2006年03月31日

チェの再来(マウンテンバイクに乗って)
〔Che Rides Again (On a Mountain Bike):Original Article in English/ZNet原文

ニック・ミロフ〔Nick Miroff〕TomDispatch;2006年3月26日

かつて中南米において、これほど統一を率いる人物がいたであろうか?

政治集会では、彼の容貌は地域の独立や自主決断のかがり火として掲げられる。彼は経済成長を駆り立て、貧困を緩和する新たな貿易関係を打ち立てる助けとなった。そして彼の統率力は、親ワシントンの政府を次から次へと引きずり降ろす、西半球で突風のように吹き荒れる選挙の傾向を煽り立てた。

この中南米左派の野心的な誘導者とは何者なのであろう? ベネズエラの野心的なウゴ・チャベスか? 労働階級のブラジル人、イナシオ・ルラ・ダシルバか? ボリビアのコカ栽培農民兼大統領のエボ・モラレスか?

まさか! それはジョージ・W・ブッシュ、偶発的な革命家である。

過去5年の間に、この威張ったテキサス人は、中南米を結びつけ、無数の洒落たティーシャツからチェ・ゲバラを追いやりそうな勢いを持つ、左翼へのうねりを鼓舞した。

1967年にチェの不運な反乱がボリビアの密林で、彼の死をもって終わった時、ひとつの統合された社会主義の大陸という彼の理想像は全く実現していなかった。後の20年間、米国に後援された右翼の軍事独裁は、中南米の多くを支配することとなり、彼らを打倒を目指すなか、チェの信奉者たちは拷問され、殺されていくのである。

冷戦終結後、この地域に民主主義が戻ると、大部分の中南米の政府は「ワシントン・コンセンサス」――国家負債を返済するべく、社会福祉支出を削減し、国営事業を民営化する市場志向の自由主義化政策――の採用に殺到した。だが代々の米国大統領によりこの地域に売り込まれたこの方策は、おおむね商品を届けそこない、諸政府を破産させ、債権者に対する借りを残した。怒りに満ち、置き去りにされ、貧窮化した中南米の一般大衆にとっては、既に貧弱な社会のセーフティーネットは更に破綻していくのみであった。

「ワシントン・コンセンサスのマクロ経済計画は機能してこなかった」と、カリフォルニア大学サンタクルーズ校中南米科教授、ギジェルモ・デルガド〔Guillermo Delgado 〕は言う。「あのモデルは繁栄をもたらすはずであったのだが、長い年月の後、その様な繁栄は訪れず、階級格差の隔たりは深まるばかりであった。」

好機を感じ取り、この地域の新たな社会・政治諸運動が結集を開始した。そこにジョージ・W・ブッシュが、ヤンキーの傲慢さと、チェに値する急進主義の特徴を兼ね備えて現れたのである。

以来ブッシュは、西半球の歴史において最も重大な政治的再編成のひとつにおいて、主役となってきた。今夏までには、コロンビアを除く全ての主要な中南米諸国が、自由市場よりもマルクスの背景を持つ選出された指導者らにより運営されそうである。冷戦時代の「ドミノ理論」が中東で破綻したにせよ、それは中南米において教科書通りの正確さで機能している。

昨年末、投票者らは元コカ栽培者エボ・モラレスを圧倒的に選出した。彼はボリビアの「社会主義運動〔MAS〕」党の創始者であり、自らをブッシュ政権の「悪夢」であると考えている。そして一月にはチリの有権者らは社会主義者の候補ミシェル・バチェレを選んだ。彼女はピノチェト政権の拷問の被害者であり、チリ初の女性大統領である。同様に左翼主義者がベネズエラ、ウルグアイ、ブラジルとアルゼンチンで統治しており、ペルー及び、この地域の選挙の目玉であるメキシコにおける来る選挙で、左翼が先頭に立っている。リサイクルされたサンディニスタ指導者のダニエル・オルテガ――米国の元中南米高官のロジャー・オルテガによれば「暴漢」――ですら、11月にニカラグアの有権者が投票する時に返り咲く準備をしている。

中南米の国境が今すぐには消滅しないとはいえ、汎中南米協同というチェの理想像は既に現実となり始めている。ベネズエラ、ブラジルとアルゼンチンは最近、アマゾンを通る国境を越えたガス・パイプラインを建設する200億ドルの計画を公表した。チリは内陸のボリビアとの対話を開始し、1世紀以上も遡る港利用に関する永い間沸き立っていた反目を緩和させた訳注1。ホワイトハウスにとってのあの熱帯地の戦慄であるキューバは、今もなお医師外交をしており、この地域全域に医師を送り出している――過去との違いは、数十億ドルに値するベネズエラの石油を返礼として受け取っていることである。そしてブラジルが幅を利かしている、南米共同市場のメルコスルが、米国が後援する影響力がなくなってきた米州自由貿易地域(FTAA )の対抗者として台頭してきた。

メルコスル加盟諸国は、アルゼンチンでの2005年米州サミットにおいて、FTAAの批准を阻んだ。首脳会議で演説をするためブッシュが到着した時、彼は怒れる抗議の群集に迎えられ、彼らは米国旗やバーガー・キング、そして彼に似た醜い偶像を燃やした。

「ファシスト・ブッシュ!」彼らは繰り返した「お前こそがテロリストだ!」

「裏庭」との対決?

中南米におけるブッシュの圧倒的な不人気は、大統領職開始後、彼が中南米関係を対外政策の議題の最優先事項にしたことを考慮すると、特に残念なことである。他のいかなる米国大統領も最初の国外訪問で中南米を訪れたことがなく、9・11後ですら、ブッシュは米国にとって「世界中でメキシコとの関係以上に重要な関係はない」という立場を維持した。至るところで、ラテンの信用を磨くために、彼は鼻にかかったスペイン語を見せびらかした。

それ以来、中南米は更に南へと漂い行くのみであった。米国のイラク戦争への支持は、特筆すべきほどに最低であった。この地域では、ほんの一握りの諸国のみがサダム・フセインを排除する侵略を支持し、米国対外援助の五番目の受領者であるコロンビアを除き、全てが下っ端諸国であった。ワシントンがアンデス地域での麻薬撲滅に惜しみなく財源を費やす一方で、開発や公衆衛生には微量しか費やさないという事実が、新たに優勢となった左翼の間で忘れられたわけでもなかった。

ゾグビー社による最近の世論調査で、中南米エリート(この地域で概して最も政治的に保守的な有権者ら)の20%以下が、ブッシュに好意的な回答をした。わずか6%がブッシュの政策は彼の先任者たちのそれよりも良いと答えた。

ある専門家たちは、中南米政治の転換を米国対外政策の怠慢に原因があるとみており、ブッシュ政権がイラクに集中しているあまり、米国高官らは中南米地域での効果的な外交上の影響力を行使することができないでいる、と論じてきた。

「9・11後、ワシントンは事実上中南米への関心を失った」と、『フォーリン・アフェアーズ』1・2月号で米州対話〔Inter-American Dialogue 〕の所長ピーター・ハキム〔Peter Hakim 〕は記した。「それ以来、この地域に向けられた米国の注意は散発的であり、とりわけ懸念させる、あるいは切迫した状況に限定されてきた。」

この解釈はブッシュが注意散漫な執事であり、マウンテンバイクに乗るのに忙しく、鼻先で起きている謀反に気づいていないことを示唆している。なお一層悪いことに、米国は事態の経過を変更させる方策と意向のどちらも持ち合わせていない、とハキムは信じている。

だが中南米の左翼への転換は、ホワイトハウスの注意力散漫だけから生じているのではない。米国がその近隣諸国から離れて行動しているというわけでもない。むしろ、この地域で私たちが最悪の振舞いをする家主であるということである。私たちは最大の旗を掲げ、一番やかましい要求をし、その上さらに私たちは客人を招くことすら好きではない。もちろん、米国は200年の間、中南米を自らの「裏庭」として扱ってきた――しかし今、ブッシュ自らの政党がそれを分離することを望んでいる。

下院の共和党員らは最近、メキシコと他の中南米を米国から仕切る、2千マイル〔約3200キロ〕のイスラエル式の防壁を建設する法案を承認した。この法案は上院を通過しないと考えられているのだが、南北関係の現在の情勢をうまく要約している。またこれは、7月2日の選挙の有力候補であり、ブッシュを頻繁に批判する左翼のメキシコ市長マヌエル・ロペス・オブラドールの大統領選にとって天の賜物であった。

ロペス・オブラドールにとって、国境防壁案はNAFTA〔北米自由貿易協定〕の影響力が弱まり、退陣するビセンテ・フォックス大統領がブッシュとのまやかしの牧場主交友関係〔faux-ranchero friendship 〕で間違っている証拠なのである。フォックスはブッシュ政権との移民合意を確保することに彼の大統領としての評判を賭けたのであり、彼の失敗はロペス・オブラドールの選挙戦にとっての優れた燃料となったのである。7月の彼の選挙勝利はワシントンの戸口へと傾く最後のドミノとなるであろう。

ウゴに手を貸し

ブッシュ政権を最も疲れさせてきたのは、ドナルド・ラムズフェルドが最近ヒットラーになぞらえた、ベネズエラ大統領ウゴ・チャベスの増大する地域的影響力である。チャベスはブッシュにあだ名――「ミスター・デンジャー」――をつけており、彼は効果的にこの米国大統領を彼の政治的な引き立て役に仕立て上げた。

ブッシュがこの地域を押しやる間に、チャベスは引き寄せる。このベネズエラ大統領は大規模な社会計画と地域統合計画に資金を出すために、莫大な量のオイルダラーをかき集め、自らをある種の中南米のロビン・フッドと化した。彼は石油を助成された料金でカリブ海全域の貧しい諸国に提供し、割引された灯油をボストンとブロンクスの低所得世帯に発送すらした――援助と同等に嘲笑の行動でもある。チャベスを失脚させた、つかの間の2002年のクーデターへのブッシュ政権の暗黙の承認は、民主主義の尊重という米国のレトリックが偽善であることを知らしめた。

1月のカラカスでの世界社会フォーラムにおいて、反抗の小物――カストロ帽子、サパティスタのステッカー、そしてチェが描かれた赤いものなら何でも――と共に、チャベスのティーシャツは着用必須であったらしい。それに比べブッシュ製品は少なかった。

確かに、彼は生贄の対象ではない少数の旗やポスターに登場した――「チャベス、イエス、ブッシュ、ノー」という様な。だが今から20年後、どうなるかは誰も知らない。中南米は、はるかに良くなってるかもしれない。そしてことによると、彼は最終的に受けるにふさわしい「グラシアス、ブッシュ」を得るかもしれない――シルクスクリーンに彼の顔が掲げられて。

ニック・ミロフはカリフォルニア大学バークレー校ジャーナリズム大学院の学生である。彼は『ナショナル・パブリック・ラジオ』、『マザー・ジョーンズ』誌や『オークランド・トリビューン』紙のために、中南米から報道してきた。

[当記事は Tomdispatch.com において初出された。これはNation Instituteのウェブログであり、トム・エンゲルハートによる対案の情報、ニュースや論評を定期的に流している。氏は出版事業でのベテラン編集長で、the American Empire Projectの共同設立者であり、「The End of Victory Culture」の著者。]

〔以下はTomdispatch.com原文記事へのトム・エンゲルハートによる前書き。リンクは当ブログに対するリンク以外原文ママ〕

トムグラム:ニック・ミロフ、いかにしてジョージ・ブッシュがある大陸を統合したかを語る

一年足らず前に、私は「Moving Out of the Superpower Orbitスーパーパワーの軌道から離れて(日本語訳)」という記事を書いた。ブッシュ政権が元ソビエト連邦、現ロシア、から中央アジアの帝国の「近外〔near abroad 〕」――これをロシアの用語でそういった――を取り除くことに多大な労力を注いでいた一方で、中南米における米国の「近外」、私たちの帝国の「裏庭」は、民主的な「ピープル・パワー 」運動の圧力の下、密やかに離れていっていた、と私は示唆した。この両方の展開は、半世紀ものあいだ世界を冷戦の統制下においてきた2つの超大国の本質的な弱体化を示した、と私は論じた。

最近、中南米が米国の勢力圏内から離れるべく激しくもがき続ける間に、その目覚しい変容を様々な著者が探求してきた。例を少し挙げると、Out of Fearにおいて、アリエル・ドーフマンは新しく民主的な中南米が「その土地固有の諸問題」に立ち向かうことができるか否かを考察した。Breaking Free of Washington's Grip でノーム・チョムスキーは、冷戦後の世界で連合しているように思われる地域的諸勢力圏において、現れてきた中南米の位置を分析した。一方でLatin America Unchained においてマーク・エングラーは、国際通貨基金との繋がり、また暗黙には絶望的な経済問題に対する、ワシントンを基準とした解決策との繋がりを断とうと試みる中南米の債権国にとって、独立した経済的(また政治的)な道があるのかを問うた。

カリフォルニア大学バークレー校ジャーナリズム大学院で、私が教えているクラスによる、ここに投稿された二番目の記事(その全ては日曜のSan Francisco Chronicle Insight section で出版される)において、 ニック・ミロフ は中南米の変容の話を、特に印象的な形で述べている。トム



訳注:

1:1879年から1884年の太平洋戦争(Guerra del Pacifico)でボリビアはチリに破れ、太平洋に面する領土を失う。今もチリに恨みを抱くボリビア人が多いという。 (参照元1 参照元2



posted by Agrotous at 23:26 | TrackBack(1) | ベネズエラ
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