2007年02月24日

エクアドル大統領、ボリバル主義を受け入れる
〔Ecuador's President Embraces Bolivarianism:Original Article in English/ZNet原文

スティーブン・レンドマン〔Stephen Lendman〕;2007年2月21日

昨年11月ウゴ・チャベス・フリアスがあるエクアドル人を味方に引き入れたのは、〔エクアドルの〕有権者らが米国に選ばれた、国で最も裕福な人物を退け、驚愕すべき票差でラファエル・コレアを大統領に選出した時である。コレアは大衆路線の経済学者であり、自称「人道主義の左派キリスト教徒」である。長年エクアドルの普通の人々の利益に反して、エリートによりエリートのために支配されてきた中南米のもうひとつの国に大きな変革を〔彼は〕誓っている。彼ら〔大衆〕の声はついに発せられ、勝利した。

コレアは1月15日に公職に就いた。その国は1千3百万の人口を抱え、その70%以上が窮乏生活を送っている。彼らが選出したのは、社会民主的な変革を誓う人物であり、ウゴ・チャベスの下ベネズエラ人が得ているのと同様の利益を受ける機会を彼らも得た。コレアは過去10年間で8番目の大統領である。そこには失政や公務怠慢に対する大衆による街頭抗議によって公職から追われた先立つ3人の大統領も含まれる。

コレアは、国の石油歳入をエクアドル人がこれまで一度も得たことのない決定的に必要な社会福祉に利用することを含めた変革を公約に選挙戦に挑んだ。彼は「市民の革命」を、又「変革の媒介者」になることを約束した。手始めに、新しい憲法を制憲議会で草案する。1998年にベネズエラ大統領に初当選した後1999年にウゴ・チャベスが選択したのに等しい様式に従って、国民投票によって〔制憲議会が〕正式に許可されることを彼〔コレア〕は望んでいる。

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2007年02月17日

エリート民主主義:米国がベネズエラで最大限に統治した時代
ベネズエラにおける民主主義阻止の歴史―パート3
〔Elite Democracy: When Washington Reigned Supreme in Venezuela
The History of Democracy Prevention in Venezuela - Part 3 :Original Article in English/ZNet原文

クリス・カールソン〔Chris Carlson 〕;2007年2月4日

昨年9月国連総会でウゴ・チャベスが演説をしたとき、彼はワシントンが「エリート民主主義」を世界で助長していると非難した。その演説を聞いた多くの人が「エリート民主主義」で彼が意味したことを理解しなかったかもしれない。おそらく少数の人が彼の言葉がどれほど適切であったかを理解したであろう。とはいえチャベスは個人的な経験から語っていた。大部分の世界と同様に、ベネズエラはエリート民主主義による失望とその破壊的な帰結を経験してきている。世界における現代民主主義の危機と対面するためには、エリート民主主義という悲劇を理解しなければならないことをチャベスは理解している。

歴史を一貫して、ワシントンは大衆の除外と真の民主主義の阻止に専念してきた。世界中の諸国で独裁政権を就任させ、支援する長い歴史は、このことの十分な証拠である。だが独裁政権が公共関係〔public relations〕問題になると、国民をなだめるためにワシントンは米国の体系を模範としたエリートによる民主主義の形式を促進する。独裁とエリート民主主義の両方とも、真の民主的な制度の「危険」を阻止するという同一の役割を担う。エリート民主主義を通してであろうと独裁であろうと、大衆の参加は最小限に抑えられなければならない。真の民主主義が機能することは決して許されない。

ベネズエラはこのワシントンの戦略が機能する仕組みの典型的な事例研究対象である。20世紀にベネズエラは、独裁からエリート民主主義へと、そして最終的に新自由主義として知られる別の独裁へと移行した。この移行はワシントンとベネズエラのエリートによって入念に画策された。真の民主主義の「危険」は慎重に回避された。当然ながら米国の諸企業はベネズエラから正に望むものを手にした。すなわち莫大な量の安価な石油と中南米における米国製品の最良の顧客である。

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2007年02月10日

指揮権を握るチャベス
〔Chávez in charge :Original Article in English/ZNet原文

リチャード・ゴット 〔Richard Gott 〕The Guardian ;2007年2月6日

ウゴ・チャベスは急いでいる。そして彼に補足的な権限を与えるというベネズエラ国民議会による今週〔1月31日〕の決定は、具体化の段階にある急進的な変化の前兆である。過去8年間大統領を務めてきたチャベスは、この先に待つ膨大な革命的計画の表面をなではじめたにすぎない。これまで明白な成功がいくつかあった。教育と保健医療に資金供給され、安価な食糧を提供することで、オイル・ダラーの前例のない総額が国の貧しい大多数に転じられた。結果は既に現れている。新しく結集され用心深い民衆が力のあるところを見せつけ始め、多くのレベルで機能している無数の地方議会や臨時委員会を通して政治的意思決定に参加している。半世紀近く前のキューバ革命以来、この様なことは中南米で起きてこなかった。胸が躍るようなことである。

とはいえ、この活気と興奮の全ては新しい諸制度を通してであり、それらは石油歳入によって直に資金供給されており、基本的に監視されていない。やはり、これは進行中の革命である。それと同時に、古い革命以前のベネズエラの多くが依然として存在している。国の伝統的な下部組織には、スペインの植民時代から引き継いだ双頭の疾患である官僚主義と汚職が蔓延している。官僚、といえば全ての省と古くからの国家機関の公務員を意味するのだが、それは何一つ達成されないことを請け負うために存在し、その一方で汚職は彼らの怠惰という権威を円滑にするために存在する。国家について当てはまることは民間産業についても当てはまる。というわけで、今週の「授権法」可決は、チャベスが必須の変化を成し遂げる望みを伴い、立法〔すなわち議会〕を犠牲にして行政により大きい権限を与えることとなる。ゆくゆくは、新しい制度と古くからの官僚主義は合流しなければならない。

これは独裁政権への道なのか、あるいは理にかなった改革への道なのか? 問題の本質は政治学者にとって聞き慣れたものであり、疑いなく中南米にとって新しいことではない。行政と立法の間のどこに均衡は置かれるべきか? それぞれの国がそれぞれの選択をするのであり、革命がその均衡を変更する機会を提供する。

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2007年02月03日

ウゴ・チャベスとRCTV
検閲か、あるいは正当な決定か?
〔Hugo Chávez and RCTV
Censorship or a legitimate decision?:Original Article in English/ZNet原文

サリーム・ラムラニ〔Salim Lamrani〕;2007年1月27日

ウーゴ・チャベス大統領のベネズエラ政府は、2007年5月28日に失効するラディオ・カラカス・テレビシオン(RCTV)視聴覚メディアグループの免許を更新しないことを決定した。全く合法的なこの決定は国際報道界に論争を引き起こした。〔国際報道界〕はベネズエラ反対派の伝達機関になってきており、即座に「検閲」の事例を非難した。[1]

RCTVは民間企業グループであり、その主要な活動は〔ベネズエラ〕ボリバル政府の諸政策を中傷することにある。チャベスは度々、国の主要テレビ局4社(グローボビシオン、テレベン、ベネビシオンとRCTV、これらは約90パーセントの市場を支配し、事実上のメディア独占を手にしている)を、彼の政権に対する「心理戦争」を実行していると、正当な理由によって非難してきた。

これらのメディアは1999年に彼が政権に就いて以来、ベネズエラ大統領に向けた狂信的なほどの敵意を公に示してきた。彼らはこの政府の正当性を疑い、彼が必然的に得ている大衆の支持に疑問を投げかけることを決して止めてこなかった。民間メディアは番組に、憲法秩序の打倒と転覆を公言する寡頭勢力の反対陣営の人々や、反乱に加担する軍人らを絶えず招いている。[2]

RCTVを所有し、約40のラジオ・テレビ局を国中で管理する1BCメディアグループ〔grupo 1BC〕の社長マルセル・グラニエル〔Marcel Granier〕は、局の権利の侵害と称して非難した。「この〔政府の〕姿勢は違法であり、権利を侵害し、言論の自由と人権への攻撃である」と彼は訴えた。それにもかかわらずベネズエラの法律には、放送電波は国家に属し、〔国家〕が免許の権利を有する一方で、基本的施設、資料素材やチャンネルの所在地は私有財産である、と明記されている。[3]

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posted by Agrotous at 22:55 | TrackBack(0) | ベネズエラ
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