2006年04月22日

世界社会フォーラムを越えて
〔Beyond the World Social Forum:Original Article in English/ZNet原文

スジャータ・フェルナンデス〔Sujatha Fernandes〕;2006年4月6日

今年の1月に、ベネズエラのカラカスとマリのバマコにおいて、地域社会フォーラムが開かれた。3月に別の地域フォーラムがパキスタンのカラチにおいて行われた。これらの地域フォーラムは、社会公正のための意見と戦略の交換を促進する、世界中の社会運動指導者や活動家の集会である世界社会フォーラム(WSF)に由来している。WSFは部分的に世界経済フォーラムに対する代替案として現れ、2001年にブラジルのポルト・アレグレにおいて第一回WSFが開催された。

ポルト・アレグレでの3年連続の開催の後、2004年にはムンバイ〔インド〕においてWSFは開かれた。革新的な予算政策を持った進歩的な市長により支援された、ポルト・アレグレの左派的な環境での数年間の安全な場に引き続いたことで、ムンバイへの移動は危険な一手であると考えられた。フォーラムが政治家による汚職と不正操作を招くのではないかと心配したものもいたが、これは起こらなかった。政府や大きな非政府組織(NGO)の影響力に批判的な人々は、ムンバイ・レジスタンス〔Mumbai resistance 〕として知られる同時進行の行事を準備した。

カラカスで開催された最も最近のフォーラムに対しては、参加者の間で期待は高かった。左翼指導者のウゴ・チャベスは、徹底的な富の再分配と地域統合のための野心的な反新自由主義運動である、ボリバル革命で前進してきていた。国の石油の富を使い、拡大する貧困と戦うという約束と共に、チャベスは1998年にベネズエラで政権を取り、彼の政権担当期間に彼は際立った進展を果たした。南米地域全域での左翼や社会運動指導者の当選の嵐のなか、ボリビアで先住民族指導者エボ・モラレスが当選した。数十年の過酷な新自由主義経済政策の後、情勢の流れはついに転じているようであり、1月にカラカスに集まった活動家、擁護団体や学者らは、アメリカ大陸でこの転換を鼓舞している、活気に満ちた討論や論議の一部となることを期待していた。

チャベス政権はカラカスでの社会フォーラムにおいて大きな存在感を示し、反帝国主義、新自由主義と戦うための戦略や、過去のフォーラムで検討された似たような主題のパネル・ディスカッションが行われた。だが大部分のところ、チャベスのボリバル革命の基礎となってきたベネズエラの大衆社会運動の指導者や団体による、カラカス・フォーラムへの参加は殆どなかった。公式の政府計画や上意下達方式の主導権には、催しに参加する機会を与えられた一方で、ラ・ベガ、サン・アグスティン、カリクアオ、ペタレやその他のような貧しい居住区〔barrio〕や都市の貧民街における、多くの共同体組織活動の経験は含まれなかった。ベネズエラ国内での重要で発展中の運動である共同体メディアについてのパネルは、放送サービスを管轄する公式機関である、国家通信委員会(CONATEL)によって計画準備された。CONATELは共同体メディア活動家達と緊張した関係がある故に、活動家らはこのパネルをボイコットした。社会公正に関する問題に取り組む大規模な地域会議がカラカスで開催された一方で、数十年のあいだ貧困居住区で社会公正運動に最も関連してきた地域の活動家の多くが参加しなかったことは皮肉である。

その上、過去のフォーラムで批評と討論の上で重要な場であった代替のフォーラム〔alternative forum 〕が、芸術家と知識人により中流階級の郊外で開かれたのだが、貧しい居住区の社会運動との有機的な繋がりは殆ど伴わなかった。メキシコ南部からのサパティスタによるパネルのような重要なものは、フォーラム内に空間を持たず、フォーラムの外で彼ら自身の行事を準備し、宣伝しなければならなかった。メキシコ南部のチアパス州の先住民活動家らのサパティスタ運動は、NAFTA〔北大西洋自由貿易地域〕として知られる自由貿易協定をメキシコ政府が調印した後の、1994年に勢い付いた。以来サパティスタは、土地改革と先住民の権利という問題を議題に上げることに成功してきた。

カラカス・フォーラムの経験が示したことは、多国籍で下から組織する試みに付きまとう諸問題や、多国籍での交流や連帯の真の機会を達成することの難しさであった。問題は行事でのチャベス政府の強い存在感のみにあるのではなく、世界社会フォーラム自体の性質にもある。そこでは擁護団体やNGOの論理が、社会運動自体の需要や要求よりも優勢となる事態となってきている。

とはいえ、フォーラムは社会運動の間に、この地域での多国籍な組織の性質と役割についての問題点をもたらした。ベネズエラの共同体メディア活動家らによって立てられたテントは、活気に満ち溢れ、多くの議論が成された。中南米での伝達の問題や、南北アメリカからの活動家同士の技術的な交流の問題についてのワークショップも複数催された。これらの活動家達は先住民族団体と共に、スリア州での石炭採掘に抗議するために、フォーラム開催中の1日にデモ行進するための組織を手伝った。共同体組織のコオルディナドラ・シモン・ボリバル〔Coordinadora Simón Bolívar 〕に属する別の活動家の諸団体も、彼らの居住区であるベインテイトレスデエネロ区〔23 de Enero:1月23日の意〕で平行した行事を計画準備した。この行事は実際に、中流階級郊外や大学、巨大ホールでの公式の開催地からある程度の人々を、政治的に組織する主要な場である居住区へと引き寄せた。

同様に、アメリカ大陸における社会運動の構築のために、真の多国籍間交流が成しえる任務とは何なのかを垣間見せた、いくつかの瞬間もフォーラムにはあった。ボリビア人により準備されたパネルでは、エボ・モラレスの政党Movimiento al Socialismo (社会主義運動、MAS)の役割についての討論があった。聴衆の一人が討論参加者に、選挙後の展開における「エボの政党」の役割について質問した。ボリビア人たちはMASは「エボの政党」ではなく、それは政党でもなく、それは政府にではなく人々に属した運動であると頑強に返答した。この言明は、同席していた一部のベネズエラ人を驚かせた。その内の多くがMovimiento Quinta Republica (第五共和国運動、MVR)の様なチャベス派の諸政党を「チャベスの政党」とみなすことに慣れていたからである。ボリビア人にはMASを所有しているという真の認識があり、それはベネズエラの大多数の社会運動活動家がMVRに対し感じてはいないことである。チャベスが多くの支持を、特に社会運動と居住区の人々から、得続けている一方で、MVRは大部分のところ信用されなくなっている。パネル終了後の議論に居合わせたベネズエラ人のなかには、大衆の支持がある運動を生み出したボリビアの経験やMASについて更に知りたいと多大なる興味を持つものもいた。

フォーラムの周辺のテントでの、サパティスタにより準備されたパネルでは、別の興味深い交流があった。正式な発表が終わった時、数人のベネズエラ人が立ち上がり、サパティスタが国家権力の問題に取り組む必要があり、ベネズエラ人がしたように国家権力を手にすることが必要である、という干渉を始めた。サパティスタ活動家は丁重に返答し、ベネズエラとメキシコには異なる歴史があり、サパティスタの戦略は、独立した自給の共同体を作ることにより、下から力を築きあげるというものである、と説明した。彼らは、より広範囲の国民同盟をいかにして築くのかという点で、ベネズエラの経験から学ぶことができると述べた。だがメキシコの多数の先住民部族を考慮すると、一人の個人がそれだけ多くの部族を代弁することはできない、とサパティスタ活動家は述べた。左翼のメキシコ市長、マヌエル・ロペス・オブラドールが来る選挙で選出されたとしても、彼が全ての多様な先住民団体を代表することはやはりできない、と活動家は言及した。

大陸間のボリバル革命という概念の根底である、と多くの場合されている国家権力の垂直的な概念を考慮すると、社会運動の構築や下からの力の奪取についての対案となる観点を提起することに関して、サパティスタとの論議は有益であった。サパティスタたちは現地の歴史を真剣に考える必要性を指摘することにより、地域的な連合は単に国家権力の地位からではなく、土台から築くべきであると暗示した。

アメリカ大陸全域で起きている社会変革の過程の一部として、多国籍の交流が社会運動を増進する重要な役割を担うであろうことは疑いがない。草の根の政治的学習の経験を分かち合うことは、国家機構内での官僚権力を築き強固にしようと望むものに対抗して、左派政府で社会運動のより大きな役割を望むものにとって、重要な源泉をもたらすことができる。世界社会フォーラムは、その様な交流が行われる場としては制限がありすぎるということになるかもしれない。だが私達は多国籍の交流が真の可能性であるという知識をもって気を取り直すことができる。カラカスのラ・ベガ地区の重要な共同体指導者であり、2006年11月の来る選挙でのチャベス再選に向け努力している、フレディ・メンドーサは選挙運動のスローガンにサパティスタのような文句を用いている。「私達が共存する気があるのは、奉仕するが命令はしない国家であり、資本にではなく社会に奉仕する国家、人々や市民社会の自主的な決断に、取って代わることはできないということを理解する国家である。」



posted by Agrotous at 21:10 | TrackBack(0) | ベネズエラ
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