2007年03月30日

チャベスとベネズエラ:施しではなく、義務をハイチへ
〔Chávez and Venezuela: Duty, not Charity, to Haiti:Original Article in English/Venezuelanalysis 原文

ワドナー・ピエール〔Wadner Pierre〕HaitiAnalysis.com;2007年3月20日

2007年3月12日、午前7:30分頃から、〔ハイチの〕首都の街頭の至るところで「チャベス」と叫ぶ声が聞かれた。ポルトープランスの空港の表に支持者達の大群が続々と到着した。「チャベス、チャベス、私達が捜し求めているのは貴方だ……アリスティド〔ハイチ前大統領〕を帰国させるためにプレヴァル大統領は貴方の助けを必要としている」と人々は、ベネズエラのウゴ・チャベス大統領を歓迎しながら嬉しそうに歌った。

午前10時までには、支持者達は看板や吹流しを掲げ終え、チャベスを賞賛し、ブッシュを非難した。「チャベス万歳、ブッシュ打倒」、「アリスティド大統領は彼の国に帰らなければならない」。「チャベスよ、私達はあなたを愛している」。シテ・ソレイユ〔ポルトープランスのスラム地区〕の支持者達は彼らの地域共同体における「青いヘルメット〔国連平和維持軍〕」による暴力を非難した。数万人もの人々が集まっていた。

ファンミ・ラバラス〔ラヴァラの家族 〕党 のスポークスマンDeshomme Présentgloire氏はこう述べた。「ファンミ・ラバラスと他の団体のメンバーとして、私達は『ようこそ!』と伝えることで、チャベス大統領を歓迎しにやって来ました。なぜなら、彼は良心の人であり、彼はハイチの人々を愛しているから。私達はまた彼に、アリスティド大統領を帰国させる手続きにおいて、南アフリカの大統領を手助けするよう頼みます。私達は今日プレヴァル大統領に彼の帰国の期日を決定するよう頼みます。それが今朝私達をここに呼び寄せた理由です。」

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2007年03月23日

米国の没落と中南米の台頭
〔The Descent of the US and Rise of Latin America:Original Article in English/ZNet原文

フィリップ・エイジー〔Philip Agee〕;2007年3月19日

近年のニュースを追っているものなら誰もが、中南米とカリブ海に広まっている革新的な変化の波に気付かずにはいられないであろう。長く孤独な年月に亘って、キューバは希望の光を掲げてきた。世界レベルの文化・スポーツ・科学的業績と共に、普遍的医療と教育の双方を無料で提供する模範的な諸計画を通して。今日物事が完璧であると言うキューバ人は見当たらず、完璧からは程遠いのだが、革命以前のキューバと比較するとおびただしい改善が成されたことをおそらく皆が賛成するであろう。その全てを、独立と自主決定の容認できない例として彼らを孤立させようとする米国による尽力に対抗して彼らは行った。〔米国〕は侵入、サボタージュ、テロリズム、暗殺、経済・生物戦および多くの諸国の協同したメディアにおける絶え間ない虚妄を含めたあらゆる卑劣な企みを用いた。1960年代に中南米でCIA工作員であったゆえに、これらの方法を私は十分承知している。合計で3千5百人近くのキューバ人がテロ活動によって亡くなっており、2千人以上が恒久的な身体障害者になった。キューバほどに長期にわたり、また一貫してテロリズムに苦しんだ国はない。

その年月を通して、1959年に権力に就く以前に始まり、キューバ革命は国防目的で米国に情報収集能力を有する必要があった。それがキューバの5人〔Cuban Five〕の完全に正当な任務であった。公平な裁判を受ける見込みのないマイアミで複数の犯罪の有罪判決の後、長い刑期を伴って彼らは1998年以来拘置されてきた。有罪判決は殺人のためにスパイ行為を行うべく共謀したためである。それにもかかわらず彼らは、マイアミでキューバに対する作戦のための犯罪的なテロリスト計画が行われていた土地のみに配属されていたのであり、それらの活動はFBIや他の法執行組織によって黙殺されたものであった。彼らは米国政府の機密情報を求めもしなければ、受け取りもしなかった。彼らの訴訟は未だ控訴中であり、長い間進展はないであろうが、彼らに対する完全に偏った有罪判決は、米国の歴史における最も恥ずべき不正のひとつであり、1920年代の無政府主義者移民ニコラ・サッコとバルトロメオ・ヴァンゼッティに対する合法的リンチ殺人の部類に入る。米国において、また世界中で、キューバの5人の自由は、公正、人権や正義が重要である全ての者にとっての大義であるべきである。90の諸国の300の「Free the Five」連帯委員会の活動に加わることによって。

現在の米国政策とその手段や目的が見出せるのは、「自由キューバ支援委員会」の500ページ近い2004年の報告と、2006年に出版された秘密の補遺を伴う更新版である。1959年にそうであったと私が記憶するように、2007年も同様である基本的な目的は、悪い模範が普及しないようにキューバを孤立させることであり、成功した場合現在の政策は、キューバ人が正当にも主張するように、法的ではないにしても事実上の米国へのキューバの併合と完全な従属をもたらすであろう。1959年からの他の基本的な目的は、50年近く経った今でも、国内的な政治的反対を扇動することや、絶望、飢餓や失望に至る経済的困難をキューバに引き起こすことである。これらの目的を集団虐殺的であると呼ぶのは誇張ではない。

けれども、キューバに対する米国の50年近くに亘る経済戦争は、その経費が帳簿を付けているキューバ人の見積もりによると800億ドル以上に上るにもかかわらず、成功してきていない。1990年代初期、ソビエト連邦の崩壊によるキューバ経済の急落の後、それは1995年に回復し始めた。2005年までには成長は11.8%になり、2006年には中南米で最高の12.5%になった。いくつかの部門は崩壊以前の80年代後半の開発レベルを上回り、その他はほぼ回復した。キューバのサービス、ニッケル、薬学や他の生産物は急発展しており、どれほど試みようとも、米国はそれを阻止できずにきた。

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2007年03月17日

ベネズエラの緑の政策:
チャベスは「環境的大統領」に値する
〔Venezuela’s Green Agenda:
Chavez Should Be Named The “Environmental President”:Original Article in English/ZNet原文

エバ・ゴリンジャー〔Eva Golinger〕Venezuelanalysis.com;2007年2月27日

「私達は石油生産国であり、そのことが私達に――極限のレベルで――環境により気を配り、全ての領域:大地、水及び空気において汚染を削減するよう義務付けるのである。」

―ウゴ・チャベス・ベネズエラ大統領、2007年2月24日。

世界で最初の環境に優しい大統領がベネズエラから現れるであろう、とグリーンピースやアース・ファースト!のメンバーが想像しただろうか? 環境保護運動家の多くが、その南米の国が石油生産諸国のうち最大のひとつであり、重鉱物や石炭の主要な供給源であることを考慮し、その様な考えを滑稽であると思うかもしれない。けれども、ウゴ・チャベス・フリアスが初めて選挙勝利して以来、彼はとても環境保護的な良心を発展させてきた。そしてそれは国の政策と社会計画に同時に反映されている。

青年時代にチャベスはおそらく環境保護活動家ではなかったであろうが、彼の卓越した特徴のひとつは彼の率直さと、耳を傾け学ぶ意欲である。したがってチャベス大統領は数年もの間、世界中の反グローバライゼーションや環境保護活動家らの呼びかけに注意を払ってきており、保護の努力や均衡のとれた消費や汚染除去の運動を支援し是認するために、ベネズエラの統治の形態を如何にして変更するべきかを学んできた。

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2007年03月10日

第四次世界大戦はベネズエラで始まった
カラカソの遺産
〔The Fourth World War Started in Venezuela
The Legacy of Caracazo:Original Article in English/VenezuelAnalysis原文

ジョージ・シカリエッリョ=マエル〔George Ciccariello-Maher〕CounterPunch;2007年3月5日

新自由主義に対する反乱の発端を捜し求める者は、1998年のシアトル(米国を中心にした活動家らはこの運動がシアトルで始まったと主張することで悪名高い)よりも以前、それに先立つ同年ロンドンのJ18〔6月18日〕デモ抗議よりも以前にさかのぼる必要がある。1994年1月1日のサパティスタ運動の公共への出現よりも前を回顧する必要がある。以上全ての出来事の前に、カラカソ〔カラカス暴動〕があった。勇壮な闘争の18周年記念に、この単独で重要だが頻繁に見過ごされる出来事を回想することは価値がある。それをフェルナンド・コロニル〔Fernando Coronil〕はこう描写した。「中南米の歴史で、緊縮財政に抵抗した、最大で最も暴力的に鎮圧された暴動である」と。

おとり戦略

カルロス・アンドレス・ペレスは1989年2月2日に(連続ではない)二期目に就任した。それは著しく反新自由主義的な選挙運動の後であり、その選挙中彼はIMF〔国際通貨基金〕を「人々のみを抹消する爆弾」であるとして酷評した。それ以来「おとり戦略〔bait-and-switch 〕」改革の悪名高い例として知られるようになった改革で、ペレスは当時考案されたばかりのワシントン・コンセンサスの文字通りの履行に着手した。この大転換の迅速さは、ペレスの新自由主義経済政策パッケージ(「paquetazo 」と呼ばれた)が、国際金融機関を非難し債務国間の連帯を唱導した就任演説から2週間経つか経たないうちに発表された事実からも明白である。2月16日の演説でペレスは国は覚悟しなければならないと警告した。「大転換」のために。

ベネズエラのエリートが新自由主義を数年間ばくぜんと考慮していたとはいえ、またハイメ・ルシンチ〔Jaime Lusinchi 〕大統領が1984年に異端の新自由主義経済政策パッケージを成立させていたとはいえ、ペレスの一括法案は、その正統性のため注目に値する。ベネズエラの多くの主要都市が広範囲な暴動と略奪に悩まされている中、2月28日にIMFと調印された関心表明書〔LOI〕において、ペレスの計画の基本方針が次のように提示された。政府支出及び俸給は制限される、為替レートと金利は規制解除される(それによって実質的に農夫のための金利助成であったものが排除される)、価格統制は緩和される、助成は縮小される、売上税が開始される、国家により供給される商品やサービス(石油を含む)の価格は緩和される、関税は排除され輸入は緩和される、ベネズエラにおける外資取引は助長されることとなる。

要するに、この計画は急騰する価格と通貨引き下げを前にした緩慢な収入という強力なカクテルを意味した。予測されるとおり、1989年に貧困は頂点に達した。〔貧困率は〕世帯の44%(5年間に絶対数で二倍になった数値)、極貧層は人口の20%になった。「不吉な金曜日」として今もなお記憶されている1983年の〔通貨〕ボリーバルの引き下げ以来、物価高騰が少なくとも不安の種であったとはいえ、彼らの土地の下に埋蔵されているものに対する共通の権利をベネズエラ人が持っているという一般的な(また議論の余地なく正確な)認識が、2月27日の早朝、暴動の怒れる炎を煽ったのであった。

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2007年03月04日

『こんにちわ大統領』放映中に、カストロ、チャベスに電話する
〔Castro Calls Chavez on Aló Presidente :Original Article in English/venezuelanalysis 原文

BBC ;2007年3月1日

チャベス:誰がハバナから掛けてきたか確かめてみましょう。コーヒーを持ってきてください。

カストロ:もしもし。もしもし。聞こえますか?

チャベス:どちら様ですか?

カストロ:聞こえますか?

チャベス:聞こえます。

カストロ:傑出した我が友よ、ご機嫌いかがですか?

チャベス:[不明瞭〔Caramba 、フィデルです!〕

カストロ:こんにちわ大統領で貴方の話を聞いています。貴方が言及した全ての数値、GDP〔国内総生産〕の成長に関する貴方の議論は優れている、失業率の減少。

チャベス:ご機嫌いかがですか?

カストロ:どうぞ、訊いてごらん。

チャベス:[英語で]ご機嫌いかがです、フィデル?

カストロ:[英語で]いいですよ(笑)。

チャベス:貴方の声を聞き、貴方が元気なことを知ることが、どれ程私達を喜ばせるか見当もつかないでしょう。

カストロ:ありがとう。

チャベス:驚きました。快い驚きです。さっき貴方のことについて、いつも通り話をしていたばかりです。

カストロ:いつかは『こんにちわ大統領』に出ると知ってましたよ。

チャベス:今は毎日放送しています。

カストロ:何だって。[不明瞭。笑。]何よりも、私は勉強してます。

チャベス:何を勉強してるのですか?

カストロ:貴方が本を手放さないことを知ってます。いつ床に就くのですか?

チャベス:早朝に少し寝ます。幾分か眠って、沢山勉強します。それが全ての革命家の責任の一つです。貴方の手本に従っているのです。私が今読んでいるのは―

カストロ:[話をさえぎって]その通り。貴方は長い間読書をしてきました。貴方には全てを失わず覚えておく才能があります。貴方が時折忘れるのは数値です。

チャベス:確かに数値を忘れますが、それ程ではありません。

カストロ:とはいえ、貴方は全てにしおりを挟み、見逃すことはない。貴方について行くのは容易ではありません。

チャベス:100万バレルのエタノールを生産するのに、何ヘクタールのトウモロコシが必要か知ってますか?

カストロ:何をするために?

チャベス:100万バレルのエタノールを生産するためです。

カストロ:エタノール。確かこの前教えてくれましたね。およそ2千万ヘクタール。

チャベス:[笑いながら]そんな感じです。

カストロ:さあ、思い出させてください。

チャベス:そのとおり、2千万です。非常に優れた知性を持っているのは貴方であって、私ではありません。

カストロ:2千万。そう、もちろんだ。食糧を使って燃料を生産するという発案は悲劇的、劇的です。大豆が燃料のために利用されたとき、食糧の価格がどれ程上がるか誰も確信がない、世界に卵や牛乳や食肉を生産する需要と共に。現代の多くの悲劇のうちのひとつです。

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posted by Agrotous at 23:24 | TrackBack(0) | ベネズエラ
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