2006年08月04日

ベネズエラの協同組合革命
〔Venezuela’s Cooperative Revolution :Original Article in English/venezuelanalysis 原文

ベッツィー・ボウマン&ボブ・ストーン〔Betsy Bowman and Bob Stone 〕Dollars & Sense ;2006年7月29日

15人の孫を持つ50代の女性サイダ・ロサスは、〔ベネズエラ首都〕カラカスの新しく作られた織物協同組合、ベネスエラ・アバンサで働いている。この協同組合の209人の労働者の大部分は、この地域の以前は無職の女性たちである。西カラカスの丘陵の急な斜面を取り囲む彼女達の住居は、ほぼ全て自分達で建てた。

サイダは1日7時間、週5日働き、従業員全員が自ら票決した均一収入である117ドルを毎月受け取っている。これは公式に設定された月給188ドルの最低賃金よりも遥かに少ない。これは「[政府の新規事業]ローンを返済するためです」と彼女は説明した。ベネスエラ・アバンサの共同組合員は、方針を決定する月に一度の総会を開いている。大部分の生産者協同組合と同様に、彼女達に支払われているのは給料ではなく、収益の前払いである。国家への返済をするため、労働者が最低賃金よりも低く自らに支払いをしているのは良くない状況である、とサイダは認めた。「時と共に労働状況が良くなることを望んでいます」と彼女は述べた。

協同組合労働者が共同して事業を経営するのを準備するため、国民経済省(MINEP )は協同組合主義、生産と経理の技術を養成するべく、彼らに小規模の奨学金を与えた。「私の家族は以前より遥かに幸せです――私は書き方を覚えて、3学年目の修業証書を持っています」と彼女は言う。

サイダはいま、更に大きな協同組合組織網の一部となっている。彼女の工場は地元のレンガ職人の協同組合によって作られた2つの生産者協同組合のひとつであり、それは診療所、スーパーマーケット協同組合、学校、コミュニティーセンターと共に、いわゆる「内発的発展の中核」を構成している。この中核が、平等な経済発展を促進する国の計画の中心に位置している。

米国メディアのベネズエラについての報道は、この国の石油と――それと無関係ではない――ウゴ・チャベス大統領とホワイト・ハウスとの間の舌戦に集中する傾向がある。例えば、チャベスはジョージ・W・ブッシュを「ミスター・デンジャー」と好んで呼ぶ。それはあるベネズエラの古典小説〔『ドニャ・バルバラ(Doña Barbara)』ロムロ・ガジェーゴス(Rómulo Gallegos)著〕の野蛮な外国人への言及である。それよりも少々ぎこちなく、ドナルド・ラムズフェルド国防長官は最近チャベスをヒットラーと比較してみせた。このことが面白いネタになる一方で、記者達はベネズエラにおける主要な出来事を見逃してきた。数十万人のサイダ・ロサスのようなベネズエラ人の経済生活を作り変えた、協同組合の前例のない進展である。カラカスへの最近の訪問で私達は、協同組合員や、ベネズエラの経済を下から切り開くこの新しい試みに関わっているその他の人々と話をした。

協同組合の急増

私達のベネズエラ協同組合運動との最初の出会いは、カラカス郊外にまで送ってくれたタクシー協同組合員のルイス・グアカランであった。雨旅に慣れた私達は、チャベス政権によって打ち立てられた変化のうち、何が彼にとって個人的に重要であるかルイスに尋ねた。ルイスの返答は、今までは常に「支配階級〔oligarchy 〕」の手に渡っていた国家の石油の富を共有する権利をいま市民として持っている、と彼は感じている、というものであった。人々は保健、教育や意味のある仕事を必要としており、そのことがチャベスがそれらを提供するべく石油歳入を流用する十分な理由であった。ルイスの5人の息子のうち2人は軍隊に所属し、娘は石油工学を学び、もうひとりは美容院を持っている。全員が職業・専門学習に就いている。

訪問中に私達が出会ったほぼ全ての人が協同組合に関わっていた。1999年憲法は国家が協同組合を「促進し保護する」ことを義務付けている。しかし総数が急上昇し始めたのは、2001年に協同組合特別法が通過した後のことである。チャベスが公職に就いた1998年には、約2万のメンバーを伴う762の法的に登録された協同組合があった。2001年にはおおよそ1千の協同組合があった。その数は2002年に2千に増大し、2003年までには8千になった。2006年の中頃に、国家協同組合監督庁(SUNACOOP )は、150万人を超えるメンバーに相当する10万8千以上の協同組合が登録をすませたと報告した。2003年中盤以来、MINEPは無料の商業と自主経営管理の訓練を提供し、労働者が問題を抱えた従来型の企業を協同組合へ作り変える手助けをし、新規事業や買占めのための信用貸しを拡張してきた。その結果起きた運動は、チャベスがベネズエラ経済と政治の構造を作り変える試みに付けた名前である「ボリバル革命」を益々明確に定めるようになってきた。

いまMINEPはそれ自体が火をつけた急増に応じるよう努力している。チャベス以前の協同組合の大部分が信用組合であったのに対して、「ボリバル主義」の組合は更に多様である。半数はサービス部門で、3分の1が生産、そして残りは貯蓄、住宅、消費やその他の分野に分かれている。協同組合は4つの主要部門で働いている。31%が貿易、レストランとホテル産業で、29%が運送、貯蔵と通信、18%が農業、狩猟と漁業、そして8.3%が製造業である。協同組合主義はベネズエラで、いかなる場所でも未だかつて体験されたことのない規模と速度で進展中である。

大部分の協同組合は小規模である。だが、閉鎖した産業工場の収用政策を政府が公表した2005年1月以来、MINEPは労働者が倒産目前の巨大工場の支配権を掌握するのに手を貸す準備ができていた。使用されていない工場が「公共施設」であるとみなされた場合、収用手続きの着手は大抵、所有者との補償についての交渉に繋がる。ある事例では、モナガス州の閉鎖されたハインツ社のトマト加工工場の所有者が、政府に60万ドルでの売却を申し出た。未払いの賃金、税金や未処理の抵当を計算に入れた後に、両者は政府によって提供される優先的な貸与と共に、工場を労働者に26万ドルで売却するという、友好的な合意に至った。それよりは更に典型的で対立的な例では、除外された労働者がまず、Cumanacoa砂糖精製所を占拠し、彼ら自身で再開させた。その後に中央政府がその資産を収用し、精製所労働者の協同組合に引き渡した。政府が労働者に購入の資金を融資したという程度までは所有者の所有権は尊重されたのだが、その価格は所有者が主張したものよりは遥かに低かった。このような収用された工場の多くはその後、選出された労働者の代理人と、政府に任命された人々によって経営される。

そこには条件もある。「単に労働者らが明後日に裕福になるのを助けるためにCumanacoaやSideroca〔鉄鋼会社〕を収用したのではない」とチャベスは述べた。「これは彼らだけのために行われたのではない――これは皆を裕福にするために行われたのである。」民間所有者によって8年間閉鎖され、過酷な貧困に満ちた地域の120人の労働者を失業させた別の砂糖精製所のCacao Sucreを例にあげよう。州知事は労働者が協同組合を結成するよう呼びかけた。自主経営管理の訓練を受けた後、精製所協同組合は総勢3,665人のサトウキビ栽培者労働組合と統合した。2005年7月、この大規模な協同組合は初の「社会的生産会社〔EPS〕」となった。この新しい名称が意味することは、地元住民の保健・教育・住宅に資金提供するべく協同組合が利益の一部を取り置き、また組合の食堂を地域共同体に開放することを義務付けられた、ということである。

閉鎖あるいは倒産した収用候補の政府の目録に、わずか700の工場のみが載っている情況で、現存する大規模設備の協同組合化は限られており、またこれまでのところ幾分ゆっくりである。諸組合はより多くの生産不足に陥っている企業を確認している。いまだ道は長いのである。

協同組合はベネズエラの新しい経済モデルの中心に位置している。彼らはボリバル革命の複数の目標を達成する可能性を持っている。そこに含まれるのは、失業との闘い、永続性のある経済発展の促進、従来型の資本主義企業との平和裏な競争、そしてチャベスの未だ定義途上である社会主義の推進である。

祖父の世代の失業政策ではない

資本主義は失業を引き起こす。新自由主義はベネズエラでこの傾向を悪化させ、意義のある労働と消費から除外された見落とされた人々の大規模で変動しない集団を生み出した。完全に忘れ去られたとまではいかなくとも、彼らはその苦境の責任を負わされ、不必要であると感じさせられた。しかしボリバル主義革命とは容認を強く要求することなのである。2004年3月、チャベスがベネズエラ人に新たな「使命」を呼びかけたのは、MINEPが「ミシオン・ブエルバン・カラス」計画――方向転換の使命――を開始したときである。協同組合を結成するべく「彼ら自身の力によって、また彼ら自身の中から」行動して、人々は実際に「生産関係を変化」させることによって「失業や〔社会的〕排除と闘う」こととなった。

ベネズエラでは「方向転換」は、独立戦争時にスペイン人に包囲された隊に対する反乱軍の将官の命令を呼び起こす。つまり、追われる者であるのを止め、向きを変え正面から敵を攻撃せよ、と。新たな敵は失業であり、完全雇用の目標は、互いに運命を共にし、一丸となって仕事に取り掛かる集団――特に失業した者達の集団――によって達成されるのである。ブエルバン・カラス計画は経営、経理と協同組合の価値観を数十万の奨学金を受けた学生に教えている。卒業生は自由に通常の職を求めたり、零細企業を始めたりすること――それには信用貸しが提供される――ができる。しかし、協同組合に技術援助、信用貸しや契約の優先権がある。だが最初の刺激――協同組合化に必要な共通の企業家精神〔entrepreneurship〕――は人々から出てくるのである。70%以上の2005年度卒業生が7、592の新しい共同組合を結成した。

ブエルバン・カラスは成果を挙げているようである。失業率は2003年に最高の18%に達したのだが、2004年には14.5%に、2005年には11.5%に下がった。MINEPは、さらに70万人の失業者を招き入れることを目指す「ブエルバン・カラス2」を計画している。だが2千6百万人の人口を前に、失業の構造上の原因に対するベネズエラの闘いは始まったばかりである。

内からの経済発展

さらに協同組合はチャベス政権のより広範囲な目標である「内発的発展」を推進させる。ベネズエラにおいて外国人直接投資は続いてはいるが、政府は外国からの流入を頼りにすること――それは資本主義の習慣的な恐喝に国を開放する――を避けようと目指している。内発的発展が意味することは「私達が蒔く種を、私達が食べる食糧を、私達が着る衣料を、私達が必要とする品物とサービスを生産することができるようになり、私達の発展を停止させてきた経済・文化・技術上の依存関係を断ち、私たち自身で始めること」である。この目標にとって協同組合は理想的な手段である。協同組合はベネズエラに発展の根を下ろす。地元労働者兼所有者の管理下では、彼らは資本主義企業が行うような資本逃避の脅威にはならない。

経済・政治上の民主主義

協同組合運動と共に、ベネズエラ人はいわゆる共同評議会〔Communal Councils 〕を通して、新しい形の地方の政治的民主主義の構築に従事している。ブラジルの革新的な参加型予算の過程を基にしたこの評議会は、チャベスがカラカスのバリオ〔貧民街〕の多くの無断居住者に土地の所有権を与えるために作られた土地委員会から派生した。100から200家族の地域共同体が自らを組織して、地元の開発計画を提出すると、政府は土地の所有権を与える。結果は、各個人が自宅を手に入れ、その共同体は草の根の議会を手にするのである。

評議会は予算を持ち、地元の事柄について決定を下す。彼らは代弁者をバリオと地方自治体に派遣する。現在、共同評議会の数は数千ほどだが、政府は5年以内に全てのベネズエラ人を地元の評議会に組み込む計画を立てている。経済における協同組合化に関連して、共同評議会運動は新しい分権化された民主政治形態の構築の前兆なのかもしれない。

内発的発展の必要性がベネズエラ人にとって明白になったのは、チャベスの政敵によって実行された2002年の石油ストライキの間であった。国のほとんどが輸入された食糧の主要な流通業者もストライキを支持したので、食品流通が停止し、脆さを曝け出した。それに応じて、政府は自らの平行したスーパーマーケット系列を開始した。わずか3年の間にメルカルは、ほぼ全てが貧しい地域にある1万4千の販売場を持ち、必需食品を20%から50%割引いて販売している。今それは国最大のスーパーマーケット系列であり、全般的には2番目に大きい事業である。メルカル食料品店は、その低価格と高品質な商品のために、あらゆる種類の政治思想を持つ買い物客を引き寄せている。「食の主権」を促進するため、メルカルは国内供給者の割合を40%以上に拡大し、可能な限り協同組合に優先権を与えている。ベネズエラは未だに消費する食品のうち64%を輸入しているのだが、それは1998年の72%よりも低くなっている。輸入に対する依存や運送支出や仲介者を断つ一方で、地元の供給に頼ることにより、メルカルは1ヶ月2千4百万ドルの補助金から自立することを目指している。

資本主義から社会主義の構築へ

いわゆる「ボリバル革命」の考案者らが協同組合モデルを精力的に推進しているもうひとつの理由は、協同組合が従来型の資本主義企業よりも旨く需要を満たすことが出来るという彼らの信念である。多大な費用を要する経営者や、利益に飢えた不在の投資家を支えるという負担から解放された協同組合は、労働倹約の技術的な革新が労働時間を節約するよう促す会計的な柔軟性を持っている。「協同組合は将来のビジネスである」とフェリッペ・ペレス=マルティ〔Felipe Pérez-Martí 〕元企画開発大臣は述べた。それは搾取的ではないのみならず、労働者兼所有者は彼らの企業の効率性と成功を追求しなければならない故に、資本主義企業を生産量で凌ぐのである、とペレス=マルティは主張する。この様な主張は米国では驚かれるが、増大する一連の調査は協同組合が確かに従来型の企業よりも生産的で利益となりえることを示唆している。

協同組合がそれ自身のやり方で資本主義企業を打ち負かせるかどうかを試すためには、実行可能な協同組合あるいは連帯部門が、確固として支配的な資本主義のそれと平行して構築されなければならない。現在ベネズエラはこの「実験」を準備している。MINEPによれば、いま労働人口の5%以上が協同組合で働いている。これは協同組合の割合としては大多数の諸国よりも大きいが、ベネズエラの資本主義部門を凌駕するべく試みることが出来るであろう協同組合部門の規模としては、相対的に未だ小規模である。チャベスの支持者らは、ひとたびその様な部門が開始されれば、協同組合化は「高潔な領域」で拡大し、協同組合を垣間見た従来型の労働人口は、彼らの労働にも似たような管理を要求することを期待している。エリアス・ハウア〔Elias Jaua 〕初代国民経済大臣は「民間部門はその過程を理解し、社会の新しい原動力に自らを組み入れることが出来る。あるいはそれは単に、より優れた良質生産に、また消費にではなく遥かに連帯に基礎を置いた未来像を持つ、新たな生産的な勢力に取って代わられるかである」と言う。MINEPの信用貸し、訓練や契約は特に協同組合に有利となる結果をもたらす、と主張することができる。しかしブエルバン・カラスの卒業生は資本主義部門の職に自由に就くことができる。そして従業員所有の企業を優遇するというMINEPの政策は、投資家所有のそれを優遇する米国の法や補助金や税金控除とそれ程変わらない。

最後に、生産手段を労働者の手に置くことによって、協同組合運動は直接的に社会主義を構築する。協同組合化、特に全従業員によって占拠された稼動していない工場のそれが促進するのは、マリア・クリスティーナ・イグレシアス労働大臣によれば、「常に私達の目的であったものである。労働者が生産を行い、同様に政府も労働者によって運営されるということである。」従って協同組合はチャベスが「21世紀の社会主義」と呼ぶものの手段であるのみならず、彼らは実際にその部分的な現実化を構成しているのである。

実験に伴う危険の処理

協同組合化はボリバル革命の目標を達成する鍵である。とはいえ、革命の指導者達はこの先に待つ長い苦闘を認めている。伝統的な資本主義企業は未だにベネズエラ経済を支配している。また国の現在の協同組合化計画の全てが成功したとしても、その取り組み――それは闘争と成るであろう――は社会主義に帰着するのであろうか? Zマガジンのマイケル・アルバートは、協同組合がより生産的に成りえると認めており、ベネズエラの実験を熱心に支持している。だが非市場化〔de-marketization〕の計画の欠如をまえに、彼はそれが社会主義に到達することに疑念を持っている。「市場に定義された競争において古い企業に凌いで勝るよう試みること」の協同組合自体に対する影響は、「支配的な経営上あるいは調整役の階級を依然として持つ」市場社会主義制度へと到る、「経営上の官僚主義や、社会的ではなく競争的な傾向を確立するかもしれない。」アルバートの懸念には十分な根拠がある。アイオワ州のアマナ・コロニーからバスク地方のモンドラゴン協同組合企業〔MCC〕までの協同組合の歴史は、たとえそれらが地域共同体サービスの委任を伴って始まったとしても、個々の協同組合は、あるいは協同組合の組織網でさえ、資本主義経済において一連の資本主義企業に対し単独で張り合う時、資本主義的自己追求を再内在化し、競争相手と区別ができなくなる傾向がある。

拍子抜けするほどに、チャベス政権の高官らはこれらの危険を認める。フアン・カルロス・ロジョ国民経済次官は、その始まり以来地域奉仕が協同組合の信条の一部であったことに言及し、忍耐を要求した。「私達が大いに利己的で自己本位的な資本主義の生活様式を基にしてることを承知している。」新しいチャベス派の労働連盟UNTの世話人であるマルセラ・マスペロ〔Marcela Maspero 〕は、「我らの同志を新自由主義資本家に転向させる危険」を認めている。とはいえ、ベネズエラ特有の事例では、実行可能な協同組合部門の構築は、多量の財政資源を伴う政府の目標であり、それによって社会主義を確立するという目的もまた同様に国民全体の国家事業なのである。したがってベネズエラにおける成功は、それなりの根拠のある希望なのである。大雑把な類推は、1968年5月〔いわゆる5月革命時〕にド・ゴール政府とフランス共産党が、学生と労働者による「自主管理〔autogestion 〕」あるいは自主経営管理の要求に賛成している状況に当てはまるであろう。

もちろんそこには問題もある。ある集団が新規事業補助金を得るために「似非協同組合」として登録し、その資金をあっさりと持ち去ることもあり得る。また協同組合に政府請負が好んで与えられる故に、著しい量の不正が行われている。「書類の上でその様に登録されているのだが、より多く支給されるボスや、給料を支払われる労働者、また労働や所得の不平等な分配を持つ協同組合はある」とMINEPのハウア元大臣は報告する。SUNACOOP〔国家協同組合監督庁〕は、その施行が不規則であることを認める。不十分な自主経営管理訓練の結果、多くの新規協同組合が苦労してもいる。政府当局は、地元協同組合に対する視察を増やしたり、訓練や支援サービスを増大したり、監督を地元評議会に分散させたりして、これらの問題に取り組もうと試みている。

この様な障害にもかかわらず、政府の支援を受けた新しい協同組合は、それ自体の勢いと慣例を伴った、地方分権化された国民運動を築いている。今年5月、全国最高協同組合評議会(CENCOOP)が発足した。この評議会はベネズエラの25州からの、それぞれ5人の協同組合員によって構成される。彼らは州協同組合評議会によって選出されており、この評議会もまた地元の協同組合によって構成された地方評議会によって選出される。CENCOOPは国際協同組合同盟〔ICA〕――95ヵ国の数十万の協同組合の7万人のメンバーを包含する国際組織――でベネズエラを代表することとなっている。

ボリバル主義以前の協同組合運動は当初、疎外感を感じ、性急な協同組合化を非難した。しかしCENCOOPを計画する各段階でその助言が求められ、最終的にそれは評議会に加入し、新たな運動とその貴重な経験を分かち合うこととなった。新しい州と地方の協同組合評議会は、MINEPの役割を地方分権化させる計画の一部である。CENCOOPの編成に手を貸した経験から、MINEPの指導監督者カルロス・モリナは、協同組合運動の拡大する自治権を保障するため、不干渉主義の方法を採用する、と述べる。けれども、今日多くの新しい協同組合がMINEPの支援に依存している。

運動の対抗者

協同組合化が成し遂げる成功が如何なるものであれ、内的・外的両方の危険を伴う。これまでのところ、チャベス政権は収用に対して資本家に補償してきており、協同組合への転換をある程度問題を抱えた企業に限ってきた。だがある時点で、職場における新たに手にした力とより公平な所得の分配を享受する協同組合主義の隣人を見て、健全な企業の労働者が自らの企業も協同組合化されることを望むこともあり得る。そして長い間、彼らの労働が生み出してきた価値の大部分が――多くの場合彼らの企業の市場価値を何度も支払うのに足る――利益として抜き取られてきたことから、補償無しの移転を要求する根拠を彼らは持っているのではないだろうか? つまり、新たな反革命の試みが根付く前に、なおいっそう革命的連帯を拡大し増強するためには、革命は生産上の富の真の再分配に――ベネズエラ資本家を直接犠牲にした、企業の協同組合化に――着手しなければならないのではないだろうか? 遅かれ早かれ、ベネズエラの協同組合の実験はこの問題に取り組まなければならなくなる。

去る1月にカラカスでの世界社会フォーラムに参加した後、私達は全速力で前進する「ボリバル革命」の片鱗を垣間見た。以来私達はそれを追ってきた。「もうひとつの世界は可能」であると信じる世界中の人々にとって、この実験が意味することは莫大である。それゆえ予測されることだが、それは外部からの脅威に直面している。2002年4月の束の間のクーデターや、同12月の石油産業経営者らによる破壊的なストライキは、各段階で米国によって助長された、除外され立腹したエリートの手によるものであった。そして組織的な活動は継続する。〔米〕国務省に関連した諸団体は、クーデターを後援した反対派団体に年に500万ドルを供給している。それにもかかわらず、職場の民主化は容赦なく続けられ、更に多くのベネズエラ人を革命の過程に引き寄せている。この包括それ自体が、抵抗を拡大し、結びつけ、増強する故に防衛となる。ベネズエラ人はその抵抗でもって、彼らの革命を止める又は牽制する新たな試みに応じるであろう。


ベッツィー・ボウマンとボブ・ストーンはGEO〔Grassroots Economic Organizing:米労働組合系NPO〕の編集共同体に属している。彼らはメキシコのサンミゲルデアジェンデ二位置する二ヶ国語のCenter for Global Justiceの協同創設者に含まれ、そこで研究員として勤め、ジャン=ポール・サルトルに関する多くの記事の共同執筆者である。彼らはSteve Ellnerに、論評に対する謝意を表し、www.globaljusticecenter.org を通じて対話を促している。

出典 多くの貴重な記事をwww.Venezuelanalysis.com で収集した。そこに含まれるのは:C. Harnecker, “The New Cooperative Movement in Venezuela’s Bolivarian Process” (from Monthly Review Zine) 5/05; S. Wagner, “Vuelvan Caras: Venezuela’s Mission for Building Socialism of the 21st Century,” 7/05〔翻訳記事:ベネズエラ、21世紀の社会主義を構築キューバの有機農業)〕; “Poverty and Unemployment Down Significantly in 2005,” 10/05; F. Perez-Marti, “The Venezuelan Model of Development: The Path of Solidarity,” 6/04; “Venezuela: Expropriations, cooperatives and co-management,” Green Left Weekly, 10/05; M. Albert, “Venezuela’s Path,” Z-Net, 11/05〔翻訳記事:ベネズエラの道; O. Sunkel, Development from Within: Toward a Neostructuralist Approach for Latin America (L. Rienner Publ., 1993); H. Thomas, “Performance of the Mondragón Cooperatives in Spain,” in Participatory and Self-Managed Firms, eds. D. C. Jones and J. Svejnar (Lexington Books, 1982); D. Levine and L. D’A. Tyson, “Participation, Productivity and the Firm’s Environment,” in Paying for Productivity: A Look at the Evidence, ed. A. Blinder (Brookings Inst., 1990); D. Schweickart, After Capitalism (Rowman & Littlefield, 2002); M. Lebowitz, “Constructing Co-management in Venezuela: Contradictions along the Path,” Monthly Review Zine 10/05; Z. Centeno, “Cooperativas: una vision para impulsar el Desarrollo Endogeno,” at www.mci.gob.ve.



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