2006年01月14日

ベネズエラ:ゲイとレズビアンの権利のための取り組み
〔Venezuela: Struggling For Gay And Lesbian Rights: Original Article in English/ZNet原文

キラズ・ジャニキ/フェデリコ・フエンテス〔Kiraz Janicke and Federico Fuentes〕Green Left Weekly;2005年11月30日


革命的なベネズエラは、数世紀前に及ぶ、中南米におけるスペインの植民地主義の遺産である、男らしさという偏見と同性愛恐怖症に挑んでいる。それにも関わらず、革命的ゲイ運動〔Revolutionary Gay Movement〕(MGR)のエイスレル・バーモンデ〔Heisler Vaamonde〕がグリーン・レフト・ウィークリー紙のキラズ・ジャニキとフェデリコ・フエンテスに語ったところによれば、彼らの道のりは未だ遠い。バーモンデは公式の「チャベス派」親革命同盟以外から、ベネズエラの12月4日の国民議会選挙に立候補している。彼はカラカスのアルカルディアにある、社会的権利のための事務所で働いており、さらにホモセクシャル・レズビアン・バイセクシャル・トランスセクシャル・トランスジェンダーのボリバル組織網の調整役もしており、彼が「ローマカトリックの新異端審問」と呼ぶものに対する力強い運動家でもある。

ベネズエラ・ボリバル共和国の新しい憲法が採用された3年後の、2002年12月15日に、ウゴ・チャベス大統領は彼の週間テレビ番組「こんにちは大統領」で、1999年の憲法制定会議の最中に大きな誤りがあったと述べた。新しい憲法からゲイとレズビアンの権利が省かれたのである。

バーモンデによれば、「チャベスを支持する多くのゲイとレズビアンの意識の上でなにかがかき立てられた。私たちが革命を守ることを可能とする場を形成するという関心が。」

「1980年に作られた、ベネズエラの最初のゲイの権利団体である、ベネズエラ・アンビエンテ運動〔Movimiento Ambiente Venezuela〕(MAV)は社会的な任務に集中しており、それが政治的とみなすものから距離をおいていた」とバーモンデは述べた。とはいえ、「行動主義と政治の間に矛盾はない。政治を通して明確な目的を達成できるし、私たちのような人々の部門の状況を改善することができる...この理由により、社会と政治の努力に均衡をもたらすためにベネズエラ・アンビエンテ運動は生まれた。」

バーモンデは1999年の憲法制定会議において、ベネズエラのゲイ権利運動の先駆者であるMAVのオスバルド・レジェス〔Osvaldo Reyes〕が「ゲイとレズビアンに対する非差別の概念を含んだ」提案を提出した様子を語った。「それは憲法のレベルで差別に反対する詳述だった。」

バーモンデは、憲法制定会議でのローマカトリック教会の干渉がこの決議案の一節を妨げたと説明した。「この憲法は教会の利害関係を否認したのだが、教会は依然として中絶、安楽死、そしてゲイとレズビアンの権利についての論議に対して直接の影響力を持っていて、そのことがこれらの問題が憲法から除外される結果につながった。」

バーモンデによると、もしその条項が許可されていたならば、「いかなる状況の下でも、例えばゲイの結婚問題[に関して]、私たちは差別されてはならないはずだった。」とはいえ、「勝利はしなかったが投票に関与した、ひとりのゲイ活動家の参加は...革命の過程において同性愛の問題が公に論じられることを保証した。」

この後、MGRは国民議会において反差別法の案を提出した。しかしバーモンデによれば、「政治家たちは私たちゲイが言うことを聞きたがらなかった。私たちは彼らが革命家なのだから、彼らが理想像を、より寛容な考え方を持っていると信じていたのだが、全ては正反対だった...結果を手に入れようとする私たちに対してあまりにも多くの邪魔が彼らから入った。国民議会に関しては、チャベス派には政治的な意志がなく、右派が決して私たちに門戸を開くことがないので、彼らは肯定的あるいは否定的な回答をせず、いつも『考慮している』のであり...私たちは待っているだけで、結果はなにも出なかった。」

この経験からMGRは「私たち自身の立候補者を選挙に出馬させる必要性」に対し決定を下した。ゲイとレズビアンの共同体にどれだけの人が革命過程を支持しているのかバーモンデが確信できていない一方で、「私たちが知っているのはゲイの反対派がいないということです。これまでのところ、論議はおおまか政府に賛成する方向で肯定的であり、それが非常に肯定的なので、私たちは革命における最も重要な運動のひとつとなったのです。」

しかし、バーモンデは付け足した。「残念ながら政府内のチャベスの後ろには、決して革命的でない人々がいる。チャベスは革命家だが、彼の周りには改革論者がいる。」バーモンデにとって、ゲイとレズビアンの代議士を当選させることが、真の「革命内革命」が存在することを示すのである。彼らは「レズビアンとゲイに対する差別に反対することを求める国の法律の創案」を目標としている。これにはゲイとレズビアンが直面している差別の度合いを調査する国民議会の特別調査委員会を創設し、反差別法の施行のための計画を提出することも含まれる。

バーモンデは、差別に対して国家には責任はなく、「むしろそれは文化の問題である」と述べる。けれども国家は「この文化に対する公の政策」を持っておらず、「それが悪い理由は、それが現実を避けているからであり...この国のゲイとレズビアンは危害を与えられ、ひどい扱いをされ、そしていくつかの例では暗殺され続けているのに、私たちの防衛を保証する制度がないのです。」

バーモンデが信じていることは、教育を通して、意識の変化を、そして革命を通して「私たちは差別の撲滅を実現できる。私たちは、法がその文化的革命を生み出し、私たちと差別されている他の人々にとって平等な水準を実現する手段として役立つことを望む。私たちは全てのものの平等を望んでいる。」

これらの問題にもかかわらず、バーモンデはチャベス政権の下、ゲイとレズビアンの権利にとってある程度の確固とした利益があった、と主張した。「チャベス政権が始まって以来、私たちは毎年国際ゲイとレズビアンの権利の日を祝ってきた。」以前はゲイ・プライド・マーチ〔同性愛者であることを誇りにし行進する運動〕は右派により妨害された。「今年、大市長〔Alcalde mayor〕が参加した。ベネズエラの歴史上初めて、ゲイ・プライド・デーに政府から代表が直接参加した。」



posted by Agrotous at 22:32 | TrackBack(0) | ベネズエラ
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