2006年11月24日

ベネズエラ革命にとっての挑戦
マイケル・レボウィッツとのインタビュー
〔Interview with Michael Lebowitz
Challenges for Venezuela's Revolution :Original Article in English/Venezuelanalysis 原文

コラル・ウィンター&ジム・マキルロイ〔Coral Wynter and Jim McIlroy 〕Green Left Weekly ;2006年11月13日

マイケル・レボウィッツはベネズエラのボリバル革命の分析と評議のための、カラカスを本拠地とする協会、ミランダ国際センター〔Centro Internacional Miranda 〕(CIM)の所長であり、カナダのサイモンフレーザー大学経済学部の名誉教授であり、最近出版された『Build it Now: Socialism for the Twenty-first Century〔今築け:21世紀の社会主義:原書』を含む、マルクス主義と社会主義についての複数の本の著者である。彼はグリーン・レフト・ウィークリー誌の コラル・ウィンターとジム・マキルロイに、ベネズエラで展開中の革命について語った。

「ここでは魅力的な変化が進展しています」とレボウィッツは説明した。「この変化は[大統領ウゴ・]チャベスの[1998年の]当選をもって始まったのですが、[1999年の][ボリバル]憲法の制定によって重要な形態と成りました。この憲法には非常に独特の要素が含まれています。特に、人間の発展を主眼とし、ひとりひとりの個性の最大の発展に焦点を置き、そしてそれが生じるのは実践を通してのみである、という明確な認識です。」

「闘争における意義のある実践を通してのみ、人々は彼ら自身を発展させることが出来る。つまり、それらは単に憲法の抽象概念なだけではなく、それらは自主経営や自己統治のような社会制度に対する確固とした言及なのです。

「とはいえ、この憲法自体が矛盾した文書なのです。上記の側面がある半面、民間企業や民間資本に対する支援や、中央銀行の独立の維持や、その他の要素が含まれています。というわけで、これはその時点の意識の段階及び、当時出現した連合が反映されたものなのです。

〔反政府派の動きがなかった場合〕それがどの方向へと向かったであろうかは、私にははっきりとは分かりません。しかし、マルクスが説明したように、奴隷所有者の反乱は、剣を社会革命の手に置くのであり、その結果それはより早く進展するのです。それがまさに、憲法[を履行する]過程の効力を高める法に対する[右翼からの]反対を伴って、ベネズエラで起きたことです。

「その後に比較的敏速に逆転した[2002年4月の]クーデターがあり、また更に重要であったのは、[2002年12月から2003年2月までの]数ヶ月続いた経営者のロックアウトでした。その期間に、あっという間に起きたクーデターとクーデターの逆転の間よりも更に、人々の意識は非常に大きく拡大しました。その[ロックアウトの]より長い期間[が意味したことは]互いに集まり、共に取り組むことであり、その結果新しい集団が現れたのです。

「そうの様にして当時、2002年と2003年初頭の情勢の後、革命は著しく前進し始めたのです。そしてチャベスが当時語り始めた事柄の類、社会的経済〔social economy 〕なのですが、が意味したことは、彼が社会主義について語り始めたときそれは巨大な飛躍ではなかった、ということです。なぜなら彼は既に社会的経済に関する事柄を述べていたのだから。とはいえ、彼が社会主義について語り始めた時、それは人々の意識を変え始める大いなる過程であったので、それは重要な事でした。それが、庶民の意識を発展させるという見地から、チャベスが教師として又指導者として担う役割なのです。

チャベスとチャベス派

「問題の一つは、当然ながら、約束及びレトリックと、実際に実現される事との間の相違です。部分的にその相違は、チャベスが引き継いだ国家に起因します。過去の政権である第4共和国によって縁故主義的規準で選ばれた人々で占められた国家に。

「とはいえ、別の部分は、チャベスの支持者らの全てが必ずしも、社会主義の指針に合意していないということです。私の新しい本の結びの章で、私か述べる事のひとつは、チャベス陣営内に、革命の過程の前進に対するかなりの反対がある、ということです。ある人々はチャベス抜きのチャベス主義について語っています。それよりも遥かに重要なのは、社会主義抜きのチャベスを望む人々の集団です。彼らは事業における自主経営や共同経営を認めたくないのであり、彼らは地方レベルで共同体が決定を下すのを望んでおらず、彼らは上から決定を下す権威を保持することを望み、それは彼らの経済的な利害故であり――また汚職はここでは主要な問題であり、それは慣習の一部であり――その一方で、彼らが縁故主義に関与する権威を失いたくないからでもあります。

「チャベス派の諸政党は、この様な活動に関与しています――決定を下すために、彼らは全てに対する功績を欲し、彼らはそれらの活動に従事することを望んでいます。このように、そこには地方の共同体の人々と、チャベス派政党の官僚との間に緊張関係があります。〔官僚ら〕は――左翼の多くの人々と同様に、もし我々が権力を握っていなければ全てがうまくいかなくなる、と考え――共同体内での権威と統制を望んでいます。そしてそれは正に、彼ら自身の活動を通して人々は発展するという事実を語る憲法の概念とは正反対なのです。

「ローザ・ルクセンブルク〔ポーランドに生まれドイツで活動した18−19世紀のマルクス主義者〕は、労働者階級は自らの過ちを犯し、歴史の弁証法に学ぶ権利を要求する、と述べた。もし彼らが過ちを犯すことを予防された場合、革命の過程の継続する進展はないのです。

「それは現在緊張状態にあり、現在の[大統領]選挙運動に反映しています。[2003−04年の]国民投票運動[チャベスの任期が満期前に終わり、新しい選挙を開催すべきかどうかを問う国民投票を行うために、新たな憲法の条項を利用した反対派の試み]を思い起こすと、チャベスはまず、〔国民投票実施に移るために必要な〕署名が達成される前に、反対派に対抗する運動を実施すべく、諸政党と政党指導者らを召集したコマンド・アヤクチョ〔Commando Ayacucho :訳注1に着手しました。 そしてその活動手段は、壮大な演説を、男らしい演説をすることによってであり、草の根レベルでは殆ど何もしなかった。彼らは完璧に失敗し、無力でした。

「反対派は署名収集に成功しました。諸政党からの反応は、そうですね、それは詐欺であり、同意するべきではない、というものでした。チャベスにはより良い判断力がありました。彼はその署名を受け入れ、国民投票運動に着手し、それを前向きな事に変える必要がある、と判断しました。その後彼は、コマンド・マイサンタ〔Comando Maisanta:訳注2の発足に向け諸政党を回りました。その指導者らは全員、諸政党からではなく市民社会から選ばれました。彼は諸地域の人々を訪ね、地方の諸委員会を形成しました。それは諸政党にとって、その過程の何処が彼らの場であるのかを解釈するという苦闘でした。」

草の根の編制

「現在の選挙運動において、」とレボウィッツは続けた、「これまでのところ起きたことの一つは、コマンド・アヤクチョの思想に戻ったということです。諸政党が上層で決定を下し全てを編制する事に戻りました。私はそのことを懸念しています。」

大部分の世論調査が、大統領選挙で、スリア州の州知事である右翼候補マヌエル・ロサレスを前に、チャベスが圧倒的に優勢であることを示している。レボウィッツは、彼の印象ではロサレスがチャベスを負かすことはとても困難であろうが、「しかし帝国主義が計画していることは決して分かりません」と述べた。

「彼らが沢山の計画を持っていることは確かです」と彼は説明した。「その内のひとつは、選挙過程を信用できないものにするために、ロサレスに出馬を辞退させる、というものかもしれません。おそらく彼らはほぼ毎日のように密室に座り込んで[議論している]。

「グリーン・レフト・ウィークリー誌に論述されたひとつの選択肢は、ロサレスの選挙運動を足場に、分離の過程を、[スリア州における]分離主義を引き起こすことです。そのことをチャベスはとても意識しており、[反対票の]数を抑えるため、スリア州に大量の資源を投じるでしょう。そこは選挙の争いにとって決定的な場である、とみなされているのは疑いがありません。とはいえ、何事も起こり得ます。警戒を怠ってはいけません。」

レボウィッツはこの選挙を「きわめて重大」と表現し、「決定的に重要な問題のひとつは、選挙運動がどのような形で実施されるのかです」と付け加えた。「革命が続行されるには委任が必要です。いたる所で、人々は2007年には質的な違いが現れ、如何にしてそれが社会主義の深まりを[示す]のかを語っています。今回の選挙でますます社会主義の諸問題が提起されるならば、来年の意義深い前進のための状況を生み出すでしょう。」

9月9日にチャベスは、ベネズエラにおける革命過程を支持する諸組織を団結させるための「ボリバル革命の偉大なる政党」の結成を呼びかけた。レボウィッツは、「単一政党」の提案は行動指針の上では良いものだが、「ただし、その内容にかかっている」と考えている。

「もしその内容が単に、[現存する諸政党の寄せ集めという]代わり映えしないものであるならば、それは実際には下からの民主主義を縮小させることになります。もしその内容が、共同体内の人々の闘争する能力を強固にするものであるならば、そして又、共同経営に対抗する途方もないキャンペーンが起きてきた国家部門において、組織編制する人々の能力を増強するのであれば、それは[建設的に成り得る]。もしそれが一般大衆を強固にしないのであれば、前進ではなく、単一政党は革命的変化への、社会主義への道の障害物になるでしょう。

「これは私が私の本で論じていることです。〔その本〕は、共同体と職場の人々を統合することができる革命的政党の必要性を語っています。下からの民衆の力を引き起こすために。」

〔当誌〕GLWはレボウィッツに、ボリバル革命の一環として創出された組織――社会的ミッションや共同評議会等――が革命的過程で果たした役割について訊ねた。

「その全てを一緒くたにはしません」と彼は返答した。「諸ミッションは民衆から莫大な忠誠を集めています。とはいえ、全てのミッションが同じではない。医療、教育、食糧ミッションのメルカル、これらはとても成功してきました。けれどもブエルバン・カラス・ミッション[協同組合を基にした養成と雇用ミッション]は、別問題です。それが約束したことを果たしているかどうかは不明瞭です。これまでのところ、幾分かの失望や、政府がより迅速に動くよう迫る圧力がありました。

「これらの類の機関を見たとき、これが[ベネズエラの]過程が独特なものだ、と私は思うのです。そこには、民衆が決定を下す権利を発達させている過程があり、それは如何なる国においても容易なことではありません。しかし、人々はこれまで貧しく、無感情が行動様式の一部となってきました。それ故に、人々の覚醒や、「これを要求するのは私達の権利である」という彼らの意識を目の当たりにするのは刺激的です。それが革命の将来です。問題は、それが育まれるのか、あるいは断たれるのか?

革命的民主主義

「最近私は〔カナダ〕バンクーバーでの会議で講演をしました。そこにはイラン人の闘士がおり、イラン革命の初期段階は同じようであった、と彼は言いました。私達は工場の委員会を持っていた、と彼は言った。私達は共同体と密接に働いたのだが、それは長続きしなかった。あらゆる措置が始動したのですが、打ち切られました。私は、キューバでも同様でした、と言いました。革命の初期段階には、工場に労働者の委員会があり、そこには活発な労働者の力の感覚があり...

「このようなことは、あらゆる革命の初期の情熱の一部である、という可能性があります。問題は如何にしてそれらを慣習化するのか、それらを一時的にはしない手段を如何にして生み出すのか? 共同評議会のようなものが極めて重要なのは、他の如何なる場所でも存在しない事を制度化するからです。もしそれらが機能することができれば、もし彼らが、例えば、彼らの計画のために資金を有する者たちから資金を入手できたならば、あらゆる場所での革命のための象徴を達成できるのです。

「キューバには、近隣評議会や地元協議会が関わる過程がありますが、彼らの権威は本当に限られています。ベネズエラの革命が成し遂げてほしいと私が望むことのひとつは、キューバにおける可能性をも刺激することです。これが真の論証であり、それはとても健全です。」

チャベスは、「21世紀の社会主義」を構築するというボリバル革命の目標を宣言した。レボウィッツは、「これに関してチャベスが彼の声明で旨くこなしてきた事のひとつは、[以前の]過程を我々は繰り返しはしない、ということです。我々は機械や国家を崇拝したくはない。つまり、私達が望むのは、人間から始まる人道的な社会主義なのであり、それこそが〔ベネズエラ〕憲法が言っていることなのです。それらが中心的な特徴なのだと思います。

社会主義

「社会主義と民主主義の繋がりは、ここで追求されている理想です。そしてそれが意味することは、単に4年に一度の投票や形式としての民主主義ではなく、実践としての民主主義です。民衆が彼らの生活を管理する過程としての民主主義は、彼らの社会の全ての段階で集合的な決定を下します。それは独特な概念だと私は思います。

「[ヨシップ・ブロズ・チトーの下の]ユーゴスラビアと比較しましょう。その期間中ずっと、企業における自主管理の過程があり、市場内で機能を果たし、互いに競合していたのですが、共同体に対する責任感はありませんでした。そこ[ユーゴスラビア]では全てが利己的でした。

「それはチャベスがとても敏感に感じ取っていることです。彼がそれにとても興味を抱いていることを私は知っています。ユーゴスラビアの問題と、そこにおける利己主義の問題について私達は話し合いました。それが彼が商品の取引ではなく、過程に主眼を置くよう強く主張してきた理由です。〔その過程〕には、イシュトヴァン・メーサロシュ[『社会主義か野蛮か―アメリカの世紀から岐路へ』や『Beyond Capital: Toward a Theory of Transition〔資本を越えて:変転の理論に向けて〕』の著者訳注3]の様なマルクス主義者らが語ったように、そこには地域住民の需要と意図を基にした人間活動の交流があります。

「チャベスは、新たな社会主義者の道徳律を創出する必要性を語ります――連帯を基にした社会主義者の意識を。それが彼が、社会的生産会社〔Empresas de Produccion Social〕(EPS)に集中してきた理由です。その意図は、これらが人々の需要を満たすことを志向する企業になる、というものです。それが彼の案でした。

「では協同組合はどうなのか? それは十分ではないのか? なぜなら協同組合は利己的です――自らの目標を持った生産者の集まりだから。そこでチャベスが強調していることは、これらの人々の集団が、彼らが機能する共同体に対する責任感を内在化することの必要性です。

「さて、EPSに関してですが、再度、そこには常に、概念とその概念が達成される手段の間のあの隔たりがあります。EPSの現在の進展状況は酷いものです。彼らはこの概念を達成しておらず...所得の10%[を提供すること]を共同体への責任とみなす機関を彼らは創設しています。それを私達は税と呼ぶのです! というわけで、それは逸脱の可能性を、概念の歪曲を示しています。

「そこには沢山の潜在的な問題があります。そして、私の本を引用すると、革命以前の状況を、チャベスの当選以前を記述し、汚職や縁故主義や国家の官僚主義について語る部分で、それはベネズエラが『経済革命、政治革命と文化革命を要している』と述べています。また、私が後の部分で述べるように、経済革命は進行中なのですが、政治革命は始まったばかりなのです。[政治革命]は憲法によって躍進しましたが、それは国家の真の変容を要します。

「そして更に、汚職と縁故主義に対する強力な攻撃を要する文化革命は、ほとんど始まっていません。このように、これらの別の二つ〔の革命〕なしには、革命は歪まざるを得ません。それが中心的な課題です。

「人は言い続けています、ベネズエラの問題は、民間資本やメディアの民間所有、民間銀行等々が未だにあるのに、如何にして社会主義を語ることができるのか、と。それはベネズエラ革命の問題ではありません。ベネズエラ革命の問題は内部にあります。それがチャベスの周りにいる人々によって歪められるのか否か、なのです。」

Build it Now: Socialism for the Twenty-first CenturyはMonthly Review Pressによって出版されている。]


訳注

1−Commando Ayacucho:在ベネズエラ日本国大使館のウェブページでは「アヤクチョ支援組織」

2−Comando Maisanta:在ベネズエラ日本国大使館のウェブページでは「マイサンタ全国選挙対策本部」

3−『社会主義か野蛮か―アメリカの世紀から岐路へ』

『Beyond Capital: Toward a Theory of Transition』



posted by Agrotous at 23:39 | TrackBack(0) | ベネズエラ
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