2006年12月16日

選挙後の分析
反対派の歴史的な譲歩とベネズエラの未来
〔Post-Election Analysis
The Opposition’s Historical Concession and the Road Ahead for Venezuela :Original Article in English/venezuelanalysis 原文

グレゴリー・ウィルパート〔Gregory Wilpert 〕;2006年12月10日

多くの自由民主主義国においては、敗北した候補の譲歩は、選挙の周期毎に起こる平凡な出来事である。だが、ベネズエラでは、それは極端に稀な出来事になった。チャベスが2000年に初めて再選して以来起きていないほどに稀になった。つまり、ベネズエラにおいて敗者――チャベスの初当選以来常に国の元政治エリート――は、ほぼ常に自らが敗者であることを否認してきた。その代わりに、彼らは実際には負けておらず、チャベスは現実には非合法の大統領である、と主張して回った。

これが最初に起きたのは、2002年4月のクーデターの試みの後、多くの反対派がクーデターが起きたことをきっぱりと否定した時である。代わりに彼らは、事件は「権力の空白」であり、自らの権力を拡大するためにチャベスが彼自身企てたのである、と主張した。4年経って始めて、スマテの代表マリア・コリナ・マチャドや反対派大統領候補のマヌエル・ロサレスの様な反対派指導者らは、国の民主的な制度の全てを排除したクーデター法令に彼らが調印したことに対してばつの悪さをもって振舞った。彼らの行動に対する責任を取り、それが深刻な誤りであったことを認める代わりに、彼らは一貫して、何に調印したのかを知らなかった、あるいはクーデター大統領のペドロ・カルモナの宣誓就任式のための単なる「参列表」であるとして、否定してきた。

次に、2002年12月から2003年1月の2ヶ月に亘る石油産業の破壊的な閉鎖の後、その行為を支持した反対派指導者の誰もその失態がどれ程破壊的であったかを認めず、あるいは責任を取らないまま、その行為に責任がある反対派指導者らの、カルロス・オルテガ、カルロス・フェルナンデスやフアン・フェルナンデスは国外逃亡した。

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posted by Agrotous at 22:54 | TrackBack(0) | ベネズエラ
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