2007年01月26日

ネグロポンテ、ALBA、オルテガ就任式
〔Negroponte, Alba, Ortega inauguration :Original Article in English/ZNet原文

トニ・ソロ〔toni solo 〕;2007年1月16日

ジョン・ネグロポンテとトゥパク・カタリ(

サダム・フセイン大統領の私刑に随伴して、ブッシュ政権は死の部隊の管理者、無比のジョン・ネグロポンテが国務副長官の座に引き継ぐことを発表した。不運なコンドリーザ・ライスの下〔でのこの職務は〕、ロバート・ゼーリックが2006年に去り空席であった。ゼーリックのタイミングには感心せずにはいられない。彼は、ブッシュ政権が米国の人々のため、本国での経済的苦境とイラクにおける決定的な軍事的大惨事という驚くべき演出を完成する前に船を去った。2004年に、非凡なギャング一味の外交官であるネグロポンテはイラクに、彼が1980年代初期にホンジュラスで熟達させた大量失踪、拷問と組織的テロの助長という専門的技術をもたらした。バグダッドの米国占領の大使として、彼はいわゆる「サルバドル方式訳注1」の履行の監督に手を貸し、その死の部隊の成果は、現在イラクの絶望に陥った人々に、日々提供される前代未聞の恐怖をもたらしている。

サダム・フセインの司法殺人とネグロポンテの任命は、現代帝国主義の根本的な双子の基盤を更に再び強調した――サディズムと偽善である。もし数十万人の児童の制裁による死及び、2003年の違法の侵略とそれに続く占領に起因する数十万人の死を考慮すると、イラク国内のみで100万を優に越える死の原因を、米国、欧州及び太平洋の同盟諸国の政治エリートに今確信して帰することができる。それは一点の疑いもなく、米国、英国とオーストラリアの政治エリートの上層部を、戦争犯罪の如何なる成績表をもってしても、少なくともサダム・フセインと同等に置く。

米国とその同盟諸国は、彼の戦争と彼の国内の弾圧に対する共犯者としての彼ら自身の役割の検討を回避するために、彼の裁判を活発に人為的に操作した。その後彼らは、彼を彼の敵にリンチを加えて殺害するよう引き渡した。際立っていたのは中傷的死亡記事執筆者のなかで、世界の莫大な数の非帝国主義者の大多数にとって、サダム・フセインがどの様に見えたのかを想像する手間をかけた者があまりにも少なかったことである。何百万もの人々がフセインを、不正に対する防御者であったとみなしていた。自らの犯罪を国家のためであったと正当化した過去百年程のおびただしいその他よりも有罪でもなければ無罪でもない政治家であった、と。殉教者としてのサダム・フセインの美化とその前後関係は、残りの世界の目には米国あるいは欧州が道徳的優勢であると映っていた、という如何なる実体のない主張にも終止符を打つ。ネグロポンテの任命も同程度に、その現実を象徴している。

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2007年01月19日

民衆の力におけるベネズエラの試み
〔Venezuela's experiment in popular power:Original Article in English/ZNet原文

マルタ・ハーネッカー&コラル・ウィンター、ジム・マキルロイ〔Marta Harnecker and Coral Wynter, Jim McIlroy〕Grren Left Weekly;2006年12月20日

カラカス――マルタ・ハーネッカーはチリ出身で、『Understanding the Venezuelan Revolution』 (Monthly Review Press, 2005)や、革命および中南米に関する他の本の著者である。彼女はベネズエラのボリバル革命の活動的な参加者であり、その国の社会主義者大統領、ウゴ・チャベスの顧問を務めてきた。

ハーネッカーは、ベネズエラのコミュニティー委員会〔Consejos Comunales:Communal Councils 〕――「21世紀の社会主義」を築く過程において、民衆の力と公共の参加のための媒体となるべく意図された組織体――の形成と発展に関与してきた。ハーネッカーは〔2006年〕10月下旬、グリーン・レフト・ウィークリーのインタビューに応じた。

どの様にしてコミュニティー委員会は創設され、又その進行状況はどの様ですか?

昨年私が行ったことは、興味深い事例を捜し、経験をやり取りできる人々を見つけることでした。[ベネズエラ北東部]クマナで、コミュニティー委員会が形成される何年も前から、ある組織が存在していたことを私は発見しました。それはとても小さな〔活動の〕場で、バリオ(近隣)よりも小く、200から400の家族で、組織編制されていました。またいくつかの地方の地域、皆が互いを知っており、集会に赴くのに交通手段すら必要のない地域では、例えば100家族で十分です。その場合、会合が容易です。それは、全ての人が参加することを許す場です。

明らかに、これを考えた人たちは、これ程小さな場は、通常は自ら意思表示する能力をあまり持たない人々が...意見を述べ、意思決定をすることを許すことを発見しました。[中央カラカスのリベルタドール市の市長]フレディ・ベルナルが述べたように、[コミュニティー委員会]は未来の社会の基本的な基礎組織なのです。

もし私達が連帯に向けた地域共同体を構築することに成功したなら、人々は彼らの地域に暮らす貧しい人々に心配りをするようになるでしょう。連帯[の枠組み]内で、その集団のための解決策を捜すでしょう...

チャベスは一般民衆の組織編制のための異なる手法を考察していました。ボリバル・サークル〔チャベスが組織編制した政治・社会団体〕は、より広範囲な政治的枠組み内に存在しています。彼らは政治権力に向けた団体です。コミュニティー委員会は、チャベスの側に付く人々及び、そうではない人々の両者を含みます。それは地域共同体です。つまり、コミュニティー委員会は虹の全ての色を反映しなければならない、ということです。政治的関係や政府との繋がりにかかわらず、地域共同体のために働くことを望む全ての人を包含しなければならないのです...

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2007年01月14日

チャベス、ベネズエラ社会主義のための国営化及び憲法改正を公表
〔Chavez Announces Nationalizations, Constitutional Reform for Socialism in Venezuela:Original Article in English/ZNet原文

グレゴリー・ウィルパート〔Gregory Wilpert〕Venezuelanalysis.com;2007年1月10日

カラカス、2007年1月8日(venezuelanalysis.com) ――新閣僚就任式において、ベネズエラのチャベス大統領は、ベネズエラにおける21世紀の社会主義の確立へと向かう、一連の劇的で新しい方策を公表した。これらの新しい方策に含まれるのは、新たな憲法制定会議の召集や、基幹産業の再国営化である。

演説でチャベスは、先の彼の大統領任期である1999年から2006年を、「過渡期」として描写した。それは今終わり、「私達は今、新しい時代、2007年から2021年のシモン・ボリバル国家計画〔Proyecto Nacional Simón Bolívar〕に、入った。」この計画が向かうのは、「ボリバル主義的社会主義であり、それには、より高い水準の努力と専心、明快さと効率性、及び革命的な特質を要する」とチャベスは述べた。2021年がチャベスにとって意義深い理由は、それがベネズエラ独立の200周年に当たるからである。

満期として数えると二期目のための水曜日の就任式において更なる詳細を明らかにするとチャベスが約束したこの新たな計画は、5つの「原動力」で構成される。すなわち、「授権」法、憲法改正、国民教育、国家権威の再構成、そして共同社会権限の爆発的増加である。

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2007年01月07日

ベネズエラの草の根民主主義という秘策
〔Venezuela's Secret Grassroots Democracy :Original Article in English/ZNet原文

マイケル・フォックス〔Michael Fox 〕venezuelanalysis.com ;2006年11月30日

国際的な眼差し全てが12月3日のベネズエラ大統領選挙に向く中、ベネズエラの草の根の民主主義の全く新しく革命的な経験は、国際的に全く報道されてこなかった。この経験は、既に1万2千のコミュニティー委員会〔Consejos Comunales〕を形成してきており、その参加者らや立案者らが、ベネズエラにおける意思決定の仕方を変化させ、ベネズエラの政治制度の根本そのものを潜在的に変化させることを期待するものである。

「4月13日〔13 de Abril〕」コミュニティー委員会

「23 de Enero〔1月23日の意〕」地区があるのは、西カラカスの南の丘陵の斜面である。10年近くに亘ったマルコス・ペレス・ヒメネスの独裁政権が失墜した1958年のその日――1月23日――に数千の貧しいCaraquenos (として知られるカラカス住民)が丘の斜面から下りてきて、無人で新築の高層住宅街を占拠した時以来、そこは地域共同体編成が盛んな地域となってきた。そこは反乱と警察による弾圧の場であり続けた。ある地域共同体住民によれば、「起こった事なら何でも、責任を負わされる」地域だという。

今年〔2006年〕初頭、住民は再び主導し始めた。高層住宅街の45、46と47区に住む市民は、国中で地域共同体が形成し始めた新しいコミュニティー委員会について耳にした。

これらの新しいコミュニティー委員会は、草の根の地元政府の新たな形式と呼ばれ、そこで地元地域共同体の住民は近隣の基本的な意思決定権を有する。以前なら地元の地方自治体との長く引き伸ばされた闘争を通してのみ手にすることの出来た、共同体及び公共事業計画を実施するための資金を、これらの委員会は政府から受け取ることすらできる、とのことであった。

地元の保健委員会のメンバーらは、彼ら自身の委員会の創設に着手した。彼らは計画に関する講習会を開き、共同体の住民と需要の人口調査を行うため3月に臨時主催者チームを選出した。

共同体の代弁者の来る選挙を管理するために、選挙委員会が直に選出された。様々な共同体委員会(インフラストラクチャー、スポーツ、通信と情報、エネルギーとガス、及び法律)が、既に共同体に存在したもの(保健、都市開発)に合併するために形成され、主催チームは来る選挙を知らせるため最善を尽くした。

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2007年01月02日

中南米;もうひとつの世界は可能。その兆しは見える、21世紀に
〔Latin America: Another World Possible, Over the Horizon, in the 21st Century:Original Article in English/ZNet原文

クリス・スパノス〔Chris Spannos〕;2006年11月19日

[当記事の別バージョンは、〔ワシントンポスト・ウェブ版の1コーナー〕「Post Global」のためにWashington Post.comの編集者らによって要請された。先日のニカラグアのオルテガ勝利に関する、グレッグ・グランディン、セルヒオ・ラミレスやマーク・ウェイスブロートによる記事と共に次の数週間に亘って掲載される。これはZNetのために改訂された。]

中南米では何が起きているのか? 先週〔2006年11月第2週〕のニカラグアでのダニエル・オルテガの勝利は、変革に対する願望と期待の、大衆のもう一つの表明であったのか? 南米において左傾化の潮流は前進しているのか? 残りの世界にとっての帰結は如何なるものなのか? スペインの植民地主義の長い歴史や、自由市場政策によって課せられた数十年の貧困の後、中南米の人々は新自由主義の重圧を断ち切ろうと努力している。

ワシントンが反対派団体を支援し、辛辣なプロパガンダ攻勢を仕掛け、オルテガの立候補に苦々しく反対したとはいえ、オルテガの勝利のみが懸念の主な理由ではありそうにない。彼が更に右派にあるいは左派に揺れるのかについて、彼は明確でない合図を出してきた。彼は国を荒廃させた「野蛮な資本主義」を酷評すると同時に、財産権を尊重し、新たに施行された米国との中米自由貿易協定〔CAFTA〕を支持し、国際通貨基金〔IMF〕と新しい経済的な一括協定を協議すると約束して、国の企業家指導者らの機嫌を取ってきた。彼がニカラグア人の貧困と福利に誠実に取り組む方向へ国を進めるのか、あるいは国を更に新自由主義の処方箋に委ねるのかを見定めるには時期尚早である。

ワシントンにとってより由々しいのは、この地域における変化する潮流を示す周囲の勢力である。ワシントンの悩みの種であるベネズエラのチャベスは、12月3日に大統領再選を目指している。他にも中道左派の政府や大衆社会運動や先住民運動があり、エクアドルの11月26日の決選投票もあり、ラファエル・コレアが当選した場合、大陸の左翼への更なる前進となる。オルテガの当選は単に、北と南の間のみならず、南それ自体の内部の不平等に対する中南米大衆の不満及び、それをどうにかするべく活動する意識と願望が存在する、という更なる証明なのである。

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posted by Agrotous at 23:40 | TrackBack(0) | 中南米全般
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