2006年02月27日

中南米政治の現実、キューバ、そして現在の米国政治
〔Latin American Political Realities, Cuba, and US Politics Today:Original Article in English/ZNet原文

アイク・ナヘム〔Ike Nahem〕;2006年2月15日

現在私たちが直面している政治的実情は、米・キューバ関係の力学を変化させ、そしてキューバに対するワシントンの経済戦争の終焉を、あるいは少なくとも重大な弱体化を余儀なくさせる大きな可能性が、1959年1月1日のキューバ革命の偉業以来、初めて訪れたということである。なぜか?

第一に、10年近くに亘り、大規模な政治的急進化、一般大衆の抵抗、階級・先住民族・民族解放の闘争が南米、中米とカリブ諸国で高まりを見せ、それがいわゆる「ワシントン・コンセンサス」を政治的に打破したことである。この動きの頂点はベネズエラで展開しているボリバル革命である。現在西半球において、いや実際は世界において、孤立しているのは革命的キューバではなくワシントンの反キューバ政策である。

ホセ・マルティの言葉で言えば「われらのアメリカ」において、反帝国主義(大企業メディアが述べる「反米」ではない)意識は一般に普及した。1990年代後半以来、例を挙げればアルゼンチン、ボリビアとエクアドルにおいて大衆暴動は、何度も親帝国主義者の「新自由主義」政府を議会外の手段で追い出しており、あるいはベネズエラ、ブラジル、アルゼンチン、エクアドル、ウルグアイ、パラグアイとパナマにおいて、進歩主義で反「新自由主義」であると主張し、大衆の要求に訴える新政府を議会選挙で選出しており、そういった政府は労働者の要望に応じるよう強く要求されている。

第二に、現在ブッシュ一味に率いられている――が、忘れてはならないことは、米議会の民主・共和両党による、事実上100%の超党派支持を伴う――米国帝国主義が、キューバとベネズエラ、そして既に述べた大衆闘争に対する敵対態勢のうえで協調しているのに反して、全般的にいって中南米の大衆の急激な湧き上がりや、特にキューバとベネズエラに対し、効果的な政治的反攻に転じることが出来ずにいることである。

再三再四ワシントンは自らの高官ら――ラムズフェルド、ライス、パウエル、チェイニー、そしてごく最近では〔2005年11月〕のアルゼンチンにおけるマル・デル・プラタ・〔米州〕サミットでのワシントンにとっての大失策ではブッシュ彼自身――を派遣し、資本主義政府であり、革命的とは程遠く、わずかな社会主義傾向も欠いている中南米諸政府に、反キューバ・反ベネズエラの組織的活動に加わるよう説得し圧力をかけ、あるいは威圧したのだが、重ね重ね失敗に終わった。コロンビアのアルバロ・ウリベ政権やペルーのアレハンドロ・トレド政権のような従僕ですら辞退した。ウリベは最近ベネズエラと協定を結び、経済関係を深める一方で、ウゴ・チャベスとにこやかな写真撮影を行いさえした。

これは驚くべき進展である。わずか30年前、キューバ革命に対する反応として、ワシントンは中南米の諸政府と反動的勢力を結集し、人々に一世代に亘る血まみれの独裁政権を押し付けることができた。それはブラジルにおける1964年の軍事クーデターから、ドミニカ共和国での1965年の米国侵略、1967年ボリビアでのチェ・ゲバラ殺害や、後に続くゲリラ運動の根絶、1970年代のチリ、アルゼンチン、ウルグアイでの軍事独裁政権の樹立に至る。

流れに変化が訪れたのは、1979年のグレナダとニカラグアの両革命の勝利であり、米国後援の軍事独裁政権に対するエルサルバドルとグアテマラの大衆革命武装闘争が解き放たれた時である。アメリカ大陸におけるこの歴史的な事態の展開は、1975年のベトナムでの米国の敗北と、同年の新しく独立したアンゴラに対する南アフリカの――ヘンリー・キッシンジャーの監督の下、秘密裏にワシントンにより後援された――侵略をキューバ軍が打破した後に続いて起こった。

1980年代には、大衆の圧力と抗議により、チリからアルゼンチン、ウルグアイとブラジルの虚ろな軍事政権は崩壊し始め、民主的な譲歩が成され、政治の場が切り開かれた。脆い資本主義者の議会制度が、用心深い米国支援によって規定された。

今日の現実と対照を成し、20年前中米での高まる革命的闘争に直面したワシントンは、ニカラグアでは汚いコントラ戦争で、エルサルバドルでは死の部隊・軍隊の「民主的」政府の武装、訓練や支援によって、大規模な反攻に転じることができた。だが当時でさえワシントンの行動には制約があり、ニカラグアでの行動は(少なくとも彼らは秘密にしようと試み)隠密であった。サルバドル軍の武装と「訓練」は、実戦の米軍を直接使用せず行われた。1980年代のワシントンの中米戦争は、米国民による高まる反対と抗議行動に直面し、それはいわゆるイラン・コントラ・スキャンダルで炸裂した、ワシントンにおける分断の構造であった。

ここで細部にわたって分析はしないが、いくつかの理由により、ニカラグア革命は――大きな犠牲を伴った、米国が作り上げたコントラの軍事的敗北の後――行き詰まり、損なわれ、破綻し、1989年の選挙戦敗北に終わった。エルサルバドルでは、手に負えない軍と政治的孤立が現実となり、停戦が協議され、右翼の死の部隊は任務を解かれ、そしてFMLN〔ファラブンド・マルティ民族解放戦線〕は、通常の選挙参加を可能とする政治の場を手にした。

中米での1980年代の大衆運動の高まりから生まれた革命的連合強化を妨害するワシントンの手腕が、1990年代の「失われた10年」の基礎を築いた。いわゆる新自由主義の幕間である。

ワシントンとヨーロッパの勢力にとって、1990年代は天与に思えたであろう。キューバは特別期間でもがき苦しみ、経済的に万策尽き、一人孤独であるようだった。ワシントンと〔亡命キューバ人が多く住む〕マイアミでは、シャンパンを氷に浸し、祝杯の準備を始めた。カストロを嫌悪する帝国主義の代弁者のひとりであり、マイアミ・ヘラルド紙のコラムニストのアンドレス・オッペンハイマーは「Castro's Final Hour〔カストロ最後の時:原著」という本を書いた。

新自由主義の10年

ニカラグアでのサンディニスタの敗北と、ソビエト連邦や、自ら社会主義や共産主義と名乗っていた東欧の人望のない体制の崩壊の後、多くの左翼の人々は意気消沈し、政治的に混迷した。無慈悲な帝国主義の勝利主義を前に、メキシコのホルヘ・カスタニェーダ〔Jorge Castañeda〕やベネズエラのテオドロ・ペトコフ〔Teodoro Petkoff〕の様な左翼知識人は政治的に挫折し、新自由主義の教義に転向した。

1990年代に、メキシコからアルゼンチンにいたる半球において、新自由主義政策の狂乱が繰り広げられた。すなわち、IMFが課した緊縮財政、民営化と国家財産の売却、賃金削減、年金の略奪、甚だしい失業、そして既に惨めであった公共医療と教育制度の破壊である。労働者階級の統率が士気喪失し、挫折し、分裂するなか、この新自由主義の猛襲に対する抵抗は当初脆弱であった。だが、歴史の弁証法訳注1はいま、見たところ全能な帝国主義者と中南米の少数独裁と資本家階級に報復し始めた。

それが継続する間は、手当たりしだいの略奪のし放題であり、その恥を知らない大胆さは現代史において匹敵するものが殆んどない。

だがその全てが崩壊し始めた。

おそらく既にその仮の寿命を予測することができる。1989年2月のカラカソ――IMFにより要求され、カルロス・アンドレス・ペレスの社会民主主義政権により実施された、ガス価格の引き上げと他の緊縮財政方策に対する抗議であった、ベネズエラ首都カラカスでの労働者階級と大衆運動の勃興――から、フェルナンド・デ・ラ・ルーアの親帝国主義の新自由主義政権を失脚させた、2001年12月のアルゼンチンの複数の都市での大規模な抗議による埋葬までである。この時間枠内で、歴史に記録される重要な出来事と転機は、1998年12月6日のウゴ・チャベスのベネズエラ大統領当選であると私は信じる。

今、米国における大規模大衆運動は可能である

今日、私たちは、労働者階級、黒人、ラテンアメリカ系の共同体で、そして大学や高校で、ワシントンの反キューバと反ベネズエラのキャンペーンと政策に反対する、キューバとベネズエラ革命との連帯を伴った、通りでの大衆運動の構築という見地からはっきりと考ることができるし、そうしなければならない。

現在展開している中南米の革命的変容にとって、そして――危険で国際政治の中心となる――来る政治的対決において、米国内での大衆運動の構築は重要なだけではなく、決定的な要因になり得る。

莫大な軍事力、紛れもない政治的無力

ワシントンと欧州の帝国主義勢力は、政治的に弱いと別の場で私は論じてきたが、冷戦の終焉以来、彼らは互いに、さらに規模の大きい金融・商業・経済上、ゆえに政治的に衝突している、とも言える。

結果、私の考えでは、現在の情勢で米国帝国主義が、キューバとベネズエラに直接侵攻すること――カストロとチャベスが最近発言の度に繰り返し強調している点である――は難しいであろう。それにもかかわらず、ワシントンは毎日毎分、計画し、企てし続けており、その裏で常時、秘密活動諸計画が進行しており、襲い掛かる機会を精査し引き起こそうとしている。

だが、キューバ革命が日毎に強固になり、経済的に更に熟達し、政治的に魅力的になるのを、ワシントンが何もせず手を休め見ていることなど到底できないことも事実である。いわゆる「テロとの戦い」における米国の中心的な同盟国であるパキスタンにいる、多くが女性の1400人のキューバ医師――文字通り何千という命を救い、怪我を治療し、赤ん坊をとり上げている――の政治的な影響は、とりわけ米国の巨大企業報道機関が殆ど全く報じていない故に、想像するしかない。あるいは、西半球でのキューバとベネズエラの合同計画である、実に素晴らしいミラグロ(奇跡)計画の計り知れない影響しかり。この計画は南部の大陸全域とカリブ諸国の、社会的状況と資金の欠如のみが理由で失明した何千という人々に、医療の機会を提供するものであり、多くの人が成功裏に手術を受け、視力を回復した。米国メディアでは殆ど読むことができないことだが、中南米、中米とカリブ諸国では大きく取り上げられている。

ベネズエラで、労働者が政治的に優位になり、革命的キューバに合流し、われらのアメリカの弾圧され搾取された大多数にとっての、光と希望というボリバル主義のかがり火である、社会革命が展開するのを、ワシントンはなにもせずただ見ていることなどできない。そのような影響力と手本は更に、労働者階級が同様に悪化する経済・社会的な状況に直面している米国とカナダの労働者と若者――ラテンアメリカ系住民、黒人と白人――にとって確実に魅力となるであろう。

今日の世界政治をますます特徴づけ方向付けているものは、他の諸国の地にある数百という軍事基地を伴う、米国の軍事火力の巨大な範囲および規模と、ワシントンの紛れもない政治的な弱さの間にある根本的な矛盾である。現ブッシュ政権の下、この政治的弱さは深まり、米国軍事攻撃に一定の制限を加ている。最も最近のペンタゴンの年間予算は4、550億ドルである。この額は上院・下院両議会で満場一致で承認され、残りの世界の軍事支出の合計をおそらく上回るであろう。

キューバ、ベネズエラ、そしてイラク

今日私たちが構築できる種類の運動は、米英のイラク侵略に反対する抗議運動とは異なる力学に基づく。米国世論におけるイラク戦争に対する反対は、あらゆる種類の理由により高まっている。そこにはワシントンがイラクで「ぬかるみにはまった」ことにより、たとえばイランや北朝鮮、あるいはキューバやベネズエラを攻撃するのが、あるいは「テロとの戦い」に「勝利」するのが容易ではないと論じている、異なる自由主義や保守派の政治家により主張されている反動的なものも含まれる。首尾一貫した政治方針や計画を示した文書を未だ出していない、いわゆるイラク抵抗勢力を政治的に確認する、あるいは政治的に定義することはとても困難である。サダム・フセイン政権により遺贈された先のバース党体制に少なくとも由来する比較的訓練された勢力による米軍を標的とする軍事活動とは別に、無必要に残酷で残忍な「活動」があり、それは通例、「自殺爆弾」となるべく訓練・組織された人々を通してなされ、彼らは(シーア派の集会がある)モスクのような場所で市民を死と傷害の標的にし、虐殺を引き起こすときに自殺をし、あるいは、市民や他の人質を斬首し、その映像をテレビやインターネットで配信する。

イラク国内の米軍に対し、またワシントンが訓練に真剣に関わっているイラク軍に対し、現在武装活動に従事している全てのいわゆる抵抗組織は、イスラム教での特徴――帰属認識及び、典礼と宗派の共通した継続性――においてスンニ派が支配的な地域にほぼ限られている。ますます困難となっているワシントンの展望――彼らはそれを決して諦めたわけではない――は、戦争を「イラク化訳注2」し、イラク新殖民地の軍隊を作り上げ、引き続きイラクと呼べることを彼らが願う安定した国家における、親ワシントン体制のための城壁を強固にすることである。ワシントンが「民主的な」前進と主張し、ワシントンが監督した選挙過程により到来を告げられた前進の全ては、実際のところ、歴史的なイラク新植民地の継続と実現にとって害となっている。

「抵抗」をどれだけ熱狂的に支持したとしても否定できない事実は、現在制定されているイラク国家の市民の大多数、すなわちシーア派のアラブ人と、「スンニ派」だがアラブ人ではない歴史的に迫害されてきたクルド民族が、疑いなく米英の侵略者を嫌い、苛立ち、また多くの場合抵抗しているのだが、同時に帝国主義の占領は一時的であり、残忍で抑圧的なバース党体制の懸念されている復帰よりはましであるとみて、侵略者に耐えているのである。状況は非常に矛盾し不穏であるのだが、現在米軍の政治的・軍事的な撤退の見込みはない。米国の両方の大企業政治政党はそうすることに反対しており、国連と欧州の帝国主義勢力はブッシュ政権と共に、それが後援するイラク政府と密接に協調しており、クルド人とシーア派の大多数は許容している。当然ながらこれが急速に変化することもありうる。

いわゆるイラク抵抗勢力は、例えば米国侵略と大量殺戮戦争に対し戦ったベトナム革命家とは異なり、米国労働者は言うまでもなく、シーア派やクルドの労働者と人口に政治的に訴えはしない。彼らは世界で共鳴しておらず、あるいは中東やアラブの国際政治においてですら、例えば1950年代から60年代のナセル主義訳注3や、1960年代後期から1970年代のパレスチナ解放機構〔PLO〕と比較はできない。

それに反し、ベネズエラとキューバは、米国を含めた世界中の若者や労働者を急進的にさせる、強い影響力があり魅力的な勢力である。さらに、キューバとベネズエラには、非常に有能な政治的指導者がおり、また帝国主義の組織的活動に対抗し、思想の戦いを実行し、彼らの政治的視点や革命的国際主義の信条を効果的に擁護し促進する術を知っている、政治意識を持つ戦う人々がいる。

イラク戦争の時のように、米国政策と侵略に反対することに加え、キューバとベネズエラ革命の真実を知れば、あなたも容易に両革命に賛成することができるし、それは私たちの使命である。そして活動範囲は基本的に大きく開かれている。

2005年に起きたことは、1)アトランタの第11巡回区控訴裁判所の陪審が、当初の有罪判決を退け、再審を命じたことで、キューバの5人の訴訟で進展があった。現在この訴訟は司法省のもと上訴最高裁判所に委ねられた訳注4。2)ルイス・ポサダ・カリレス〔Luis Posada Carriles〕の醜い事例が広く報道され、その事例は未だに終焉していないキューバに対する米国発のテロの歴史を白日の下にさらした訳注5。3)ハリケーン・カトリーナ通過後に、最も被害が大きかったルイジアナとミシシッピの地域に、1500人の医師と看護人を送るというキューバ政府の申し出は、ブッシュ政権により辞退されたが、大きく報道され、好意的に受け入れられた。4)同様に、現在までのところボストンとニューヨーク市の労働者階級共同体に対する、CITGO石油会社を通じベネズエラが行った、家庭用灯油の第一段階の配達は同じく広く報道され、好意的に受け入れられた。以上述べてきた問題に関連して、米国内での大衆運動を築き上げるために有利な状況という点で、理解すべき一般的な要素は、米国労働者階級と米労働運動における中南米、中米とカリブ諸国からの移民労働者の高まる比重である。

中南米政策をめぐるワシントン内の不和

米キューバ関係において建設的な変化を引き出す可能性を現実のものとするには、私たちの運動を中南米の高まる大衆のうねりに、キューバとベネズエラの手本に連結させる以外にない。さらに、私たちは物事を完全に理解し、ワシントンやブッシュのホワイト・ハウスや連邦議会での政治上の策略や計略に騙されてはいけない。共和・民主両党の政治家について幻想を抱くべきではない。

キューバとベネズエラの「体制転換」に公に賛成していない議員は、ほんの数人しかいない(片手で数えられる)ことを理解するべきである。思い起こすべきは、ワシントンの上院・下院議員の誰一人として4550億ドルの戦争予算に反対しなかったことである。誰一人として!

それにもかかわらず、ワシントンの政治家は、ブッシュ政権の中南米やキューバとベネズエラ政策の完全なる失敗に敏感に気づいており、目的と目標において彼らは合意しているのだが、戦略、政治的傾向や手段に関して激しく食い違う余地が大いにある。イラクについてみれば、イラク戦争が継続すべきであり継続しなければならないと、みな基本的に合意している民主党と共和党の政治家たちが、それにもかかわらず揉めに揉めているのである。議員たちは中南米の高まる階級闘争の動向と傾向や、ワシントンの政治的孤立を十分に意識している。

ブッシュが政治的に弱体化し、したがって帝国主義の支配階級の代表者として有能さと信頼に欠けていくにつれ、米国の中南米、キューバとベネズエラへの対外政策の上で、あらゆる種類の戦術的な分岐が現れるのを予期できる。その時、自由主義者や保守派が歩み出て、「ブッシュがカストロとチャベスに対処し損ねたことを私が成し遂げる。私はより良い成果を挙げることができる」と言うであろう。たびたび起こったように、一部の人々はキューバに対する経済制裁の「緩和」や、キューバに「体制転換」をもたらす手段として、施行されている旅行制限の「終結」を唱えさえするかもしれない。それは結構、彼らが互いに論じ合うに任せよう。彼らの戦術的な分岐を、連帯運動のための政治的な好機に転じることができるのは、私たちが独立し続け、大衆運動を構築することができた時のみである。

現在中南米でワシントンの政策は混沌とし脱線している。このことは、2004年11月のマル・デル・プラタでのアルゼンチン〔米州〕サミットにおけるブッシュ・チームにとっての完敗を受けた、最近のニューヨーク・タイムズの社説で実にうまく表現されたと思う。タイムズの編集部は、「ベネズエラの大統領のような、やかましい日和見主義者が米国大統領から見せ場を奪った」様子を嘆いた。彼らは、ブッシュがあと3年指導者であるという大いなる苛立ちに拳を握り締めた。

けれども、次に来る金融経済ショックと下降が起きる前に、彼が政治的に溶解し続けた場合、ブッシュは3年という永い年月も持たないかもしれない。現在の発覚しはじめている複数のスキャンダルや、2006年の〔中間〕選挙の重圧、等々は言うまでもない。だが支配階級がブッシュを引き摺り下ろそうと、任期が終わるまで彼を利用しようと、あるいは2006年にどちらの党が議会を手中に収めようと、そして2008年に誰が大統領になろうと、現在の爆発的な中南米政治の現実が、更に一触即発で更に革命的になっていることに変わりはないであろう。[12月18日に反帝国主義の闘士エボ・モラレスが54%の得票でボリビア大統領に選出された。]

キューバとベネズエラに対する現政策の継続の報いとして、可能な限り最高の代償を彼らに払わせる大衆運動を構築することは、私たちにかかっている。そうすることは、彼らの意向や利権に反し、彼らが後退することを余儀なくさせ、米国に革命的変革をもたらす私たちの助力の基盤を築きあげることであり、そうすることのみが、米国とキューバの人々の間の、米国とベネズエラの、そして米国の人々と中南米の人々の連帯と労働者階級国際主義を基にした、正常化しただけではなく、友愛の関係を保証するのである。

勝利に向かって、つねに!〔Hasta la Victoria Siempre!〕


アイク・ナヘムはニューヨーク・キューバ連帯のコーディネーターであり、キューバに関する全国ネットワークの一員である。ナヘムはアムトラック〔全米鉄道旅客輸送公社〕の機関車技師であり、チームスターズ労組〔全米トラック運転手組合〕の一部門である、機関車技師と列車乗務員協会の会員である。以上は彼の個人的な見解である。


訳注:

〔1〕Wikipedia日本語版によると「プラトンの対話においては、ソクラテスが実践した、ある一つの考え方が内在的に伴うことになる矛盾を明らかにするために、その主張に疑問を投げかけながら議論することでより真理に近づこうとする方法を意味する」3つの段階が弁証法であり、これをヘーゲルが「ある命題(テーゼ=正)と、それと矛盾する命題(アンチテーゼ=反)、もしくは、それを否定する反対の命題、そして、それらを本質的に統合した命題(ジンテーゼ=合)の3つ」とし、マルクス主義において歴史の理解に適応された。これは史的唯物論と呼ばれ、「1. 『量から質への転化、ないしその逆の転化』 2. 『対立物の相互浸透(統一)』 3. 『否定の否定』」の三段階に分かれる。詳しくはWikipedia記事参照のこと。

〔2〕イラク化(Iraqize)とは、イラクに統治の主権をできるだけ早く政治家と軍に移す事を指す(参照元1参照元2

〔3〕ナセル主義とはWikipediaによると、エジプト・アラブ共和国第2代大統領が唱えたアラブ民族主義、汎アラブ主義思想のことを指す。関連記事:アラブ統一の夢は死んだか ( 田中宇の国際ニュース解説)、わずか3年で崩れた汎アラブ主義の夢(世界飛び地領土研究会)

〔4〕キューバの5人(Cuban Five)は米国内でキューバの「国民をキューバ系アメリカ人マフィアのテロ行為から守るための義務を果たしただ けなのに、不当な裁村で有罪となった」人々の総称。彼らは「飛行技術指導員のレネ・ゴンサレル・セウェレート、ハバナ大学経済学部を優秀な成績で卒業したラモン・ラバニーノ・サラサル、「ラウルロア国際関係高等研修所」を卒業したフェルナンド・ゴンサレル・ヨルト、空港建設シビルエンジニアのアントニオ・ゲレロ・ロドリゲス、「ラウルロア国際関係高等研修所」卒業のヘラルド・エルナンデ」の5人。(参照元

〔5〕ルイス・ポサダ・カリレスの件については以下参照:<>



posted by Agrotous at 00:10 | TrackBack(1) | 中南米全般
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