2006年12月21日

前進するチャベス
〔"It's My Party, and I'll Cry If I Want to": Chavez Moves Forward :Original Article in English/ZNet原文

マイケル・A・レボウィッツ〔Michael A. Lebowitz 〕MRZine;2006年12月18日

ボリバル主義の多数の集会や祝典の場であるテレサ・カレーニョ劇場での昨晩の集会に多くの悲しそうな顔があったのは、私の想像だったのであろうか? 紛れもなく、それはもうひとつの祝典の時であった。それは12月3日のウゴ・チャベスの選挙勝利を承認し、また特に〔チャベスの選挙組織〕コマンド・ミランダの選挙運動員の貢献に感謝を示す集会であった。

実際、彼らは感謝を示した。チャベス再選のため最大の投票を引き出した州の組織に証書が授与された。デルタアマクロ(77.98%)、アマソナス(77.81%)、ポルトゥゲサ(77.05%)、スクレ(73.70%)、そしてコヘデス(73.33%)――それに加えて、リオ・ネグロ(96.4%)の様な模範的な自治区大隊に。確かに祝賀の時であった。

ではなぜ、陰気な顔なのか? それはチャベス彼自身に関係していた。さて、私は数多く、チャベスの演説を国営テレビの8チャンネルで見てきた。それは全範囲に及んできた――赤いシャツを着たチャベスと赤いシャツを着た支持者ら(特に女性たち)の間に高速の電流が流れ、彼らを見る見る高揚させる興奮させる行事、大臣らや著名な指導者らが合図で笑顔を見せ、含み笑いをし、ほんの僅かな言及を切望する集会、そして国家との商取引を望む実業家らが、彼らの将来の手がかりのため、青いスーツのチャベスに聞き入る似たような会合。だが今回は全く違っていた。

昨晩、劇場の後ろ半分と最上階の安価な席から歓声が上がった――しかし高価な席からはわずかであった。それはチャベスのメッセージに関係していた。社会主義へと向かうという部分ではない(とはいえ、未だにその言葉に身を震わせるのだが、形容詞をどうにかする望みを抱いている者がいたではあろうが)。また、大臣全員に辞職を要求した部分でもない(それは単なる形式的手続きであり得るのと同時に、新たな職務の可能性を開き得るから)。そして、汚職に対する非難でもない(それは以前にも聞かれた)。そうではなく、それは全て、新たな政党、「唯一政党〔unique party:partido único〕」に関してである。

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2006年12月16日

選挙後の分析
反対派の歴史的な譲歩とベネズエラの未来
〔Post-Election Analysis
The Opposition’s Historical Concession and the Road Ahead for Venezuela :Original Article in English/venezuelanalysis 原文

グレゴリー・ウィルパート〔Gregory Wilpert 〕;2006年12月10日

多くの自由民主主義国においては、敗北した候補の譲歩は、選挙の周期毎に起こる平凡な出来事である。だが、ベネズエラでは、それは極端に稀な出来事になった。チャベスが2000年に初めて再選して以来起きていないほどに稀になった。つまり、ベネズエラにおいて敗者――チャベスの初当選以来常に国の元政治エリート――は、ほぼ常に自らが敗者であることを否認してきた。その代わりに、彼らは実際には負けておらず、チャベスは現実には非合法の大統領である、と主張して回った。

これが最初に起きたのは、2002年4月のクーデターの試みの後、多くの反対派がクーデターが起きたことをきっぱりと否定した時である。代わりに彼らは、事件は「権力の空白」であり、自らの権力を拡大するためにチャベスが彼自身企てたのである、と主張した。4年経って始めて、スマテの代表マリア・コリナ・マチャドや反対派大統領候補のマヌエル・ロサレスの様な反対派指導者らは、国の民主的な制度の全てを排除したクーデター法令に彼らが調印したことに対してばつの悪さをもって振舞った。彼らの行動に対する責任を取り、それが深刻な誤りであったことを認める代わりに、彼らは一貫して、何に調印したのかを知らなかった、あるいはクーデター大統領のペドロ・カルモナの宣誓就任式のための単なる「参列表」であるとして、否定してきた。

次に、2002年12月から2003年1月の2ヶ月に亘る石油産業の破壊的な閉鎖の後、その行為を支持した反対派指導者の誰もその失態がどれ程破壊的であったかを認めず、あるいは責任を取らないまま、その行為に責任がある反対派指導者らの、カルロス・オルテガ、カルロス・フェルナンデスやフアン・フェルナンデスは国外逃亡した。

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2006年12月08日

体制転換せず:チャベスの選挙勝利はキューバとの同盟を強固にする
〔Regimes unchanged: Chavez's election win strengthens alliance with Cuba:Original Article in English/ZNet原文

デリック・オキーフ 〔Derrick O'Keefe 〕Seven Oaks ;2006年12月5日

人間の命の避けられないはかなさを祝うべきではないのは当然ではあるが、チリの91歳の元独裁者アウグスト・ピノチェトが12月3日日曜に、心臓発作に襲われたことは事によるとふさわしいのかもしれない。

同日、ウゴ・チャベス――米国とベネズエラのエリートがチリのサルバドール・アジェンデと同様の宿命をあてがおうと試みてきた人物――が選挙で大勝を収め、ボリバル革命とその計画である「21世紀の社会主義」の構築に対する委任が再び是認された。2002年にクーデターに、2002−2003年に雇い主のストライキと石油停止に、そして2004年に罷免国民投票に打ち勝った後、ウゴ・チャベスは、非公式の結果によれば、票の60%以上を勝ち取り、挑戦者のマヌエル・ロサレスに止めを刺した。訳注1

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2006年12月02日

白人入植者エリートとの関係の清算を準備する中南米
ボリビアからベネズエラまで、大陸を吹き抜ける政治運動や抗議は、階級のみならず人種についてでもある
〔Latin America is preparing to settle accounts with its white settler elite
The political movements and protests sweeping the continent - from Bolivia to Venezuela - are as much about race as class :Original Article in English/ZNet原文

リチャード・ゴット〔Richard Gott〕The Guardian;2006年11月19日

アイマラ族のエボ・モラレスが今年ボリビア大統領として当選したことで頂点に達した中南米における先住民抗議の近年の激増は、何世紀にも亘り大陸を支配してきた白人入植者エリートのあやうい立場を際立たせてきた。「白人入植者〔white settler 〕」という用語が多くの欧州の植民地の歴史において聞き慣れたもので、軽蔑的な響きを伴うとはいえ、中南米(と米国)の白人は通例このようには描写されず、彼ら自身この表現を決して使わない。この英語の語句を十分に翻訳できるスペイン語やポルトガル語は存在しない。

16世紀以来の植民の長い経験の結果、伝統的に中南米は、他の地域の植民地計画から区別された大陸である、とみなされてきた。それにもかかわらず、それは実のところ、より近い時代の欧州からの白人入植者の地球規模の拡張の歴史に属している。今日のエリートは主として、〔18世紀頃の中南米諸国〕独立後の2世紀の間に発展した移民の欧州文化の産物なのである。

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