2006年06月03日

チャベス1対ブッシュ0
〔Chavez One, Bush Zero:Original Article in English/ZNet原文

オードリー・サッソン〔Audrey Sasson 〕;2006年5月22日

米国の低所得層の増大する光熱費の支払いに対して手を貸したい、と昨年9月ベネズエラのウゴ・チャベス大統領が述べた時、すぐさま批判家らは彼の動機の誠実さを疑ってかかった。外交上の対抗者であるブッシュ大統領を挑発し苛立たせるためだけの発言か? これほど「ポピュリズムな」約束を彼は実際に果たすであろうか? だがわずか数ヵ月後、彼はブロンクスで試験的な計画に着手し、レトリックを行動に移した。ベネズエラ所有の米国に本社を置くCitgo石油を通じて、チャベスは米国の18万1千世帯に40%割り引かれた4千万ガロンの灯油を、それと同時に北東部全域のホームレス収容施設に無料の灯油を提供した。

ブロンクスの住民であるT・パトリス・ホワイト=マクグリースは、チャベスの約束を知っていながら、彼女と彼女の家族が最終的にその計画から利益を得ることなど想像もしていなかった。「彼らが偶然にもブロンクスを選ぶことなど考えもしなかった...そして彼らが選んだ3つのCDC[地域開発組合〔Community Development Corporations 〕]のひとつに私が偶然住んでいた」と彼女は熱心に語った。「こんな偶然ってある?」この計画は、開始以来拡大し、ニューヨーク、マサチューセッツ、コネティカット、デラウェア、ロードアイランド、ペンシルバニア、バーモントとメーンの地域社会を含むにいたった。

ホワイト=マクグリースは、計画の効果を祝い又評価するため、4月8日土曜に地域集会に参加した約150人の受益者のうちの一人である。サウスブロンクスのユナイテッド・ファミリー・チャーチで開かれたCitgo主催の行事は、米・ベネズエラ連帯を強調する祝いの席に、北東部全域の受益者を呼び寄せ、ベネズエラ政府関係者やCitgo代表者に引き合わせた。次から次へと受益者は立ち上がり、困難な冬を耐える手助けをしたベネズエラの人々とチャベス大統領自身に感謝の念を表した。

この雰囲気にもかかわらず、米国務省はこの計画を出所であるベネズエラから遠ざけるよう試みた。Citgoが米国に本社を置いており、米国政府に税金を納めていることから、国務省はこの計画を米国企業の責任からくる賞賛に値する行動として都合よく解釈している。

その立場は12月8日の記者会見に表れている。「我々はこれを政治問題であるとはみなしていない」とアダム・ エアリー副報道官は述べた。「我々はこれを米国とベネズエラに関連した問題であるとはみなしていない。」この立場はこの率先全体に対する手柄を米国に与える。「我々はこの問題を米国企業による米国民の手助けであるとみている――それは良いことであり、正しいことであり、適切である」とエアリーは言及した。Citgoの石油全てがベネズエラ産であり、またこの計画に着手する決定を含めた、全ての重要な決定がベネズエラ自身によるものである事実を無視し、彼はこれ以上の発言を拒んだ。

エアリーの発言は、米・ベネズエラ関係という更に広範囲な状況を考慮すると、それほど不可解ではなくなるのかもしれない。1998年にチャベスが当選して以来彼は、自由貿易や野放しの資本主義に重点を置いた米国の対外政策を盛んに糾弾してきた。2005年の国連首脳会合での演説の中で、チャベスは中南米における「新自由主義」を擁護したとして、ブッシュ大統領を非難した。彼の考えでは、ワシントンに後援された経済成長の理念は単に、「この大陸の全ての人々に高度の貧困、不平等や果てしのない悲劇」をもたらしたにすぎない。ベネズエラのボリバル革命の一環として、チャベスは米州全域の対案となる経済モデルの推進に精力的に働いてきた。再分配の政治を基にしたモデルを。

正反対の非難にもかかわらず、チャベスは、活力のほぼ全てをベネズエラ自体の貧困の緩和に注いでいると主張している。彼は国連演説のなかで「わずか7年間のボリバル革命で、ベネズエラの人々は重要な社会・経済的な向上を要求できるようになった」と断言した。彼は医療の改善された利用機会、識字計画や雇用を、向上の指標として列挙した。その一方で彼はベネズエラの石油の富を、米州の近隣諸国と分かち合う努力の先頭にも立ってきた。彼は中南米における他の「左翼」政府の台頭を鼓舞し、色々な点で地域の「左翼」への転換の典型となってきた。

控えめに言えば、彼の政策はブッシュ大統領と彼の支持者らの妨害の対象となった。理念的な交戦が続き、チャベスの正当性と人望を傷つける試みは、時がたつにつれ米国政府を失望させた。2002年4月米国政府は、チャベスの民主的に選出された政権の打倒を目指したエリートによるクーデターを支持した。48時間以内に、チャベス支持者達――「チャビスタ」として知られる――の群集は、彼を大統領として復任させるのに成功する。

米国メディアは時に、無責任にチャベスを危険な専制主義の独裁者として描くことにより、チャベスの民主的な資格について公衆を故意に誤解させている。彼の支持者らはチャベスが正当に選出された代表者であり、権利の擁護人で希望をもたらす者であると断言する。昨年8月にキリスト教徒の司会者であるパット・ロバートソンは、チャベス暗殺を公然と呼びかけ、新聞に大きく取り上げられた。チャビスタのなかには米国政府に対する敵意をあらわにするものもいる。4月7日金曜、ブロンクスでの地域集会の前日、〔ベネズエラ首都〕カラカス南部でチャビスタの一団が米国大使の車に果物、野菜や卵を投げつけた――市長が黙認したと言われいてる行為である。

米・ベネズエラ関係が悪化する状況のなか、エアリーが述べた立場をブッシュ政権が採用するのは当然であるように思われる。「このことはそれ[計画]が成功している表れである。米国政府が計画自体を非難せずに、米国による物であると見せようとしていることは」と、「Venezuela Information Office 訳注1〕」のパブリック・エジュケーション・ディレクターのエリック・ウィンガーターは述べた。

不思議なことにベネズエラ政府もこの率先を、アメリカ人がアメリカ人に手を貸す、政治的ではなく、人道的な意思表示として扱おうとしている。だがチャベスにとって、「アメリカ人」は全てのアメリカ大陸の住人を含む。すなわち、アメリカ人のあいだの連帯は国境を越えた現象を意味し、彼の考えではそうあるべきなのである。この計画は、全てを包括する「チャビスタ」の哲学の一例にすぎない。現在の政治情勢を考えれば、計画の宣伝効果はそれにより生まれた米国人とベネズエラ人の間の親善の度合いによって最も上手く計ることができ、それはエアリー氏のような人々による公式の米国声明に相反する。

4月8日のユナイテッド・ファミリー・チャーチでの地域集会には、その親善が十分にあった。ベネズエラの料理、音楽や装飾に彩られた行事は、Citgoがベネズエラの由来から独立して運営されていないことを明瞭に示した。笑顔の受益者の写真が飾られ掲示板が廊下に並び、「ベネズエラの心から米国の心へ」という文句が掲げられていた。ひとつの写真には、「ベネズエラの友のおかげで我が家は暖かい」と書かれたプラカードを持った冬着の若い男の子が写っていた。小さな米国とベネズエラの旗が一組で配られた。メッセージは明白である。割り引かれた灯油は、困った米国の隣人へのベネズエラの人々の贈り物であると。得点は、チャベス1点、ブッシュ0。

発言者はニューヨーク州第16下院議員選挙区のホセ・セラノ議員(あらかじめ録画されたテレビを通じ)や、ベネズエラ大使ベルナルド・アルバレスが含まれた。意外なことに、セラノはあいさつをCitgoについての講和ではなく、ベネズエラに対する米国対外政策で始めた。

セラノはチャベスの民主的な資質を是認した。「誰から聞いても、ベネズエラ政府は選挙で選ばれた」と彼は述べた。「チャベス大統領個人の当選と、彼の政党の様々な一員の当選を数えると、彼らは8度当選したことになる。」セラノは、真の民主的な政権が現れると交友関係を拒む米国対外政策の偽善を強調した。「長年の間我々は中南米における民主的な選挙を要求してきた」とセラノは語気を強めて述べた。「そしてそれが次々と起こり始めた今、我々は批判的になるのではなく、協力的になるべきである。」

セラノは彼のベネズエラに対する率直な支持が、昨年9月チャベスがニューヨーク滞在中に、セラノの選挙区住民――南ブロンクスの人々――への訪問をチャベスが要請するきっかけとなった、と説明した。ハリケーン・カトリーナとリタの通過後に予定されたこの訪問は、米国内の都市における貧困という重い現実をベネズエラ大統領に垣間見せた。かようにして、この訪問の最中にチャベスは、低所得の米国人が厳しい冬を耐えるために、助成された灯油を通して手助けすることに関心を持っていることを初めて表現したのである。基本的にセラノはチャベス大統領の申し出を受けたのであり、その後は知っての通りである。

実際にホワイト=マクグリースは、彼女が歴史的な瞬間だとみなしているものに参加していることに興奮している。「これが与え得る衝撃を私は分かっていた」と彼女は熱心に述べる。ホワイト=マクグリースにとって、他国が世界の超大国に援助を提供しているという事実自体が、先例がないとまではいかなくとも、意義深いのである。「米国は常に救援者だった」と彼女は思慮深く述べる。「私達は白い騎士、全ての諸国の救出に走り回る頼りになる馬を持っている。それが今、私達がとても脆い時に、別の国が救援にやって来た。素晴らしいことだと思います。」

アルバレス大使はこの率先についてのベネズエラの見解を裏付ける。「もし我々が皆アメリカ人であるのならば、我々は互いに助け合わなければならない」と、公式声明に先立つ非公式のインタビューで彼は率直に述べた。「貧困や〔社会的〕除外と取り組むため、我々は何かを成さなければならないという高まる意識が世界にはある――政府のみではなく、企業や地域共同体が」と彼は言及することで、チャビスタの哲学の主要な教義のひとつを表現した。演壇から語るのかどうか訊ねられたとき、アルバレスはひるまずに「ええ、ですが我々は主として人々が語るとこを見にきたのです」と答えた。

実際アルバレスは計画が効果的に育んだベネズエラ人と米国人のあいだの「親交の感覚」を強調し、公式声明を手短に終わらせた。「これは人々と人々の真の計画であった」と彼は意気揚々と述べた。そして彼は受益者らに計画の感想を語るよう促した。

多くの受益者らはこの機会を利用し、アルバレス大使、ベネズエラの人々とチャベス大統領自身に感謝の意を示した。「助けを求めることがどれだけ難しいことなのか、多くの人が気づいていない」と、ボストンの未婚の母ローレイ・バートンは述べた。目に涙を浮かべ、バートンは続けた、「わが子が『ママ、寒いよ』と言っているのに面倒を見れない時に、どれだけ恥を感じるか彼らは分かっていない。」計画に感動した彼女は、個人的にチャベス大統領にお礼を言うためベネズエラへ赴きたいという願望を述べた。

南フィラデルフィアからきた、驚くほどに口達者な10歳のダンテ・アンダーソンは立ち上がり、叫んだ、「寒波で亡くなる人が沢山いる。」大胆な口調で彼は続けた、「Citgoとともに、わたしたちは社会を変えることが出来る。」シングルマザーの一人っ子である年少のアンダーソンは拍手喝さいを浴びた。

チャベスの動機を疑い非難する人々についてどう思うか訊かれたホワイト=マクグリースは返答するまえに躊躇した。「どんなものに対しても皮肉は見つけ出せる――薔薇を見て、臭いと言うことができる」と彼女は最終的に述べた。「けれど、暖房がない施設で、子供が凍えているとき、チャベスがブッシュをどう思っているのか、ブッシュがチャベスをどう思っているのかなどどうでもいい。特に自分の赤ん坊が寒くて泣いている時は。」受益者として彼女が感じていることは、ベネズエラ政府に対する率直な感謝の念のみである。「近所のことを誰も気にかけないという心理状態がある」と彼女は言う。「人が手を貸したがらないことに慣れてしまっている。だから私が思うに、誰かが助けになりたいと思い、それを行うという事実は意味深いのです。」

もちろん、ホワイト=マクグリースがとった様な反応こそが、チャベスを非難するものたちを警戒させるのである。彼らの言い分は、より大きな見地でのブッシュ・チャベス対立関係の一部として、チャベスがCitgoを通じ米国人に取り入ろうとしているだけであるというものである。この様な非難に対してセラノは冒頭のあいさつで返答した。「もしこれがサウスブロンクスの人々に対する得点稼ぎというならば、私は有力な米国企業にサウスブロンクスの人々に対する得点稼ぎをしにやって来るよう請願する」と彼は躊躇せずに述べた。この提案は割れるような喝采を引き起こした。

米国政府はこの計画の重要性を公式には認めないかもしれないが、ベネズエラの石油が北東部の少なくともいくつかの米国共同体の心に直接届いていることは、4月8日に否定しようがなかった。チャベスの動機がどうあれ、最終的に彼は約束を果たしたのであり、その結果として、いくらかの米国人をチャビスタの思想に改宗さえしたかもしれない。あるいは、彼はただ単に米国とベネズエラの「アメリカ人」の間の親善を生み出しただけなのかもしれない。どちらにしろ、セラノの結びの声明は全てを物語っている。彼は2つの――ひとつはベネズエラ、もうひとつは米国の――小さな旗を掲げ、決然と明言した、「ベネズエラは我らの家に、ベネズエラはブロンクスにいる。」



訳注1Venezuela Information Officeは、それ自体のホームページによれば「米国民に現代のベネズエラについての情報を提供することに専念した組織であり、ベネズエラ政府に資金提供されている。」



posted by Agrotous at 22:38 | TrackBack(0) | ベネズエラ
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