2006年09月14日

ウゴ・チャベス、ブッシュ帝国への挑戦
〔Hugo Chavez challenges Bush's empire:Original Article in English/ZNet原文

フェデリコ・フエンテス〔Federico Fuentes〕Green Left Weekly;2006年9月9日

8月12日のベネズエラ大統領選挙運動の公式の開始は、社会主義者ウゴ・チャベス大統領によって率いられた革命的政府を打倒するワシントンの計画における新局面を開いた。

表向きには、12月選挙の反対派の主要候補は、現スリア州知事のマヌエル・ロサレスである。しかし本当の対決は、米国帝国主義という既に危うい帝国に対する更なる一撃に対していかなる手段によっても抵抗するであろうブッシュ政権の戦争屋達と、チャベスによって率いられた、展開している民衆の力の革命との間で行われる。ほぼ確実にチャベスが勝利することを示す世論調査と共に、彼の支持者らは大胆な目標を掲げた――彼が最後に対面した投票でチャベスが勝ち取った約500万票を凌ぐ、1千万票の確保である。

米国支配階級エリートは最悪の事態を恐れいている。すなわち、ベネズエラの「ボリバル革命」の二重の勝利である。12月の圧倒的勝利が、民衆第一の政策で企業を押しのける更なる為政権をチャベスに与える可能性があるのみではなく、10月にベネズエラは国際連合安全保障理事会の非常任議席を獲得する可能性もある。

世界の迫害された者達の心を捕らえ、とりわけイスラエルのレバノンとパレスチナに対する戦争へのベネズエラによる執拗な反対の後、中南米、アジア、アフリカと中東の増大する諸国は、ベネズエラの安全保障理事会議席獲得への支持を約束している。

勝利は、ベネズエラを国際的に孤立させようとする米国の試みを更に弱体化させるであろうし、またボリバル革命に、ワシントンの容赦ない政策の弾劾を継続し、第三世界に対する世界のならず者超大国の支配を打ち破ることを目指した、抵抗の連合を築く強力な基盤を与えるであろう。

ワシントンとカラカスの間の衝突は何も目新しいことではない。2002年4月のチャベスに対する米国後援軍事クーデターや、経済に打撃を与えチャベス打倒を目指した同年12月の「上司のストライキ」がある。

更に米国は、チャベスを解任させ、新たな選挙を余儀なくさせるはずであった罷免国民投票を支持し、また不正選挙の告発も後援した。

安全保障政策センター――元CIA〔中央情報局〕や米国政府要人の名鑑をメンバーに抱えるブッシュ政権に直接連結した団体――のJ・マイケル・ウォーラー〔J. Michael Waller 〕が、遡ること2005年5月に述べたように、チャベスの再選は米国エリートが回避しなければならない事柄である。

彼はこう記した。「進行中の脅威に対する日程にある、平和的な解決の残る希望は2006年のベネズエラ大統領選挙である...

時は迫っている...カラカスのボリバル政権〔regime〕は、西半球の平和と民主主義に対する明白な当面の危機を生じさせている。

それ〔政権〕はそれ自体で改めることができる、あるいはそれは、ベネズエラの広範な民主的反対勢力の助けを伴った半球の勢力を招き入れることもできる、変化を強いるために。どちらにしろ米国戦略は、ベネズエラが来年までに平和裏な変化を成し遂げるよう手助けしなければならない。」

米国の戦略

チャベスに対抗する最善の候補を選び出す予備選挙の日程を大々的に宣伝したにもかかわらず、一夜にしてベネズエラ反対派の大多数はロサレスの立候補支持に回ったようである。その時点までは立候補が有力視されていた2人の候補は、突然選挙から降りた。

米国に資金援助された、いわゆる非政府機関のスマテ――罷免国民投票と昨年12月の国民議会選挙での不正を申し立てるキャンペーンで不可欠であった〔団体〕――は、ロサレスの出馬を後援するべく、予備選についての全ての話し合いを急速に中止した。

ロサレスは知事職――24の知事職のうち反対派の手中にある2つのうちの1つ――を辞任しなければならなかったので出馬を躊躇しており、また彼自身チャベスに対して勝利をあげることができないことを知っていた。

ロサレスが選ばれたことは、米国が何を計画しているのかを明らかにするかもしれない。ロサレスはスリア州の「自治権」の確固たる提唱者であり、石油に富んだ州を残りのベネズエラから分離させる手立ての先頭に立ってきた。コロンビアと国境を接したスリア州は歴史的に、地域的独自性の強烈な感覚を有してきた。1820年代以来幾度にも亘り、ベネズエラの石油の40%を掌握するべく、石油エリートがスリア州の独立を推し進める動きがあった。

このことにつけ込むことによって、また国政自体の社会計画に類似した社会福祉計画を実施することで、ロサレスはスリア州における高い支持を得ることが出来ている。

ロサレスは度々この問題に関する運動を行い、国民投票を呼びかけてきた。定評のあるベネズエラ歴史家でジャーナリストのルイス・ブリット・ガルシア〔Luis Britto Garcia 〕はこう言及する。スリア州では「ティーシャツにスリア独立共和国の地図が描かれ、その一方で出版物やウェブページの記事が、『自治』、『主権』や『独立』の呼びかけを流出し、それをマヌエル・ロサレス知事自身、1月28日のスリア人の日に彼が〔そうした〕ように滑稽な程に繰り返している。」

ガルシアの記述によれば、今年5月、駐ベネズエラ米国大使のウィリアム・ブラウンフィールドはスリア州州都マラカイボでこう宣言した、「25年前、2年間私はスリア独立東共和国で生活した。」大使はスリアを頻繁に訪問してきた。

ワシントンの候補

米国から独立していると主張してはいるが、ロサレスの経歴がそうではない事を示している。2002年4月のクーデター中にチャベスが短期間免職となった後に公布された、悪名高い「カルモナ法令」に署名した唯一の知事が、彼である。法令は国民議会を解散させ、法務長官、オンブズマンや、チャベスの大統領任期中に選出された知事や市長を停職させた。ロサレスは「全州知事の代表」として署名した。

ロサレスの政党「新時代」は、昨年の国民議会選挙から退いた最後の反対派政党のひとつである。党は当初、スリア州で議席を勝ち取る大いなる見込みを知っていたため、棄権に反対していた。だが最終的に、選挙を非正当化するよう試みる、ワシントンが選んだ棄権の計画に与するために、立候補を控えることに同意した。

米国に資金提供されたスマテ団体と、米国に資金投資された右翼の政治諸政党が、幾度となく自らをワシントンの傀儡以外の何者でもないことを晒しだしてきた候補者を支持するため、大統領選挙から手を引いたという事実は、反対派の真の選挙運動支配者は米帝国であるという論に信憑性を与えている。

スリア州の歴史家カルロス・モラレス・マンスール〔Carlos Morales Manssur〕は、2月26日付のプレンサ・ラティーナ〔キューバ国営通信〕の記事で、米国はスリア独立から多くを得ることを指摘した。

「ワシントンは...マラカイボ湖の石油資源に対する支配を獲得し、コロンビア計画[コロンビアの左翼ゲリラに対する米国後援の戦争]の重要な基地を設立することができ、全てがそれ〔米政府〕が嫌悪する政府の犠牲によって成される。」

著名なベネズエラ人活動家兼作家のマルティン・ゲデス〔Martin Guedez 〕は、8月10日にAporrea.orgに投稿された記事で、2004年8月の反対派の――政府の不正という主張の裏で混乱状態を創り出そうと望んだ――組織的活動に似た計画が進行中である、と論じた。

〔計画の〕頂点は12月4日の朝になるであろう...今回はスリア州でロサレス候補が獲得した本当の票によって裏付けられて」とゲデスは論じる。

この計画は、ひとつの州の「勝利者」が、残りのベネズエラで犯された「不正」を受け入れないと主張し、地方主義の感情を結集し、自らを「スリアの独立政府」の次期大統領であると宣言することであろう。

危険な情勢

このような一連の事態が暴力を引き起こし、米国軍事介入を「正当化」することに利用される可能性もある。既に、スリア州は多数の右翼コロンビア準軍組織の拠点となっている。彼らは多数の農民指導者らを暗殺し、複数の不安定化計画に結び付けられてきている。

8月23日、在ベネズエラ米国大使館のための外交上と私的な物品を運送しているとされた20台のトラックの一団が停止させられ、爆発物に使われる起爆装置とケーブルを密輸入していたことが発覚した。

そのわずか数日前に、政府転覆の試みに関与した4人の――コロンビア準軍組織に結びついている者も含めた――囚人が脱獄した。

ベネズエラ国外における選挙活動もまた開始した。ビクトル・エゴ・デュクロット〔Victor Ego Ducrot 〕は8月24日付の「Agencia del periodista de Mercosur〔メルコスール通信機関〕」記事で、CIAが強力な反チャベスのメディア戦の手はずを整えたことを明らかにした。

ベネズエラとキューバをイランの核兵器開発疑惑に結びつけた、シモン・ロメロによる記事を載せたニューヨークタイムス紙の援助に始まり、この記事は中南米の主要な保守新聞紙に転載された。

複数のジャーナリストが、CIAによって指揮された系統だった偽情報の宣伝戦の一環としての賄賂の申し出とともに、米国「外交官」から接触を受けたことをデュクロットに語った。米国は最近ベネズエラに対処する特別任務を設置した。

それに応答して、革命家勢力は組織編制している。チャベスは、彼の弁では「ボリバルのハリケーンを解き放った、」革命とその理想を防衛するべく1千万人のベネズエラ人の意識的な投票を獲得するために。

それを達成するべく、投票所から投票所をベースに、20万人以上の組織を目指した「コマンド・ミランダ〔Comando Miranda〕」が、国家レベル及び国中で設立された。罷免国民投票のように、各投票所に10人が割り当てらる。彼らの役割は、チャベスに投票するのみではなく、革命的過程に加わりそれを深めるよう、別の10人を政治的に説得することである。

各区域のチームも、労働者、カンペシーノ(農民)、女性、企業主やその他の団体の常設集会を通した徹底的な議論を助長するよう編成された。

特定の挑戦はスリア州における革命の相対的な弱さであろう。その弱さをガルシアとゲデスの両者が革命的勢力による失策に帰している。そこに含まれるのは、人格や恩顧主義〔クライエンテリズム〕を基にした区分や、大衆運動が真の指導者を下から選び出すのとは対照的な、地方選挙での無名の候補の上からの押し付けである。



posted by Agrotous at 23:03 | TrackBack(0) | ベネズエラ
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