2005年12月09日

12月4日のベネズエラ国民議会選挙の数日前、首都カラカスでは爆発が3度あり、西部のスリア州で爆発物を携行した人々が逮捕され、西部ファルコン州では石油パイプラインで火災が発生し(参照元)、反対派は選挙をボイコットし選挙から退いた。そして、ウゴ・チャベス大統領率いる政党である第五共和国運動(MVR)が全体の64%である114の議席を勝ち取り、親チャベス諸政党が167の全議席を取って選挙は終わった。その選挙の直前に反対派の行動を分析したグレゴリー・ウィルパートの記事を以下に抄訳・掲載。



いかにして、そしてなぜベネズエラの反対派は内部崩壊したのか

〔How and Why Venezuela's Opposition Imploded :Original Article in English/ Venezuelanalysis.com原文

グレゴリー・ウィルパート〔Gregory Wilpert〕;2005年12月4日


カラカス、ベネズエラ、2005年12月4日――4度目となる今回、ベネズエラの反対派政党らは奇妙な内部崩壊にさらされている。〔大増殖後集団自殺するといわれる小動物〕レミングの様に、彼らは、過去5年間の最も重要な国の選挙のひとつから退くことにより、政治的集団自殺をしている。2002年の失敗に終わったクーデターに対する支持、2002年から2003年の石油産業閉鎖、そして2004年の罷免国民投票に続き、反対派政党が戦略的な誤算をし、チャベスに打ち勝つ手っ取り早い方法を求めることで結局、彼らの最も過激な小集団の方針を採用することとなるのは今回が4度目である。このおそらく最後の間違いが(この後かれらは実質的にいなくなるのだから)、ベネズエラにおける責任能力をもち、立憲的な反対派の再生を意味することを願わずにわいられない。ほぼ完全に親チャベスの国民議会という状況で、これが容易ではないことは明らかだが、彼らはそれ以外の選択肢がない(外国の介入以外は)。だが、さらなる危険はこの参加拒否が、ベネズエラにおけるさらなる外国介入の門戸を開くことである。

最近の出来事

ほぼ全ての主要な反対派政党は今週〔2005年11月最後の3日と12月初めの週〕彼らが12月4日土曜の国の議会である国民議会のための選挙から退くことを表明した。彼らがこの行動に出たのは、米州機構(OAS)に選挙参加を約束した、たった数日後であった。OASによれば、反対派政党は「異常な事態を除いて、今日の日付で提出された書類が、関与している政治政党からの新たな要求を伴わずに、予定通り選挙が続行することに同意する、と表明した。」

この言明にもかかわらず、社会民主主義で、かつての支配政党である民主行動党(AD)は、OASと選挙評議会に再確約した次の日に選挙から退いた。国民議会の165議席のうち23議席を誇り、実質的に全国的機関をもつ唯一の野党として、それはベネズエラの最も重要な反対派政党である。次に、キリスト教民主主義の元支配政党であり、チャベスの在任期間中に実質的に意味を成さなくなったキリスト教社会党〔Copei〕が退いた。ベネズエラ計画(Project Venezuela)が同日、後に続いた。

当初、ベネズエラで2番目に重要な政党であり、保守的な自由市場政党である正義第一(PJ−Justice First)は破片を集め、自滅的な政党らの後継となることを喜んでいるように見えた。PJの党首らは彼らが、選挙評議会を信頼していなくとも、選挙過程を信頼していると語った。だが、たった2日後、党の分裂直前までいった継続的な議論の末、PJは不可解にも豹変し、結局選挙には参加しないと表明した。

PJの撤退は予期されていなかった。結局の所、PJは潜在的に最も損失があった。それはベネズエラの絶え間ない20年間の経済的衰退に起因する、チャベス以前の政治階級が苦しんだ不評に、汚染されていない、実質的に唯一の比較的強力な政党であったのだから。PJは少なくとも現在国民議会に有する議席分を確保する可能性のある、唯一の反対派政党である。それだけではなく、優れた成績は政党を国の最強の野党の地位に置き、その大統領候補であるフリオ・ボルヘス〔Julio Borges〕を、2006年12月にチャベスに対抗する、実質的に順当な反対派候補として擁立するはずであった。よって、ボルヘスが彼の政党の撤退に断固反対したのは当然である。

4つの重要な反対派政党[1]の撤退は、12月4日の国民議会選挙がチャベスの大統領職の重要な段階なので、ベネズエラにとって非常に重大である。この先5年間、この選挙はベネズエラ政治にとってきわめて重大である。現在までのところ、親チャベス政党連合は国民議会においてわずかな過半数しか占めていなかった。これが意味する事は、反対派が議論を拡大することで時折法案を阻むことができ、3分の2の大多数を必要とする決定を妨げることが出来たということである。それらは例えば、憲法改正、選挙評議会や市民権力〔Citizen Power〕(検事総長、人権護民官及び会計検査院長)への任命、そして「基本法」(憲法により指令された法律)などである。世論調査は、反対派のボイコット以前に、親チャベス勢力がその様な3分の2の過半数を勝ち取る公算が大きいことを示していた。


〔一部省略:訳注1


反対派ボイコットの動機

反対派の主な主張は全国選挙評議会(CNE)に対する信頼を完全に失い、参加の条件としてその辞任を要求している。反対派がCNEを信用していないことは事実かもしれないが、そこには不正なしで選挙が行われるよう多くの他の保証がある。例えば、米州機構、欧州連合や世界中の他の諸国からの400人の独立した監視人である。さらに、全ての政治政党が選挙準備の全段階に関わっている。最後に、CNEはおびただしい反対派の要求――例えば投じられた投票用紙の45%を手動で検査することや、指紋採取装置の撤去――を認めた。というわけで、選挙の公正さを信頼していないという技術的な主張の根拠が弱く、そして反対派が来る選挙であまりにも多くを失いそうな場合、選挙をボイコットする他の理由はいかなるものがあるだろう?

反対派の行動にはいくつかの考え得る動機がある。一番目は単純な費用便益分析の結果である。投票に至るまでの全ての世論調査が、親チャベス政党が国民議会の3分の2の過半数を勝ち取る見込みがあることを示していた。おそらく反対派は、参加して最小の発言権を議会で得るか、発言権なしで議会を非正当化するかの選択を前に、長期的にみて後者の選択が望ましいと判断したのだろう。この計算法の一部は、棄権が高くなり、よって選挙過程を首尾よく非正当化する公算を高める、と反対派が確信していることである。

この種の論証に対する証拠は、反対派が高い棄権の可能性について繰り返し言及したことに見出せる。反対派によれば、世論調査が棄権の割合を最大で80%であると予測していることから、投票は最初からだめになる運命である。一方でチャベス支持者らは、相対的に標準である人出の60から70%を予測しており、もちろんそれは反対派のボイコットにより、少なくなるであろうが、おそらくそれほど少なくはならないであろう訳注2。チャベス大統領の任期中のベネズエラにおける政治的出来事を予測するうえでの、反対派の乏しい業績を考えると、反対派の予測が正しくなることはないように思われる。

反対派の戦略的な論証に対する別の証拠は、選挙ボイコットを宣言した最初の政党が民主行動党〔AD〕――参加しないことにより理論上最も多くを失う政党――であったのだが、選挙に至るまでの数週間いかなる選挙運動も行わなかった、という事実に見出せる。概して、反対派政党らは非常にわずかしか選挙運動をしていなかったのだが、ADは選挙運動のポスターを一枚も張り出していなかったようである。言い換えれば、CNEとの交渉の結果がいかなるものであろうとも、ADは選挙に出るつもりはまったくなかった様である。全ては確実な選挙上の敗北という危機から戦略的な勝利を奪い取るための茶番であったのである。

反対派がボイコットを選んだ二番目の理由はおそらく、反対派内の奇妙な心理学上の力学と関連しているだろう。すなわち、反対派が主要な決定を下さなければならない時、毎度彼らはほぼ常に、いかなる種類の穏健な方法に反して、より過激派の選択肢に向かうということである。2002年4月のクーデターの試みと、2002年12月から2003年2月の石油産業の閉鎖の最中に、まさにこのようなことが起きたのである。両方の例で、反対派内の最も過激な勢力が思い通りにやったのである。これに対する一部の理由は、穏健なことが臆病で、過激なことが勇敢だと見られる、男らしさの文化に起因するようだ。ベネズエラで過激派と穏健派が対決するたびに、過激派が勝利するように思われる。

反対派政党が退いた三番目のあり得る理由は、彼らがおそらく米国から受けた圧力に関連する。これは憶測の域をでないとはいえ、この地域の米国政策の歴史は、米国が選挙ボイコットを支援し利益を得る記録を示している。同様に、米国が過去5年間に反対派団体に提供した2千万ドルの資金を考えれば、米国はベネズエラの反対派に圧力を加えるのに有利な立場にある。米国は当然ながら反対派の決定へのいかなる関与をも否定する。それにもかかわらず、反対派政党が1994年のニカラグア選挙をボイコットした時、そして反対派政党がハイチの2000年の選挙をボイコットした時、それは米国の利権にとても役に立った。それぞれの事例で、ボイコットが国際世論において政府を非正当化し、左よりの政府の最終的な敗北への道を滑らかにする準備をしたのである。

あり得る帰結

ベネズエラ

最初に述べたように、反対派のボイコットの最もあり得る短・中期的な帰結は反対派の消滅である。今現在ですら、多くの反対派過激派は、彼らの行動がチャベスの差し迫った終焉を意味すると信じている。しかし、2002年4月のクーデター、2002年12月の石油産業閉鎖、そして2004年8月の不信任国民投票へいたる間、彼らが結局は全く間違っていたように、彼らは再度間違って終わる。ベネズエラの現実に対する彼らの誤った解釈と誤解を考えると、多数の深刻な誤りは必然的に彼らの消滅に至る。

ベネズエラの伝統的な反対派は、5年間統轄することとなっている次の国民議会において、もはや代表されなくなる。このように、反対派は残された2つの基盤の内のひとつを失った。それが失った最初の基盤は軍隊内のそれであり、それはクーデターの試みの結果として起きた。2番目の基盤は石油産業内で、その閉鎖と再開の結果である。3番目は自らの支持者の間であり、失敗に終わった不信任国民投票の結果起きた。残っている最後の2つの基盤は国民議会と民間マスメディアである。言い換えると、12月4日以降、反対派が持つ唯一の基盤はマスメディアのみとなる。

2006年12月の大統領選挙でチャベスに対抗する候補となる可能性が最もある、フリオ・ボルヘスとマヌエル・ロサレス〔Manuel Rosales〕は、選挙運動を開始するために、国民議会が提供する全国的な組織化した基本的施設を当てにできない。よってチャベスに挑戦する彼らの能力は大幅に減少されることとなる。

中期的には、部分的にチャベス派の党員から、そして一部は過去6年間の反対派の失敗に終わった企てと何の関係もない昔からの反対派の党員から、新しい反対派が出現することが望まれているし、その見込みもある。その様な反対派の出現とともに、ベネズエラは最終的に支配政党と反対派の間のより「正常な」意見の交換――1998年にチャベスが初当選して以来ほぼ完全に欠けていた状態――に戻ることができる。残念ながら、そこにはこのような正常化に介入しうる国際的な帰結がある。

国際的な帰結

ハイチとニカラグアでそうなった様に、ブッシュ政権は、国際監視団の投票についてのどんな意見にも関わらず、12月4日の反対派ボイコットを、チャベス政権の信用を落とし非正当化することに利用することは疑いの余地がない。つまり、政治的衝突があるたびに、政府が議論の的となる法や憲法改正を通したり、重要な任命をしたりした時、ブッシュ政権高官らはその様な試みの正当性に疑惑を投げかけようと試みるであろう。チャベス政権の緩やかな不適任理由はおそらく、いつか起こる、より強力な介入――例えば、2006年あるいはその他の将来の選挙においてチャベスを退けることを期待して、ベネズエラの反対派に対する、さらに強力でより公然と成される支援――のために地盤を弱めるであろう。

ボイコットの第二のそしておそらく更に危険な帰結は、それが他の中南米に先例を作る、ということである。中南米では2006年に、7つの大統領選挙が予定されている訳注3。ベネズエラの情勢は、これら諸国の反対派にベネズエラ反対派が採った、似たような費用便益分析をすることを誘惑し、彼らの国での選挙過程を非正当化することのほうが、投票でのほぼ確実な敗北に向き合うよりも望ましいと判断する原因となりかねない。そのような情勢の変化は、今後何年にもわたる、中南米全土の民主主義の危険な弱体化を意味する。

ベネズエラ反対派による政治的自滅は、このように取り混ざった情勢の変化なのである。一方では、失敗した反対派の終わりとベネズエラにおける正常な政治の再生を意味する。他方、それはベネズエラと残りの中南米両方に、外部からのさらなる不安定化の扉を開きかねない。これらを考慮すると、反対派と全体としてのベネズエラ両者にとって、反対派がこの選挙ボイコットで犯したように、さらなる失策を犯さずにいたほうが望ましかったのかもしれない。


[1]この4つの政党が、登録している立候補者のうち、わずかな割合しか代表していないことに留意されたい。立候補を取り下げる締め切りが過ぎた土曜の午後現在、わずか10%、または5,516人のうち556人の立候補者が退いた。出馬した355の政党と政治団体のうち、たった18が退いた。



訳注1:この部分は選挙の透明性と安全性の考察。主題は、投票装置、全国選挙評議会の正当性、選挙人登録、モロチャス(双子)と呼ばれる仕組みである。

訳注2:選挙終了後の投票率は25%だった。ベネズエラでは大統領選挙を伴わない選挙は概して投票率が低い。選挙後、内務法務大臣であるヘッセ・チャコンは記者会見を開き、1998年の議会選挙で民主行動党は全有権者のうちの11.24%で勝利し、2000年の議会選挙でチャベスのMVRは17%の有権者から支持を得たのだから、それより上の数値を得れば正当化されると述べた。今回MVR連合は約22%の支持を得た(英文参照元)。

訳注3:2006年に大統領選挙が行われる中南米の国は、コスタリカ、ペルー、コロンビア、メキシコ、ブラジル、エクアドル、ニカラグア、とベネズエラである。このほかに今月12月にはチリ、ボリビア、ハイチでも大統領選が開催される(英文参照元)。



posted by Agrotous at 18:50 | TrackBack(0) | ベネズエラ
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