2006年09月28日

ブッシュは悪魔か?
〔Is Bush A Devil? :Original Article in English/venezuelanalysis 原文

チャールズ・ハーディー〔Charles Hardy 〕21st Century Socialism.com ;2006年9月25日

先日の米国滞在中に、ある女性が、ディック・チェイニー副大統領は邪悪な人だと思う、と言うのを私は聞いた。彼女の姉妹は、世界情勢に関して〔彼女とは〕異なる見解を持っており、全てのアラブ人は邪悪だと思うと言った。過去数年の間、ジョージ・W・ブッシュ大統領は、世界における悪の枢軸〔axis of evil=邪悪の枢軸〕について語ってきた。そして、わずか数日前に、ベネズエラのチャベス大統領がブッシュ大統領は悪魔である、と述べた。まず最初に、邪悪に関する私の個人的な見解を述べさせていただきたい。邪悪な人々がいるとは、私は信じていない。悪事を働く人々はいる(私は「邪悪」という言葉が好きではない)のだが、そのことが彼らを悪にすることはない。これまでの人生で私は悪いことをしたことがある。誰もがそうである。そのことが私達を悪い人間にすることはない。

二番目に、人を邪悪や悪魔に結びつけるのは私の好みではない。あるとき私は、アルゼンチンで拷問された経験を持つ司祭に、ひとりの人間が如何にしたら他人を拷問できるのか尋ねたことがある。彼は、彼の拷問者が、彼を人間であることを否定していたと答えた。私が記憶している彼の言葉はこうだった。「私は司祭の格好をした悪魔であり、そうであるが故に彼らは私に如何なることでもすることができる、と彼らは言った。」

第三に、私は人の悪口を言うのが好きではない。それが最低の論争の仕方であると私は高校で習った。それは傷つけることができ、笑いを誘うことができるが、公正な議論に役立つことはない。

以上を述べたところで、国際連合におけるチャベスの演説に対する反響についての私の分析を紹介したい。

ベネズエラ国内での反応は様々である。チャベスに反対する者は、それを大統領としての彼にとってのもう一つの失点であると受け取っている。その一方、彼を支持する者の中で、そう発言することで彼が間違いを犯したと感じている人に、これまでの所私は出会っていない。

私はチャベスの演説を公共の建物の事務所で見た。秘書達は皆、演説するチャベスを喝采していた。後ほど、ある尊敬さている弁護士が私に、諸国とその首脳らを「悪の枢軸」と呼ぶブッシュと、ブッシュを悪魔と呼ぶチャベスの間に違いは見当たらない、と述べた。ある労組の委員長は、演説は素晴らしく、また必要であったと感じていた。あるラジオ解説者は、世界の多くの指導者が述べたいのだが、そうする勇気を持たない事をチャベスが表明した、と言った。最も躊躇いを伴った意見は、タクシー運転手のものであり、チャベスが国連で一回その比較をしたのはいいのだが、その意見を繰り返すべきではなかった、と彼は言った。

9月24日日曜の〔首都〕カラカスの日刊紙、ウルティマス・ノティシアスは、テレビの前に座り、チャベスの国連演説を見ている悪魔の風刺漫画を掲載した。悪魔はこう言っている。「失礼ですが、チャベス殿、ブッシュは私よりも遥かに酷い。ついでにだが、彼が後に残した悪臭は硫黄ではなく硝煙だ。」

米国内で人々がどのように反応しているのか私には想像もつかない。最近私にはインターネットを利用する機会がないし、主要なニュース源をどのみち私は信用していないから。報道を確認した仲間のジャーナリストは、記事が集中したのがチャベスの悪魔発言であり、彼が伝えた残りのメッセージではないことは残念だと言った。

少なくとも、米国の人たちが、世界の多くの人々が彼らの大統領について思っていることをチャベスは単に口にしたという事実に目覚める時である、と私は思う。2・3年前、私はメキシコ・シティー上空を通過する飛行機に乗っており、航空会社から主要なメキシコの日刊紙を受け取った。その日の社説は、ブッシュ大統領をアドルフ・ヒットラーに比較するものであった。人はその比較に同意するかもしれないし、しないかもしれない。だが、米国民がそのことを知っておくことは重要である。30年代や40年代に多くのドイツ人たちが、世界の他の地域でヒットラーや彼らの国について何が言われていたのかを知っていたかどうか、私は知らない。現在の米国市民は同様の言い訳をすることはできない。世界の多くの人々が、ツインタワーにおける数千人の人々の死が原因による、何千もの無実の人々の大量殺戮を正当化することを困難に感じている。それは、2人のイスラエル兵が誘拐されたことによる、イスラエルによるレバノン市民の虐殺――米国が支持した別の行動――に類似している。

米国市民が、彼らの指導者らによるチャベスについての発言は、穏健ではないことを知ることもまた同様に重要である。政府の主要な代弁者らは、チャベスをハイエナやハーメルンの笛吹きと呼んだことがある。更に、2002年に彼に対するクーデターが起きたとき、米国政府が満足そうであったことに疑いはないだけではなく、それに資金供給すらした可能性もある。

最大の敵

米国市民が、彼らの指導者の政策によって、彼らが嫌われるようになったことに目覚め、認識する時が来た。チャベスが指摘したように、米国の人々の最大の敵は、彼ら自身の政府なのである。

チャベスの発言は世界における彼の立場や、世界の首脳陣との関係にどのような影響を及ぼすであろうか? 彼が述べたことが彼〔の評判〕を傷つけることはないと私は思う。ベネズエラは国連安保理の議席を望んでいる。投票は無記名で行われる。彼らが容易に勝利すると私は思う。もしそうなれば、チャベスにとって大勝利となり、ブッシュ政権にとっては惨憺たる敗北となる。だがもしベネズエラが勝たなかった場合、米国の権力は未だに政治的にベネズエラよりも強大であることを示すことになる。そのどこが目新しいというのか?

私の予想では、世界の他の首脳陣、チャベスの友は公共の場で彼が述べたようなことは述べないほうがいい、と彼に伝えるであろう――彼らが別の意見を持っていたとしても。彼らが同様の意見を持っていなかったとしても、彼らが彼の支持を撤回するとは思わない。ある時私の兄弟は、彼の車の前に割り込んだ運転手を「クソッタレ」と呼んだ。私はその様な言葉を使いはしないが、そのことが私に彼を好きでいるのを妨げはしなかった。

ウゴ・チャベスはウゴ・チャベスなのである。ベネズエラに帰国したとき、彼が群集に、口に出すまで彼が実際に何を言うのかを彼は知らなかった、と語っているのを私は聞いた。しかし彼は彼が述べたことを撤回しないとも述べた。

チャベスの政治家としての主な問題のひとつは、彼が考えていることを口に出すことだと、私は4年前記した。多くの人はそれを率直さであるとみなし――それ故に彼を愛する。別の人たちはそれを不器用さや愚かさと受け取り――それ故に彼を嫌悪する。しかし、ウゴはウゴである。彼が変わることを私は期待していない。

最後の考えを付け足させていただきたい。以上に書いたことを友人に見せたら、彼はチャベス大統領の態度とブッシュ大統領のそれの間の重要な相違点を指摘した。彼はこう言った。チャベスがブッシュを悪魔と呼んだとき、彼はふざけていた、と。彼は硫黄の臭いがすると言って国連総会の演壇についた。彼は十字を切った。それは自らのカトリック信仰を表すのみならず、邪悪な霊を追い払う一般的なベネズエラの習慣である。それは真面目に行われるが、多くの場合冗談として行われる。常に友人の前で十字を切り、「サタンよ、去れ」と言う人を私は知っている。

その一方で、ブッシュが「悪の枢軸」について語るとき、彼は強烈に真面目であり、私は「強烈に〔deadly〕」という言葉を強調する。ブッシュが悪い(もしあなたが望むならば、邪悪な)事をしている、という私の意見をチャベスは共有している、と私は考えている。現実に彼が彼を悪魔として見ているとは私は思わない。ブッシュ大統領の場合そうではない。彼の発言が反映している様に思われるのは、悪魔がある人々に憑依した、というキリスト教原理主義者の態度である。したがって彼らは一掃されなければならない。その行く手に偶然誰かがいたとしても遺憾なことではあるが、邪悪な者たちは排除されなければならないのである。そこに世界にとっての危険が存在する――そしてもし私達がその米国政府の範疇に入った場合、私と貴方にとって。

チャベスは帝国主義の排除を望んでいる。彼は帝国主義者であるものたちを殺害するのが必要であるとは見ていない。ブッシュは彼がテロリズムの排除を望むと述べる。彼の唯一の解決策は、テロリストと分類された者たちを殺害することのようである。繰り返す、そこに世界にとっての危険が存在する――そして私にとって、また貴方にとって。

© Charles Hardy

チャールズ・ハーディーは自由契約の記者で、元カトリック司祭である。彼は20年以上ベネズエラで暮らしてきた。彼はCurbstone Press (http://www.curbstone.org)より出版予定のベネズエラに関する本の著者。彼の個人的なブログはCowboy in Caracas (http://www.cowboyincaracas.com)で、cowboyincaracas@yahoo.com を通して接触可。



posted by Agrotous at 21:16 | TrackBack(0) | ベネズエラ
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