2006年01月28日

キューバとベネズエラ:あるボリバル主義の協力
〔Cuba and Venezuela: A Bolivarian Partnership: Original Article in English/venezuelanalysis原文

コリー・フィッシャー・ホフマン&グレッグ・ローゼンタール〔Cory Fischer-Hoffman & Greg Rosenthal〕MR Webzine;2006年1月13日


中南米の最も尊敬された独立運動の立役者であるホセ・マルティJosé Martíとシモン・ボリバルSimón Bolívarは、おおよそ一世紀前に、中南米が結合した勢力として連帯し一体となるまでは、彼らの祖国は決して帝国の支配から自由にはならない、と理解していた。

この時を超越した2人の人物の大地で、キューバとベネズエラ・ボリバル共和国との間の独特な協力が発展してきており、それは新自由主義の論理に逆らっている。キューバとベネズエラは、人道主義と連帯を基にした代替の関係を実証している。この「実証効果」は、全ての人が「どん底への競争〔race to the bottom〕」を強要されている世界に、必要を基にした協力を通じて最も貧しい者に焦点を当てることが可能なだけではなく、望ましいことを示している。教育材料、医療奉仕と特恵価格の石油に関する彼らの共通の援助交換は、「自由貿易」の競り合い、搾取的な特質に対する、現存する反証例である。

マルティとボリバルが19世紀そして20世紀の最初の半世紀の植民地主義を前に地域統合を唱道した一方で、新自由主義の地球規模化の時代において、彼らの洞察は尚のこと当を得ている。過去の入植者らは、世界を幾度も破壊する能力を伴った、超国籍・他国籍の企業と帝国諸国家に取って代わった。更に、見たところ手を触れてはならない経済支配機関(例えば、国際通貨基金、世界銀行、世界貿易機関)は国家と資本家が寄り集まり、世界を支配し、富を蓄え、全世界の大衆を恐怖で支配する更に効果的な手段を決定することを許している。

マルティとボリバルの大地で

数十年にわたり、キューバ革命は、連帯を基にした関係に興味を持つ、公に反帝国主義の国として、またその一方でより慈悲深い経済と社会体系を盛んに推進する国として、南半球の全域で独特な役割を担ってきた。国際的な尺度では、キューバは単なる経済上の動機の代わりに、人道的な価値を基に他の諸国に支援を提供してきた。資源が少なく貧しい島で、米国が課した経済封鎖により非常に損なわれたにも関わらず、キューバは世界に医療の専門的技術と人道主義的な支援を提供している。国内的には、キューバ革命はその全人口に対し識字能力と教育を、皆に無料で良質な医療援助を、ホームレスには住居を、空腹なものには食料をもたらした。キューバは可能な限り、似た様な社会公平と経済公正の目標を共有する諸国や諸運動を活発に支援してきた。

ウゴ・チャベスの選任を通じた、1998年のボリバル革命運動の権力の獲得は、ベネズエラの貧しい者のための真の変革を、そしてキューバとの異なる類の関係の始まりを意味した。マルティとボリバルの理想像を新たに活気づかせながら――同時に互いの異なる制度と、革命と変化への異なる道を尊重しながら――、キューバとベネズエラは、人道主義、連帯、共通の援助を、そして貧困と帝国主義のない世界という共有する理想像を基に、関係を築いてきた。キューバが提供した援助は社会分野で最も顕著に現れる。人的資源と革命的経験に豊富なキューバは、ボリバル主義の事業と計画を伴った、自らの革命的道を行くベネズエラを支援している。

国境のない識字能力と医療

キューバ革命はボリバル革命の最も成功した業績のうち二つを鼓舞した。教育と保健の社会化はキューバにとって重要な焦点であり、似たように今日、教育と保健の率先はボリバル計画の核心である。

全国的に150万人に影響を与えている非識字に対し、ベネズエラはキューバの支援を伴い、1961年のキューバの全国識字運動を模範にした識字計画の考案に取り掛かった。[1]キューバでは、鉛筆と紙で武装した学生たちが、読み書きを教えながらキューバ中を旅した。現代の科学技術を用いた、ベネズエラの識字運動であるロビンソン計画Misión Robinsonは、キューバにより製作されたビデオを用いた識字運動を利用している。[2]キューバは数千本のこのビデオ、そしてテレビとビデオカセット・レコーダー、教室のための印刷された教材、読書用眼鏡とベネズエラ教師を指導する援助を寄付した。ベネズエラはこれらの方式を採用し、ビデオを種々の先住民族の言語に翻訳した。このすばらしい合同の努力がベネズエラの非識字を撲滅した。[3]

利用可能で手の届く教育と保健医療は、ボリバルとキューバ両革命のきわめて重要な部分である。ロビンソン計画でのキューバの援助に加え、キューバの支援は、貧しい者に医療支援をもたらす計画である、ベネズエラのバリオ・アデントロBarrio Adentro(地域の中へ)にとって不可欠であった。現在までに、2万人以上のキューバ人医師がこの計画に関与してきた。初めのうち、医師たちは人々の住居で生活していたが、現在は事務所から働きに出ており、無料の基本的で予防的な保健医療をベネズエラの最も貧しい地域に提供している。彼らは、その多くが保健医療を受けた経験がなかった、人口の3分の2に近い1,700万人のベネズエラ人に看護を提供している。医師たちは彼らが奉仕する共同体で暮らし、一日24時間、週7日いつでも呼び出しに応じる。外来診療所にはキューバからの設備と医薬品が備えられている。さらに加えて、キューバの保健専門家たちは、予防看護と健康的な生活に焦点を当てた、保健、食の健康管理、そして運動について教える努力に加わってきた。[4]

医療の知識のみではなく、保健医療を優先させている体制内で働いた経験が、キューバ人医師たちがボリバル革命の最初の医療の率先に手助けすることを可能にしている。人口の医療的需要の全てを満たし、またその計画が本当に独自なものとなるため、またバリオ・アデントロ計画の必要人員を完全に満たし拡張するべく、ベネズエラは医師を養成している。多くのベネズエラ人は、ベネズエラ国内で教育計画を通じ、医師となるべく学んでいる。その一方で、それ以外の数千人がキューバで無料の教育を受けており、ハバナのラテンアメリカ医学学校〔ELAM〕に通い、彼らが帰国した段階で、彼らはバリオ・アデントロ計画に統合される。[5]

石油、貿易、連帯

ベネズエラとキューバの間の寛容な関係は、人道主義と連帯の価値観が貿易に効果的に応用できることをさらに実証した。キューバは特殊な貿易協定を通じ経済的に最も利益を得た。

1989年から1991年のソビエト連邦と東側陣営の崩壊と、米国封鎖に対する〔国内法の〕域外適用の諸条項の付加訳注1が、キューバ経済を深刻な危機へと陥らせ、文字通りの絶望・生存・不足という経済活動である「特別期間」訳注2の実行という結果になった。公式にキューバは経済的恐慌から回復したとはいえ、ベネズエラとの拡大された貿易は救済であった。ベネズエラは特恵価格で石油、食料と建築材料を提供する、キューバの最大の貿易相手となった。この支援は、革命により達成されたキューバの社会制度の維持にとってきわめて重要なのである。

快楽主義者の新自由主義で「自由市場」の教義――それにより国が「比較優位」を利用し自らの貿易相手を搾取する――に公然と反抗し、キューバとベネズエラは市場価格以下で石油を売り、石油協定と交易の仕組みに専心している。世界市場の高騰する価格にもかかわらず、キューバがその価格以下で石油を購入できるよう、ベネズエラはキューバに特恵相場で石油を売ることに合意した。さらに、この2つの国家は、石油を、医療活動と、農業・観光・運動部門での技術奉仕とで物々交換しており、健康と維持可能性〔sustainability〕を重要な「資源」として尊重する、貿易に対する人道的な手法を実践している。[6]

キューバとベネズエラは、貿易を規定する第一次の要素としての市場と利益の論理を超えた関係を築いている。基本的に、両国は互いの需要と能力の分析を基に、どの商品と実務を交換するのかを査定する。これが、互いの商品と資源を、互いの革命の過程を支援し援助する上で、潜在的な道具としてみなす経済関係を促進する。この相互交易モデルのより大きな効果は、市場主導の「自由貿易」に対する「能率的な」代替の実践であり、優勢な新自由主義モデルとは根本的に異なる中南米の調和と統合の理想像を示している。

中南米連合に向かって

2002年に、キューバのフィデル・カストロは、キューバ・ベネズエラ間の特有な関係の特質を捉えようと試み、こう述べた。「私たちは、中南米とカリブ海諸国を統合し、全ての人々に公正をもたらす、ある種の世界経済秩序のために闘う必要性という共通の認識を共有している。」ホセ・マルティとシモン・ボリバルの統合された中南米という理想を再び活気づけ、キューバとベネズエラは、これをいずれ現実とする方策を共に講じてきた。[7]

そのような協同の統合へ向かうひとつの実例は、無料で貧しい者に眼科手術を提供することに専念する全半球にわたる計画である、ミラグロ・ミッションMisión Milagro(奇跡計画)を通じ示されている。ベネズエラがキューバへの航空便を提供し、キューバの医師が手術を施す。数千人がすでにこの半球の計画に参加しており、ミラグロ・ミッションはさらに数十万人を助けるよう計画されている。ベネズエラが旅行を、そしてキューバが治療を提供することで、この真に国際的な率先は、南北アメリカの貧しい者に特定の医療活動を提供することが出来るのである。[8]

キューバとベネズエラはさらにブラジル、ウルグアイ、アルゼンチンと協調し、最初の中南米衛星テレビ局合弁企業であるテレスル〔TeleSur〕(南からのテレビ)を創設した。この放送局は、南からの観点と声を提供し、〔米国のニュース専門テレビ局〕CNNに対する代替となるよう計画されている。テレスルは国際ニュースを放映し、中南米で製作された独立系ドキュメンタリーを専門的に扱い、中南米からの政治的そして芸術的な視点を中継している。

中南米統合への2つのさらなる計画はペトロアメリカ〔PetroAmerica〕と、米国後援のALCA(米州自由貿易地域〔Free Trade Area of the Americas: FTAA〕)に対する対案である、より包括的な米州ボリバル代替統合構想Alternativa Bolivariana para las Américas(ALBA)である。

ペトロアメリカは、中南米にすべてのエネルギー需要を保証するべく、カリブ海、南米と中米内で、石油、天然ガスや電気の様なエネルギー資源を統合整理するであろう。さらにこの半大陸主義の事業は、関係諸国に天然資源に対する自治権を、彼らの集団的利益のために利用するべく提供することとなっており、外国資本が現地の人々から先進諸国訳注3へと利益を輸出する能力を効果的に遮断する。

同様に、だがより壮大であるALBAは、人道主義・連帯・自主的な決断の価値観に基づいた貿易を計画し、需要と能力を検討することを通じて、キューバ・ベネズエラ間の相互交換の原則と方式を基に中南米の経済を統合するであろう。[9]成功を裁決する唯一のものが利益である、ALCAの社会ダーウィニズムの政策との総体的な相違は、〔ALBAは〕貧困の撲滅あるいは貧しい諸国の全面的な発展〔を成功の判断にしている点である〕

いくつかの制約

キューバとベネズエラがマルティとボリバルの理想像を育んでいるとはいえ、彼らはその壮大なる計画の達成を脅かす経済的そして政治的な制約に直面している。2002年のマルタ・アルネッケル〔Marta Harnecker〕とのインタビューでチャベスが断言したように、「法律・政治の構造のうえで変化があった」のだが、「国の社会経済的な構造の核心では、私たちはほんのわずかしか進歩していない。」[10]現時点までに、ベネズエラは南米の統合と国内の社会的発展に寄与する手段として、石油埋蔵とその収入の利用に大いに頼っているが、その将来性は無限ではない。もし石油が尽きた場合、あるいは世界市場で価格が切り下がった場合、引き続き企業権力に結びついているベネズエラの社会経済的な構造と共に、南米の統合はその範囲と限界において制限されることとなる。訳注4

カリブ海で依然として孤立しているキューバに関しては、中南米中心の経済への統合はベネズエラとの関係のみでは達成できない。米国が課している封鎖はキューバ経済を窒息させてきており、ひいては自らの存続以外に関する計画を開始するその能力もまた然りである。米国が、キューバを除く半球の全ての国を組み入れるよう提案された自由貿易圏であるFTAAを推し進めるなか、キューバは更に取り残されている。キューバの未来は主として、現在の力の均衡における変化次第である。統合された、反帝国主義の中南米がこの変容をもたらし得る。

北米自由貿易協定(NAFTA)の発効、未決定の中米自由貿易協定(CAFTA)と、南米の多くの政治指導者の米国の政治課題への署名以来、キューバとベネズエラが追及する種類の統合された反覇権的勢力は尚のこと困難である。現時点では、キューバとベネズエラの望みの多くは、中南米の大衆運動により、左翼の指導者達が圧勝し政権を握ることを当てにしてきた。残念ながら、ルラ〔ブラジル大統領〕、キルチネル〔アルゼンチン大統領〕とウルグアイのバスケスは多くの選挙公約を実行してきていない。大衆主義としばしばの反帝国主義の言い回しを引き合いに出すとはいえ、多くの「左翼」と称された指導者は、彼らの政略あるいは外資と債務の圧力のため、中道に屈している。ブラジル、アルゼンチン、ウルグアイがテレスルに貢献し、メディアへの米国支配からの転換を促進したとはいえ、彼らの提携は北の覇権に対する団結した対抗勢力の着手に止まっている。多くの場合、彼らは、統合された南米が米国に対しより優れた張り合いをし、米国の得意な手段を用いて米国を打ち負かすという望みから、新自由主義の基準に従っている。

譲歩と制約にも関わらず、キューバとベネズエラは、北の超大国に進んで挑戦することをいとわない他の諸国と大手を広げて接触してきており、それは彼らの統合の力が近隣諸国をより革新的な方向へ向かわせる励みとなるという望みからである。

将来の展望

左翼指導者の選挙を基にした戦略にとって、ボリビアでのエボ・モラレスの当選は、統合された反帝国主義中南米の大きな兆しである。先住民族の社会主義者であるモラレスは2006年1月にボリビアの大統領職に就く。彼は天然資源の国営化、富の再分配、ベネズエラとキューバとの協力などの必要性を述べてきており、米国帝国主義を公に糾弾してきている。

当選直後にモラレスはキューバとベネズエラを訪問し、連帯・人道主義・中南米統合の進歩に基づいた協同合意に署名した。エボとフィデルは、キューバが2つの眼科介護施設を完全に備えるという二国間合意に調印した。その施設のひとつは〔首都〕ラパスに、もう一方はコチャバンバにあり、ボリビア人に無料の眼科介護を提供している。これに加え、フィデルはボリビア人医師と専門家の養成のため奨学金を5千件に拡大した。キューバとベネズエラの協力を伴い、非識字を撲滅する計画が2006年7月に始まる。エボとチャベスは、ベネズエラがボリビアの憲法改正議会を手伝う処置に合意した。チャベスはさらに、社会計画のためにエボの政府に3千万ドルの寄付を提供することを約束した。さらにベネズエラは、ボリビアのディーゼル燃料の需要全てを、ボリビアの農産物と引き換えに提供することになる。

人道主義と連帯に端を発する、キューバとベネズエラによる相互交換の「実証効果」は、ALBAを活気付けている。ボリビアが彼らの側に加わった今、マルティとボリバルの理想像の可能性は高まった。エボ・モラレスはこの理想像を共有しており、それは彼の次の発言に見られる。「共に、一体となり、私たちは歴史を変えてゆく、ボリビアにおいてのみではなく、中南米全てにおいて、そして米国の帝国主義から私たち自身を解放する。」[11]



[1]Brian Lyons and Rich Palser (2005) Cuba and Venezuela: Breaking the Chains of Underdevelopment in Latin America, North London Cuban Solidarity Campaign. pp. 71 & 73.

[2]シモン・ボリバルの友であり教師であったシモン・ロドリゲスSimón Rodríguezにちなんで名づけられた。彼は氏名を〔ダニエル・デフォーによる「ロビンソン・クルーソーの生涯と冒険」の主人公〕ロビンソン・クルーソーにちなんで、サミュエル・ロビンソン〔Samuel Robinson〕と改名した。

[3]Richard Gott 著 (2005), Hugo Chávez and the Bolivarian Revolution, Verso. p. 258.

[4]同書 pgs. 257-258 参照; Brian Lyons and Rich Palser (2005), pp. 69-73; Claudia Jardim, “Prevention and Solidarity: Democratizing Health in Venezuela,” Monthly Review, January 2005. Also see, Hugo Chavez’s speech to the United Nations in New York City, 2005.

[5]以下参照; Peter Maybarduk, “A People’s Health System: Venezuela Works to Bring Healthcare to the Excluded,” Multinational Monitor, October 2004; and Richard Gott (2005), p. 257.

[6]Steve Ellner, “Venezuela’s ‘Demonstration Effect’: Defying Globalization’s Logic,” NACLA, 2005年10月17日に Venezuelanalysis.com www.venezuelanalysis.com/articles.php?artno=1579に転載。

Marta Harnecker (and translated by Chesa Boudin) (2005), Understanding The Venezuelan Revolution: Hugo Chávez Talks to Marta Harnecker, Monthly Review Press, p.120.

[7]フィデル・カストロはこの言葉を彼の本に記した: War, Racism, and Economic Injustice, Ocean Press, Melbourne: 2002, pp. 63-64, but cited here from Brian Lyons and Richard Palser (2005), p.77.

[8]2005年、国連でのウゴ・チャベスの演説を参照せよ。〔この演説の日本語訳は日刊ベリタのスペイン語原文からの翻訳記事(無料)がある。また英翻訳文からの翻訳記事が本ブログにもある。〕

[9]Marta Harnecker (and translated by Chesa Boudin) (2005), pp. 122-23 and pp. 113, 120-21.

[10]同書 p.107.

[11]Joaquin Rivery Tur (January 1, 2006).



訳注1:1992年のトリチェリ法(キューバ民主主義法:CDA:Cuban Democracy Act)と、1996年のヘルムズ・バートン法(キューバ解放と民主連帯法:the Cuban Liberty and Democratic Solidarity Act)への言及。それぞれの法の説明は、農業関連のサイト「ニューファーム日本語版」のキューバ農業に関する記事に対する翻訳者注を参照のこと。

訳注2:正式には「平和時の特別期間(el Periodo especial en Tiempo de Paz)」詳しくは「ラテンアメリカの政治」サイトのキューバ年表90年8月を参照のこと。

訳注3:原文では「Global North」という用語が使われている。「Regents Prep Global History」というサイトの説明によればGlobal Northは「北米、西ヨーロッパ、日本と豪州から構成された、高い生活水準と高い識字率を伴った工業諸国である。」これに対しGlobal Southは「多くが欧州の帝国主義の間の元植民地であった、アジア、アフリカ、南米の発展途上諸国で構成される。これらの植民地後の諸国は低い識字率、甚だしい失業、わずかな工業化に直面しており、通例元殖民地の支配者に経済的に依存している。Global Northが経済力の大部分を支配する一方、世界の天然資源と4分の3の人口はGlobal Southに所属する。このことが、成長のための資本、仕上がった商品、食糧のための南の北への依存が生じている。低賃金労働と原料資源のため北は南を度々搾取する。」(訳者による翻訳)

訳注4:これに加え、Upside Down World記事が指摘するように、石油は環境を破壊し、先住民族の生存を脅かすという問題がある。それにも関わらず、チャベスは石油事業を拡大し、石油企業(Petrobras、ChevronTexaco、BP、ExxonMobil、Shell等)との商取引を拡張している。



posted by Agrotous at 21:25 | TrackBack(0) | ベネズエラ
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