2006年10月27日

「地に呪われたる者」国連で尊厳の声を上げる
〔The "Wretched of the Earth" Raise Their Voices of Dignity in the UN:Original Article in English/ZNet原文

カロル・デルガド〔Carol Delgado 〕Venezuelanalysis.com ;2006年10月22日

大部分の新聞が、国連で起きている安全保障理事会の議席を争う闘いを、グアテマラが殆どの投票回数でベネズエラを打ち破ってきた、と描いている。だがこれは、これまで起きてきた事の簡略化しすぎた見方である。それどころか、ベネズエラ立候補の成功は、勝ったあるいは負けた回数の見地から測ることは出来ない。なぜなら、声無き者たちの尊厳と意見は、調整されたり、沈黙させられたり、打ち負かされることはないからである。ベネズエラを支持する諸国の尊厳は、それが売りに出されていない故に、国連で理解されることはない。これらの諸国は彼らの国民のためのより良い未来のために闘う決心をしている。更に、この闘いは単に戦争に限ってはおらず、ひとつの原子爆弾よりも更に無慈悲に、また徐々に一般市民人口を殲滅する非人間的な経済制裁に関してでもある。それは更に戦争やIMF〔国際通貨基金〕や、世界銀行の構造調整プログラムによって隷属させられた子供たち、男性たちや女性たちが抱く、公正への歴史的な渇望についてなのである。

記事の続きを読む
posted by Agrotous at 22:10 | TrackBack(0) | ベネズエラ
2006年10月20日

世界規模の階級闘争
〔The Worldwide Class Struggle :Original Article in English/ZNet原文

ビンセント・ナバロ〔Vincent Navarro 〕Monthly Review ;2006年9月27日

階級的実践としての新自由主義

我々の時代の特徴的な印は、先進資本主義諸国の主要な経済・政治・社会フォーラム及び、彼らが支配する国際機関――IMF〔国際通貨基金〕、世界銀行、WTO〔世界貿易機関〕や、国際連合の専門機関、例えば世界保健機関、食糧農業機構やUNICEF〔ユニセフ〕等――における新自由主義の支配である。カーター政権時の米国において開始された新自由主義は、レーガン政権及び、英国のサッチャー政権を通して、その影響力を拡大させ、国際的なイデオロギーになった。新自由主義の原理(だが必ずしも実践ではない)が仮定するのは以下である。

  1. 国家(あるいは一般用語では誤って「政府」と呼ばれているもの)は、経済及び社会的諸活動における干渉主義を縮小する必要がある。
  2. 市場の莫大な創造的活力を解放するために、労働と金融市場は規制緩和〔撤廃〕されるべきである。
  3. 労働、資本、商品やサービスの完全なる流動性を許すために、国境や障壁を排除することにより、商業と資本投下は奨励されるべきである。

新自由主義の識者らによれば、以上の3つの教義に従い、これらの実践の世界的な履行が「新たな」過程の展開に及んだのである。つまり、社会的進歩の新たなる時代と結び付けられた、世界中に及ぶ莫大な経済成長の期間をもたらした経済活動のグローバリゼーションである。我々はこう告げられる。歴史上初めて、我々は世界的な経済を目の当たりにしているのであり、そこでは国家は権力を失っており、現在世界の経済活動の主要な構成単位である多国籍企業を中心とした世界経済によって取って代わられている、と。

グローバリゼーションの過程に対する称賛は、左翼のある分野のあいだにも現れている。マイケル・ハートとアントニオ・ネグリは、広く引用された『帝国』(ハーバード大学出版、2000年原著訳書)において、彼らが資本主義の新たなる時代と見なすものの意義深い創造性を称賛する。彼らの主張では、この新たな時代は時代遅れの国家構造から絶交し、彼らが帝国主義秩序であると規定する新たな国際秩序を確立する。彼らは更に、いかなる国家も優位に立つことなく、あるいは覇権的になることもなく、この新たな秩序は維持される、と主張する。したがって、彼らはこう記す。

我々が強調したいのは、帝国の確立が過去の権力構造を基にした郷愁的な諸活動の排除へと向かう建設的な一歩である、ということである。つまり、我々は過去の状況――例えば、世界的資本から人口を保護する手段としての国民国家の復活――へと我々を戻そうとする全ての政治戦略を退ける。新たな帝国主義秩序は、マルクスが資本主義は生産の形態であり、それが取って代わった形態よりも社会的に優れた形態であると信じたのと同様の仕方で、先立つ制度よりも優れている、と我々は信じる。マルクスが掲げた観点は、資本主義社会に先行した偏狭な地方主義や固定的なヒエラルキーに対する健全な嫌悪感、及び資本主義に備わっていた解放の莫大な可能性の認識を基にしていた。(39)

ハートとネグリの立場では、グローバリゼーション(すなわち、新自由主義の教義に従った、経済活動の国際化)は、いかなる国家あるいは諸国家も、それを指導あるいは組織することなく運営される世界的な活動を奨励する国際的な制度と化す。グローバリゼーションと新自由主義に対するこの様な感服し、へつらった観点が、マルクス主義から理論的立場を引き出したと主張する書籍に好意的な書評では知られていない、ニューヨークタイムズ紙の書評家エミリー・エーキン〔Emily Eakin 〕や、その他の主流評論家から『帝国』が得た肯定的な評価の説明となる。現にエーキンは『帝国』を、世界がその現実を理解する必要のある理論上の枠組み、と評している。

新自由主義識者らと共に、ハートとネグリはグローバリゼーションの拡張を褒め称える。一方他の左翼識者らは、グローバリゼーションを世界の拡大する不平等と貧困の原因であると考え、その拡張を祝うどころか嘆いている。ここで強調すべきことは、この後者の分派――そこに含まれるのは例えばスーザン・ジョージやエリック・ホブズボーム――がグローバリゼーションを嘆き、新自由主義の考えを非難するとはいえ、彼らは新自由主義の基本的な前提を新自由主義識者らと共有している。すなわち、多国籍企業の力が国家のそれに取って代わった国際秩序において、国家が権力を失っている、ということである。

記事の続きを読む
posted by Agrotous at 21:56 | TrackBack(0) | 世界
2006年10月14日

フェリスの奇跡と包括的キューバ・ベネズエラ関係
〔Felix’s Miracle and the Convenio Cuba-Venezuela :Original Article in English/ZNet原文

マイケル・フォックス〔Michael Fox 〕Venezuelanalysis.com;2006年8月28日

フェリス・ホセ・エスピノーサ・レデスマは、南米最大のひとつで最も暴力の多い都市、ベネズエラの首都カラカスのタクシー運転手である。住所や電話番号を読む時わずかに細めた彼の目や、大きな印字がなければ、わずか1年半前に、彼が死の床につき、視覚がほぼ完全に無くなり、かろうじて生きながらえようとしていたとは予想もつかないであろう。

それが彼に起こるとは思いもよらなかった。カラカス消防署での35年間に、免許を持つ看護士及び救急医療技術者として、患者を直に治療しながら、人々が死に行くのを見てきた。したがって、最初の症状――のどの渇きの増加、足の感覚の喪失、脚の力の衰え――に気づき始めたとき、彼はそれを顧みなかった。

しかしそれは彼の世界が周りで崩れ去る以前であり、医者は彼が既に知っていたことを確証した。フェリス・エスピノーサは糖尿病にかかっていた。つかの間の数年の後、ある疾病休暇の最中に、ある用紙に署名しに事務所に着くと、そこには彼の退職用紙もあった。彼らは彼に祝福を述べ、彼と握手をし、家に送り返した。フェリスは退職を望んでいなかった。彼の症状は、ベッドを離れることができなくなるまで重くなった。彼の生きる意志は次第に消えていった。

彼の連れ合いは、何かをしなければいけないと決心した。彼女は助けを求めて、彼の消防署の元同僚に電話を掛けた。フェリスが「奇跡」としか言い表せない進展を引き起こした一本の電話を。

一週間後、フェリスは車椅子で身を起こして座ることが出来ない程に重症で、キューバ航空機に運び込まれた。3時間半が過ぎ、2005年1月中旬の水曜の午後、飛行機はハバナ郊外のホセ・マルティ国際空港に着陸し――滑走路から青々とした野原が広がり、カリブ海の空には厚い太陽が深く沈み行き――そして、フェリスは飛行機から運び出され、その後には治療のためキューバを目指した150人のベネズエラ人の仲間が続いた。フェリスと他の患者らは空港から運び出され、島全域の別々のホテル、センターや病院に分散された。

1年足らず後の昨年12月、フェリスは再び水曜の便に乗り込んだ。今回は、彼自身の2つの足で、今回は、ほぼ完全な視覚で、そして今回は、我が家に向かって。

記事の続きを読む
posted by Agrotous at 22:35 | TrackBack(0) | ベネズエラ
2006年10月06日

米州ボリバル代替構想(ALBA)の定義
〔Defining the Bolivarian Alternative for the Americas - ALBA:Original Article in English/ZNet原文

マイケル・フォックス〔Michael Fox〕Venezuelanalysis.com;2006年8月25日

2001年12月、マルガリータ島におけるカリブ諸国連合の第3回首脳会議において、チャベス大統領が、その構想を初めて提案して以来、米州ボリーバル代替構想(ALBA)に関して多くのことが書かれ、また理論が立てられてきた。

ALBAは、米国が支持する米州自由貿易協定〔FTAA〕への対抗策として既によく知られている。協力と連帯を基にしながら、経済的持続可能性も忘れない代替案である。それぞれの国が自らの主権を維持し、また国をそれ自体の必要性と要求に応じて発展させることが出来るようにするべく、多国籍の競争や、新自由主義の自由貿易から袂を分かつ新しい道を作るために構築された。中南米に更なる負債を抱えさせ、既に重度であった不平等の割合を拡大させた民営化や自由貿易協定や構造調整政策の波を通して、90年代に中南米全域に広まった経済的植民地化との関係を断つことに基礎を置いている。

だが依然として多くの疑問があり、議論は続いている。「ボリーバルの代替案」を構成するものは正確には何なのか、ALBAの壮大な傘下には如何なる計画、協定や合弁が含まれるのか、そしてこの「代替案」を区別するものは厳密に言って如何なるものなのか。ALBA自体、進行中の事業である。それに向けてキューバやベネズエラ、ボリビアや他の中南米が、ALBA専門家の言に拠れば、「第一歩を踏み出している。」

記事の続きを読む
posted by Agrotous at 23:01 | TrackBack(1) | ベネズエラ
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。