学校」の調整人、ウリセス・カストロも、その法が更に急進的であるべきであると合意する。彼と彼が勤める役所は、住民が法案に対して批評できるよう、カラカスでの公共相談の編成を管理してきている。彼は、彼らが行ってきた仕事を誇りに思っており、彼らの参加がコミュニティー委員会法の最終草案に重要な影響をもたらしたことを知っている。しかし彼は、よりいっそう成すことがあり、市民参加の法に関する公共集会が先月始まったばかりである、と述べる。

「同じ政治勢力が未だに存在する」とカストロは10月初旬に述べた。「もし草の根の力が新たな社会制度、新たな国家を築く基盤であると信じるならば、国家を法的に改革する必要がある。」

それこそがまさに現在権力に就く多くの者たちの懸念である。モラレスによれば、委員会を促進しているFUNDACOMUNやその他は、コミュニティー委員会にそう簡単には権力を譲る気ではない伝統的な市長や州知事や機関からの抵抗を感じてきた。

施しか、あるいは草の根民主主義か?

だが、これらの問題はベネズエラの反対派の多くにとってあまりにも微細に見えるようである。彼らは12月3日〔大統領選挙〕に集中しており、コミュニティー委員会を選挙の年のチャベス支持派に対するもうひとつの施しであるとみなしてきた。

地域共同体の手に直接授与された莫大な量の資源に目を向けると、これは理解できる懸念である。特に圧倒的に大多数のコミュニティー委員会がベネズエラ大統領ウゴ・チャベスを支持していることを考慮すると。

例えば、カラカス大都市地区において、FUNDACOMUNのモラレスによれば、正式に登録された54のコミュニティー委員会の約5つが中流階級の地域にあり、したがって反対派に賛成する可能性がよりある。

とはいえ、それは地元のコミュニティー委員会に反対派支持者らが参加できないという意味ではない。「コミュニティー委員会は包括的です」とアルティガス・コミュニティー銀行代表で、ブロケシトス・コミュニティー委員会代弁者のホセ・ロペスは言った。「その趣向は排除の古い仕組みを止めることです。」

4月13日コミュニティー委員会は、彼らの委員会の係わり合いに対してチャベスや彼の政治政党は、いかなる政治的な発言権も持っていない、と頭から否定した。「私達は自律的で独立している」と委員会のメンバーは言った。とはいえ、大統領を支持しない代弁者は一人しかいない。

ある匿名を希望した中流階級のカラカス東部の住民は、コミュニティー委員会が反対派の人々にとって重要なものになる可能性がある、と述べた。彼女の共同体は3月以来、チャベスの計画や案から近所を守ることができるようにするため、委員会を編成してきた。「もし彼らが政治化しないのなら、彼らは成功する」と彼女は言った、「そうでなければ、忘れた方がいい。」

同じ近隣で形成された2つのコミュニティー委員会で、正当性を争う代弁者らの極端な事例がいくつかある。だがその様な事例は例外である。

「そこには多くの多様性があります」と2003年までチャベス政権の下、開発大臣であったフェリペ・ペレス・マルティは言う。「反対派の多くの地域で、政府に対抗する立場の立証として、[コミュニティー委員会]を手中に収めるよう試みられている...別のところでは、統一の困難な過程が起きています。また、残りのものを除外しようとするのが、チャベス派の場合もあります。」

ペレス自身、中流階級の「過激な反対派」によって編成されたコミュニティー委員会で、孤立した「革命家達」あるいはチャベス支持者のひとりである。とはいえ、彼は「補欠代弁者」に選出され、常任代弁者が集会に決して現れないゆえに、活躍している。

「私達が参加してからとても面白くなっています」とペレスは言う、「彼らは私達が普通の人間であることを理解した。なぜなら人々は私達は皆同じことを望んでいることを実感し始めている。私達はより良い生活を望んでいる。より良い経済・社会状況を望んでいる。より良い衛生、より良い教育、より美しい環境、より良い街頭、より良い道路。より良い生活条件。雇用。私達は同じことを望み、私達は同じであるのだから、なぜ私達は分裂しているのか?」

ペレスによれば、その対立は権力に就いた者達がそれを権力を拡大する源として利用している上から生じており、それが彼がコミュニティー委員会が、どちらの側に付いているかに関わらず、とても重要であると信じている理由である。

「大衆の間では、自然な調和があり、それは当然ながら、議論や、思想のやり取り、行動、個人的・集合的な成長によって築かれており、その場で彼らは新しい政治的・集合的な意識を、新しい倫理を形成しています」と、ペレスは述べる。彼は、主流メディアにおいてコミュニティー委員会がほぼ完全に無視されている、と言う。

ペレスによれば、政府の誰よりも人々は自らが必要とし望むことを良く知っている。彼らは地域共同体を知っているゆえに、資源の管理の仕方をより良く知っており、地域共同体が所有の感覚を感じる時、彼らは事業を注意深く扱う。

「彼らが資源を無駄にしたとしたら、彼らがより高い給料を要求したとしたら、それはまるで金の卵でガチョウを殺すようなものです」とペレスは言う。「彼らは意識を持っており、彼らは、いいえ、ガチョウは私のものです、私がその世話をして、金の卵を産む別のガチョウを育てなければならない、と言う。」

そしてそれが4月13日コミュニティー委員会の指針であるようである。彼らが彼らのコミュニティー委員会の名前を元にした草の根の結集の志を継いで。ウリセス・カストロが言うように、ベネズエラの人々が「権力の問題の意識を持ち街頭に出て、抗議をし、権力の空白を掴み、彼らの大統領の復帰を要求し...いかなる伝統的な政党の政治的な指針なしに...だが異なる政治意識を持って結集した」日を記念して。

関連記事:


[1]インタビュー、ペドロ・カルデラ、FUNDACOMUN〔Fundación para el Desarrollo de la Comunidad y Fomento Municipal:自治体・地域共同体開発基金〕代表者、2006年9月25日、23 de Enero、カラカス、ベネズエラ。4月13日(13 de Abril )という名称が委員会の名に選ばれたのは、2002年のつかの間のクーデターの後、彼らの大統領の復帰を呼びかけるべく丘から下りてきた多数のチャベス支持者らの協力によって、チャベス大統領が公職に復帰した日を記念してである。

[2]あるカラカスのCTU代表は、政府のコミュニティー委員会の案を、ただ手を貸そうと願い、花を植えようと身をかがめ、15の花を踏んづける、善良で善意を持った巨人になぞらえた。

[3]FUNDACOMUNは創設44年のベネズエラ国家機関であり、昨年まで共同体の住宅問題に従事し、カラカスのFUNDACOMUN 理事ペドロ・モラレスによれば、常に「組織編制と共同体参加」に奉仕してきた。

[4]インタビュー、リチャルド・カナーン、FIDES総裁、2006年9月24日、FIDES、カラカス、ベネズエラ。

[5]インタビュー、ペドロ・モラレス、FUNDACOMUNカラカス首都地区理事、2006年9月25日、アルティハス、カラカス、ベネズエラ。

[6]『Bancos comunales satisfacen necesidades de crédito』、Ultimas Noticias、2006年11月11日、http://aporrea.org/dameverbo.php?docid=86144

[7]インタビュー、ペドロ・カルデラ、FUNDACOMUN代表者、2006年11月17日、1月23日地区、カラカス、ベネスエラ。



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